第1章 追憶

第15話 寄り添う



 天使との戦いに終わりを迎えてから、一週間経った今でもアリアたちは王都セピアに留まっていた。

 そのわけは、

「その人たちで最後だな……?」

「……多分な」

 アリアからの問いに、曖昧な返事をするライセ、その視線の先には綺麗に並べられた人々の亡骸。

 アリアの提案により、ライセとセキエンを含めた三人は見つけられるだけ、できるだけ多くの人を埋葬してあげようと今の今まで、街の人々をこの場に運んできていた。

「…で? ここに穴を掘るのか?」

「いや、それはしない」

 ライセの問いかけはもっともで、その場所は、強風を受け吹き飛ばされた後のような広場となってはいるが、大穴が空いていることもなければ、小穴がいくつも空いているわけでもない。

 埋葬するという提案のはずが、穴には埋めないというアリアの返答に、ライセはさらなる疑問を抱かざるを得ない。

 だが、

「二人は、下がっていてくれ」

 そのアリアの発言を受けて、ライセは抱いた疑問を問うことはせずセキエンと共に少し下がる。

 アリアは立った状態で、右腕を胸の高さまで軽く持ち上げると囁く。


心樹しんじゅ――アスタロト」


 それは詠唱。

 アリアの口から零れるように出てきたその言葉は、冥福を祈る言葉ではなく、魔術の詠唱だった。

 そして、アリアの目の前に一粒の小さな種が出現する。

「すごい――」

 綺麗、それとも眩しい、か。

 思わず呟いてしまった言葉の続きをライセは発せずに、ただ見つめていた。

 アリアの手には綺麗に、眩しく、そして儚く光る一粒の種が乗っている。

 その種をゆっくりと、自身の足元に置きアリアは少し後ろで待つセキエンたちの元まで歩き出す。

「行こう――」

 置かれた種の方を振り返ることはせず、アリアは二人に告げる。

 美しい輝きを放つその種をまだ見ていたいという気持ちに二人は駆られながらも、なにも言わずアリアの後に続いてその場を離れた。


 アリアたちは皆が待つ場所へ戻ると埋葬が済んだ事を告げて、すぐに街から一歩外へ出た。

「……アリア、それであれはなんだったんだ?」

 ライセは先程アリアが地面に置いていた種についての疑問を問いかけた。

「……見てれば分かるよ」

 その言葉にライセは首を傾げた。

 だが、アリアの宣言通りすぐに『それ』は姿を現した。

 そこはまだ街を覆うそびえ立つ外壁のすぐそばで、ライセたち七人がそれを見ることはできないはずなのに、地響きと共にセピアの外壁に迫り悠々と成長していくその樹は、まるで天にも届く勢いで成長し外壁の高さを突き抜け、街の半分を覆った。

 その大木――巨大樹を目撃してしまっては、驚くなんて言葉では済まされない。

 メイリーの頭の中にある言葉が過ぎる。

「世界樹……」

 世界樹――それは「根が大地の核となり、幹が地上を支え、樹冠じゅかんが天にも届きうる」と言われる一本の巨大な樹の名称。

 彼女が本で目にした世界樹と比べてしまえば、かなり小ぶりとも言えてしまう程に目前の樹は小さい。 

 だが、重ねて見えてしまうほどの圧倒的存在感がその樹にはあった。

「――心樹だ」

 アリアが訂正する言葉に、ではなく未だに上へと成長し続けているその木に意識を向けながら、ウニが問う。

「こ、これは、この樹はアリアの魔力で成長しているのでしょうか……」

 ウニの疑問ももっともだ。

 今、目撃しているその樹は明らかに魔術で出来上がっている。

 そして魔術とは、行使した者の魔力、自然を漂う魔力、そのどちらかで発動させるもの。

 天にも届く勢いで成長をやめない樹を、アリアの内在する魔力で作っているのだとすれば、理解できないほどの――天使や悪魔なんかでは到底敵わない程の魔力をアリアが秘めていることになる。

 そして、それはおそらく伝説として伝わる『神』にも匹敵する程の――。

 ウニの言葉は、その思いから発したものだった。

「いや、違うよ」

 アリアはあっさりと否定した。

 ウニはアリアに悪いと思いながらも「当然か」と納得していた。

 だが、

「この樹は、魔力で成長してはいない」

 その言葉には、全員が反応する。

 魔力で生み出し、操るはずの魔術・魔法なのに、目の前で成長している樹は魔力では成長していないと言うのだから驚きや、疑問を抱くのは当然の反応で――。

 そして、

「では、なにで成長を……」

 メイリーが代表して口を開いた。

「心だ」

 わけがわからない。

 皆の心の中は、その疑問で埋め尽くされた。

「いや、俺にも正確には分かってない。だが、確かにそう言ってた」

 言ってた――ということは、これはアリアの魔術ではないということで、そしてそれならば間違いなく。

 アリアの母、アスタリアの魔術。

 ミヤとフィンドを除く四人は、そのことだけを理解した。

 唖然としている六人に構わずアリアは続けた。

「この樹。心樹アスタロトは、母さん。アスタリアから聞かされてた魔術。種を作り出すまでは俺の魔力。だけど、成長を促すのは、その場に漂う心だと母さんは言っていた。魔力と同様に目には見えない、生きとし生けるもの、死した者。関係なく……この樹に寄り添う全ての心を吸い上げ成長する……」

 その言葉を一度で理解しろと言われても無理がある、だけどそれでも構わないとアリアは続けた。

「……そしてこの樹が与えてくれる恩恵は――」

「安らぎ……ですね」

 ウニが答えて、アリアは微笑む。

 生きとし生けるもの、死した者、関係なく。

 安らぎを与えてくれる樹――心樹アスタロト。

「……だからメイリー。ライセ。逝った者たちは、多分大丈夫だ。なんの確証もないが……なんとなく、そんな気がする」

 そう優しく笑いながら告げる、アリアの言葉に当てられて、メイリーとライセも思わず微笑む。

 メイリーは想う――。

 この国の者たちは、この樹を導にしてこの場に集まり、寄り添い安らかに眠るだろうと。

 そして、メイリーは想う。

 なんて優しく愛にあふれた魔術なのだろう――と。

「……ありがとう……ございます」

 彼女が告げる感謝の念も、溢れ出る涙のそのわけも、等しくメイリーの心であると、アリアは思い心樹を見つめる。

「――ああ。どういたしまして」

 抱く想いがなんであろうと。

 その心樹に寄り添うように立つ七人の表情は、とても――――。




 ――恵風の訪れと共に別れの時はやってくる。

「それじゃあ、俺たちはもう行くよ。また……いつか会おう」

「はい。またいつか……本当にありがとうございました」

 実に晴れやかな表情で、惜しむことなく告げる別れの挨拶は、少々あっさりとしたものだった。

 だがそれは、これで最後というわけじゃない――その思いから来たものだ。

 アリアたち五人は、手を振るメイリーとライセに背を向けて『一足先に』魔族領域を目指し歩き出す。

 そして、その場に残る二人は、

「一緒に行ってもよかったのですよ? ライセ」

「その気持ちも無くは無いけどな。俺はメイリー王女の護衛隊長だからな」

「もう王女ではありませんよ」

「……いや、王女さ。それよりメイリーの方こそ良かったのか?」

「はい。ライセはともかく、私は足手まといになってしまいますから……」

「アリアは気にしないと思うけどな」

「私が気にするんです」

「ふっ……そうか」

「……そうですよ」

 では――落とした顎を引き上げてメイリーは言う。

「行きましょうか」

 その土地に残れば危険であるにも関わらず、笑顔で話す二人の足取りは、様々な想いに満たされていて、とても軽いものだった――。




 メイリーとライセに別れを告げてから、人が消えれば、天使も消えたその国を早々に抜けて、魔族領域へと戻ってきたアリアたち。

 早々とは言ったものの、一日二日といったものではなく、一週間という時間を要してはいたのだが。

「そういえば、あいつらに日纏を襲った天使かどうか、聞くの忘れてたな」

 アリアの言葉で。

 そうだった――と、残りの四人も顔を上げた。

「お前らもか……」

 自分もそうなのだが、ミヤとフィンドも忘れているとは、そう呆れを浮かべながらアリアは笑った。

「と、ところでアリア。これからどこに向かわれるのですか?」

 少々強引に空気を変えようと、ウニがアリアに問いかける。

 アリアとしても、自分もミスをしているものとして、話を変えるのは大賛成だった。

「あ、ああ。そうだな…………どうしよう」

 アリアは馬鹿である。

 考えなしに、なんとなく自分は魔族なのだからと魔族領域に戻ってきただけであった。

 そのため、目的はあれど、行先は全く決めていない。

 どころか、今どこにいるのかすら分かっていなかった。

「アリア殿。何も言わなかった我々も悪いのでござるが……もう少し色々考えたほうが良いでござるよ」

「考えてはいるさ。適当にその辺を飛んでる天使を捕まえて吐かせればいいんだ」

「それは考えてるうちに入らんでござるな。それにアリア殿は何かしらに怒り、話を聞く前に殺してしまうでござるよ」

 アリアは今までを思い返し――確かに。

 そう思った。

 そして、むむむと唸りながら思考をするアリアに、ミヤが問いかける。

「お兄ちゃんたちは、なんで天使を探しているの?」

 アリアたちはミヤとフィンドに、フィリアへ行く理由は教えていたがそれ以外は伝えていなかった。

 だからミヤの疑問も、もっともなわけで――。

「お兄ちゃん!?」

 アリアはなぜだかテンションが上がっていた。

 出会った初日に一度だけ呼ばれたこともあるのだが、そんなことは忘れており、それ以降は「皆は」とアリア個人に対してミヤは話しかけたことがなかった。

 フィンドはもちろんのこと、ウニやメイリーにも心を完全に開いている様子ではあったが、男性陣は怖かったのか、緊張なのか少しだけ距離を感じていた。

 だから、初めてのアリア個人に話しかけてくれたことを素直に嬉しく思い、そのままとても嬉しそうな表情で聞き返していた。

「う、うん」

 だが、そっちに反応されるとは思ってもみなかったミヤは、アリアのテンションに押され気味の返答を返す。

 つまりは、引いていた。

「アリア殿。ミヤ殿だけではなく、全員引いているでござるよ。どうされたでござるか」

 セキエンの言葉で我に返り、全員引いているはずはないとウニを見た。

 笑みが引きつっている――つまりは引いていた。

 アリアはウニにまで引かれている事実に傷つきながら、少し肩をすくめて話す。

「……いや、今までミヤから個人的に話かけられたことなかったから嬉しくて……それに、俺に兄弟とかっていないし。それで、お兄ちゃんって呼ばれることに憧れがあったから、ちょっとテンション上がりすぎちゃっただけだ」

「それでしたら言っていただければ私が呼んであげましたのに……」

「いや、ウニって年上じゃん。それに呼ばせるのは気持ち悪すぎるだろ」

 今度はアリアが仕返しと言わんばかりに、ウニの提案に引き気味に答えた。

 結果、ウニは地面にめり込んだ。

 アリアは、やりすぎたと後悔しながら、すかさずウニを引き抜き一言。

「ウニ、好きだ」

「はい、愛してます」

 セキエンは今にも踊りだしそうな様子で組み合うその二人は放置して、

「ミヤ殿。拙者のことはなんと呼んでくれるでござるか?」

 ぐいっとミヤに顔を近づけ問いかける。

「お、おじさん」

 それはアリアの仕込みであった。

 だが、そんなことは知らないセキエンは、やはり地面にめり込んだ。

 セキエンを引き上げる者はいないため、アリアが今日はここで一泊すると告げてからボソッと呟くように詠唱をする。

「た、匠の木造建築――改」

 すでにその詠唱を馬鹿にする者はいないのだが、気恥ずかしさがあるために皆に聞かれたくないアリアであった。

 外にてめり込むセキエンを放置して、アリアたちは家の中に入る。

 一週間経った今でも広く感じてしまう寂しさを紛らわせるように、ミヤから問われた本題である自分たちが天使を探すわけを二人に説明した。

 


 自身の故郷フェリーチアを天使に攻め滅ぼされ、母や街に住む人たちを失ったこと。

 事細かくというわけではなく、伝わる範囲で省略しながらも一時間ほどで話は終えた。

「そうか。アリア殿も……」

 そのフィンドの言葉に続くのは、母親に良くない思い出を、だろう。

 ミヤとは違うが、良くない思い出であることは間違いない。

「あ、ごめんなさい……」

 ミヤは謝ったが、もちろんアリアは気にしない。

 それに、

「いいんだ。俺なんかよりミヤのが辛いだろしな。俺は母親に裏切られたわけでもない。死ぬ間際までいい思い出だ」

 言葉通り、死んでからが嫌な思い出であり、それは母に対しての思いでもない。

 全ては天使によるもので構成されたアリアの負の感情。

 だが、ミヤは違う。

 母親自身に捨てたように置き去りにされ、悪魔とともに都を攻めた、その後ミヤが追われる可能性に気付いてないはずもない。

 つまりは見殺しにどころか、殺されかけたも同然で。

 アリアの言葉通り、自分なんか幸せな方でミヤの方が明らかに辛い思いをしている。

 否、し続けていると言ってもいいだろう。

 その場を重苦しい空気が包み込む。

 自分たちにミヤの心を理解はできない――だが、フィンドと同様に寄り添うことはできる。

 アリアはそう思って、

「ミヤ。俺たちと家族になろう」

 自身の胸の内に抱いた想いをそのまま言葉にした。

 ウニは微笑む。

 こんな言葉を恥ずかしげもなく言えるアリアだから私は心底、彼に心酔してしまうと心に秘めて。

 ミヤの瞳に涙が溜められていく。

「……うっ……うぅ」

「い、嫌だったか?」

 自分の言葉のせいだと、アリアは思ったがミヤが大きく首を横に振ってくれたことで、すぐに安心することができた。

 ミヤは嬉しかった。

 フィンドは家族、だけどフィンド以外の誰かとまともに話したことすら、日纏にいた時はなかったのに――逃げ出した、その先で出会えた者たちはこんなにも自分に温かさを運んでくれる。

 新しく建てられ続けるその家は毎日新品で、初めて来たはずの場所なのに。

 やっぱりあったかいとそう感じてしまう――。

「ミヤちゃん……いえ、ミヤ。私もミヤのお姉さんになりたいです」

 ウニがそう言いミヤを抱きしめる。

 そして、

「アリアがお兄さん、私がお姉さん。フィンドは?」

「……お父さん」

 ウニの言葉にミヤが答える。

 フィンドは照れたように顔を背けたが、とても嬉しそうで。

「そういうことなら拙者も、おじさんでいいでごさるよ」

「なんだ、復活したのか?」

「仲間外れは嫌でござるからな」

 笑う。

 ――アリアにつられてウニが、セキエンが、フィンドが。

 そしてミヤが笑って完成するそこは、まさに一家団欒。

 ミヤが、アリアが――皆が、家族となった瞬間だった。

 アリアの中で誰にも気付かれず燃える炎が、また灯火に戻ったこともやはり誰も気付くことはなかったが、それでもそれは良いことだと、そう言える――。



 しばらくして急な恥ずかしさに見舞われたセキエンを除く四人は、うつむきもじもじとしていた。

 セキエンはただ黙って――いや、笑いを堪えながら、その沈黙を見守っていた。

 この空気をなんとかしなければ、その一心でなんとなくお兄ちゃんが口にした言葉が、沈黙を破る最適解となる。

「そ、そういえばミヤもお姉ちゃんになるな!」

 皆一様に首を傾げた。

「ウニ。二人を呼んでくれ」

 その言葉を受け、すぐに理解したウニが大きく頷き祈るように手を握る。

「元素精霊――召喚。おいで、ハイちゃん、オキちゃん」

「はいはーい!」

「おー」

 現れた二人の元素精霊ハイちゃんとオキちゃんはミヤより十センチほど身長が低い。

 故に、ミヤはお姉ちゃんだとアリアは言ったのだ。

 ミヤは満面の笑みで二人を迎え入れた。

「ハイちゃんオキちゃん! こんにちは!」

「ミヤ―! こんにちはー!」

「ミヤ―! こんちわー!」

 普段は気だるげな様子のオキちゃんもミヤにつられてか、元気に返している。

 三人はすでに仲良しだった。

 フィリアへと向かう道中の訓練の際にしか会ってはいないが、大人に囲まれた状況だったわけもあり、ミヤはすぐに二人と打ち解けた。

 偏に、ハイちゃんのコミュニケーション能力の高さのおかげでもあるのだが。

 こうして、お兄ちゃんの発言を皮切りに、元の活気を取り戻す――。



 一時間は経っただろうか、自作のお茶をすすりながらアリアは窓の外を眺めていた。

「あの三人を見てると……和むなぁ」

「はい、そうですねぇ」

 同じくウニもお茶をすすりながらアリアの呟きに答えた。

 二人のかもし出す雰囲気は、熟練夫婦を思わせるものがある。

 その二人の視線の先、窓の外ではハイちゃんとオキちゃん、それからミヤちゃんがワイワイと遊んでいた。

 見たところ追いかけっこをしているようだ。

 自分も混ざりに行こうかとアリアが思い始めたところに。

「そういえば、家族になるのはよろしいが二人とも。よかったでござるか?」

 和む二人にセキエンが問いかけた。

「なにがだ?」

「お二人はお兄ちゃん、お姉ちゃんになったわけでござるが……それだと近親そ……」

 セキエンの頭が宙を舞う。

「ぶっ飛ばすぞ!」

 すでにぶっ飛ばした後であった。

 ウニさんが「ばんっ」と机を叩きながら立ち上がる。

「はい! 私たちまだやってませんから!」

 その発言に場が凍り付く。

「……あのウニさん。そういうことではなくてですね」

 血の繋がった家族では無いのだから――そうアリアが丁寧に説明しようとするものの。

「そういうことをするつもりがないのですか……?」

 そう口にするウニの瞳はとても潤んでいて、勘違いだと告げることより、この健気な少女を喜ばせたいとアリアはそう思った。

 興奮により頭に血は上らない。

 下に血が逆流していく感覚をしっかりと味わいながら、心で叫ぶ。

(近親上等!)

「そういうこともウニとしたい!」

 ウニの肩を力強く掴み、アリアは宣言した。

 その宣言を受け、ウニは満面の笑みを浮かべる。

「はい。アリアに貰っていただくために、私は産まれてきましたので」

 アリアは下半身の火照りを感じて、今すぐにそれを頂きたいと思ったが――。

 同時に二人を刺す冷ややかな視線も感じ取り、どこにいるのかを思い出す。

「アリア殿。ここでは始めないでいただきたいでござるよ」

「はい。わかってます」

 アリアは顔を赤らめ肩を小さくして着席し、ウニは残念そうに着席した。

 その二人の様子を、苦笑いを浮かべて見ていたフィンドが思い出したようにアリアたちに告げる。

「そういえばアリア殿。以前……」

「待てフィンド。セキエンはだめだがフィンドはアリアでいいよ。お父さんだしな」

 軽く微笑みを浮かべフィンドに告げたが。

「アリア殿! なんで拙者はだめでござるか!」

「おじさんだからだ」

 反応したのはやっぱり、おじさんだった。

 ぶーぶーと文句を言うセキエンを横目に、フィンドは微笑み。

「わかった。これからはそう呼ばせてもらうアリア」

 その返事に満足そうに頷いた後。

「話を遮って悪かった。それで? 以前って言ってたな」

「ああ。以前話したのだが覚えているか? ミヤの呼び名を」

 ミヤの話なら色々聞いたが、呼び名と言えば一つしかない。

「神童。だろ?」

 フィンドは頷き、話を続ける。

「神にも近しい能力を授かった童。それで神童。そう解釈されたと思うが…」

「違ったか?」

「いや、それ自体は間違っていない。だがミヤの場合はもう一つ意味を持っている」

 アリアはフィンドが何を言おうとしているのかは分からなかったが、雰囲気ですごいことなのだと理解し、緊張を表情に浮かべて問う。

「なんだ?」

「神を降ろす童だ」

 神を降ろす――それがどういうことなのか、一瞬では理解できず、アリアは無言になりフィンドが続けた。

「正確には神ではない。言い方は悪いが、神のなりそこない。神に敗れた者たち。言わば、神と同等以下の者を、ミヤは自身の中に降ろすことができる」

「……以前言ってた降霊術ってやつでか?」

「そうだ」

「でも死した者しかだめなんじゃ……」

 そこまで口にしてアリアが気付き、フィンドが肯定する。

「そう。神に敗れ、すでにこの世を去っている」

 そして、大きくこの世に未練を残すことになる者が大半だった。

 その中で同性のものしか無理とは言っても神だ。

 それがどれほどの力になるのか、アリアには分からなかった。

「あの、でも神って本当にいるんですか? 空想の存在なんじゃ……」

 ウニの問いも分かるが、

「ウニ。この話の凄いところはまさにそこだ。ミヤは知ってるんだ、神がいることを。なぜなら自身がそれと戦ったものと話せるんだから……」

 天使は神の創造物である。

 この世界において、その話は広く知れ渡っている。

 天界に住まう神が天使を作り、悪しき者との調停を命じた。

(神が本当に要るとしたなら、神は一体なにをしている)

 悪しき者との調停、すなわち戦争を止めるために神は天使を作り出した。

 だが今は、はっきり言ってしまえば天使こそが悪しきものだ――戦争を止めるどころか、戦争の引き金をあちこちで引いている。

 故に、神は一体なにをしている――アリアはそう思った。

「天使に聞きたいことが増えたな……」

 そしてアリアは気付く。

「いや、待てよ。師匠たちが悪魔になる前は天使だったはずだ。だったら師匠たちは知っているはずだ。悪魔たちも一体、何してんだ? いや……だからか? 神は確かに居たが、その神が消えたせいで師匠たちが悪魔になった……か?」

 考えすぎだな――――アリアはそう思おうとした。


「ピンポンピンポーン! だーいせーかーい!」

 アリアはすぐさま剣を抜いて、声の主に向きを変えた。

 窓に立つ一人の女。

 なびく桃色の髪は夕日に焼かれ赤く染めあげられている。

 そしてもう一つ赤く染まる物――その女の背には翼が展開されていた。


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