第14話 始まり



 ウニは顔をしかめている。

 彼女の視線の先にはアリア――と、メイリー。

(おかしいです。アリアはいつも通り……のはずですが。メイリーは明らかにおかしいです)

 むむむ――そう唸りながら料理中のメイリーを観察するウニ。

 普段は料理になんの関心も無いはずのアリアがメイリーの隣で立って、料理の指導を受けている。

 そのアリアの行為は変わってると言えば変わっているが彼のメイリーに対する態度は至って普通なもので、ウニもそれを問う気はないのだ。

 だが、メイリーはどうだろうか。

 笑顔の質が、一段――いや、二段、三段と上がっているようにも思えるし、今まではアリアと普通に話していたはずなのに、今はチラチラとしかアリアを見れていない。

 なにやら頬を赤らめているし、なにより――。

「アリアさ……アリアは、トマトがお好きなのでしたよね。なら今回はトマトを使った料理をお教えしてさし…教えてあげます」

 アリアさんと言いかけて直しているし、言葉遣いがとても丁寧なものに戻っている。

 それに何となくではあるが、嫌な予感がする。 

 ウニはその後も二人の――特にメイリーの観察を続け、決定的瞬間を目撃して――いや、聞いてしまった。

「そういえば、メイリー。あの時の天使に、教えた技は使ったのか?」

「はい、それでも敵いませんでした。申し訳ありません。折角"アリア様"が教えてくださった技なのに……はっ」

「あ、アリア様はやめてくれ……」

「申し訳ありません! つい!」

 ウニは思った。

(アリアさんではなく、様だったのですね!)

 それからウニは瞬時にメイリーの胸の内に抱く想いを確信し、愕然がくぜんとし唖然あぜんとしていた――が。

「アリア! ……じゃなくてメイリー! 浮気です!」

 気を取り直してメイリーに向かってそう告げ、グイグイと向かっていく。

 メイリーはウニに浮気と言われ、自身のアリアに対する想いを気付かれたことに気付き、そしてそれをアリアに聞かれてしまったことで声が出せずにいた。

 そう、アリアにも伝わってしまったと思ったからだ。

 しかし――アリアは全く気付いてなかった、アホである。

 顔を真っ赤に染めたまま立ち尽くすメイリーの手を引いて、とりあえずウニはその場を後にした。

 残された"アホ"にセキエンは忍び寄り一言。

「アリア殿。有罪でござるぞ」

「え、なにが?」

 半分、冗談で言ったがアリアは何も気付くことなく、メイリーに接していたと分かり本気の有罪判決をセキエンは心の中で下した。



 メイリーはウニに手を引かれて外に来ていることがわかると、持ち前の聡明さを取り戻し、すぐに状況を理解した。

「う、ウニ! ごめんなさい!」

 ウニは丁寧に腰を折って、謝る彼女を見て微笑みを浮かべる。

「別に怒ってませんよ。その気持ちを痛いほどに理解できてしまいますから」

 その言葉に驚きと納得、両方を感じ苦笑いを浮かべるメイリー。

 そして、ウニがムスッとした表情に切り替え続ける。

「ただ、渡したくありませんので。こうして連れ出してきてしまいました」

「い、いえ。頂こうとかそんなことは思っていません!」

「それも、分かっていますよ」

 ウニに信用されていることは素直に嬉しいと感じたが、同時に胸の痛みを自覚してしまって、メイリーは少しだけ沈んだ表情を浮かべてしまう。

 それは、ウニへの罪悪感、そして――アリアとの関係が変わることはない悲しさからだろう。

 ウニはそのメイリーの想いを正確に把握し、提案する。

「私は、アリアが決めたことには従います。ですから、メイリーも……アリアに……お、想いを、お伝えになってはいかがでしょうか……」

 明らかに嫌な気持ちを抑えきれず話すウニの様子を見て、メイリーはさらに心を痛める。

「いえ、それはできません。アリアに選ばれるわけがないと分かっていますから。それに……」

 アリアに否定され、関係が今以下に壊れてしまう事が怖い――。

 ウニはまたもやムスッとしてメイリーに告げる。

「行きますよ!」

「え。どこに」

「アリアのところです!」

「え、えー!」

 そう告げメイリーの手を引き、アリアのところへと戻るウニとメイリーだった。


 ウニがムスッとした状態でメイリーを連れ、帰還したことにより、その場に緊張が走る。

 だが、アホは何も考えていなかった。

「アリア!」

「はい」

「メイリーが話があるそうです!」

「え? あ、はい」

 故に、気の抜けた返事をしてしまう。

 その返事を聞いてウニがさらに声を大きくしてアリアに告げる。

「アリア! 大切なお話です!」

「わ、分かったから。落ち着いてくれ」

 むぅ――と、むくれながらも落ち着きを見せるウニを確認して、アリアは胸を撫で下ろした。

「それで? メイリー、話ってなんだ?」

 っ――言葉にならない声がその場に響く。

 その様子のメイリーを見て、またもやアリアは顔を覗き込んで言った。

「どうしたんだ?」

「あ、あの…見ないでください!」

 今度はめり込まなかった。

「あ、あのウニさん」

「待ってくださいアリア」

 真剣な眼差しでアリアを止めたウニはメイリーに問う。

「連れてきたのは私ですが……別に、無理にとは言いません。ただ、あの時言えばよかったと、後悔してほしくないのです。メイリーは友達ですから」

 仲間ではなく、友達と言ったウニの心境はどのようなものだったのか。

 彼女自身にしか分からないが、それでもやっぱり嬉しくて、メイリーは心を決めた。

「ありがとうございます。ウニ」

「いいえ」

 二人は顔を見合わせ笑う。

 アリアは穏やかに笑うその二人に見惚れていた。

「アリア。助けてくれてありがとうございました」

 メイリーの言葉で、ハッとしたアリアは気を取り直して答える。

「あ、ああ。約束したしな。別に感謝されることじゃない」

 やっぱり――そう思いながらメイリーは続ける。

「そういうところも含めて、頼もしくて。か、恰好がよいのです」

 なぜ言葉が詰まったかはさておいて、アリアは褒められたことを素直に嬉しく思う。

「で、ですから。こ、心からお慕い申し上げます。アリア」

 アリアは一瞬何を言われているのか分からなくて固まってしまったが、すぐに理解するとウニに視線を逸らした。

 その視線に気づいたウニは穏やかに微笑み、小さく首を縦に振る。

 そして、意味をしっかりと理解したアリアは、言葉を探す。

「あ、ありがとう。嬉しく思います」

 なぜだか、丁寧な口調で返したそれはただの照れ隠しで、とにかくそれでも言わなきゃいけないことがあるとアリアは続けた。

「でも、ごめん。俺はウニのことが好きだから、だから……」

 諦めろ、なんて言えるわけもなく。

「はい。大丈夫です。分かっていましたから。ウニが伝えないままではいけないと、叱ってくれましたので、伝えただけです。アリアが気にすることではありません」

「そうか。ありがとう」

「はい!」

 そう言って微笑むメイリーの表情は晴れ晴れとしていて気持ちが良い。

「別に私は、アリアがいいというなら構いませんよ? メイリーともお付き合いしていただいて」

 にっこりと微笑みながら告げるウニさんのそれは、ただの罠のようでならない。

 だから、アリアはしっかりと答えた。

「いや、俺はウニだけと付き合っていくよ」

 よし、完璧に言えた。

 そうアリアは心の中でガッツポーズをした。

「そうですか……残念です」

 へ? ――そう言わざるを得ないだろう。

 メイリーですら驚きの表情を浮かべている。

「え、じゃあ……」

「アリア! 浮気ですか?」

「どっちなんだよ!」

 アリアの魂のツッコミが夜のセピアに響き渡る。

 こうして一人の王女の短く儚い恋物語は実りはせずとも実りになると、静かでなくとも穏やかに終わりを迎えた――。




 氷原の孤島コキュートス――。

 そこは七大精霊、氷を司るフラウの住処。

 氷のみで生成された極寒の地――の、はずだった。

 氷の大地にポツンと一つ、されどもそのサイズはポツンなどと呼べるものではない巨大な城が今はある。

 その城に住む者は氷の精霊フラウだけではない。

 机に顔を伏して、退屈に身をやつしている金髪の女性。

 自身が座る椅子をキィキィと音を立てて揺らしている。

 その女性がいる部屋の扉が、静かに二回叩かれる。

「……入っていいぞ」

 机に顔を伏したまま、彼女がそう告げると扉が開かれ、メイド服を着用した女性が部屋の中へと入ってくる。

「ルシファー様、ご報告が御座います」

 魔族領域の北海にて山の如く悠々と聳え立つように浮かぶその孤島は、その昔地獄であるとされていた。

 と言っても、氷点下三十度を下回ることがないその環境下では生き辛い程度のもので、人間にしかその話すら伝わってもいない。

 だがやはり、極寒の地であることには変わりはなく、ここに住む者は変わり者だと言ってもいいだろう。

 そしてさらに変わっていることがもう一つ。

 机に伏したその金色の髪をなびかせる女性――神体的支柱しんたいてきしちゅう八魔王サタン『ルシファー』が構えるその巨城には、彼女も含めて女性のみが存在している。

 その理由は、彼女にしか知る由はない。

 ルシファーの従者である女性は、緊張した表情で主の言葉を待つ。

「……報告? 戦争のことなら興味ないから、ベルにでも言ってくれー」

 やはり机に伏したまま、手だけふらつかせて答えるルシファーに恐る恐ると言った様子で口を開く。

「いえ。戦争のこと……ではあるのですが……」

「おい、興味がねえって……」

 ふらつかせた手を止めて、うんざりと言った様子でルシファーは口を開いたが、

「アスタリア様の」

 ぴくっ――続けられた従者の言葉には反応せざるを得ない。

 興味のない話には、とことん興味を示さないルシファーであったが、久しく耳にしないその名にはやはり多分の興味が含まれているようで、机に伏していた上体を起こしてにやりと笑う。

「で? アスタリアがなに」

「アスタリア様のご子息が、フィリアに侵攻していた天使を殲滅したようです」

 従者の言葉に、さらに笑みを強める。

「……へえー」

 その様子からは、この時を待っていたと喜んでいるようにも感じられるものがあった。

 そして少し思考をしてから。

「サタナキアを呼べ」

「はい、すぐに」

 ルシファーは従者が下がったことを確認して、机に肘を付け考える。

 自分のことを、アスタリアのことを、そしてアリアのことを。

 しばらくすると乱暴に扉を叩く音がして、考えるのを一時中断した。

「入れ」

「サタナキア様、参りましたー! で、なに? ルシファー様、用事って? 肩? 肩でも揉ませて貰えるのー?」

「うるさい、少し静かに喋れ」

「えー! 久しぶりに呼んでくれたのにー! つーれーなーいー!」

 このこのーと言いながら全然静かにならないサタナキアの様子に嫌気がさしたのか、ルシファーは怒気をはらませ告げる。

「黙るか、殴られるか。選ばせてやる」

「はい! 黙ります!」

 綺麗な敬礼をして即答するサタナキアに溜息を吐いてから要件を告げる。

「はあ……アスタリアの息子、アリアがフィリアに居るらしいから連れてこい」

 ――黙ると言ったからだろうか、息すら止めてぷるぷると震えるサタナキアは面白くもある、が。

 今はそんなことより返事が聞きたい。

 だから、

「はあ、喋っていいぞ」

「ぷはぁ! えー! 行きたくないー! フィリアってとおいいじゃーん! あ! ベル様! ベル様に頼みましょうよー! よーし! そうと決まれば、さっそく伝えてきまーす!」

 ルシファーは笑みを浮かべてはいるものの引きつった口角から分かるそれは、明らかに怒りであった。

「お・い。行かないなら氷に埋めて、すり潰してかき氷にして食べちゃうぞ?」

 なにやら可愛げな口調でルシファーが口にしているそれは、ただの死刑宣告であった。

「はい! このサタナキア! 誠心誠意連れてまいります!」

 再びルシファーに向けられたそれは、一分前にも見たことがある綺麗な敬礼である。

「あ! でも一つだけ!」

 指を一本、頬の横に立てるその姿勢も敬礼のように見えなくもないと思いつつ。

「なんだ?」

「無理やり? 力づく?」

「それはどっちも変わらない――はぁ、そうだな。お前に死なれても困るし、断られたら引き返してきていいぞ」

 自身が座る椅子でくるくると回りながら話すルシファーに、サタナキアが不服そうに話す。

「ルシファーさまー、あたし死なないよ? あんな雑魚の息子にやられるわけないじゃーん」

 椅子が止まる。

「おい、思ってても口にはするな。特にベリアルとバアル……それからアリアの前では」

 ルシファーの言葉は怒気をはらんだものだったが、サタナキアは不服の表情を変えていない。

 だが、何かに気付いたようにルシファーに問いかける。

「ん? さっきからアリア、アリアって会ったことあるの?」

「……ああ。数回な。だが、向こうは小さかったし覚えてないだろ」

 そう話すルシファーからは、哀愁のようなものが僅かに感じられるが。

 問うのは逆効果な気がして気には留めない。

「ふーん。ま! いいか! それじゃ! 行ってくるねー!」

「待て! 出る前にベルを呼んでくれ」

 くるりと勢いよく反転したサタナキアを呼び止め追加の指示を出したが。

「えーやだー。ルシファー様が直接行かないと怒るんだもーん」

「お前さっきは伝えに行こうとしてただろ」

「それはそれー。これはこれー」

 それだけ言い終えると手を振りながら勢いよく扉から出て行った。

 はぁ――ルシファーは溜息を吐くと、車輪の付いた椅子に座ったままコロコロと移動し、扉の前まで移動する。

「おーい! ベルー! ちょっと来てくれー!」

「はい。なんでしょうか、ルシファー様」

 どひゃ――――ルシファーは耳元で返事をされ、驚きのあまり椅子から落ちた。

「お前! いつからいた!」

「いえ、今来たところですが…」

「嘘つけ! なんで私の後ろにいるんだよ!」

「はい。そうですね。ルシファー様がおーいの『お』と言った段階で。はっ! これは私が呼ばれる! そう確信しまして、すぐさま部屋を飛び出しました。そして、ベルーと呼ぶ段階で、ムーンサルトでルシファー様を飛び越え通過。後はお声がけが終わるのを待っておりました」

 いや、色々聞きたいことだらけなんだけど――そう思ったが無駄だと察し、とりあえずルシファーは椅子に座りなおす。

 そして違う疑問を抱き彼女に問いかける。

「え、お前。自室にいる時もメイド服着てんの?」

「はい。今回のように、いつ何時、どこへ呼ばれようとも即座に駆け付けられるよう、着用しております。もちろん! 寝ている時もです」

「そ、そうか」

 ベルはルシファー専属メイド、メイド長を自称しており、ルシファーと会う際は常に黒を基調としたメイド服を着用している。

 ルシファーは「ヤバいなコイツ」と思ったが、これ以上問答を続ける方がヤバいと感じ本題へと移る。

「――それで、ベル。魔王を全員、招集しろ。場所はどこでもいいが……できれば、ここがいいな。動きたくないし」

「それでは力づくで連れて参ります」

 お前もか――ルシファーはその想いは口には出さずに続けた。

「あー。でもレヴィとバアルは無理には連れてくるな。あいつらのとこは大変だしな……だが、用件はアスタリアの息子に関することだと伝えろ」

「はい、かしこまりました」

 返事をしてすぐに部屋から出て行ったベルを確認すると、ルシファーは息を吐いた。

「さて、どーするかなー」

 先の天望を想像するルシファーは、一人となったはずのその場所で退屈の紛れを喜ぶかのように、僅かに微笑んだ――――。




 使族領域、とある国の熾天宮――。

「めずらしいな、お前がここに来るなんて――」

 急な来客に対して、椅子に腰を掛けたまま、そう告げるのは大天使ミカエル。

 そしてミカエルの目の前には三人の天使たちが立っている。

「…………」

 ミカエルの言葉に何も答えないその天使は、後ろに控えている二人とは明らかに纏う雰囲気が異なっている。

 それはまるでミカエル同様の大天使を思わせるもの。

「……それで? 何の用だ?」

「…………」

 ミカエルは話さない目の前の天使から視界を切り、後ろの二人に目を向ける。

「はい。わたくしミスリルがラファエル様の代わりに――」

 大天使ラファエルの従者ミスリルがミカエルからの視線に答え、口を開かない主に代わり用件を伝える。

「カマエル様より放たれた三本の火矢、及びそれに付随していった者共が、一人の悪魔によって殲滅されたことはご存じでしょうか?」

 ミカエルはその発言を受け、眉を少しだけ動かしたがそれ以上の反応は特にせず、淡々と。

「フィリアの人間の殲滅に失敗した。ということか?」

「はい、と言っても残ったものは二人のみ。その者たちもフィリアを出るつもりのようなので、そこは問題ではないかと……」

 ミカエルは思案する。

 自分たちに比べ劣っているとはいえ、その三天使を一人で殲滅できる者の存在を。

 そして問う。

「……八魔王の誰だ?」

「いえ、八魔王の誰でもありません」

 ミカエルはさらに思案する。

 魔王以外に、複数の天使を殲滅できる実力を備えた悪魔を。

 一人一人、名前を思い浮かべて思案し、思いのほか該当する悪魔がいることを面倒に思い、ミカエルはその事に怒気を込めて話す。

「……誰だ」

「アリア。という者です」

 ――少しの沈黙の後、ミカエルが静かに告げる。

「……カマエルを向かわせる」

「ミカエル様が向かわれた方がよろしいのでは?」

 ミスリルのその問いに威圧を込めた視線を返してから。

「……俺には他にやることがある」

 ミスリルには推察することが叶わないその内容を、ミカエルに問うこともできず、彼はただ黙るしかなかった。

 少しではない沈黙の訪れ。

 だが、ここまで一言として話そうとしなかった、その大天使が沈黙を破る。

「……ルシファー様は動きませんよ」

 大天使ラファエル。

 彼女が発した言葉の意図を、正確に知れるのは、彼女自身ともう一人。

 その発言を受けた、ミカエルのみ。

「その心は捨てろ」

 そう話すミカエルの表情には、僅かに怒りがにじみ出ているが、受けるラファエルの表情はとても穏やかなもので、その発言は愚問だと告げている。

ぎりっ――ラファエルの無言の返答を受け、ミカエルは歯を軋らせる。

「お前は天使で奴は悪魔だ。いい加減、分かれ」

「この世界に天使と呼べるものなど一人もいません。もちろん悪魔も。最後の天使をあなたが殺してしまわれましたので……あなたの方こそ、そのことを分かりなさい」

 二人の間を流れる空気は、戦闘開始の合図を待っている。

 そう思わせるほどに、味方であるはずの『天使』にお互い、怒りを剥き出しにしていた。

「消えろ」

 怒りを抑えようとはせず、ただそう一言だけミカエルは述べて、三人は踵を返しその場を後にした。

 視界から誰もいなくなったその後でミカエルは深く息を吸い、吐き出すように呟く。

「カマエル」

「はい、ここに」

 どこからともなく瞬時にそこに現れた天使に一言。

「……そこなうな。行け」

 それを受けて返事も残さず瞬時に消えるその天使カマエルが一体どこへと向かったのかは、もう少し後になれば分かること。

 そして、ミカエル一人となったその部屋に炎が走る。

 机も、椅子も、その部屋に置かれた様々な物が、その熱に耐えかね崩れ逝く。


「……ちっ」

 その舌打ちは自身の部屋を焼き尽くし、焦がしてしまった事へのものなのか、それとも――――。

 細部の想いは分からないけれど、彼が浮かべる表情は、紛れもなく悔しさから来ているもので。

 部屋中を忙しく走り回る炎を消したその後も、彼は自身の心を包む焦燥を隠すことができず、ただただ悔しさを滲ませ続けていた――。


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