第4話 魔力の真髄
目的地である、
日没を迎えてアリアが寝床の準備に取り掛かる。
「生成――大樹。形成――箱」
アリアは地面に手のひらを押しあてて、唱えた。
地面より伸びる樹木が、瞬く間に形を変え――家のような物が出来上がる。
「ほえー。何度見てもすごい魔法ですね」
メイリーがその百パーセント木造の家を見上げながら感嘆の声を漏らす。
「メイリー。気持ちはわかるが、そろそろ慣れてくれ。アリアさんに呆れられてるぞ」
アリアの溜め息を聞いてライセが注意を促したが、しかしアリアの溜息の正体は呆れではなく、ただの照れ隠しだった。
「ですがライセ! 見てください! 大地さえあれば樹木を生やし、その形まで自由自在に変えてしまう! こんな魔法……いいえ。これこそが魔法! この魔法だけで王国に住む誰よりも優秀であることがわかってしまう!」
「いや、まあそうだけど……」
逆効果だった。
惜しみなく感嘆の言葉を口にし出したメイリーを見て、放っておけばよかったとライセは後悔した。
「……別に大地が無くても樹を生成することは可能だぞ?」
大地さえあれば。その言葉に反応してアリアは何の気なしに呟いた。メイリーの瞳が輝きを増してアリアに向けられる。
「どういうことでしょうか」もしくは「見せてください」彼女の瞳はそう語っていて、放っておけばよかったとアリアも後悔した。
「…………まあ、時間もあるし。そうだな……」
日没を迎えて前進をやめた時点をもって今日はこれ以上進むことはない。かと言ってすぐに就寝するわけでもないのだから時間はあると言えるだろう。
アリアはちょっとした暇つぶし程度の考えで言葉を続ける。
「いいか? 見てろよ?」
アリアはそう告げると右腕を前方に伸ばし、手のひらを上に向ける。
何も口にすることなく、文字通り空中に直径三センチ程の《種》のようなものが出現する。そしてその種がゆっくりと割れ、中から芽が飛び出してきた。
アリアとしては何でもない事なのだが、メイリーとライセの食いつき具合が異常だった。飛び出てしまうのではないかという程に見開かれた瞳でアリアが
そのまま成長を続ける芽は徐々に樹木の形を成していき、三十センチ程まで成長したところで、その樹は成長を止めた。
メイリーは首を傾げた。
先程とは違ってアリアは声に出して何か唱えたわけではなかったが、家を作りだした時と同様に樹は大樹へと成長していくと思っていたからだ。
不自然な大きさで成長をやめてしまった樹に疑念を抱き、視線をアリアへと移し理由を問う。
「あ、あの……」
「まあ待て」
その問いかけはすぐにアリアに止められた。
続けられたアリアの話で、そんな些細な疑問はメイリーの頭の中から吹き飛ぶ事になる。
「魔力を扱う本質は、イメージだ。手や足とは違い、血はめぐらない。だが、手や足を動かすように、できる限り正確に結果と過程をイメージしなければならない……」
この世界で生きる者たちの常識をアリアは述べて、メイリーたちも当然と言った表情を浮かべた。
「当たり前のことを……と思っているかもしれないが……実のところ魔力を使うほとんどの者がその当たり前すらできていない。精霊であるウニでも、出会った頃はできていなかった」
精霊にすらダメ出しをしてしまえる程の知識を有していないメイリーたちは、先程までは当然だと思っていた話すら違った意味を持つような気がして大きく唾を呑み込んだ。
少し顔を赤らめてうつむくウニを横目に、アリアは続ける。
「まず俺の場合は、種がココにあるとイメージした。次に、この種は大地に埋まり水を与えられ発芽に必要な時間、十分な栄養を蓄えられたと一瞬で思考し。錯覚させる。そして成長過程を正確にイメージして見届ける。ここまでが魔法ではなく、魔術だ」
「魔法とは違うのですか?」
「違うよ。メイリーたちはどうやって教わったんだ?」
「魔法も魔術も同じものであり、ただの言いかえであると教わりました」
アリアは返答を受けて少し唸りながら考える。
「うん……まあ結局。行使できるのであればそう解釈していても構わない。だけど理解していなければ扱いきる事は難しいと思うぞ?」
「…………どういうことでしょうか?」
「そうだな……言葉にはちゃんと意味があるってことだ」
アリアの発言を受けてさらに疑問を抱き傾げた首に、
「それを今から教えてやる」
届いた言葉を受けてメイリーたちは姿勢を正す。
「外や自身に流れる魔力を用いて生み出し具体化する術。それが《魔術》。そして万物に宿った魔力を
すでに具体化しているもの。例えば流れる川の水や、生い茂る草木を自身のイメージ通りに操作する技は魔術ではなく魔法。
何もないところから。例えばアリアの手のひらの上に生み出された樹は魔法ではなく魔術。
アリアは自身の背後に作り出されている家に視線を送り続ける。
「生成――大樹。形成――箱。この家を作り出した時の詠唱だな。一つの単語にすることも可能ではあるんだけど……二文にしているのにもちゃんと意味がある」
「前文が魔術の詠唱。後文が魔法の詠唱。ということでしょうか」
「そういうことだ」
メイリーは自身の理解が正しかった事を喜ぶのも束の間、抱いている疑問を投げかける。
「一つの単語にまとめられるのならそうした方が良いように思いますが……」
「イメージさえ固まっているのなら確かにその方が発動も早いし効率的だろう。だけど初めの内はイメージの混濁を防ぐために分けて行使した方が良いことも確かだ」
生み出すことも含めて魔法を行使する、操作まで含めて魔術を行使する。一つの単語に納めたところで結局のところ同時使用にはならない。順次使用と言った具合に別々で行使される魔術と魔法はどちらか一方に偏ったイメージをしてしまえば、そのイメージがそのまま反映されてしまう。
戦闘で使う魔術でも魔法でもないのだから、というのも大きな理由ではあるが、イメージの偏り防止のためにアリアは二文に分けている。
「後は普通にカッコいい詠唱が思いつかない……」
アリアは少し項垂れながら呟いた。メイリーはそんなことでと微笑を浮かべたが、ライセは大きく頷きながら「なるほどな」なんてことを口にした。
男にしか分からない何かがそこにはあるのかもしれないがメイリーにはどうしたって理解し難いものだった。
気を取り直して、アリアはすでに行使された魔術によって生み出された樹に魔法を行使する。
「――剣」
アリアの詠唱を受けて樹が形を変えていく。言葉にした通り樹は剣へと形状を変えた。
「――盾」
再度、詠唱を受けて剣を模している樹は盾に。そして「椅子」に「机」アリアが言葉を発せばその通りに樹は形を変えていった。
「――桶」
メイリーとライセの瞳がまたもや飛び出しそうなほどに見開かれている。すでに家を作り出しているアリアの魔法技術は疑いようもない。二人の表情から受け取れる感情は驚きではなく興味だ。
今か今かと次の変化を待ちわびる二人の期待に反して、アリアは桶で形状を固定すると未だ宙を浮く樹の桶を手で掴む。
出来上がった直径三十センチほどの桶をアリアはウニに渡す。ウニはアリアの意図を正確に理解すると、桶を地面に置き、
「元素精霊――召喚。おいでハイちゃん、オキちゃん」
ウニの両手薬指に
指輪から特大の泡が飛び出しウニの左右に放出され、その泡が弾けた。
「はいはーい!」
「……おー」
弾けた泡の中から飛び出してきたものは二人の少女。
一人は元気いっぱいの返事を、もう一人は気だるげに返事をして姿を現した。
元素精霊が宿る、その指輪は『
そして元素指輪より出現した二人の少女、『ハイちゃん』と『オキちゃん』は主人であるウニより先に、アリアの元へと駆け足で向かった。
「アリアさん、こんにちは」
「こんちわー!」
オキちゃんが丁寧に腰を曲げて挨拶をし、ハイちゃんが元気よく続ける。ウニはその様子を満足そうに見ていた。
アリアは二人に目線を合わせるため屈むと二人の頭を撫でる。
「こんにちは。今日は二人にお願いがあって呼んだんだ。協力してくれるか?」
本来ならウニの命令には絶対服従の契約を交わしているハイちゃんとオキちゃんであったが、ウニは自身と同様に二人にもアリア最優先の命をくだしていた。
ウニの執念すら感じられる徹底した忠誠心をアリアは無下にもできず、なんだかんだあって、なし崩し的に受け入れていた。
だから、二人を呼び出すまでがウニの主な仕事であり、その後はアリア次第であった。
「たたかい?」
「たたかうー!」
オキちゃんが人差し指を口元にあてがい首を傾げ、ハイちゃんが万歳と言わんばかりに両手をあげて元気よく続ける。少女二人の視線の先にはライセが佇んでいた。知らない人を目の当たりにして警戒心を抱くのはいいことなのだが、二人の視線はメイリーの元には飛んで行かずライセだけを見つめているのは些か気になるところではあった。
「お嬢ちゃんたち。俺は敵じゃないよー」
優しく微笑みライセがそう言っては見るものの、
「…………」
「…………」
二人は口を開かない。オキちゃんだけならばまだしも、元気いっぱいなハイちゃんまでもが無視を決め込んだことで悪いのはライセの人相だと言わざるを得ない。
「あ、あの。俺なんかした……?」
何もしていないのに警戒されているライセが不憫すぎて彼の言葉には誰も反応することができなかった。
居た堪れなくなったアリアは微笑を浮かべながら告げる。
「……二人とも。この人たちは敵じゃないよ」
「……うそ?」
「うそだー!」
二人には敵にしか見えないらしい。やはりライセの人相が悪すぎると言わざるを得ない。アリアからして見ればセキエンのがよっぽど悪そうに見えるのだが、二人だけが感じ取れる何かがライセにはあるのかもしれない。
「アリア殿。今、拙者の方が悪そうだと思ったでござるな?」
ギクリとしたら負けだろう。
「そんなことは思ってないですよ?」
「必死に平静を装ったつもりかもしれぬが……敬語になっているでござるよ」
負けだった。
だけどまだ隠し通せる。そう判断したアリアは頭を全力で回転させて切り替える話題を探す。
「おじさん、こんにちは」
「おじさーん!」
ハイちゃんとオキちゃんに救われてアリアの話題探しは不要となった。
セキエンは二人に目線を合わせるため屈むと、言い放つ。
「……拙者はおじさんではないでござるよ」
逃げられた。どうやらセキエンも敵ではなくとも怖い者ではあるらしい。
キャーと言いながらハイちゃんは逃げてはいるものの浮かべる表情は笑顔いっぱいで楽しそうだった。駆け足でハイちゃんの後を追うオキちゃんは無表情で通常運転のようだ。
一足先にウニの元へ戻ったハイちゃんは飛び込むようにがっちりと抱きつく。
「おじさんに睨まれました!」
ウニの顔を見上げながら、やはり元気いっぱいにそう告げる。
「大丈夫。あちらのおじさんは後でアリアに粉々にされますから」
「こなごなー!」
ウニが笑顔でそう返し、ハイちゃんは楽しみだと言わんばかりに瞳を輝かせた。
一連の流れを目撃したメイリーは驚きと戸惑いを隠せないでいる。
「あ、あの。あちらの精霊の契約者はウニさんなのですよね?」
彼女の疑問ももっともなのだが、
「あー、言いたいことは分かる。が、気にするな……」
少しうなだれながらアリアは答えた。
メイリーは考えた。おそらくウニが二人の精霊に下した命令が――アリアの命令に従え、というものなのだろうと。
そしてアリアの様子から一悶着あった事も察した。
「メイリー。俺ってそんなに怖いかな……」
落ち込みながらに話すライセの問いにメイリーは答えられなかった――。
「さて……」
少しして、全員が気を取り直したことを確認してからアリアが話を戻す。とは言っても全員の視線は二人の少女の方へと向けられていた。
ハイちゃんの左手をオキちゃんが右手で握っている。ハイちゃんは空いた右手を、オキちゃんは左手を前に
「水ビーム!」
「水レーザー」
ビームやレーザーと言った名称から得られる威力はなく、「ちょろちょろ」と音を立て地面に置かれた桶に水が注がれた。
桶に溜められた水が溢れそうになると、今度はウニが水面に手を当て《魔法》を行使する。
「吸収――」
溜まっていた水が一瞬でウニの手に吸い込まれ、空になる。そしてウニは右手を外に立ち並ぶ木に向ける。
「放出――拡散」
放たれた大きな水泡は、分裂、拡散していき立ち並ぶ木々に向かっていく。弾丸のように飛んでいく水滴が、大木の太く伸びた幹を貫く。
あそこにもし人が立っていたなら――ライセはそれを想像して青ざめ「なるほど」これが精霊の力かと納得した。
「……まだまだだな。木に当たらず無駄になっている量が多すぎる」
「はい。意識はしたのですが甘かったみたいです」
ウニは問題点を自覚し「次は頑張ります」と意気込んでいる。
ライセは事も無げにダメ出しをするアリアに驚愕していた。
(あれがまだまだ? あれで? 何言ってんだこの男は!)
「はあ!? あれがまだまだ? あれで? 何言ってんだお前! 頭おかしいんじゃねえのか!?」
心の中の思いは悪口を含めて、魔法のようにライセの口から放たれていた。
「……はっ! ごめんなさい!」
すぐさま気付いたライセは素早く謝り、両手で口を覆った。アリアはその悪口を気にした様子無く、溜息を吐く。
「……はあ、見せてやるから待ってろ。ハイちゃんオキちゃんもう一回、水を溜めてくれ」
二人は了解、ラジャーと返事をして桶に水を溜めていく。
何をするつもりなのか――ライセは、そう言おうとして思い留まった。
アリアはウニと同じように水に手を付け吸収を済ませると、手を伸ばし唱える。
「放出――拡散」
結果は一目瞭然。
アリアから放たれた水滴が辺りの木々をなぎ倒した。貫通なんて可愛いものじゃなく、その水滴は着弾した周辺を抉り、木々は自身の重みに耐えかね倒れる。
「どうだ?」
アリアが言葉にした通り、ウニの魔法はまだまだだったと認めざるを得ない。だけどライセの抱いた疑問は行使された魔法の威力ではなく。
「い、いや。凄いというか怖いっす。まずアリアさんの属性は樹じゃないんですか……?」
そう。アリアが行使できる魔術、魔法は樹属性であるはずなのに、水の魔法を使って見せたことである。
「……ああ、悪かった。まずはその辺の勘違いを解いてやるべきだったな」
「勘違い?」
「俺の場合は樹、ウニなら水、セキエンは地。これは得意属性であって固有属性じゃない」
ライセたちの理解を置き去りにアリアは続ける。
「全員。全部の属性を扱おうと思えば扱える。まあ、得手不得手はあるけどな」
ライセはもちろんメイリーも驚愕の事実を知ったと、大口を開けて後ろへ倒れた。
「……ぜ、全員、全部か?」
「そうだ」
倒れたまま首だけを持ち上げて、アリアに問いかけたライセを横目にメイリーは抱いた思いを呟く。
「複数持ちの方々はただ、得意が複数あっただけだったのでしょうか……」
複数持ち。それは人間の間で魔力属性を二種以上、有するとされる者たちの名称。
「だいたい、お前たちはどうして自分の属性を固定して考えてたんだ? 一つしか使えないほうが不思議だろ?」
「……
「……天使は知ってるはずだから、意図的に隠してた。ってことになるな。それどころか今二人が認識している自分の属性は得意属性ではない可能性すらある」
メイリーの頭の中は疑問だらけだった。そのどれもが天使に関する事。だけど今考えるべきは天使の事ではなく、自身が蓄えてきた魔力に関する知識が誤りである。ということ。
そして二人は蓄えてきた知識を捨てた。
「し、師匠。俺を弟子にしてくれ」
ライセが土下座の姿勢でアリアに頼む。すでに師匠呼ばわりであった。
「断る」
「でしたらフィリアに到着するその時まで、魔力について教えてください。気が向いた時だけでも構いません」
ライセの申し出をきっぱりと断ったアリアにどのような思いがあるのかは気にしなくていいと、メイリーはすぐさま譲歩し提案した。
「まあ。それなら……いいか。分かった」
こうしてメイリーとライセはウニたち同様、アリアに魔力操作を教わることになった。
アリアの気まぐれにより、訓練はすぐに始まった――。
「生み出す魔術。操る魔法。人によって属性だけでなく、この二種類にも得手不得手がある。俺は魔術のが得意だな。まずは両方、数をこなして、その見極めから始めてみろ」
「わ、分かりました……。ウニさんは魔法のが得意なのですか?」
メイリーに尋ねられたウニは大きく肩を落として俯く。
「……実は、私は魔術の方はからっきしダメで…………魔法しか使えないんです」
メイリーとライセは驚いて、顔を見合わせた。
「だから、ハイちゃんオキちゃんと契約して魔術を行使してもらってるってわけだ」
アリアが補足したように精霊との契約は、主に魔力操作の手助けのために行われる。もちろんそれだけが理由ではないのだが、この世界で精霊と契約を果たしている者の大半が魔術、魔法のどちらかを苦手としていると言っていいだろう。
「あーなるほど。でも別にウニちゃんだけができないってわけじゃないんだろ? 俺たちと比べられるのは嫌かもしれないけど、魔法の方は凄いんだし。そう気落ちする必要ないんじゃないか?」
アリアの言葉に納得を伝えるためと、落ち込むウニの様子に気を使ってライセは告げたのだが、その発言を受けて、ウニはさらに肩を落とした。
「あれ? 俺なんか変なこと言ったか?」
「はぁ…………」
アリアは深く溜息を吐いてさらに補足する。
「精霊は、魔術のスペシャリストだ」
「え、そうなのか!?」
「そうだ。ホントに何も知らないんだな……それで王女の護衛隊長が務まるのか?」
「うっ……」
痛いところを突かれたとライセが苦しそうに声を上げる。メイリーは自分の事でもあるのだからと上手く笑えず苦笑いを浮かべるしかなかった。
「アリア殿。もう少しオブラートに包むべきかと……」
「ああ、そうだな。悪かった。今の発言は忘れてくれ」
「いや、いいんだ。本当のことだからな」
これから強くなればいい――ライセは決意しアリアに告げる。
「アリアさん。スパルタになっても構わない! 俺に魔力の全てを教えてくれ!」
ライセの表情に、頼もしさを覚えメイリーは微笑む。
「……そうだな。これから三週間でどこまでできるか分からないが……さっきの言葉の詫びに、魔力の真髄。叩き込んでやる」
「よろしくお願いします!」
霧の晴れた森の中に、晴れ晴れとしたライセの声がこだました。
翌日――。
魔力に関するあれやこれやをメイリーとライセに教えたアリアは、修行に付き合って……は、おらず。
昨日の言葉は何だったのか、訓練に勤しむ二人を放置して、ハイちゃんオキちゃんと遊んでいた。
「これは?」
「バナナ―!」
「ふくらはぎ」
魔法により変形させた木が、なにかを当てるクイズ。
「ざんねーん、これはミノタウロスの角でしたー」
なのだが、幼い少女たちには少々、難しすぎる内容だった。
それでもハイちゃんオキちゃんの二人は、満面の笑みを浮かべて楽しんでいる様子。
「アリア殿……先程から問題が難しすぎるでござるよ。さすがに大人げないでござる」
クイズ内容の難しさを見かねてセキエンが提言してきたが、アリアにも考えあってやっている事。
「いいんだよ。二人は楽しそうだし。それに知らないものを教えることを兼ねてんだから」
「ほう、さすがは聡明なアリア殿。そのような意図がおありでしたか……かたじけなし、でござるな」
納得のいく回答が得られたことにより満足そうに頷くセキエンを見て、アリアは閃いたと言わんばかりに魔法を行使する。
ミノタウロスの角に形作っていた木は、どこかで見たようなお面に形を変えた。
「これは?」
「おじさーん!」
「おじさん」
「せいかーい。二人とも偉いぞー」
セキエンの鬼面を模して変形させた木を見て二人が唱えた回答は百点満点。アリアは満面の笑みで二人の頭を撫でるわけだが、その背後で不満の表情を浮かべる男が一人。
「アリア殿……いったい何の真似ですかな?」
「なんもかんも、おじさんの言う通り。二人が当てられそうな物にしただけだよ」
「ほう……さすがは聡明なアリア殿。まったく聡明すぎて聡明でござるな。いやはや聡明聡明」
「おい、聡明を連呼するな。馬鹿と言ってるようにしか聞こえないぞ」
「ほう! さすがに聡明なアリア殿でも気付かれましたかな?」
「…………よし、粉々にしてやる。表に出やがれ」
「笑止、返り討ちでござる」
バチバチと視線をぶつけ合いながら二人は簡易拠点、アリアが創造した家から出て行った。
「いいのか? 放っておいて」
二人の様子を、冷や汗を流しながら眺めていたライセがウニに問いかける。
「いつものことですから大丈夫ですよ」
微笑み告げる彼女の言葉にはどこか呆れの感情も混ざっている。
(まあウニがそういうなら大丈夫か……というか……)
自分が二人の喧嘩を仲裁することなどできるとも思えなかった。ライセは深く考えないようにして魔力操作の訓練に意識を戻す。
ライセは自身の得意属性である光の操作をしている。とは言っても天啓により告げられた属性である事から得意であるのかどうかも分からないわけだが。
「昨日も言った通り、まずは見極めからだ。チカチカさせたりグルグルさせたりして、どっちが楽か見極めろ」
昨日アリアから告げられた言葉通り、魔術と魔法の見極めと平行して光が本当に得意であるのかどうかの見極めも行っている。
(チカチカとかグルグルってなんだよ! もう少し分かりやすく教えてくれ)
言葉足らずなアリアの指導に対して心の中で文句を言いながらも「やるしかない」そう思い至ったライセは、とりあえず手のひらの上で光をチカチカさせていた。
「できたーーーーー!」
突如、ライセの隣で訓練をしているメイリーが叫んだ。
「ハイちゃん、オキちゃん! これは?」
「見せちゃだめー!」
「きたない」
メイリーは自身の得意属性だと告げられた風ではなく、アリアと同じ樹属性の操作を訓練していた。理由はアリアの母、アスタリアとアスタリアの息子、アリアに出会い魅せられたことが大きく影響しているのだろう。
ライセはメイリーの心境を正確に察していた。
魔力には得手不得手があるのだが、例えメイリーにとって樹属性が苦手な属性であったとしても、応援しよう。そう心に決めていたライセは、メイリーの手のひらに乗る茶色の物体を見た。
(…………出来上がっているのか? だとしたら……)
自信ありげに胸を反らしてメイリーが完成を告げた物体は排泄物に見える……。ハイちゃんオキちゃんが汚い、見せたらダメと言う気持ちがよく分かった。
「諦めた方がいいかも……」
「なんでよー! どこからどう見ても綺麗なバラでしょうがー!」
(薔薇……だと……)
頭に届いた稲妻の如き衝撃発言を受けてライセは首をひねった。
なんとかして薔薇に見える位置を探そうと思って色々な角度からの観察を試みたのだが……期待空振り。見れば見るほど、どこからどう見ても排泄物だった。
「……木で作るのではなく、本物の薔薇を生み出す事から始めて見てはいかがでしょうか」
提案したウニの表情は笑顔を浮かべてはいるものの少し引きつっている。何に見えたのかは分からないが薔薇ではない事だけは確かだろうとメイリーは察して薔薇を
作り出したはずの自身すら、なんだか薔薇に見えなくなってきて慌てて頭を振るう。
「確かにそうね、そうするわ……」
悔しさを滲ませながらもメイリーはウニの提案を受け入れると共に思考を切り替える。
(一度の失敗で挫けててもしょうがないわ。できるようになるまで何度も挑戦するだけよ)
その後一時間。二人はひたすら同じことを繰り返した。
一時間に及ぶ激闘の末、勝者であるアリアは小脇にセキエンの《頭だけ》を抱えて、家の前へと辿り着いた。
「……アリア殿……できれば体の方も持ってきていただきたかったでござるな」
「いやだ。重いし……それに今更戻るのも面倒だ…………頑張って這って来い」
「もう指先一つも動かせないでござるよ」
セキエン同様に自業自得ではあるのだが、アリア自身もくたくたで戻る気にはなれなかった。
どうしたものかと思考をするアリアの視界の端で点滅を繰り返す光を捉えた。自身が建てた家にはガラス板は無いが、窓のように壁の一部をくり抜いてある。そこから見える室内で光をチカチカさせている青年が一人。
「…………よし。ライセに頼もう」
アリアは言って早々に自身が作った家の扉から中に入ると、ライセに声を掛けようとしたのだが、小走りで駆け寄ってくる一人の少女を視界に捉える。
自身の胸に飛び込んできた少女の勢いに押され、数歩、後ずさりをしながらアリアはなんとか体勢を維持したが「あうんっ」と、なにやら情けない声を上げながら、セキエンの頭は床に転がった。
「おかえりなさい。それと、お疲れさまでした」
何にも勝る癒しの言葉。だっただろう。アリアは自身の体から抜けていく疲労感を確かに感じながら少女、ウニの体を抱きとめる。
「ただいま。疲れたけど……もう大丈夫だ。ありがとう。ウニ」
告げたその後も身を離すことはせず、アリアはそのままの状態でライセに手招きをした。
グルグルと回る光の玉を消してライセは立ち上がり「なんだ?」と声を掛けたが、アリアたちの足元に転がるセキエンの頭に気付きすぐに察した。
「体を引きずって来ればいいのか?」
「で、できれば持ち上げて運んできていただきたいでござる…………」
頼む顔面のみの存在が告げたその言葉には後ろめたさが感じられる。それもそのはず。顔面と兜の重さは合わせても精々十数キロと言ったところだろう。だけど今からライセが運んでこなければならない物の重さは。
「おい。おじさん。あんた体重何キロだ?」
「せ、拙者はおじさんではないでござるが…………んー。どうだったかなー。何キロだったかなー……」
「……引きずって来ればいいな?」
「よ、よろしく頼むでござる……」
ライセは溜息を吐きながらも「了解」とだけ告げてアリアたちが戦っていた場所へと向かった。
簡易拠点から五分ほど歩いた先に二人の喧嘩現場はある。
ライセが辿り着いたその場所は、はっきり言って滅茶苦茶だった。
不自然に
樹はアリアが。地はセキエンが得意の属性だと言っていた事から、ライセが目にしている地形変化は二人の仕業であることは明白だった。
そしてライセはウニの言葉を思い出す。
いつものことですから大丈夫ですよ――。
(アリアたちはいつもこんな喧嘩をしているのか? 嘘だろ……? フィリアにいる魔導士を全員かき集めたってこんなことができるとは思えない…………)
いつまでも呆気に取られているわけにもいかないとライセは思考を切り替え、深く考えることをやめて地面に突き刺さっているセキエンの体を引っこ抜き、宣言通り引きずってその場を後にする。
(それにしても……あの日、あのまま動けなかったらと思うと…………こわっ)
アリアとの出会いを思い返し身を震わすライセは、硬直する自身の体を引いてくれたメイリーに改めて感謝の念を抱くのであった――。
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