第9話 夜明けの森
和哉は朝食の後、新聞の記事に何か手掛かりがないか入念に目を通し始めた。
「航が出勤前にこっちに寄るって」
美沙が伝えると、和哉は眼鏡をずらし壁に掛けてある時計を見た。
「早起きだなぁ」
二人は少女を気にしながらもそれぞれ自分の持ち場についた。美沙は掃除と少女の世話を交互に繰り返した。
「早く目を覚まして、あなたのことを教えてちょうだい。」
温かいタオルで顔を拭き、肩まである髪を左の方へ束ねて寄せた。
「今日は秋晴れよ、何が食べたい?」
健康そうな肌の色、細いけれどしっかりと筋肉がある。
「何かスポーツでもやっていたのかしらね」
そういえば少女が着ていた服は破れた個所や焦げた部分もあったが、アクティブな印象だった。
上は白のぴったりとしたタンクトップに腰下まであるグレーのスタンドカラ―のカーディガンを着ていた。その上からベルトを巻いていた。下は紺の伸縮性のあるレギンスをはいていたが、靴は履いていなかった。
「おはようございます!!」
玄関から航の疲れを感じさせない声が聞こえてきた。美沙は急いで診療所の入り口に向かった。
「こんな朝早くから来なくても良かったのに、まだ8時前よ。今日は遅番でしょ?」
「もう一度森を見て来たんだ。色々あったよ、手がかり」
航は息を弾ませ、ビニール袋に詰め込んだあれやこれやを持って現れた。
和哉も読みかけの本を片手に診察室から顔を出した。
「さすが警察官だなぁ、朝飯食ってきたか」
「食べたよ、カレー」
「朝カレーか、いいなぁ」
「かずさん、お茶漬け好きだったんじゃないの?」
美沙は意地悪っぽく言った。
「カレーなんて若くないと朝から食べられない。その若さが羨ましいんだよ」
多少言い訳のように和哉は言った。
〖AM6:00~少女が倒れいていた森~〗
航は日が昇る頃から、少女がいた林道を訪れていた。理由はただ一つ、地域の人が気付く前に少女の持ち物を探したかったからだ。
霧がかった森は朝日が差し込むも、おぼろげな視界は昨夜よりも増して不気味さを増していた。
どこかに魔女でも隠れ住んでるような
不思議とその木は葉こそ無いものの、傾きもせず地面にしっかりと根を生やしている。
根元には茶色く
スマホの写真と見比べても、ここに間違えない。森の中で唯一の生存者のごとく堂々としたこの木は、周りの植物と共に少女を守っていた。
足で枝を払いよけ、できる限り少女の身元の手がかりになるもがないか探し回った。なんでもいいから気になるものは拾った。
〖AM7時40分~診療所~〗
航が持ってきたビニール袋にはペットボトルやスナックの袋などゴミのようなものもあったが汚れた長靴やボタンなども入っていた。
きのう拾った黒い
これがどのように少女と関わりがあるのか美沙は正直戸惑ったが診療所で預かることにした。また仕事終わったら寄ると言い残し、航は帰った。
カルテの整理や近所への買い出しをしているうちにあっという間にもうお昼。
美沙は少女の体の向きを変え、手足のマッサージをしていた。
まだしわ一つない手。
どうしてあんな暗い森いたのか不思議でたまらない。家出か事件か、それとも…。この子の正体を考えずにはいられなかった。
二階から、ニンニクのいい香りがしてきた。(今日のお昼は何かしら)美沙はマッサージの手を止め、少女の足に布団をかけた。
和哉が運ぶお盆には大皿パスタと、マグカップにはコーンスープも入っている。昔から和哉は料理が好きで、大学病院に勤めていた時も気分転換にスパイスカレーをよく作っていた。
「お昼にしよう」
長身でがっしりとした体格の和哉が、やや小さめのエプロンを着け慎重に階段を下りて来た。キャスター付きの移動テーブルにパスタを置き、取り皿とフォークを並べた。
「おなかすいたー、朝にお茶漬けは物足りなかったわね」
少女が寝ている部屋との仕切りのカーテンを閉め、美沙は丸椅子に腰かけた。
「美味しそう!」
パスタからは湯気が立ち上り、ニンニクとじっくりと焼かれたベーコンの香りがたまらない。そしてキャベツとしめじもよく合う。
今日のパスタもお店にランチに行ったみたいに美味しい。コーンスープを飲み干すと、心も体も温かく幸せな気持ちに包まれた。
美沙も料理ができないわけではない。むしろ得意な方だ。料理は気分転換にも、ストレス解消にもなる。だから、和哉が料理を作ると言った時には遠慮せずに任せることにしていた。
「あっ、ゆみちゃんが来た。」
美沙は診察室から見える駐車場に見覚えのある車が止まったことに気付いた。
二人は慌てて片づけ始めた。美沙は残ったパスタが乗ったキャスター付きテーブルを少女が眠るベットの横に押しやり、カーテンをしっかりと閉めた。診察室から少女が見えないか色々な角度から何度も確認した。
(よし、これで大丈夫。でも匂いがなぁ…)
その時チャイムが鳴った。
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