第2話 アリアとアスタリア
その場所だけ抉り取られたような大きな窪地の上に立つアリアたちは、眼下に広がる光景を目の当たりにして溜息を吐いた。
窪地の下では崖を背にして怯えた様子を見せる一人の《使族》である人間の女性。その女性を守るように前に出て、大剣を構える同じく人間の男性。
その服装などから得られる両者の印象は、姫と騎士と言った感じだ。
二人の人間の視界には、自分たちを取り囲む十数人の《魔族》であるオーガが映っている。
二メートルを悠々と超える巨体。額に生えた短くも猛々しい角。獲物を前にして唾液を溢れさせ、それらを見せつけるようにじりじりと人間に迫っていく。
「メイリー。そこの崖のぼれるか?」
下卑た笑みを浮かべるオーガの姿を視界の端々に捉え、その騎士は言った。
その騎士の発言を受けて彼女、メイリーは後ろの切り立った崖に目を向ける。
登れなくはないだろう。だけど目前に控える敵オーガが黙って見ているはずがない。高速での登頂が自分たちには困難である事も加味してメイリーは首を横に振った。
「無理よ……それよりもライセ。目の前にいる魔族さんたちとは本当に戦うしかないの?」
状況を正しく把握できているライセとは違い、現在の危機的状況を少しだけ軽視しているメイリーは、話し合いで状況の改善ができると思っての発言だった。
彼女の甘すぎる発言にライセはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。そして両手で握られた大剣の先を目の高さまで持ち上げると、深く息を吸った。
来るなら来い、返り討ちにしてやる――そんなことを、オーガたちに宣言するために。
だけど声を張り上げるために吸い上げた息は吐き出される機会を失いライセの体内で留まることになる。
自身の上から重くのしかかるプレッシャーに押さえつけられ指先一つ動かせない。
その場の空気が震え、天気は晴れやかで変わりなく太陽は照りつけているはずなのに、ライセの視界がやたらと暗くなった。
だがそれは、オーガたちも例外ではない。暗くなった視線の先、先程までは自分たちを喰らおうと下卑た笑みを浮かべていたはずなのに、今はどこか戦々恐々としている。
一国の騎士隊長を務めていた事もあるライセには現在進行形で自身の身に襲い掛かるプレッシャーに覚えがあった。
それは圧倒的に実力のかけ離れた者と対峙した時の緊張感に圧迫感。
ライセは焦り、吹き出す汗を拭うことさえ忘れて必死に思考をした。
(このオーガの中にそれほどの者がいるとは思えない。それにオーガたちも俺と同じように、このプレッシャーを体感しているみたいだ……だったらこの気配はなんなんだ…………どこだ。どこに。なにがいる……!?)
辛うじて動かせる瞳だけを動かしその存在を探す。ライセは背後にいる自身が守るべき対象のメイリーの方へ向きを変えられないことを悔やみながら、右に。左に。そして上へと視線を動かした時、彼の存在を捉えた。
二枚で一対の漆黒の翼を羽ばたかせ上
その者を目撃して、思わず言葉を漏らす。
「な、なんで魔王がこんなところにいるんだよ……」
絶望を浮かべ青ざめるライセの表情と彼の口から吐き出された言葉の意味を理解して、ようやくメイリーも状況を正しく把握した――。
――数刻前。
その場所だけ抉り取られたような大きな窪地の上に立つアリアたちは、眼下に広がる光景を目の当たりにして溜息を吐いた。
「はぁ……またか……」
呆れの感情を色濃く浮かべたアリアが呟いた言葉通り、自分たちが目の当たりにしている光景を見るのは初めてではない。
「オーガは生粋の肉食らいの種族でござったからな。我慢しろというほうが無理な話でござるよ」
「そうかもしれんが……人間なんて美味いのか?」
アリアの呟きに反応してセキエンが言葉にした通り、オーガは肉食である。だがそれは百年前の話。
天使が地上に降り立ち悪魔と名を改めた時点をもって、その庇護下に入る事となった種族は皆一様に《魔族》と呼ばれるようになり、本来は肉食であった者たちも馬や牛、魚に至るまで肉を食すことを禁じられた。
故に魔族は草食である。というのが現在を生きる者たちの共通認識なのだが……目の前の光景を見れば分かるとおり、完璧に守られているわけではない。
オーガは初め使族であった。使族であったころのオーガは自種族以外には無関心で、少しでも自分たちの領域を侵す者がいれば同じ使族の者であっても構わずに攻撃していた。だから、彼らが持つ凶暴性を疎んだ者たちは追放するように、強引にオーガたちを追い出した。
そして差し迫る追手から守られるように魔族へと転換を果たしたオーガたちは悪魔への恩義に報いるべく一応はルールを守っている。
だが、時代が進むにつれ世代も変わる。薄れゆく恩義と抗えない本能。なによりも使族に対する復讐心によりルールを犯す者が増えつつある。
そしてそれはオーガに限った話ではない。
魔族の頂点に立つ《
無駄に魔王の不況を買いたくないという思いは魔族共通ではあったが、禁を破った時点でその種族が滅ぶということでもない以上、守られないことも仕方がないことだと言えるだろう。
人間が美味いかどうかはさておいて、
「それでどうしますか? 止めますか?」
ルールを犯そうとしている者が目の前にいるのだからと、ウニはアリアに問いかけた。
「ああ、助けよう」
オーガを止めるかどうか聞いたはずが、助けると返ってきたことにウニは目を丸くした。
だが、追及はせず大きく開かれた瞼をゆっくりと閉じ、微笑む。
「して、どちらを」
「両方だ」
セキエンは声を上げ高らかに笑う。「それでこそアリア殿」なんてことを言いながら、愉快な気持ちを少しも隠すことをせず、うるさいくらいに笑った。
悪魔であるアリアからしてみれば、禁を犯そうとするオーガは刑罰の対象であり、使族である人間はそもそも味方ではない。どちらもアリアにとって敵となり得る存在を助けるというのだからセキエンの笑いも当然なのかもしれない。
そのうるさいくらいに笑うセキエンを横目にアリアは宣言する。
「じゃあ。とりあえず俺が行ってくるから二人はゆっくり下りてきてくれ」
アリアはそれだけ告げた後、背中に意識を集中させ一対の《漆黒の翼》を展開させた。
翼。それは天使の血を引くものが皆一様に授かるもの。
そして軽く地面を蹴り飛び上がると、ふわりと翼を羽ばたかせ目標に向かって飛翔していった。
――そして時は進み、現在。
「な、なんで魔王がこんなところにいるんだよ……」
そう口にする人間とオーガの間にゆっくりと着陸したアリアは、両者の様子を交互に確認した。
そして、むやみに特攻してこない事の確認が済むと、翼を折りたたむようにして消す。
「この場での戦闘を禁止する。分かったら下がれ」
アリアは余計な問答を無くすために少しだけ威圧を込めて口にしたのだが、
「お、おい。いきなり来て何言ってんだ」
ハッとしたように意識を引き戻したオーガの一人が口を開く。
アリアは余計な問いが返ってきたことを素直に煩わしく思いオーガの発言を無視した。
そしてそのオーガは続ける。
「だ、誰の使者だ? アザゼル様か? レヴィ様か?」
オドオドと、気が触れないよう気を付けながら、緊張した様子で。そんな感じだった。
恐ろしく思ってるのならとりあえず下がってくれよ。
そんなことをアリアは考えながらオーガのその問いには一応答えることにした。
「……誰の使者でもない。強いて言うなら俺の名前はアリアだ」
その自己紹介を受け、一気に場が
アリアとしては気分のいいものではなかったが、怒るほどの事でもないと流してしまった事が失敗だっただろう。睨みつけでもしていればその言葉を聞くことはなかった。
余裕を取り戻してしまったオーガは目前に降り立った悪魔のことを何も知らなかった。だから感情のままに余裕の笑みを浮かべて《失言》してしまう。
「なんだビビらせやがって。ただの捨て子か?
ゴトッ――。
アリアは腰に下がる剣を抜き、今まさに喋っていたオーガの首を落とした。
一瞬の出来事。そのオーガは斬られたことに気付くことなく、下卑た笑みを浮かべたまま首は地を転がる。
一瞬の出来事だったから、周りにいる全員、何が起きたのか理解できないでいた。
そんな不要な理解を求めないアリアは、剣を斜めに振り下ろし刃についた血を払う。――そして空を仰ぐように自身の首を上げ、静かに息を吐いた。
理解してほしいことは一つだけ。
「もう一度言う。この場での戦闘を禁止する。分かったら下がれ」
先ほどとは打って変わって、明確に怒りの感情が込められたその言葉を聞いて、オーガたちはすぐさま一歩下がった。
自分は一人殺しておいて、その行いを棚上げにした言葉であったものの余計なことを口にすることなく、すぐに理解を示してくれことを素直に嬉しく思う反面、アリアは大剣を自分に向けて下がろうとしない人間を見て不快に思う。
ライセは動けないでいた。
魔王と見まがう程の実力を秘めたアリアの姿を、目撃してから今まで、自身に重くのしかかるプレッシャーを払いのける事ができず、宣言された仰せのままに下がりたいのに動けない。
一歩、自身の方へ踏み出すアリアを見て吹き出す汗が加速する。握られた剣に視線を落として自身の生に終わりが来ることを悟った。
だが、ライセが抱いたその想いはすぐに搔き消される。
自身の体を引く二つの手。メイリーが後ろから体を引っ張り無理やり自分を下げさせようとしていた。重くて動かせないでいたのだが。
それでもライセはメイリーに引かれていることに気付けたおかげで、やっと体の縛りから解放され、解けると同時にメイリーと共にすぐさま後ろへ下がる。
極度の緊張状態がその場にいる者たちを襲う、目の前にいるアリアの表情が一向に晴れないからだ。
晴れないにしろ、なんでもいいから喋ってくれ――ライセの緊張感が最高潮に達した時「パンッ」と手を叩く音がその場に響き、アリアを含めた全員の視線が音のする方向に集まる。
「はい、解散!」
手を叩いたのはウニだったが、セキエンが右手を振り上げてそう告げた。
オーガたちはアリアに視線を戻し、表情の曇りが少しだけ晴れていることを確認して逃げるようにその場を後にした。
ライセとメイリーは「すとんっ」とその場に腰を下ろす。というか緊張が解け、腰が抜け倒れた。と言ったほうが正確だろう。オーガたちと同様にその場を後にした方がいいのは分かっているが、体が言うことを聞かないのだからと流れに身を任せることにした。
逃げ出したオーガ。へたり込む人間。それから――。
一通り目を配り、事の成り行きを大まかに察したセキエンはおもむろに口を開く。
「……アリア殿にしては珍しいでござるな」
今回のような仲裁を何度もこなしてきたアリアたちは、勝手に請け負っているだけに死人を出さないことを大前提としている。だが、今回は出てしまった。しかも両者の戦闘によってではなく仲裁に入ったはずのアリアの手によって。
「ああ、俺のミスだ。笑いたければ笑え」
だから自身への戒めとしてアリアは告げたのだが、
「アリア殿を笑った者の末路が《それ》なのでは?」
セキエンはそう言って落ちている生首に顔を向ける。生首を見つめる彼は不謹慎な事にどこか楽しげだ。
「……お前なら首を落とされたって平気だろ?」
「確かにそうでござるな」
お互い顔を見合わせ、軽く笑う。
ウニはアリアの笑顔を見て大丈夫そうだと安心すると、少し離れた場所に座り込む人間のほうに目を配る。
「アリア。あちらの二人はどうされるのですか?」
どうもこうもない、とアリアは首を傾げた。
「ん? 別にどうする気もないぞ? 目的も達成したし……オーガたちと同様に去ってくれて構わない」
目的の達成――すなわち両者を助ける。
アリアは一人死者を出しているにもかかわらず、その事をまったく気にせず告げた。
「でしたら少しお話をしてもよろしいでしょうか? こんなところに人間がいるのも気になりますし……」
その場所は、魔族領域にあるグリゴールという国の国境内部である。
そして人間はその大半が天使の加護を受ける《使族》であり、戦争を仕掛けに大勢で来たのならばともかく魔族領域内にたった二人でいるのはおかしいと言える。
彼女の言い分に納得できたアリアは少しの思考をしてから許可を出す。
「……確かにな。よし、許可する。俺を怖がってるみたいだし離れて待ってるよ」
アリアは二人の人間が腰を抜かし座り込んでからも、自分の一挙手一投足に注目するように見ていたのを、視界の端に捉えていた。
アリアはウニに了承を告げ、早々にセキエンと共にその場から少しだけ距離をとった。
「……長いな」
アリアが呟いた言葉通り一時間ほど経ったが、ウニはまだ話している。
生い立ちから今に至るまでの経緯を聞いてるわけでもないだろう。何をそんなに話しているのか。一時間前は気にしていなかった彼らの事が気になり始めた。
アリアは自身の剣を、セキエンは自身の刀を、二人で話しながらではあるが一時間、ただ磨き続けていた。
ピカピカになったお互いの武器への称賛もそこそこに切り上げ、ウニを見る。
「そんなに心配なら行けばいいでござるよ」
「ばかっ! 心配ってばか! そんなのしてねえよ!」
図星だった。
「アリア殿は気持ちを制御する訓練を積んだほうが良いでござるな」
「……うっせぇ」
もっともである。
セキエンに図星をつかれた悔しさを滲ませ口を尖らせる。
視界の端でウニがこちらに歩いて向かってくる姿が見えて「ようやくか――」なんて呟いたが、アリアは顔を
セキエンは鬼面のせいでよく分からない表情を浮かべている。
向かってくるウニは笑顔を浮かべている。
そして一人だけ笑顔を浮かべるウニの後ろに付いてきている男女二人。
「なあセキエンさん……嫌な予感がするんだが、どうだろう」
「奇遇でござるなアリア殿。拙者もまさにそう思っておったところでござる」
許可すべきじゃなかったか。そう後悔しても遅いだろう。
アリアたちはウニの謎の笑みに冷や汗を浮かべ願った。どうか予感が外れますように――と。
「
スカートに手をかけ軽く持ち上げながら、お辞儀をし彼女『メイリー』はそう言った。
彼女を見て姫といった風格だと判断していたが本当に姫だったようだ。ならばと視線を少し後ろに立つ男の方へ移す。
「使族領域所属、聖フィリア王国、メイル王女護衛隊長ライセ・イルス・リーヴル。先程は我々を救っていただき誠にありがとうございました!」
右手を心臓付近にあてがい親指のみを折りたたむ。綺麗な人間の敬礼を掲げ、彼『ライセ』はアリアに対して誠意のこもったお礼をした。
王女の護衛隊長。騎士だったと判断していいだろう。
そんなことを思いながら、
「あ、はい。魔族領域所属、ディアリスヘルン、一般市民アリアです」
見栄えも並み、誠意もなければ元気もない、気の抜けた挨拶を返した。
メイリーとライセはきょとんとしている。
先程のアリアには身の毛もよだつ程の恐怖を覚えたのだが、今のアリアからはその恐怖を微塵も感じない――どこにでもいる好青年といった風格だ。
アリアの代り映えに驚き、呆然としているメイリーたちだったが、そのアリアは自身の気の抜けた、誠意の欠いた返事のせいで唖然としている――などと見当違いの解釈をしていた。
固まってしまっていたメイリーは、ハッとしたように意識を引き戻す。そして緩んでいた表情を引き締めなおし、口を開く。
「アリアさんに、お願いがあります」
いきなり告げられたその言葉をアリアに聞き届けなければならない責任はない。所詮は使族の王家なのだから一考する余地すらないだろう。
だけど彼女を連れてきたウニの想いを無下にはしない。
「なんだ?」
それでも半ば興味のなさが表情に出てしまっている事をアリア自身が自覚できるほどに淡白な返事だった。
「魔族領域にあるフェリーチアという場所に、私たちを連れて行ってはもらえませんか?」
アリアは驚き目を丸めた。
使族である人間が、魔族領域にある場所を目指している。そしてその口から飛び出した『フェリーチア』という単語。先程とは打って変わって、二人の人間に興味が湧き出てきた。
だが、興味とは裏腹アリアは質問の答え方を模索し表情を少し曇らせる。
「無理だ。その場所……フェリーチアは、もう無い」
「はい。知っています」
再度アリアは驚いたが、今度は疑問に思ったことをすぐに尋ねた。
「無いと知ってる場所に何をしに行く気だ?」
「ある方を尋ねに……ですね」
「あのな。フェリーチアが無いっていうのは、その場所に新しく街ができたとか、地名が変わったとか、そういうことじゃないんだ。だから……なにもな…………なにもなくはないが、誰もいない。誰を訪ねる気か知らないが、そこに行っても誰にも会えないと思うぞ?」
メイリーの表情に変わりはなく、その変化のなさが「そのことも知っている」とアリアに告げていた。
「その場所にはなにがあるのですか?」
ウニがアリアの言葉の詰まりに疑問を覚え、何気なく尋ねた。
アリアは視線を上に上げ天を仰ぐ。
「…………俺の母親の……そこで暮らしていた皆の……墓がある」
その発言には、全員が反応を示す。メイリーとライセは驚き、セキエンは納得と言った表情を浮かべ、ウニは絶望しその場にへたり込んだ。
《フェリーチア》。
その場所は別名、花の都とも呼ばれるほどに花々が咲き誇り、世界で一番美しき土地として魔族領域に君臨していた。
十年前、使族による並々ならぬ大行軍を前に敗れ去り、アリアただ一人を除いて滅ぶこととなった――。
ウニの絶望のわけは罪悪感。自分が二人を連れてきたせいで、何も考えずに問いかけたせいで、アリアに辛い過去を思い出させてしまった。
謝らなければならないのに、言葉が出てこない。
代わりに涙が溢れ出した。
そのウニの頭をアリアが撫でる。
「大丈夫だよ。気にしてない」
優しく微笑みかけてくれるアリアを見て、さらに罪悪感がウニの心を支配する。
「もうじわげありばせんでじだあああ」
大泣きである。
アリアは少し哀情に包まれはしたが、ウニのせいだとも思っていないし、本当に気にしていないのだ。
目の前の泣きわめく少女を見て、アリアにも罪悪感が募った。
状況を見かねたセキエンが「やれやれ」と溜息を吐きアリアに告げる。
「アリア殿、時に優しさは心を傷つけるものでござるぞ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
「思いっきり、ぶん殴ればいいでござる」
「はい゛、やっでぐださい゛」
ウニは、そう言いながらアリアに頬を差し出した。
「いや、できるかあ!」
もっともである。
アリアとしては、この渾身のツッコミで笑いあう、というものが最善であった。
だが、世界はそんなに優しくはない。ウニは勢いを弱めることなく泣き続けていた。
どうしたものかと思考したアリアは一か八かの賭けに出ることにした。
「……う、ウニ、命令だ。泣き止まないと、もう口をきいてやらないぞ……?」
ピタッ――――。
賭けに勝った。
文字通りピタりと泣き止んだウニを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「……ご迷惑をおかけしました」
涙を拭いながらフラフラと立ち上がるウニをアリアは抱き寄せて囁く。
「ウニはセキエンと違って優しいな」
「なんでそこで拙者を引き合いに出すでござるか、アリア殿」
「もちろん、お前は優しくないからだ」
納得がいかない。と嘆くセキエンを放置して、先に放置していたメイリーの方へ向きなおす。
「それで、メイリーだったか? さっき言ったように、そこには俺の大切な人たちの墓がある。荒らしに行くつもりがないのなら訳を話してくれ」
ウニを抱きしめながらそのまま話すアリアを見て、メイリーは微笑ましいと思い笑みを溢す。
「まずは、アリアさんウニさん。申し訳ありませんでした。私たちがお願いをしたばかりに嫌な思いをさせてしまいました」
「それはもういいよ。ウニも気にしてないだろ?」
「はい。元はと言えばすべて私が悪いのです。だから、こちらこそ申し訳ありませんでした」
完全に立ち直ったかな――しっかりと話す彼女を見て安堵しアリアは彼女を自身から引き剝がそうとしたが、予想通りウニは離れなかった。
メイリーは、その二人の様子に安堵して話を続ける。
「アリアさんたちは『アスタリア』という……」
ピクッ。
アリア、ウニ、セキエンの三人が大きく肩を揺らした。
(当然と言えば当然か。なんたって『魔王』の名前ですものね。知らないわけはありませんね)
アスタリアという名前を聞いて反応を示した三人を見て、メイリーはそう考え話を続けようとしたのだが、続けられたアリアの言葉に体が硬直する。
「アスタリアは……俺の母親だ」
メイリーたちは驚かざるを得なかった。
使族領域にあるどんな文献にも、魔王に子がいることなど記されてはいない。
メイリーは幼少の頃より魔族に興味があった。そして調べてきた時間は決して少なくない。本が好きだった事もあり自国にある魔族に関する本は全て読み切った自負さえある。その知識欲は本だけに留まらず様々な人たちから話も聞いた。だけど誰に聞いてもそんな話は出なかった。
おそらく天使でさえも知らない事実なのではないかとメイリ―は認識した。
魔王の子など、存在を知っていれば天使が生かすはずが無く大々的に公表してその存在を脅威としたはず。
メイリーは先程の三人の反応は「そういうこと」かと認識を改め、恐る恐る口を開いた。
「た、大変失礼であることは承知で伺いますが……それは育ての親とか、そういうことではないのですよね?」
あまりの失礼さに、逆に怒る気にもならなかったアリアは、薄く笑みを浮かべる。
「ホントに失礼だな。育ての親だし、産みの親。正真正銘、俺の母親だ」
「では、アリアさんは本当に魔王の……」
「で? そんなことはどうでもいい。母さんに何の用だ」
そんなことではない。そうメイリーは思ったが、口には出さず続けた。
「どうか怒らないで聞いてほしいのですが……」
「分かった」
即答するアリアに逆に不安を覚えたが、重ねて忠告するほうが反って怒らせてしまう。そう思い至ったメイリーは、軽く息を吐いてから話した。
「……なにをしに、と聞かれると困ってしまいますが、そうですね……見てみたいのです。アスタリア様が守ろうとした場所を」
「ふざけてるのか?」
言葉とは裏腹にアリアは不思議と落ち着いていた。だが、その言葉は言っておかずにはいられない。
攻め滅ぼした側の者が、攻め殺した側の者が、その場所を見たいから連れて行ってくれ。そう言っているのだ。
なるほど、怒らずに聞いてくれ――か。
アリアは、その言葉がなかったらどうしていただろうか考える。
腰に下がる剣を抜き、首を両断していただろうか。
拳を力いっぱい振り下ろし、殴り殺していただろうか。
いずれにしても、メイリーたちの死は免れなかっただろう。
(ふっ……よくわかってる)
アリアは自身を見透かしたメイリーの前置きに感心し、笑った。
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