第8話 ミヤとフィンド



 アリアとセキエンは、セキエンの魔法で地面に穴をあけ十人の死体を埋めると、その場所で手を合わせた。

 この行為が、正しいことかと聞かれれば、間違っているとも言えるだろう。

 だがその場に居合わせるユニコーンの心を、大きく打ったこともまた事実。

 今はそれでいいと言えるそんな行為だ。

 アリアたちはフィンドの手当もそこそこに、ウニたちを待たせている場所へと、まだ暗い森の中を歩いていった。



「アリア! 浮気です!」

 戻って聞いた第一声はウニから放たれたその言葉だった。

 一応、凱旋がいせんなんだけどな――アリアはそう思ったが今はこの話よりも。

 アリアは少し後ろを歩いてくるフィンドを指差した。

「フィンド!」

 その少女『ミヤ』はメイリーの腕に包まれて泣き止みはしたが、それでもまだ不安の表情を拭いきれないでいた。

 だが、アリアの後から姿を現したフィンドの姿を見てようやく顔をほころばせ、フィンドの元へと駆ける。

 そして、アリアの後ろを歩くもう一人の人影。

 フィンドのすぐ横に立つ、セキエンの姿を見てミヤは動きを止めた。

「ミヤ、大丈夫だ。この者も甲冑を着ているが、私を助けてくれた」

 フィンドの発言を受けてもまだ、ミヤは怯えの感情を拭えはしない。

 そのミヤの様子を見かねて、セキエンが一歩、ミヤへと近づく。

「ミヤ殿、拙者はヒテンよりの刺客ではござらんよ。妖でござる」

 セキエンはそう言うと自身の頭を持ち上げた。

 きゃあああああ――――悲鳴が響いた。

 当然である。

 ミヤはものすごい速度でフィンドの前足に身を隠した。

 と言っても、馬の前足がいくら子供とは言えど、人を隠しきれるほど太いはずもなく、今もまだ隠しきれず晒されているその身から、ぷるぷると震えて怯えているのを確認できた。

「余計に怖がるから、お前は黙ってろ」

 アリアはセキエンを小突きながらそう言うと、視線をメイリーたちの方へと切った。


 メイリーとライセは唖然としている。

 ユニコーンは、幻の生物として世界に広く知れ渡っている。

 メイリーたちの国、聖フィリア王国においても、その存在を語り継ぐ文献は少なくない。

 だが、やはり幻は幻でしかなく、そういう生物がいるかもしれない、また、いたかもしれないという一説として伝わる伝説であり、多くの者はユニコーンの存在を信じてはいなかった。

 メイリーたちの目の前に姿を現した『それ』は、ただの馬と呼ぶには少々無理がある。

 尾から額にかけてはまぎれもなく馬。

 問題はその先、聖フィリア王国の文献においては『避雷針ひらいしん』と記されている、額より伸びる角。

 そして、その文献にも記されてはいない事実。

 喋った。

 私たちと同じ言葉を――。

 アリアたちが連れ帰ったフィンドなる者は、人ではなく馬で、馬でもなくユニコーンで、そして喋る。

 メイリーとライセは唖然とし、愕然とし、両者口をパクパクとさせながら身振り手振りで必死に情報交換を行っているが、互いに伝わってはいなかった。

「それでメイリー、問題はなかったか?」

 アリアから声を掛けられ、メイリーは少し落ち着きを取り戻すとウニとニッカの方へと視線を移した。

「問題…というかなんというか……」

 ですよね――アリアは分かっていた。

 だから、とりあえずメイリーに聞いたのだ。

 ウニとニッカ、両者の視線がバチバチと交わり、火花が散っているようにも思える。

 深い溜息を吐くアリア。

 侍との戦闘でも感じることはなかった疲労感に、身を包まれながらようやくアリアはウニと向き合った。

「はい、何でしょうか。ウニさん」

「アリア! 浮気です!」

 三度目であった。

 言いたいことは分かる。

 結婚もしていなければ、婚約すらしていない、いわゆる男女のお付き合いすら、口にしてはいないけれど、お互いに好きだ、愛してると、しっかり言葉にした時点で付き合っていると言っても過言ではない。

 浮気という言葉をウニが口にする権利はあるのだ。

 だがしかし、アリアは浮気などしてはいない。

 そこは否定しなければならないだろう。

「ウニ、勘違いだ。俺は浮気なんてしてないよ」

 アリアから発せられた言葉を受け、ウニは勘違いをした。

 勘違いだ――アリアから放たれたその言葉を、私たちはまだ付き合っていないのだから、それは浮気には当たらない。

 そう言っていると勘違いをした。

 力が入り、上げていた肩を今度はあからさまに下げて口を開く。

「私は、アリアとお付き合いしているつもりでしたけど…アリアは違ったのですね」

「ん? 俺もそのつもりだったぞ?」

 アリアの発言を受け、今度は喜びに振るえて、肩を大きく上げる。

 そして、両手を胸の前で握り、力を込めて口を開く。

「だったらアリア! 浮気です!」

 四度目だった。

 ウニは面白い子だった。

 アリアは笑わないよう気を付け、抑えた結果、苦笑いを浮かべながら話す。

「なにが浮気だと思ったんだ?」

「抱きつきました!」

 そっちかよ――アリアはそう思った。

 精霊の二重契約は禁忌である。

 禁忌とされる理由は至極単純。

 契約者自身が死んでしまうからだ。

 命を落とす者、目覚めない者、精神に異常をきたし壊す者。

 必ず命を落とすというわけではないが、死んだと言っていい状態になる場合が大半で、誰かが定めたルールですらない。

 言わば自然の摂理のような物だった。

 大人は言う、精霊との二重契約だけはしてはいけないと。

 子供は問う、なんでしてはいけないのかと。

 こう答える、神の怒りの触れるから――と。

 正確に、その理由を知るものはこの世にはいないのかもしれない。

 だが、二重契約を果たした者はなく、挑戦したが故、死した――その結果を皆が正確に把握していた。

 アリアはつい数時間前までウニとも、他の精霊とも契約していない。

 だから、ドライアドとの契約は一重目。

 アリアは知っている。

 自分は極一部の例外だと、いや世界に一人の例外かも、と。

 アリアは二重契約を果たしたことがある。

 セキエンたちと行動を共にする前に。

 アリアとウニは恋人の契りを交わしており、恋人ではないが精霊との二重目の契約に対して、浮気だと怒っていると思っていた。

 だが、そのウニさんから飛び出してきた言葉は「抱きつきました」だった。

 そっちかよと思わざるを得ない。

「……俺からじゃないしな」

 ぼそ――アリアは呟いた。

 ウニさんは目一杯、頬を膨らませている。

 木の実を頬張ったリスのようではあるが、それは怒りだ。

 可愛いと思ったことは内緒にした方がいいだろう。

「はあ……悪かった。もうしないよ」

 両手を軽く上げ降参と言わんばかりに言った。

 ウニはそのまま無言で抱きついた。

 それをアリアは抱きとめる。

「アリアっちも大変っすなー」

 フィンドを助けに向かう前にも聞いたその言葉に、今度は怒りを覚えた。

「お前のせいだ……」

 ニッカは上手に口笛を吹いている。

 そこでウニのアリアへの怒りは一応は収まった。

 アリアへの――。

 次のウニの敵はニッカだった。

「そういうことですから、もうアリアにベタベタしないでください」

「えーやだー」

 木の実を頬張ったリス、本日二度目であった。

「アリア……」

 ウニの自分を呼ぶその声を聞いたら、思わざるを得なかった。

 く、来るのか――本日五度目の『それ』が。

「浮気です!」

 来た――――だけどこれはなにに対してだよ。

 そう思わざるを得ず、自分のせいでもないと考えざるを得ず、ニッカに怒りを抱かざるを得なかった。

「勘弁してくれ……」

 両者に向けて出た言葉だった。


 その後、ニッカを折らせ一応は決着を見たアリアたちは短期契約の対価の話に移った。

「精霊と契約するのには対価が必要なのか?」

 ライセが疑問に思っていたことを、アリアに問う。

「必ずしもってわけじゃないっすよーあーしらはーそういう決まり、ってだけでー」

 ニッカが答えた。

 以前言ったように七大精霊シルフ、ウンディーネはその力を狙われやすい。

 七大精霊には含まれないが、ドライアドもそのうちの一つである。

 故に自分たち以外の種族を信じてはいなく、契約に漕ぎつけることはおろか、召喚魔法を行使しても姿を現さないことも珍しくはない。

 アリアが行使した魔法は、強制召喚。

 その場、今いる森にドライアドが居れば強制的に引き寄せ、呼び出す。

 暴挙のようなものだった。

 危険を回避するために行使した魔法でさらなる危険を呼ぶかもしれない賭け。

 その賭けにアリアは勝ち、今に至る。

 その賭けの代償、対価は、その精霊との交渉次第であるが、基本的には無茶苦茶なものを要求してくる。

 アリアは魔力と要相談と、一応ではあるが対価を示してから助けに向かった。

 その要相談部分の駆け引きがこれから行われるのだが。

「んーまぁ今回はいいよー正直何もしてないしー」

 そう、ニッカは何もしていなかった。

 アリアはセキエンに言われた、周りの気配に対する保険のために、ニッカを呼び出したが杞憂に終わった。

 そして、彼女の気が変わらないうちに、と。

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

 アリアはそこまで言うと、手の甲に刻まれた契約の印をニッカの手の甲に合わせ、返した。

 その印が消えるのを見届けてから、アリアが問いかける。

「ところで、なんでこんなところにいるんだ?」

 そこは使族領域である。

 魔族であるアリアは、もちろん魔族領域に身を置いていた。

 そのアリアと知り合いのニッカも魔族領域の森にいたはずなのだが。

 そんなことを思っての問いかけだった。

「んーちょっとねーあれからあーしらもいろいろあってねー」

 あれから――そのことは今はいいだろう。

 アリアは色々あったことを聞きたかったが、口にしたニッカの表情はやけに重たい。

 聞かない方がいいか、そう心に決め、問うのはやめた。

「そうか。そっちも色々大変みたいだな」

「まあね」

 ニッカは笑う。

 アリアの優しさに、送り出す前とは逆の立場のやり取りだと愉快に思い。

 ニッカは視線をウニに向けて妖艶に微笑む。

 ウニは、ビクッとして身構えた。

「じゃ、あーしは帰りますわー眠いし…」

 ニッカは欠伸をしながら軽く伸びをした。

 そして、アリアの頬に軽くキスをして、ウニにウインクを贈る。

 アリアは身構える。

 じゃあねー、と言いながら木の中へと去っていくニッカに、ではなく。

 おそらくはウニから飛んでくるであろう言葉に。

「アリア! 浮気ですーーー!」

 本日六度目のその言葉を、ぷるぷると体を震わせながら口にするウニの表情は、本日三度目の木の実を頬張ったリスのようであった。

 ぷんぷんと怒りの感情を露わにしているウニの頭に、アリアは手を置き一言。

「大丈夫、俺はウニだけを想ってる」

 ウニの怒りが四散した。

 うっとり、といった表情を浮かべるウニさんへの対応は完了として、アリアはミヤとフィンドへと向きなおす。

「…ミヤちゃん、だったか? 大丈夫か?」

 セキエンに恐怖し、体を震わせていた少女『ミヤ』が落ち着きを取り戻していることを確認してアリアは問う。

「は、はい。だいじょうぶ。あ、た、フィンドを助けてくれて、ありがとうございました」

 首だけ下げてお辞儀をするミヤに微笑みかけると今度は二人に向けて問う。

「助けたことに後悔とかは、もちろんないけど。何にも考えず助けちゃったんだよね。良かったら追われてるわけを話してくれないか?」

 何も考えず――悪いのはミヤたちなのかもしれない。

 何も知らないアリアは宣言通り後悔はしてないが、納得できてもいなかった。

 自身の行いの正否を判断するべく、二人の返答を待った。

 そして、フィンドがおもむろに口を開く。

「この子の母親は魔女だった」

「魔女? 魔法を使う女ならいくらでもいるぞ?」

「まほう? いや、悪魔のような女、だ」

 いい気はしない――アリアは素直に思った。

 自身が比喩ではなく本物の悪魔で、悪いものとして例えられていることに気分を悪くするのも当然だった。

 それをウニ、セキエン、メイリー、ライセの四人はすぐさま悟り各々口を開く。

「アリア、アリアは悪いものではありません! いいものです!」

「そ、そうでござるぞ! アリア殿が悪いものなら道端の石ころですら悪きものでござる!」

「に、人間は何も知らないのよ! ば、馬鹿! そう! 馬鹿なの!」

「そ、そうだぜ! 馬鹿のたわごとに耳を貸す必要はないぞ! アリア!」

 アリアはきょとんとしていた。

 急に自分を褒め、宥めだす四人を見て。

「いや、気にしてないぞ? メイリーの言う通り知らないんだ。仕方ないだろう?」

 え、気にしてないの――と、ほっと胸を撫で下ろす四人。

 目の前で、あたふたとしたやり取りを行う五人の様子を見て、ミヤとフィンドもきょとんとしていた。

 それに気づいたアリアが自身について語る。

「できれば驚かないで聞いてほしいんだが……あー見せたら早いか? いいか? 俺は悪魔だ」

 二人にそう言い、漆黒の翼を展開する。

 驚かないで聞いてほしい、というアリアの願いは。

 無理だった――二人は大きく口を開き、驚愕と言った表情を浮かべている。

 いま話しても多分二人の耳には、アリアの声は届かない。

 落ち着くのを待つため、とりあえず展開した翼をしまおうと思った、が――しなかった。

 翼をなでるようにウニが自身の頬を当てていたからだ。

「アリア! 私も触っていいですか!?」

 メイリーが興味津々と言った様子でアリアに問いかけた。

「べ、別にいいけど…」

 アリアの返事を受けてメイリーは瞳を輝かせ、最初は恐る恐ると言った感じでウニとは逆の、左翼に触れる。

 だが、一瞬で慣れたのか、ウニ同様に頬擦りをし始めるメイリー。

 ハッとしてアリアはウニに視線を向けた。

 浮気です、その言葉は飛んでは来ない、どころか非常に満足気だ。

 気持ちいいですよね、と大きく頷くウニを見てアリアは思う――これはいいのかよ、と。

 メイリーだからいいのか――そう考えもしたが、怒っていないなら今はどうでもいいことだ、とその考えは頭の隅に追いやってミヤとフィンドに意識を切り替えた。

 二人の口は閉じてるし、今なら聞いてもらえるだろう。

 そう安心して、アリアは話そうとするが。

「先程の様子の事情は把握した。まずは申し訳ない。アリア殿」

 フィンドが先に口を開いた。

 さっき言った通り別段、気にしてないのだ。

 アリアは四人に話した通りに告げる。

「気にしてないから大丈夫だよ、そう教えられてきたんだから仕方ないことだ」

 強張った表情を浮かべていたフィンドは、その表情を少し緩め、本題に移行する。

「訂正しよう。この子の母親は『悪女』だった」

 律儀にも訂正してくれたが、ふと思う。

 悪い女で悪女だと言っていることは分かるけど、悪魔のような女でも悪女じゃね? ――と。

 フィンドはそのことには気付かず話を続ける。

「降霊術、というものを存じてはおられるか?」

「いや、知らない」

「降霊術、またの名を口寄せとも言い、その術は死してこの世から消えた者の魂をその身に呼び寄せる」

 死した者の魂を呼ぶ。

 その言葉に、アリアは母を思い浮かべて問う。

「誰でもか?」

「いや、誰でもではない。ある程度の条件はある」

「その条件って?」

「まず、話せること」

 クリア。

「性別があり、術を行使する者と同性であること」

 クリア。

「…そして、この世に大きな未練を残していること」

 アリアには分からなかった――――。


 少しの沈黙の後。

 ウニは恐る恐る口を開く。

「……アリア、無理だと思います。アリアのお母様はきっと、アリアを守れてよかったと。未練なく逝かれたと思います。少しの未練はあったとしても。アリア、あなた以上の未練など……」

 自分が大きくなる姿を見たかった、とか。

 孫の顔が見てみたかった、とか。

 そんなことではだめなんだろうと、アリアはなんとなく理解していた。

「……ああ、それに多分喜ばないな。母さんは。そんな人だった……」

 悩む自分の姿を見て、蹴りの一発でも入れてくるかも。

 そんなことを考えてアリアは笑った。

「ウニ、ありがとう。フィンド、続きを聞かせてくれ」

 そしてアリアたちは、ミヤとフィンドの話を最後まで黙って、聞いていた。


「私の名前はミヤ、梓条しじょう美弥みや。私はかんなぎ、日纏の巫。陰陽の家系に産まれました。だから、母も巫です。生業としていたのは、悪さを働く妖の封印と、降霊による昇天の手助け」

「ミヤの母親は、怪我をして動けなくなっていた私を拾って連れ帰った。それが私たち二人の出会い。まだ一歳だったミヤは怪我をする私と同じく立つことがやっとの年頃で」

 その後、怪我が治った後もフィンドは出ていくことはせず、十年間ミヤと共にいたと言う。

「フィンドは私の唯一の家族。私が六歳になったとき、お母さんは突然、家からいなくなったから……」

 いかなる理由があろうとも、幼い子供を残して消える母親を、家族だと呼べない気持ちは分かる。

 自分の場合はどうだろうか。

 アリアはそんなことを思いながら話を聞いていた。

 そしてフィンドは続けた。

「なぜいなくなったのか、何をしていたのかは、知らない。ミヤの母が消えてから五年、私は悲しむミヤを放ってはおけず、強くなる手助けをしていた……この子の母親を探しに行くために。外の世界はどこも危険に満ちている……私一人で守れるだけの力があればよかったのだが」

 アリアたちには、その時のミヤの気持ちを正確に測れるだけの経験などはないが、フィンドの気持ちは分かると、思いながら。

 ミヤが少しだけ顔をほころばせ、続けた。

「十一歳の誕生日。私は家にいた。それまでも家にはいたんだけど。その日は特別。私とフィンドの誕生日。フィンドは産まれた日を知らないって言ったから同じ日にしたの」

 ミヤとフィンドは顔を見合わせ笑う。

 だが――すぐにその笑みを崩した。

「扉をたたく音がした。ミヤの母親が出て行って五年間そんなことは一度もなかった」

「私は嬉しくて。お母さんが帰ってきた! そう思って、すぐに扉を開けてしまった」

「ミヤの前にいたのは兵士たち。セキエン殿と同じく甲冑を着た。日纏の侍」

 そして、その侍たちは、すぐさまミヤの手を掴み、持ち上げた。

「私は捕まった。なんで! どうして! そう言ったら、すぐにその人たちが理由を教えてくれた」

 フィンドは言った。

 アリア殿の事ではない、気にせずに聞いてくれと。

「ミヤの母親が悪魔を引き連れて都を攻めてきた。そう言った」

 そして。

「私を見せしめに死刑にするから大人しくついてこい。そうやって怒られた」

 親の罪を子で晴らす。

 侍の口から放たれたその言葉に、素直に従えるわけがない。

 フィンドの言葉に力が込められる。

「私はすぐに、ミヤを助けた。風の神力しんりきでミヤを掴むものを飛ばし、ミヤを背に乗せ、駆けだした」

「本当は、まだまだ行くべきじゃなかったけど。行くしかないって、フィンドもそう思うって……だからお母さんを探しに日纏を出たの」

 ミヤとフィンドは悪魔と共にいた母親が、日纏に留まっているわけがないと、そう思ったから国を飛び出した。

 奇しくもその日は誕生日だった――にもかかわらず。

「侍の言葉を信じれば、どの道あそこに留まっていればミヤの身が危険に晒される。こちらに来たことに後悔はない」

 フィンドは続けた。

「私にはアリア殿のように翼はないが、空を駆けることができる」


 空を駆ける――フィンドはそう言うとやって見せた。

 日が昇り始めた、その時に。

 森にも僅かに光が差し込む。

 フィンドはその光を背に受けながら、空中を舞うように走る。

 それを見ていたその場にいた者たちは、皆一様に――『綺麗だ』とそう思った。


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