第13話 芽生え



(おかしい! 有り得ない! 天使である私が! どうして、こんな人間の子供に!)

 天使は自身の背後にて暴れ回り猛威を振るう『熊』から逃げ回っていた。


 獣火じゅうか――火炎熊かえんぐま


 それは、ミヤが放った技の一つで、おかしな点は唯一つ。

 意思を備えたように天使を追いかけ攻撃しているその一点である。

 果たしてそんなことが可能なのか、という天使の疑問。

 答えは簡単――可能であった。

 なぜなら、実際に起きている事象なのだから。

 今もなお、火炎熊の心臓部にて燃えている御札、それが燃え尽きるまでが効果時間であり、その御札が消滅したとき、火炎熊もまた消滅する。

 天使は効果が尽きるまで逃げようと思っていた、だが焦らずにはいられない。

「まだ、三分の一も燃えていない!」

 すでに、火炎熊が出現してから十分ほど経過している、だが燃えて消えた量が、三分の一にも達していない。

 自身の背後に迫り、猛威を振るう火炎熊。

 そして、焦りの最大の理由は――。


「咲き誇れ一条ひとすじの火――華火はなび!」


 自信の持てるフルパワーの防御技にて、前後から襲い掛かる炎をなんとか消火する。

 天使自身の水魔法でも、防ぐのがやっとの炎を放つ二つの命。

 このままでは、自身の負けは確定的。

 天使は歯を食いしばる――やるしかないと、覚悟を決めて。

「れ、レント――アルコイリス!」

 それは、他の天使同様、天系てんけい武器の呼び出しだった。

 だが。

「燃ゆる紅焔こうえん――――」



 ――――ミヤは感じていた。

 このままならば問題なく勝てる、と。

 だが、同時に自身が相対してる天使には何か奥の手のようなものがある、とも感じて――いや、確信していた。

 そして、ミヤにはアリアやセキエンのように、それを確認している余裕がない事もまた事実。

 ただでさえ相性の悪い水属性の天使を相手取っているのに、強化されては自身が危ない――そう結論付けて勝負を急いでいた。

 だが、攻勢を保っているのに焦る必要もまた、無い。

 急ぎはすれど焦ることはせず、冷静に時を待った。

 火炎熊かえんぐまに天使の意識が向いている、その意識の外から技を放つ。

 一条ひとすじの火、華火はなび

 自身の手より放れた炎を、なんとかギリギリといった様子で防ぐ天使の表情が、何か覚悟を決めたように思えた。

 ミヤは忍び寄る。

 自身の技を天使は全体を覆う水魔法で、防ぎはしたが、意識も視界も未だに火炎熊かえんぐまに向いている。

 ミヤはそれを確認して、抜き、差し、忍ぶように駆け天使の背後へと迫る。

 天使はミヤが自身の背後に迫ってきている事に気付かず、両手を天に掲げ叫ぶ。

「れ、レント――アルコイリス!」

 それは、他の天使同様、天系てんけい武器の呼び出し。

 だが。


「燃ゆる紅焔こうえん――逆上さかあがり!」


 させない――。

 そう告げる代わりに、天使の背後からすくいあげるようにして掌底しょうていを放つ。

 ミヤの手のひらは、天使を捉えず空を打つ。

 だが、ミヤの足元より巻き上がる紅蓮のほむらが、弧を描きながら天使を捉える。

 天使の眼前にて具体化しかけた本のようなその武器は、天使の命が燃え尽き、光の粒子となって姿を消した。

「かえんくま。お疲れさまでした」

 ミヤが目の前にて燃える熊に、お辞儀をすると、熊もペコリと返してくれた。

 その後消える、熊との別れに少し感傷に浸りながらも、ミヤは微笑み、手に持つ御札を懐へ収めた。



 ウニは微笑む。

 辺りを覆う火が消えたことを、確認して。

「アリアが勝ちました」

 一ミリも疑わない、この火を消したのはアリアであると。

 もし違えば、例えばセキエンが止めていたら、失礼にも当たるその言葉。

 だが、ウニの確信通りの展開である今回に至っては、素直にすごいと褒めるべきことだろう。

 そしてもう二人。

「勝ちました―!」

「勝利」

 ハイちゃんとオキちゃんがウニの言葉に反応する。

 ウニのそばにメイリーはおらず、代わりに天使が三人。

 その後の「この天使は、私が相手をしたい」というメイリーの言葉を汲んで、ウニは彼女の邪魔にならないよう控えていた天使を引き受けていた。

 そして、元素精霊二人をもちろん戦力に数えているウニは、今の状況に何の文句もない。

 一対三、ではなく三対三。

 だが、城内では狭く不利と判断したウニは、城の外の中庭へと移動している。

「やっとこれで全力が出せますね」

 ウニの言葉通り、消えない炎が収まったことで水が蒸発する心配がなくなった。

 その言葉に呼応して、元素精霊二人が唱える。

「水ビーム!」

「水レーザー」

 ビームやレーザーと言った言葉から得られるそのままの威力で、二人の手から吐き出されるその水は、桶の一杯どころじゃなく、みるみるうちに足場を埋めていく。

 ウニは足元に溜まる水を吸い上げ矢を作り出すとまずは一射。

「レインボウ・アロー」

 上空に立つ天使の一人に向けて打ち上げられた水の矢は、一本だけでは雨とは呼べない。

 ウニ自身もそれを分かっているのだが、次々放つこともせず、黙って放った一射を見つめる。

 天使は余裕の表情でそれを避け、お返しと言わんばかりに同じく弓を引いた。

「エアリアル――ショット」

 三人の天使より放たれる三本の風の矢が、ウニたち三人に向かってくる。


「アリアの――盾」


 それは、ウニが初めて自分で考えた魔法。

 以前までなら、その性能を発揮する事は叶わなかっただろう。

 だが、ウニはもう自覚している、アリアに教えてもらったウンディーネの持つ能力。

 水の固体化――。

 イメージしたのはアリアを守れる盾なのだろうと、すぐに理解できるその技は、文字通り盾のように展開され、固められた水の盾は大地にも勝らない屈強さで、事も無げに三本の矢を呑み込んだ。

 そして、中庭全体を覆い隠すほどの水が溜められた事を確認したウニは告げる。

「ハイちゃん、オキちゃん。水はもう止めて大丈夫。ありがとね」

 ハイちゃんはその言葉を聞くとにっこり笑った後、かざした手から水を出すのをやめて、どこからともなくポンポンを取り出した。

 オキちゃんは、少しばかり嫌々と言った様子で、ハイちゃん同様ポンポンを取り出した。

「がんばってー!」

「がんばれ…」

 水の生成が済んだ二人の役割は、ウニの応援だった。

 元気よくポンポンを振るハイちゃんと、恥ずかしそうに小さくポンポンを振るオキちゃん。

 二人の応援が耳に届き、ウニは微笑む。

「レインボウ・アローは当てられない……だったら――」

 ウニは考える。

 連続して矢を放つのが無理な今の状況では上空に浮かぶ天使は倒せない。

 だから違う技を検討する、が――答えは「そんな技は持って無い」だった。

(だったら今、考えればいいだけです……)

 盾が展開された今の状況でも、無限の安全を保障しているわけではない。

 焦りに駆られ思考が間に合わない。

 ――ウニは思い出す。

 自身の種族、ウンディーネに伝わる秘奥の技を。


 行使できるかどうかなど迷わない。

 私にならばできる――ただ、そう信じて。

 アリアの盾を解いたウニは微笑み『歌う』。


「トレイス――カタラクト」


 それは、三本の逆流する滝。

 辺りの水を上昇させたその滝は、三人の天使に向けて放たれる。

 水の矢より範囲は段違いに広まったが、それに比例するように速度が下がったため、余裕をもって避けられてしまう。

 だが、それはウニにとって最悪の事態ではない。

 天使の失敗は滝を避けて満足し、その滝から距離を取らなかった事だろう。

 天使たちは、ウニに向けて弓を構える。

 その様子を確認してウニは、さらに微笑んだ――。


 そして続ける『二小節目』。


「アトミス――エクリクス」


 鳴り響く轟音――。

 ウニの詠唱に従って引き起こされたそれは、高温の熱源と水とが接触を果たした際に起きる現象、水蒸気爆発。

 下手をすればウニたち三人すらも吹き飛ばしかねない程の大爆発が天使たちを跡形もなく、吹き飛ばす。

 自然の摂理に従うのならば、熱源を必要とするが、今回はそれを必要としない――なぜならそれこそが、魔法だから。

 イメージ一つで何でもこなしてしまう魔法もやはり、すごいの言葉に尽きるが、今回すごいのは天使を吹き飛ばしたその威力。

 そしてそれを実現させたウニである。

 才能のなさに項垂れていた彼女であったが、やはり七大精霊だと言わざるを得ないだろう。

 こうして勝利を収めた三人は喜ぶのは後にして、すぐさま城内に残るメイリーの元へと走り出した。



 城の最上階から中庭上空で起きた大爆発を目撃し、今なお立ち上る水蒸気を見てメイリーは微笑んだ。

(あれは水蒸気……ということはおそらくウニの魔法。すごいわ……それに比べて私は――)

 諦めのようにも思える、メイリーの思いと表情は、仕方のないことなのかもしれない。

 なぜなら、

「死ぬ間際に笑えるとは、ずいぶんと余裕だな」

 床に横たわるメイリーの髪を掴み、引き上げながら天使は告げた。

「……私は、何もしていませんから。何もしてこなかったから……皆のように戦うことも、戦えるよう努力することも……今の状況はその甘えに対する罰なんです――」

 メイリーの言葉に、「そうか」と端的に返事をして天使は剣を振り上げる。

 自身に向かって振り下ろされるであろう剣には目もくれず、メイリーは思う。

(――だけれど、まだ死ぬ間際じゃ、ない!)

 メイリーは決めていた覚悟に再度、奮いを立たせ、天使を睨みつける。

 そして、死にかけの人間から睨まれたことによって天使は剣を振り上げたまま動きを止めてしまった。

 そのまま振り下ろせば勝負はついていたのに、止めたことで勝負が長引いてしまった。

 メイリーは理解している。

 自身の負け――そう結果の決まった勝負が長引いたのだと。

 ただ、メイリーは諦めて、最後まで戦わずして死にたくないだけだった。

 だから今はその一心で、最後まで戦い抜くためにメイリーは唱える。


千変万華せんぺんばんか――毒王花どくれしあ


 それは、アリアから教わった魔王アスタリアの技の一つ。

 千の花にも万の花にも化けるその種は、毒王花どくれしあ――世界に二つとない巨大な花を開かせた。

 アスタリアが作り出したその花の最大の特徴は、大きさではなく、花弁より周囲に撒かれる花粉に、名前から分かるとおり、致死量など悠々と超えた毒が含まれていることである。

 吸わせれば必ず殺すことができる技――必殺技。

 だが、アリアは言った、敵が人間であれば、だと。

 メイリーが相対しているのは天使であり、人ではなく、さらにその中でもただの天使ではなく、おそらくはかなり上位の者。

 逃げ出したって誰も文句など言わない、そんな状況であるにもかかわらず、メイリーが勝負を挑んだそのわけは、積まれた死体に家族の顔があったからだろうか。

 それでも、天使にとっても無毒なわけではない。

 メイリーの髪を掴む手を離させるには十分だった。

 震える足腰に鞭を打ち、メイリーは駆け出す。

 吸えば死ぬ――それは行使した本人であるメイリーにとっても有毒で、その場にいれば自分の技で命を落とすことになる。

 だから駆けた、バルコニーへと。

「ぷはぁ――」

 まずは止めていた息をひとまず解放し、天使の方へと振り返る。

 すでに毒王花どくれしあを燃やし尽くした天使がメイリーの方へと向いている。

「き、貴様は絶対……楽には殺さんぞ……」

 息も絶え絶えと言った様子で、天使がメイリーに告げる。

 メイリーは恐れない。

 なぜなら足がすくんでしまうほどに恐ろしい悪魔と、一緒に旅をしてきたのだから。

 メイリーは微笑み囁くように。


千変万華せんぺんばんか――締蓮花ていれんか


 同じ種より違う花を咲かす、それこそがこの技の真骨頂。

 みるみるうちに伸びるそのつるが、天使に向かって伸びていく。

 巻き付き締めるその蔓は普通の剣で切られるようなことなどない強靭な蔓であった。

 だが、天使は切らない。

 メイリーにとって最悪だったのは相対している天使の使う属性が火であった事。

 咲かせては燃やされ、咲かせては燃やし尽くされを繰り返し、絶望的な時間を引き延ばし続けている。

 だからこそ、休んでいる暇などなく。


千変万華せんぺんばんか――棘刺薇きょくしぜんまい


 勢いよく飛び出し、天使に向かって伸びるその薔薇は花と呼ぶより槍のよう。

 本来ならば敵を貫き射殺す技なのだが、覚えたて――どころか戦闘経験のないメイリーでは扱い方が未熟であった。

 なによりそこは、王城最上階のバルコニー。

 翼のないメイリーには後がなく、前にいる敵に正面から、技を打ち続けるしかなかった。

 飽きたと言わんばかりに自身に向かって伸びる花を焼き払った天使が、メイリー目掛けて飛翔する――。

 その速度は人間の比ではない。

 自身の死を理解したメイリーの頭が死への時間を引き延ばす。

 走馬灯が訪れることはなく――ただ、天使に握られた剣が自身に迫る様子を目で追うことができた。

 ゆっくりに感じる時の中で、体が速く動くようになったわけではないが、思考することはできた。

 故に思う。

(…私では、やっぱり無理でした……仕方のない、ことでした……みんな、ごめんなさい……私たちのために、ありがとう)

 長引いた決着まで時間はない。

 涙すら零れる時間はない。

 だけどメイリーは笑って最期を迎えようと、精一杯微笑んだ。




 だが――――。




 刃は止まる。

 時が止まったわけではなく、その天使が殺しを躊躇ったわけでもなく。

 自身の"喉元"に向かった、天使が振るった刃は確かに止まったのだ。

 ――メイリーは思い出していた。


(メイリーの気持ちも、言っていることも分かるが、お前たちが危険だと判断したなら、俺たちは容赦しない。俺たちは国を救う手助けをする、とは言ったがお前たち二人の命が最優先だ。メイリー、ライセ。お前たち二人の"喉元"に剣が向かうなら、セキエンが、ウニが、俺が。そいつを殺す)


 自身の目の前にて、漆黒の翼をなびかせるその男のことをメイリーは知っている。


「――アリア」

「間に合ってよかった……大丈夫か?」

 そう言って優しく微笑むアリアの姿を見て、こんな状況なのにメイリーは想ってしまう。


 ウニの気持ちがよくわかる――と。


 だけれどそれがダメなことだと理解もしている、だからそんな想いは些細なことだと気持ちを押し殺して答える。

「はい、ありがとう……ございます」

 無理だったのだろうか。

 アリアの目を見ていられずに俯いたまま答えるメイリー。

 だが、その彼女の様子は気に留めずアリアは天使に向きなおし、静かに告げる。

「殺す」


 天使は驚愕していた。

 目の前の人間を助けた者が、自身同様に翼を持っていることに。

 そして、その色に。

 すぐに理解する――この男が炎を放った三人の天使を始末したのだ、と。

 自身に向けて殺すと言い放ったアリアを見て、恐怖を感じているのも隠せない。

「お、おまえは、天使なのか……?」

 悪魔ではなく天使と聞いたそのわけを、自分でも理解できていない天使の頭に、さらなる驚愕の事実が届く。

「俺は、アスタリアの息子だよ」

 届いたその情報を、理解するより早く、アリアの振るった剣が天使を分かつ。

 決着の時。

 アリアは腰に下がる鞘に剣を収めると、メイリーに向きなおした。

 メイリーは顔を上げない、心なしか頬が赤く染まってもいるように思える。

「どうした? 大丈夫か?」

 アリアは不思議に思ってメイリーの顔を覗き込んだ。

「み、見ないでください!」

 結果、アリアはバルコニーにめり込んだ。

 そのアリアを見て心を痛めたメイリーが必死になだめるが、中々立ち直らないアリア様。

 少々強引だけどと、メイリーはアリアの脇に手を通し、めり込む体を引っこ抜くことにした。

(自分でやっといて、言うのはあれだけど、この状況……抱き合ってるように見えなくも……)

 そう考え、メイリーの顔がさらに赤く染まる。


「アリア……」

 後ろから聞こえるその声を、聞いてしまっては落ち込んでなどいられない――アリアはもちろん身構える。

 ウニさん来襲。

「浮気です!」

 自分がメイリーに抱かれている状況をやっと理解し、なぜだと思うことは後にして、まずはウニに必死に弁明をしたアリアであった。

 チクリと胸を刺すその棘に、痛みを覚える暇もなく、アリアの横で必死に言い訳をしたメイリーであった。



 天使との戦いは、かくして終わりを迎えたアリアたちは城内の一室に集まっていた。

「ふぃ、フィリアの人間が全員死んだ……? いや、そんな……」

 メイリーから聞かされた衝撃過ぎる事実に、驚きを隠せず、また信じられないといった表情を浮かべるライセ。

 ライセにもメイリー同様に家族が、この街この国にいたのだから当然の反応で。

「私もそう思いましたが、天使が嘘を言うわけの方が分からず……」

「まあ、事実だろうな」

 メイリーの予想をあっさり肯定するアリア。

「いや、だとしたらなぜ!」

 ライセの疑問ももっともである。

 だが、それを問いただす事ができる天使はすでにここにはいない。

「お前たち二人が考えなくちゃいけないことは、今後どうするのか、だ。この国にいれば、天使に狙われることになるだろうしな」

 この国を救った後、二人は国に残り別れる予定であった。

 だが状況が状況、それにアリアは仇討ちとして天使を探している。

 メイリーとライセにとっても同じく仇としての存在に天使はなったし、フィリアを滅ぼしたわけを知るために、これからも同行する選択をしても不思議はない。

「そりゃこれからも……」

「ライセ、待ってください」

 ライセの同行の申し出をメイリーが止めて、続ける。

「私たちは残ります」

 さすがにメイリーの言葉に驚きを隠せない一同。

 だから、メイリーは理由を述べた。

「この国から本当に一人として残らずに人が消えてしまったのか、見て回りたいと思います。確かにアリアの言う通り、天使に狙われ殺されるかもしれません。ですがそれは誰のせいでもありません。私のせいです」

 どこかで聞いたような発言に微笑むアリア。

「それが済んで、もし本当に誰もいなかったら……その時は……そうですね。アリアのおかげで強くなれましたし、フェリーチアに行こうと思います。やっぱり見てみたいですし……」

 それにアリアの母、アスタリア様のお墓参りにも行きたいです――そう告げるメイリーの提案に、賛成だとアリアは告げて。

「俺は元気にしてると、伝えておいてくれ」

 微笑みを絶やすことなく告げるアリアの表情は、初めて出会った時とは全く違うもので、信頼や信用をひしひしと感じさせるものだった。

 それをメイリーとライセは、心の底から嬉しく思い――「任せておけ」と、そう返した。

 さて――そう告げて立ち上がったアリアに。

「もう行ってしまうのですか?」

 メイリーは寂しさを隠そうともせずに問いかけた。

「いや? 明日まではいるぞ? さてって言ったのはメイリーに頼みがあるからだ」

 明日まで、ではあるが一緒にいられることを嬉しく思うメイリーは、嬉しさを前面に押し出し引き受ける。

「はい、喜んで」

「いや、まだ何も言ってないんだが……」

 こいつはウニか――アリアはそうツッコもうとしたが危険な香りがしたので止めて、普通の返しを心掛けた。

「あ、はい。そうですね。アリアからの頼みですので張り切りすぎてしまいました……」

 照れながら返答するメイリーを見て、ウニは顔をしかめる。

 だが、何も気付いていないアリアは続けた。

「料理、作ってくれないか? 最後……ではないけど。当分食えなくなるし……」

 最後ではないと言い直してくれたからだろうか、自身の料理を気に入ってくれたからだろうか、あるいは両方かもしれない。

 メイリーはやはり嬉しい頼みだったと、満面の笑みを浮かべ快く了承した。


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