第3話 いざ森へ

「竜巻…かしら」

 

 和哉はハザードランプをつけ車を路肩によせて外に出た。


町へ戻る車道の左側の森が一変していた。何かの衝撃で木の枝は折れて辺りに散らばり、幹が縦に裂けているものもある。


紅葉の終わりかけの葉は、辺り一帯にまき散らされていた。ガードレールの無い路側帯から森に入るには1メートルほどの土手がある。

 和哉はスマホのライトを頼りに降りようとしたが、手入れのされてない地面は自然に発酵された堆肥たいひ

ふかふかで、和哉の浅い革靴では思い通りにグリップが効かない。

半ば滑り落ちるように森へ入った。


町が近づいていたとはいえ、闇が深くスマホの明かりは暗闇に吸い込まれ、足元しか照らすことができず、全体の様子が分からない。

 

 ただ分かったことは、往診に行っている間に何かがあったのだろう。見過ごすわけがない荒れようだ。

見える範囲の木は折れてはいないまでも、枝は散乱し葉はどこかに消えていた。


強い圧力が掛かったのだろうか、根元が浮いているものもある。奥に行くほど被害が大きいように感じた。


5・6メートルほど森に入った所でスマホのライトでは役にたたないと判断。車に懐中電灯があることを思い出し、取りに戻った。

 

 車に戻ると美沙は、スマホでこの地域の気象情報や突風や竜巻なんかの情報が無いかを調べていた。


わたるに来るように電話してくれ」


 和哉は助手席のドアを開け美沙に言った。美沙は和哉の泥だらけの靴を無言で眺めながら、車から降り外の様子を見た。やはり雲一つない夜空が広がっている。


「今日は朝から天気だったし、不思議ね。」


「電話頼んだよ、俺は懐中電灯を持ってもう一度見てくるから」


「気をつけてよね。若くはないんだから」


 了解の代わりに手を挙げて土手を滑り下りて行く和哉の姿を見送った。


 美沙は車に戻り、冷えた手をこすり合わせた。やはり冬はもう近い。


ひざかけを足首までかけ直し、スマホを手に取った。

航は美沙の甥で川崎夫妻の診療所と同じく、町の中心から少し離れた地区で交番勤務をしている。交番に直接かけるか迷ったが、大げさになっては困ると思い、本人に電話することにした。

 

航は仕事終わりでこの地域に唯一ある11時まで営業しているコンビニに寄っていた。夜食のカップラーメンを味噌か豚骨にしようかで迷っているところだった。

電話をすると10分もしないで駆けつけてくれた。


「スピード違反したでしょう?」


いつもとは逆の立場で美沙は言った。


「ちょっとしたかも」


 首を横に傾け、人懐っこい笑顔で差し入れのコーヒーを美沙に渡した。

 航は子どもがいない川崎夫妻にとって息子のような存在だった。


美沙の姉、美幸の次男で高校卒業後、警察学校に入り卒業後は本人の希望でこの地区で交番勤務をしている。

小中高と野球少年だった航は地元に知り合いが多くこの若さにしては信頼できる青年だ。

パトロールと称し、お年寄りの家を通りかかっては庭仕事や買い物なんかも手伝っているらしい。

少年野球のコーチを頼まれることもある。お年寄りからの人気は絶大で、昔ながらのみんなのお巡りさんなのだ。


地域のお年寄りからは、よくお見合いの写真を渡されているらしい。


現に、診療所に来るお患者さんの中にも航のファンは存在する。

なぜ結婚しないのかは聞かないが、こうやって困ったときに電話ができるのは独身でいてくれるからなのだ。


「おじさんは?」


「懐中電灯を持って森に入ってる」


 航は車から強力ライトなるものを2つ取り出した。なんでも、深夜の通販番組で購入した100メートル先も照らせる代物らしい。1つ買うともれなくもう1つ付いてくるという商品だ。

嬉しそうに「これはおじさんのぶん」と言いながら、点灯させたライトを両手に持ちスピルバーグの映画に出てくるような武器でも持っているかのように森を照らした。確かに明るい。


「じゃあ、被害状況を確認して来る」


「署長さんに連絡しておかなくてもいい?」


「様子を見てオレから報告する」


 航は意気揚々と2つのライトを振り回し森へ入っていった。

28歳になってもこれかぁ…。

姉の美幸が愚痴をこぼすのもよくわかる。でも、子どもがいない無責任な気持ちだから思うのか、美沙にとっては可愛い甥のままでいてくれることが嬉しかった。

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