第6話 決断
和哉は倒木に腰かけ夢と現実の狭間で航が戻るのを待った。
遠くから美沙の悲鳴と会話が混ざったような声が聞こえてきた。航の強力ライトがこちらに向けられ、かなり眩しい。
「かずさん、その子は大丈夫?」
「脈はしっかりしている。でも調べてみないと何も分からない」
二人は血圧、体温、心音など慣れた手つきで次々と調べられることを確認した。二人に少女の事は任せ、航は少女の周りの様子をスマホに記録した。少女の荷物や身元の手掛かりになるものがないか少し離れた所も歩き回った。
周りに散らばる白っぽい瓦礫を手に取った。(この辺りにしか落ちていない)
黒い
「あれ?」
少女が横たわるツルアジサイの下には、鞄を取りに行く前には咲いていなかったタチツボスミレが揺れている。あまりに成長が速い。もしかしてこの子はここに来てそんなに時間が経っていないのかもしれない。
航は冷静に少女の周りの様子や、時間などをメモする。美沙は少女の服が焦げている所をめくり状態を見るも、やけどや外傷がないことに違和感を持った。
「何かしら?」
服や体にワセリンでも塗ったかのようにべたべたとした軟膏のようなものが付着している。
「松やにじゃないわよね。植物の成分でも着いたのかしら」
一通り少女の体を調べ終わり三人の心には同じ気持ちが渦巻いていた。
もし、今 救急車を呼んで、警察に連絡してこの子を保護したらどうなるのだろう。謎の発光体に包まれる少女は誰から見ても映画の世界の一場面だ。噂は瞬く間に広がり、テレビや週刊誌はスクープ映像として取り上げるだろう。
SNSで風よりも速く拡散され、静かな町は大騒ぎになるだろう。
だって普通じゃない。
光の中に人がいるんだから。この子の意識が戻って話を聞けたら何か対応が浮かぶかもしれない。今だけは三人の秘密にしていることが正解のように思った。
少しの沈黙の後に和哉が言った。
「航この子背負えるか」
「うん、いける」
航は力強く返事をした。
「俺の診療所に連れて行く。意識が戻るか少し様子を見よう」
「そうね、後のことはそれから考えましょう」
航は少女が横たわるツルアジサイの横に腰を下ろした。川崎夫妻は少女の体をゆっくりと起こし航の背中に乗せた。
意識の無い少女の体はずっしりと重かった。腕を首に回すも、すぐにだらりと下がってしまう。航は地面に手をつき膝に力を入れ、ようやく立ち上がった。
その瞬間、今まで少女を包んでいたツルアジサイは辺りの木々と同じように茶色く枯れ果て、スミレの花は散った。
三人は生を奪われていく
急に気温が下がり、淡い緑の発光も、うららかな春もそこには無くなった。まるで少女を守る役目を終えたかのように若葉だった葉はカサカサと音をたて木枯らしともに中に舞った。
蝶は羽ばたきをやめ、スミレの横に静かに落ちた。
誰も何も言わなかった。この少女を託されたのだろうか、三人は抱えきれない不安を持ちながらも、これでよかったのだと自分を信じ歩き出した。
航は美沙に足元を照らしてもらいながら、慎重に歩いた。
「おばさん、この子温かい」
「そう、一人であんな暗い森にいたなんて…不安だったでしょうね」
美沙はそっと涙をぬぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます