第18話 御霊



 背中合わせてアリアを囲うように東西南北に立ち、方陣を組む五人。

 自身の背に跨っているミヤを横目に見ながら、フィンドが口を開く。

「ウニよ。一つ聞きたいのだが」

「はい。なんでしょうか」

「飛んでいる敵をどうやって撃破するつもりだ? ミヤが心配ではあるのだが……」

「大丈夫ですよフィンド。ミヤと共に戦ってください」

 自身の背に跨り戦うか? ――フィンドはおそらくそう提案したかったのだろう。

 彼女が今から相対する敵カマエルが一番の強敵である以上、そこを崩さない限りこちらに勝ちはない。

 だけどそれに気付いたウニは、彼の話を遮り提案の不要を告げてから少しだけ笑みを浮かべて続けた。

「それに私も……今。飛べるようになりましたので」

 彼女が告げた言葉に素直に驚きの表情を浮かべるフィンドであったが、彼女の表情を見る限り虚言だとは思えない。

 ならば余計な心配であったと笑えばいい。

 そんなことを思いながら、

「ふっ……これで飛べぬ者はセキエンだけだな」

「フィン殿。拙者も顔面のみならば浮遊可能でござるぞ?」

「おじさん。私も自分じゃ飛べないから大丈夫だよ」

 フィンドの発言に少し不満げに返したセキエンであったが、ミヤにフォローされてしまっては肩を竦めるしかない。

「ふふっ……アリアが起きていたら怒られていましたね。セキエン」

 そう笑いながらに告げるウニの表情からは先程までの怒りは感じられないもので、つられてみんなが笑みを浮かべて、その場を和やかな空気が包み込む。

 だが、怪訝な表情を浮かべる者が一人だけ。

 サタナキアは不思議に思う――これから戦闘だと言うのに四人の纏う空気はやけに軽い。

 自分はアリアを含む全員の戦闘能力を把握できてない。

 そしておそらくはアリアが一番強いはずで、半分以上減った敵ではあるものの本物の天使は全員生きている。

 そのことに気付いてないはずもない。

 湧き上がる疑問に対して一々、質問をしている時間もなければ思考を続ける意味もないと定めサタナキアは無理やり抱いた思いに決着を付ける。

 自分が残りを殲滅すれば問題ない――と。

 だけど一応告げておく。

「私はアリア様さえ連れて帰れば任務完了……だったんだけど、皆に死なれるとアリア様来てくれないかもしれないしー。だからー……助けが必要なら早めに言ってね?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて話す彼女もまた纏う空気が軽くなっていることに、彼女自身気付いているのかいないのか。

「はっはっ。サタナキア殿。心配ご無用。拙者たちに手助けは……」

 必要ない。

 セキエンの言葉を遮るようにして「それ」が耳に届く――。


「我らの敵! 不浄の魂を即刻、浄化せよ!」


 天使カマエルより告げられたその言葉を、セキエンは聞き捨てることができない。

(――ふ、不浄の魂……けがれているだと? アリア殿が……? そんな馬鹿なこと……だとしたら貴様らは……)

 そしてもう一人。

 セキエン同様――いや、それ以上に怒りに震える者が誰よりも先に動き出す。

「元素精霊――召喚。ハイちゃん、オキちゃん」

 主人の呼び出しに応じて、姿を見せた二人の元素精霊はすぐさま水の生成に取り掛かる。

 水ビーム、レーザーと、いつものように陽気にその詠唱を口にはしない。

 自分たちを呼び出した主人の声色は、明らかに怒りを秘めているものだから。

 だから――。

「「放水――」」

 詠唱すべき言葉を決して間違えない。


 ウニは魔術が苦手である。

 全く行使できないというわけではなかったが、幼少のころに苦手意識を一度覚えてしまえば、イメージすることを怠ってしまう。

 どうせ自分にはできないから、やるだけ無駄だと無意識の内に能力に蓋をする。

 その結果、生み出せる水の量はせいぜいコップ一杯程度、水の七大精霊であるにも関わらず彼女の魔術の能力はあまりにも低い。

 仲間であるはずのウンディーネたちに笑われたこともある。

 憐みの目を向けられたことだってある。

 だけど、彼女はアリアと出会って強くなると決心した。

 自身の殻に閉じこもり綺麗なままの衣に身を包むただの少女から、アリアの隣で泥にまみれて戦える何者かに私はなりたいと願い、努力をしてきた。

 それが足りていてたかどうかは分からない。

 現時点をもってしても生み出せる量が少しだけ増えたというだけで、水の生成は苦手なまま、魔法だってアリアやセキエンと比べてしまえば得意というわけじゃない、体力も人並程度だろう。

 でも、それでも無駄な努力ではなかったと確信をもって言える。

 今、彼は隣にはいないけれど、背中を合わせて戦える家族であると言ってくれた。

(私には、それだけで……)

 その先に続けられる言葉は、一言で終わらせてしまうほど軽いものではない。

 いつだってウニはアリアへの想いだけで済んだ水のように清らかな心を維持してきた。

 だけど、今は――。

(許さない……許さない……どれだけ血にまみれようとアリアの魂は永遠に!)

 天使への怒りと殺意が、彼女の心を汚染していく。

 愛に付随する正の感情が力を与えることはもちろん有り得ることだ。

 だが、時にはそれら正の感情よりも怒りを含めた負の感情の方が大きく力を授けてくれる。

 今回は明らかに後者、ウニの中の負の感情が無理やり扉をこじ開ける。

「――タイダルウェーブ」

 彼女の詠唱に従って、元素精霊二人の手より放たれる水が明らかに量を増して地面に向かって打ち出される。

 それは彼女の魔術でも魔法でもない。

 合わせ技、または二人の魔術を助ける支援技とも呼べるその技の本質は魔力の譲渡。

 三人の体には契約者が死するまでの永久契約の印が刻まれている。

 それを介してのみ行える精霊と契約した際の最大の利点、それが魔力の受け渡し。

 主人より一方的に渡された魔力をもって、威力を強めたその水は地面に抉りながらも、大きく前へと跳ね上がる。

 天使たちから見たその様はまるで押し寄せる高波。

 それが合技――放水――タイダルウェーブ。

 だが、

(だけどこれは、当たらない)

 彼女の思いの通り、いくら高いとはいえ空を飛ぶものにその高波は当たることはない。

 だから彼女はその水の勢いを利用して続けて魔法を行使する。


「――ヒドラ」


 広範囲に打ち出された水をまとめ一本の波へと収束したそれは――まるで巨大な蛇のようなものに姿を変える。

 その蛇は、うねり唸るような音を立てながら一人の天使の元へと向かっていく。

「ハイちゃん、オキちゃん。水はもう大丈夫。アリアのことよろしくね」

 水蛇の完成を見届けるとともに二人にそう言い残して、彼女は蛇を操ることに全神経を集中させる。

 カマエルを捉えきれなかった水蛇を彼女は自身の元へと運んでくると、そのまま水蛇に飛び乗った。

 ウンディーネは水の上を歩ける。

 それは自身が操作する水の上であっても同じこと――故に、飛翔が可能となる。

 水蛇の上に立ち、飛翔していったウニを見届けた残りの者たちは、ただ唖然としていた。

「す、すご……」

 魔王に仕え、自身の力も強いと信じて疑っていないサタナキアですら感嘆と言った言葉を思わず溢してしまう。

 それほどまでにウニの作り出したものと彼女の行動は、常軌を逸している。

「拙者も岩を自由自在に浮かすことができれば飛べるでござるな」

 セキエンは自分で言っておきながら自分にはできないことだと確信している。

 偏に、精霊であるウニと自身との魔力量の差が大きく影響してくる。

 厳密に言えばできなくはない。

 だが、戦闘中行使すればたちまち魔力が消耗され、アリアのように戦闘不能となってしまう。

 それこそ彼のように一撃で多くの敵を葬り去ることができるのなら、行使するメリットはあるが、それもセキエンにはできないことだった。

「フィンド。私も飛びたい」

 ミヤの気持ちは分かるが言わなければならないだろう。

「私の背中で我慢してくれ。それと……こっちも来るぞ」

 カマエルが動き出したことで、四人と同じく呆気にとられていた天使たちが、アリアを殺さんと向かってくる。

 カマエルをサポートする天使はいないため、その数はおよそ二千。

 ウニがいなくなった事で三角に陣取り直して残りの天使を迎え撃つ四人の表情は、ウニとは違って余裕が伺える。

「私が残り! 全部やる!」

 翼の展開。

 サタナキアは久方ぶりに抱く、全力戦闘への高揚感を隠そうとはせず、跳ねるように飛翔を開始する。

 全部やる――サタナキアが告げたその言葉を許さない者が一人。

「アリア殿の剣ほどではござらんが。拙者の鎖も良く伸びる」

 セキエンはそう告げ懐から鎖を取り出し、自身の顔面と繋ぎ合わせる。


 GMS――顔面モーニングスターの完成。


 続けて一言。


「GMS――顔面メテオシャワー」


 詠唱が済むと同時にセキエンは自身の顔面を『後方』に勢いよく投げ飛ばす。

 そして釣り竿でも振るかのように、前方にいる天使目掛けて振り下ろされる顔面は、まさにメテオ。

 地属性魔法にて硬化され降下してくるその顔面に当たれば最後、命は欠片も残されない。

 天使に着弾し地面に激突する事で生じる轟音を、やかましいと思いつつ、

「まずは一匹」

 天使を仕留めたその顔面が、絶命した天使の上にて呟いた。

 まずは一匹――もちろん攻撃はこの一回では終わらない。

 セキエンはすぐさま鎖を引き顔面を後方へ飛ばす。

 そして振り下ろされる二回目のメテオが天使に着弾したことを確認してすぐさま三発目、四発、五――立て続けに何度も何度も繰り返されるその顔面はまさに流星群。

 故に、顔面メテオシャワー。

 後ろにて起こる地鳴りとその技に、若干顔を引き吊らせながらミヤは呟く。

「……フィンド。私たちも行こっか」

「……そうだな」

 もちろんフィンドも引いている。

 嬉々として自身の顔面を振り回すその戦士に、狂人の意を見たフィンドとミヤはとりあえず距離を取りたい、その一心だった。

風纏武装ふうてんぶそう――」

 フィンドは風を纏うと駆け出した。

 そしてまずは、

「向かう暴風――千弾波弾」

 自身の前方に広く展開する天使たちの攻撃目標をアリアから自身に移させるため、広範囲攻撃を仕掛ける。

 よし――およそ五百ほどの天使の意識が完全に自分の方へ向いたことを確認して、フィンドは駆ける。

 アリアから離れすぎればもしもの時、助けに向かえないのだがそれでも構わないと遠くへ、巻き込まないために。

「フィンド。あれをやるの?」

「ああ。そのつもりだ」

 高速で駆けるフィンドの背にて、振り下ろされないようにしがみついているミヤが彼の意図を理解すると懐から小さな花簪はなかんざしを取り出した。

 それをそのまま髪に留めて呟く。

炎纏武装えんてんぶそう――火冠かかんむり

 かんざしの花びらに火が灯る。

 炎纏武装、火冠これは、フィンドに跨って戦う時にのみ使う破型はけいの武装――。

 通常の炎纏武装であれば、下半身に火を纏う。

 それではフィンドに跨る今の状況では、彼を燃やしてしまう。

 そうしないためのものであるが、やはり通常の武装よりも扱える火力が数段落ちる。

 天使を相手にする今の状況で果たしてその選択が正解だったのかは、すぐに明らかとなる。

「十分距離ができた。ミヤ、やるぞ!」

 アリアとの距離に不安がないことを確認して足を止めたフィンドに呼応して、ミヤが詠唱を始める。


「乱れ咲く一条ひとすじの火――」


 火冠に灯る火に御札をかざして火をもらうと、すぐさま天使に向けて放った。

 背にてミヤが放ったその札が自身の視界に入ったその時、フィンドはいななく。


「追い立てろ扇風せんぷう――」


 微かに燃ゆる御札目掛けてフィンドの風が追い立てる。

 加勢を煽り、火勢も煽るその風にさらされ灯火は、業火に変わる。


「「華火はなび――枝垂しだやなぎ」」


 枝垂れて散り咲く炎の弾幕が天使目掛けて飛んでいく。

 天使五百に対して向かう炎は千や二千を超えている。

 回避する者、魔法にて相殺を試みる者。

 その行為が無駄だと言わんばかりに次から次に押し寄せる炎の弾幕が力及ばない者から焼き尽くす。

 ミヤとフィンドの合わせ技にて半分以上がその身を焦がした。

 天使相手に成果は上々と言いたいが、まだ半分。

 そして二人は捉えている――自分たちの技を食らってなお無問題と言わんばかりに立っている天使を。

「んぁ。カマエル様以外の火を浴びるのは久しぶりだが悪くはなかったぜ?」

 明らかに本物、そして上位の者。

 一目でそう分からせる要素は多々あるものの、なにより体躯が他の天使と違いすぎる。

 二メートルを悠々と超える身長、丸太のような太い腕、そして翼。

 燃えている。

「ん? ああ、この翼はお前らに燃やされただけだ。気にするな」

 そう言い羽ばたいて火を消したが、やはり他の天使とは異質。

 カマエルに負けず劣らずの緋色の翼を背負っていた。

「エヴィだ。よろしくな」

 にやりと笑いながら自己紹介をするその天使は天使というより悪魔と言われた方がしっくりくると二人は思った。

「お兄ちゃんに悪いこと考えちゃった。後で謝らないと……」

「私もだ。大丈夫。アリアは笑って許してくれる」

 そんなことよりも今は――フィンドはそう言い考える。

 エヴィと名乗る天使のみならまだしも、他の天使も二百以上残っている。

 自分たちに倒せる敵なのか――ミヤだけでも逃がすべきか。

「私がやるよ。フィンドは他の天使さんたちをお願い」

 ミヤに考えが読まれていることは今はいい。

 フィンドにも同じようにミヤの考えていることが分かってしまう。

 止めなければならない、彼女がやろうとしていることを。

「やめろ。ミヤ。二人で何とかしよう」

「大丈夫。ちょっと借りるだけだから」

 そう言って微笑みミヤはフィンドの背から降りた。

「……ミヤ。絶対に渡すな。ちゃんと戻らないと皆が悲しむ」

 満面の笑みで頷くミヤから視線を切ってフィンドはエヴィを睨みつける。

「ん? なんだ? お前が一人で俺の相手をするのか?」

 フィンドはその問いには答えない。

 そして視線をミヤへと戻す。

「大丈夫だよ。私は…………私も、負けない!」

 こんなに小さな女の子に強い覚悟が宿っているのだと、思いはすれども心配なものは心配でそばを離れられないフィンドの元に、

「もう乗ってあげないよ?」

 そんな言葉が投げ掛けられた。

 彼にとっては何にも勝る一大事、だからフィンドは引くしかない。

「ふっ……それは困るな……すぐにやつらを倒して戻ってくる」

 そっと微笑む彼女の笑顔を確認したのちフィンドは空を駆けあがる。

「おいおい! うそだろ!? さすがに俺も心を痛めるぜ?」

 エヴィは思う。

 自身の前に残るべきは明らかに逆であると。

 そもそも彼ら天使は敵はアリアのみだと思ってこの場へと出向いている。

 予想外が重なり、アリア以外の者と相対することになっただけだ。

 少しの思考の後、エヴィは気付く――目の前の少女は放置して、アリアを殺しに行けばいいと。

 そしてきびすを返してアリアの元へと向かおうとするが、


づまります――玉藻前たまものまえ大前おおまえに――かしこかしこみものもうす」


 後ろから聞こえる少女ミヤの声に反応して、エヴィは歩みを止める。

(抹殺対象がもう一人いやがった!)

 そしてすぐさま少女に向かって飛翔をする――が。

(消えた!? どこだ!?)

 予備動作無し、文字通り一瞬にして、その場から少女は消えていた。

「――こっちじゃ」

 その声が耳元で聞こえた時に反応してももう遅い。

 首を動かす前に、とてつもない衝撃がエヴィの頬を叩いた。

 鳴り響く轟音。

 エヴィ自身が味わった衝撃と、痛みは叩いたなんてものではなかった――砲弾でも飛んできたかのように頬を殴られ、飛ばされ、地面に打ち付けられた。

 それも一瞬のうちに。

「鍛えておいて正解だったぜ……」

 首を捻りながら呟いたその言葉はエヴィの独り言のはずだった。

「ほぉ。ならば加減は必要なさそうじゃの」

 声のする方へ首を向けたがすでにいない。

 いや、「すでにいない」という表現は正確ではない。

 初めから認識できなかったのだから居たのかどうかも分からない、だからエヴィにとってはただ「いなかった」だけなのだ。

 ならばすぐに自身に襲い来るであろう衝撃に備えて防御の構えをとったが――その衝撃はやってこなかった。

 エヴィは立ち上がり辺りを見回そうとしたが、すぐに気付く――背後になにかがいる、と。

 一瞬にして背後に現れた熱源。

 先程、自身の翼を焼いていた炎とは比べ物にならない程に強力な熱を自身の背後から感じる。

 そして今は夜のはずなのに後ろから照り付ける熱源のせいか、自身の足元から伸びる影は嫌にはっきりと揺らめいている。

 吹き出す汗は一瞬にして蒸発していく。

 水気を失った喉が水分を欲している。

 だけど、唾を呑み込むことよりも先に、まずは――そう思考をしたエヴィは、ゆっくりと振り返る。

 自身の背を照り付ける熱源の正体を確認するために。


 そこに居たのは先程の少女――のはず。

 だが、纏う空気も、纏う炎も様相が変わり果てていた。

 そして、その少女を目撃したエヴィの心もすぐに変わり果てることになる――。


「ふむ。ミヤは炎纏武装。と言っておったが我のは少し違うな……ふむぅ、そうじゃのぉ……炎纏九尾えんてんきゅうびと言ったところかの!」

 頭に留められた簪しか燃えていなかったはずなのに――今、少女の後ろにて轟々と燃えているそれは九本の炎の尾。

 お気楽そうに背後の炎を揺らしながら喋る少女の姿をした何かとは対象的に、エヴィは顔の筋肉一つ動かすことすらできないでいた。

「おい! どうじゃ! 何か答えんか!」

 少しだけ怒りを感じさせる口調で話すその少女に、今すぐ返事をしなければ燃やされてしまう。

 そう瞬時に思考をしたエヴィは止まらぬ汗のことは放っておいて、口を開こうとする。

 だが、

「答えても直に燃やすぞ? そういう約束だからの」

 驚きも、怯えも何も感じる余裕などエヴィにはない。

 思考を読まれた、それがどうした。

 燃やして殺すと言われた、だからなんだ。

 今、自分の目の前に降臨し――君臨しているそれは、自分たち天使であっても目にすることができない、絶対的な存在。

 神そのものなのだから。

「神。ではないがの……」

 その言葉にもエヴィは驚けない、驚かないのではなく驚いてはいけないのだ。

 そして感傷に浸りながら話す、少女の寂しそうな表情を確認してエヴィの目から涙が零れる。

 恐怖心か罪悪感か、エヴィ自身にすら分からない涙のわけを考える時間は残されていない。

「そうじゃな。我も約束は守る……久方ぶりに重力を味わえただけで満足じゃ。お主にも礼を言わなければいかんな……」

「いえ。もったいなきお言葉でございます」

 勝手にエヴィの口から出てきたその言霊は、確かな想いを乗せて少女に届く。

 彼から言葉が出たことを嬉しく思ってか、その言葉に乗せられた想いを嬉しく思ってか、少女は微笑む。

「そうか……」

 アリアのこともミヤのことも、自身の死さえも忘れてエヴィはただただ見惚れていた。

「では、さらばじゃ……」

 少女の背後にて儚くも豪快に燃ゆる炎がゆらりと揺らめきエヴィを包む。

 燃やされるエヴィの表情は微塵の後悔も感じさせないものであり、微笑みすらも浮かべているように思えるもので――。

 少女の頬に一滴の涙が伝う。

 

 零れて地面に落ちたその時に、少女は自身が纏う炎を消した――。



「……ありがとうございます」

 自身の眼前にて燃え尽くした灰に対してか、自身が降ろした者に対してか、ミヤは言葉と同時にお辞儀をしてから、フィンドの元へと足早に駆けていく――。


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