恐怖の時間停止

 時間停止!…自分以外の時間を停止させて自分だけが自由に動ける状況。いいですね、すごく便利そうですよね。いわゆる超能力とか魔法といったもので、時空を操る能力は戦闘に活かせるならば無敵かつ最強の能力であろうと思われます。

 あこがれますか?あこがれますよね?…ああ、イヤらしい。


 たしかに自分以外のすべての時間が停止して自分だけが動けるというのは、とても便利そうです。ではそれが実現したらいったいどうなるんでしょうか?


 そもそも「時間」とは何でしょうか?


 「時間の流れ」などという表現が見られるように、「時間」というものが常に一定の速さで流れているものだと想像している人は少なくないと思います。物理学者たちの間でも一時期「時間とは何か?」が議論されていた時期がありました。


 時間の流れる速さは一定なのか?それとも変動するのか?

 そもそも「時間」とは、絶対的な基準となるような何かが存在するのか?


 アイザック・ニュートンの唱えたニュートン力学によれば、全宇宙で常に一定のペースで過去から未来へ流れるものとされ「絶対時間」などと呼ばれていました。しかし、後のアルベルト・アインシュタインの唱えた相対性理論によって、それまでのニュートン力学で唱えられていた「絶対時間」は否定され、時間の流れは一定ではないという可能性が示唆されました。簡単に言うと光の速度に近づくと時間の進みが遅くなるとかで、一時期この理論に基づいて主人公(または他の登場人物)が宇宙船で旅していたら地球ではスゴイ時間が経っていて浦島太郎状態になっていた…なんていうSF作品も数多く発表されています。


 現在では、少なくとも時間の流れは一定ではないとされていますが、では「時間とは何か?」という定義については様々に唱えられていて完全にコレと決められてはいないようです。ただ、いずれの定義においてでも、時間は何かが変化することによってのみ観測可能であるという点は変わりないように思われます。

 極端な話、何も存在しない空間では何も変化しないから時間が流れているかどうかは分かりようがありません。時間とは例えば水が流れるとか、肉が腐るとか、何かが変化することによってはじめて観測できるものなので、観測可能な何かの変化の過程そのものが時間と言え、何の変化も観測できなければそれは時間が止まっているのと同義と言えるでしょう。


 では、時間が止まってしまった世界は何が起きるのか?


 前述の定義から言えば「何も起きない」が正解ですね。


 では、自分以外の時間が停止した世界で何が起きるのか?


 「動く」ということは、自分以外の何かに対して影響を及ぼすことです。自分以外のすべての時間が停止した世界で自分が何かを変化させるというのは、その時点で論理的に矛盾が生じます。外部の何かが何らかの力を加えたとしても影響を受けることが無い…それこそが時間が停止しているという状況であるため、時間が停止してるものを動かすというのは論理的にはあり得ないんです。

 まあ、それは言葉遊び的な答えに過ぎないんですが、本当に厳密に考え出すとおそらく物理学の先生たちでも正しい答えを出すことは難しくなると思われます。


 物理学の先生とかによっては「もし時間が止まれば原子核の周囲を回っている電子の回転が遅くなるから、遠心力が弱まって電子が原子核に突っ込んであらゆる物質が対消滅ついしょうめつしてしまう」とかなんとか言いだしちゃう人もいたりするわけで…


 でも、それじゃあ話がつまらない。

 そもそも時間を停止させて自分だけが動けるという状況がどういうものなのか?という今回のテーマに触れることすらできないじゃありませんか。


 そこで、「時間停止」とは自分と自分以外の時間の早さが極端に違う状態として考えます。要するに、自分だけが物凄く早く考えたり動いたりできる状況、または逆に自分以外のありとあらゆるモノが極端に遅くなってしまった状況です。以後、「時間停止」は周囲の時間が極端に遅くなった状態と仮定してお付き合いください。


 では時間停止状態になったらどうなるか?


 まず、まっさきに視界が暗くなります。

 光が目に入ってこなくなる…と考えていただければ分かりやすいと思います。とはいっても相対性理論に基づいて「光の速度は絶対」と考えるのであれば、光が入ってこなくなるというか、厳密にはあらゆる光の周波数が極端に低下すると考えるべきかもしれません。分かりやすく言うと赤外線は電波に、可視光は赤外線に、紫外線は可視光に、放射線は紫外線に変化します。「赤方偏移せきほうへんい」に近い現象が、より顕著に…というか極端な形で…体験できることでしょう。

 仮にこの状態で前進すれば、前方が明るく白っぽく見え、逆に前方を向いたまま後ろへ下がると、遠ざかる前方の景色は暗く赤っぽく見えるようになります。

 ですが、実際のところ紫外線や放射線の光量は可視光なんかよりずっと少ないはずですので、可視光が赤外線よりも周波数が低くなって紫外線や放射線が目に見えるようになったとしたら、目に見える光の量は極端に低下して全体に暗く感じてしまうに違いありません。


 同じ理由で音はまったく聞こえなくなります。音は空気の振動、その周波数が極端に小さくなるため耳が音を探知できなくなるのです。

 ただ、一時的に耳の奥で「キーン」とか「ピー」という音が聞こえるかもしれません。それは実際に聞こえている音ではなく耳鳴りです。人間は音が全く聞こえなくなると、脳がそれまでの聞こえていたはずの音を補おうとして耳鳴りがすると言われています。無響室むきょうしつと呼ばれる音を完全に遮断する部屋に入ると、入った瞬間にそういう耳鳴りを実際に経験することが出来ます。



 次に手を動かしてみましょう。何が起こるでしょうか?


 アナタはゆっくりと手を突き出します。すると、手の前方で空気が圧縮され、非常に強い抵抗を感じます。手に押された空気が他へ逃げるよりも、アナタの手の突き出す速度の方が速いからです。空気はどんどん圧縮され、抵抗もどんどん高くなります。

 もしも先述した光の問題が無く、今まで通り周囲の様子を観察できたとしたら、手の前方に白いもやが出来ることに気づくでしょう。圧縮された空気に含まれていた水分が凝結ぎょうけつして水滴となって現れたのです。そして、それまでまとわりつくかのようにネットリと絡んでいた空気抵抗が唐突に弱くなります。

 それまでの抵抗がウソのように手が急にスゥーっと前へ伸びますが、その手のちょっと前あたりを中心に円錐状にもやの傘が広がります。手が音速を超え、衝撃波が生じているのです。

 衝撃波は空気が限界を超えて圧縮された結果生じますが、何もない空間では物体が大気中を音の伝達速度以上の速度で移動しようとする際に、大気が急激に圧縮されて生じます。衝撃波に触れた大気は瞬間的に水分が凝結し、もやが傘を作って見えるのです。


 ですがコレをあまり繰り返したり、継続してやったりするのは止めましょう。

 衝撃波の強さによっては皮膚が裂けたり、ガラスや陶器を割ったりすることもありますし、大気との摩擦熱もバカになりません。

 厳密には単純な摩擦熱とは違って断熱圧縮と、境界層内部における粘性摩擦によって…とかゴチャゴチャうるさいことになるんですが、一言で表すと「空力加熱くうりきかねつ」という現象です。仮に大気温度を20℃として単純に計算するとマッハ1で約60℃、マッハ2で約230℃、マッハ3で約530℃、温度が上昇します。

 一部の映画でジェット機が地上に近い低空をマッハ3以上でかっ飛んだりするシーンがありますが…まああり得ませんね。大気温度20℃でマッハ2を出したら機体表面温度は250℃にはなってしまいます。キャノピーは溶けだすし、中に乗ってる人は蒸し焼きになって死んじゃいます。マッハ3なんて出したら機内で燃料タンクが沸騰しちゃいますね。

 ジェット機の最高速度マッハ2とか3とかっていう速度は、大気密度が薄くて気温も低い高空(高度10000m上空の大気温はだいたい-57℃)でしか出せないんです。

 人体が気温20℃の地表でマッハ0.8とか出したら皮膚の温度は約58℃くらいになっちゃうので低温火傷の危険性が出て来ます。マッハ1とか出したら皮膚は80℃くらいにはなるので、火傷は避けられませんね。(汗の気化熱冷却とかはここでは考慮してません。)


 仮に魔法かSFすごくフシギ技術で大気との空力加熱による火傷の問題を解決したとして話を続けてみます。


 アナタは更に高速で手を突き出してみます。


 アナタの手の速度がマッハ3ぐらいに達した時、もし手の表面に何らかの有機物が付着していれば発火するかもしれません。

 多くの物質はある程度以上の温度まで加熱された状態で酸素に触れると、特に火を付けなくても勝手に発火して燃焼を始めてしまいます。この温度を発火点といいますが、ほとんどの有機物の発火点は500℃以下です。先述したように気温20℃の大気中でマッハ3を出すと空力加熱によって530℃温度が上昇しますから、マッハ3以上で動かす手の表面に、何かが付着していれば勝手に発火し始めてしまうでしょう。


 でも魔法かSFすごくフシギ技術でアナタは熱から守られているので、気にせず更に速く手を繰り出してみましょう。


 アナタが繰り出す手の速度がマッハ10に近くなったあたりから、時折手の表面を覆っていたもやの傘がチラッチラッと光るようになってきます。手を突き出す速度を速めれば速めるほど、その光はより強くよりハッキリと輝くようになってきます。マッハ13にもなると拳全体がまばゆく輝くその光に覆われるくらいになってきました。


 どうです、キレイな光でしょう?でもその光は放射線を含んでいるから被爆しちゃうんですよ?


 その光の正体はプラズマです。

 アナタの手があまりに速く動くので、大気が高温になりすぎてついにプラズマ化してしまったのです。大気を構成する分子が極端な高温(10000℃以上)にさらされたせいで分解されてバラバラになり、分子を構成していた電子や陽子が飛び散ってしまいました。その際には結構な量の放射線も飛び散ってしまうのです。

 普通のプラズマの温度は5000℃くらいで、分子によっては2000~3000℃でプラズマ化するそうです。マッハ10くらいからプラズマ化は発生し始め、マッハ13ぐらいからはプラズマが連続して発生します…多分!


 凄いですね。時間経過が極度に遅くなった世界で、アナタはちょっと動くだけで周囲に放射線とプラズマと衝撃波をばら撒く存在になってしまいました。

 アナタの周囲に大気が存在し、その大気も世界の一部である以上、大気の時間経過だって遅くならざるを得ません。そして極端に時間経過が遅くなっているのでどうしてもこうなってしまいます。


 では大気を無視して話を進めてみましょう。そう、まるで宇宙空間のように大気の無い世界で時間を極端に遅くしてみました。これでひとまず、動いてもプラズマや衝撃波が生じる心配はありません。

 さっそく歩いてみます。

 

 アナタは足を浮かせ、もう片方の足で地面を蹴ります。ですが、なんとしたことでしょう…前へ進めません。蹴り足がツルツルと滑ってしまいます。

 なんでこんなことになるのでしょうか?


 物体が動くためにはエネルギーが必要です。物体を速く動かそうと思えば、より大きなエネルギーが必要になります。

 人が傷つかない程度の威力でBB弾を打ち出すエアソフトガンも、バネを強化するなどの改造を施せば人を傷つけることもできるようになります(違法ですよ、念のため)。銃の構造自体を極端に強化し、打ち出すエネルギーを火薬の燃焼ガスなどに置き換えれば本物の鉄砲並みの威力だって持たせることが出来るでしょう。逆に言えば、軽くぶつかった程度では怪我する心配もない弾丸を人を殺傷するほどの速度で飛ばすにはそれなりのエネルギーが必要だという事です。

 人間が歩き出すためのエネルギーは大したことはありません。ですが、考えてみてください。アナタ自身はゆっくり歩くつもりでいても、時間が極端に遅くなった世界でのアナタは非常に速いんです。大気中でどれだけ高速で砲弾を打ち出しても、現在の火器では弾丸がプラズマを発生させることなんてことはありません。なのにアナタはちょっと動いただけでプラズマを発生させてしまう…そんな世界なんです。

 アナタが普通に歩く速度は、どんな大砲の弾なんかよりもはるかに速いのです。


 つまり、アナタが歩き出すときの蹴り足にかかっているエネルギーは、大砲が砲弾を打ち出すエネルギーなんか比較にならないほどのエネルギーなんです。アナタの身体の方は魔法かSFすごくフシギ技術で強化されていますが、地面の方はそうではありません。結果、アナタの蹴り足のエネルギーは地面のグリップ力をはるかに上回ってしまい、まるで氷の上のようにツルっツルに滑りまくらざるをえなくなるのです。


 このまま地面の上で足を空転させていてもらちがあきません。仕方ないので少しジャンプする感じで強めに地面を蹴ってみましょう。

 ですが残念…アナタの身体は動き出しません。それどころか、蹴り足は地面にめり込んでしまいました。そのまま地面はアナタの足で抉られ、ゆっくりと飛び散りはじめます。魔法かSFすごくフシギ技術で強化されたアナタの身体は耐えられますが、強化されていない地面の方はアナタの蹴り足のエネルギーを受け止めきれないのです。


 ですが安心してください。地面を吹き飛ばしてクレーターを作ってしまいましたが、作用反作用の効果でアナタは何とか動き出すことが出来ました。地面が飛び散り始めるのにやや遅れて、アナタの身体は浮かび上がります。

 ただ、それはゆっくりすぎて気づけないかもしれません。時間が極端に遅くなった世界でアナタが認知できる速度というのは、おそらくその世界では極端に速いのです。自分が動き出せたと実感できた時には、既にアナタは音速を軽く突破してしまっている可能性が高いです。・・・おっと、ここでは大気が無いので音速はありませんね。ですがまあ、もし大気のある地表ならそれくらいの速度になっているであろうと考えてください。


 というわけで動き出せはしましたが気づけば大変な速度に達していました。つまりアナタの身体にはとんでもない慣性がついてしまっています。スピードを出し過ぎた自動車が簡単に止まれず曲がれないことは良くご存じかと思います。

 動いている物体を止めるためには動いている物体が持っている運動エネルギーと同じだけの制動エネルギーが必要です。そして運動エネルギーは質量と速度の二乗に比例しますから、速度が2倍になれば運動エネルギー量は4倍に、3倍になれば9倍と加速度的に増加し、停止させるための制動エネルギーもそれだけ必要になるのです。

 アナタは普通に時速4㎞で歩いているつもりかもしれません。時速4㎞で歩いている時に必要な制動力なんて大したことはないでしょう。でも、実際にはアナタはとんでもない速度で移動してしまっているわけです。それが仮に秒速1000m(マッハ3弱)ほどに達しているとすれば、制動に必要なエネルギーは時速4㎞(≒秒速1.1m)から停止するために必要な制動エネルギーの81万倍にも達してしまいます。時間が停止していると感じられるくらい世界の時間の流れが遅くなっているのなら、アナタの歩く速度はそれよりもっと大きいでしょう。


 当然ですが、それだけ巨大な運動エネルギー(制動エネルギー)を地面が受け止めきれるわけがありません。歩き出すときですら地面を抉ってクレーターを作ってしまったんですから、止まるときはもっと大変です。

 今回は下手に地面を抉るほど踏ん張るわけにもいきません。そんなことをすれば、アナタの身体は前に向かってゴロゴロと激しく前転し始めてしまうでしょう。アニメの様に足を踏ん張りながらズザーッと滑っていくようなのは、物理的にはあり得ない動きです。態勢を崩して前に転がりださないようにするには、みっともなくてもドタドタと激しく足踏みするようにしながら制動力を加減しなければならないのです。でも、そんなことをすれば益々止まれなくなりますね。

 仮に100mを10秒で走るアスリートがトップスピードから10mで停止できるとするならば、秒速1000mでアナタが停止するために必要な制動距離は、おおよそ100㎞くらいになりそうです。時間が停止していると感じられるほど時間が遅くなった世界なら、アナタの歩く速度も必要となる制動距離もこれ以上に大変な数値に跳ね上がることは間違いありません。


 このまま止まれないと話が進まないので、仕方が無いから頑丈な鋼鉄の壁を用意しました。それに手をついて止まってください。大丈夫、アナタの身体は魔法とかSFすごくフシギ技術で強化されていますから骨折とか打撲とかの怪我の心配はありません。


 アナタは早速目の前の鋼鉄の壁に手を突きます。そう、手のひらをビタンと押し付けるような感じで…。

 するとどうでしょう、アナタの手は鋼鉄の壁の中にズリュリュリュリューッとめり込んでいくではありませんか。鋼鉄がまるで柔らかい粘土…いや、飴にでもなってしまったかのようです。押す感触だけを言えばハチミツとかに近いかもしれません。ともかく手は鋼鉄に潜り込み、手の縁や指と指の間から手のひらや指の腹に押し退けられた鋼鉄が噴水の様に噴き出しています。


 これは塑性流動そせいりゅうどう(より正確には超塑性ちょうそせい)という現象です。

 金属はある程度の力を加えると変形しますが、その力を抜くと元に戻りますよね?これを弾性変形だんせいへんけいと言い、その性質を利用してバネなんかが作られています。

 ですが、強すぎる力を加えると、変形したまま戻らくなります(塑性変形そせいへんけい)。この塑性変形を利用して金属は曲げたり伸ばしたりして加工されます。そこから更に力を加えて限界を超えると、金属は割れたり破断したりします。このような金属の性質を結晶塑性けっしょうそせいと呼びます。しかし、その変形はあくまでも個体としての性質です。


 ところが、これを一定の条件を満たすと、個体の金属がまるで液体の様に振舞うのです。条件とは温度、応力おうりょく(単純に物理的な「力」だと思ってくれてOK)、そして何と言っても速度です。

 ともかく、物凄い速度&力で物が押し付けられると、機械的強度は無視され、接触した部分が瞬間的に液体の様になって飛び散り、相互浸食そうごしんしょくを起こします。


 そう浸食なので、鋼鉄の壁のアナタの手と触れている部分が液体の様に超塑性を起こすのと同様、アナタの手の方も超塑性で液体の様になってしまいます。

 ですが、今のアナタは魔法とかSFすごくフシギ技術で守られているので大丈夫なのでご安心。


 ともかく、時間が極端に遅くなった世界…アナタだけが極端に速く動ける世界では、アナタが何かを動かそうとすると、とにかくゆっくり動かすように細心の注意を払わないと、どれだけ硬く頑丈な物質であっても塑性流動を起こして崩れてしまいます。


 蛇足ですが、現実世界ではこの超塑性という現象を利用し、敵の装甲を貫く兵器としてAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)などの兵器が存在します。相互浸食を起こした結果、砲弾や装甲がどうなってしまうか興味がある方はAPFSDS弾についてちょっと調べてみてください。


 目にも留まらぬ速さで聖剣を手に取ったら、掴んだ柄の部分がまるでカスタードプリンのようにグシャッと潰れて飛び散ってしまいます。

 目にも留まらぬ速さで自動拳銃をホルスターから引き抜いたら、手に持ったグリップ部分がおぼろ豆腐のようにグシャッと潰れ、その内側のマガジンも弾薬も同じくグチャッと潰れ、そして雷管プライマーが発火して手の中で爆発が連続して起こることでしょう。そして銃本体はホルスターの中に残ったままです。

 もっとも、その爆発も極端に早く考え速く動けるアナタからすれば、実にゆっくりしたものなのでしょうが…


 いずれにせよ、物を動かす時は、動かそうとする物とアナタの手の相対速度を一定程度以下にとどめないと、何を動かそうとしても対象物を壊してしまうことになってしまいます。超塑性が起きる速度は物体にもよりますが、現在の装甲に使われるような鋼鉄の場合は毎秒1000mくらい…つまりマッハ3弱くらいです。


 時間が停止していると思えるほど時間の経過が極端に遅くなった世界、あるいはアナタだけが早く考え速く動ける世界というのは、アナタがちょっと動くだけで放射線とプラズマと衝撃波をまき散らし、何を動かそうとしてもその手が超高速の砲弾となって手に触れるあらゆる物体を破壊しつくしてしまう恐ろしい世界なのです。


 こういう弊害をどうにかしようと思ったら、ただ単純に時間が止まる…あるいは時間が止まっていると感じられるほど遅くなるとか、自分だけが超高速で動けるというだけはどうしようもないでしょう。何か別の追加設定が必要です。


 例えば、自分が触れた者は時間の流れが自分と同じになるとか?

 でも、そうしたら気づかれないように相手を動かしたいとかいう場合に、相手に触れたとたんに相手の時間が自分と同じになっちゃうので時間を停止する意味がなくなっちゃいます。


 例えば、物質世界では時間が止まり、自分だけ幽体離脱して精神体だけが時間停止した物質世界を俯瞰ふかん的に眺めながら自由に動けるとか?

 でもそれじゃ物を動かせないし、自分自身が移動することすらできませんからあんまり意味が無いですよね。


 なら、時間停止状態で精神世界で何か物を動かして時間停止を解除すると、物質世界では精神世界で行った操作に応じて物体がテレポーテーションして反映されるとか?

 その場合、時間停止前にそれぞれの物体が持っていた運動エネルギーや位置エネルギーなんかはどうなるんでしょう?つまり、銃口から飛び出した弾丸を掴んで別の場所に移動させた場合、弾丸は飛び続けるのか?それともその場に落ちるのか?


 考えれば考えるほど、時空魔法は難しいですね。











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