レーザー光線は貫かない

 SF作品…特に未来の宇宙モノの戦闘でレーザービームは欠かせませんよね。ほかにもブラスターとか、ナンチャラ光線とか、強いエネルギーを持つビーム兵器はSF兵器に欠かせません。SFじゃなくてファンタジー世界でも光属性魔法とか強いエネルギーを持つ光で敵を撃つなんてありますね。異世界風味たっぷりって感じです。


 ただ、ああいった光による攻撃手段というのは世界観や雰囲気を演出する小道具としては素晴らしいのですが、実際のところ現実的な兵器としては色々と実用性に難があるのも事実です。SF作品やファンタジー世界では、そうした問題点が色々と無視されちゃっていたりするんですが…今回はその、創作作品の中で無視されがちな問題点を扱ってみたいと思います。


 レーザーというのは何かというと「光」をイメージされる方が多いと思いますが、厳密にはのことを言います(以後、混乱を避けるためレーザーの「光」そのものを指す場合は「レーザー光」、電磁波も含める場合は「レーザービーム」と表記します)。


 Wikipediaによると「レーザー (英: laser) とは、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放出による光増幅放射)の頭字語アクロニムであり、指向性と収束性に優れた、ほぼ単一波長の電磁波(コヒーレント光)を発生させる装置である。」と定義づけられていますね(2021/7/21現在)。


 光は電磁波の一種であり、周波数によって電波、光、X線などと呼ばれます。言うまでもなくご存じと思いますが紫外線、赤外線も光の一種です。

 光はどこまでも直進するモノですが、通常の光は発生源からほぼ全周に対して放射されるため、発生源からの距離が離れれば離れるほどエネルギーが弱くなっていきます。だいたい、距離の二乗に反比例して減衰するため、光源近くでは人体に有害なほどの高エネルギーを持つ光でも、離れてしまえばほとんど無害になってしまいます。


 これに対し、レーザーによって放射される光は高い指向性と収束率を誇り、距離が離れても拡散しないため高いエネルギーを保ったまま目標に照射することができます。

 この特性に着目し、現在ではレーザーは金属加工や医療、通信、計測といった分野で利用され、一部は兵器としても研究開発が進んでいます。SF世界では古くから兵器として一般化していますよね。


 光なので発射から命中までのタイムラグがもっとも小さく、しかも反動も振動もなく、どこまでも直進するので命中率も極めて高い。狙ったところに必ず当たる。遠距離攻撃の手段として実に理想的です。SFの世界で頻繁に登場するのも無理もないと言えるでしょう。


 しかし現実のレーザーはSF作品等で描かれている通りにはいかないものです。強力なレーザービームを受けて敵の飛行機やミサイルが大爆発を起こしたり、戦艦が一瞬で溶けて吹き飛んだり、はたまた人体を貫通して一瞬で穴を開けたり…そんなことはレーザー光では実現できません。

 何故ならレーザー光は収束率が高いだけの単一波長の光でしかないからです。それは純然たるエネルギーそのものであり、質量をもちません。


 強い光とはすなわち強いエネルギーであり、それを当てられれば目標は加熱されます。ですが、加熱されるだけで吹っ飛んだり穴が空いたりはしません。もしかしたらガラスほどではないにしても反対側に光が通り抜けるかもしれません。ですがそれは“透過”しているのであって“貫通”しているわけではないのです。


 では実際に強力なレーザー光を照射された場合どうなるのか見てみましょう。


 まずは金属で考えます。

 強烈な光を当てられた金属は加熱されます。熱伝導によって拡散、放熱されるよりも高いペースで加熱されれば、金属は赤熱化し、溶け始めるでしょう。当てられた光が本当に強烈ならばそれは一瞬でそうなります。

 ですが、溶けた金属は表面張力によってその場にとどまり続けます。重力があれば、重力にしたがって流れ出すかもしれませんが、水平面に対して真上からレーザー光を照射した場合や宇宙空間では流れ出すことなく、溶融金属はその場にとどまり続けることになります。

 そして、溶けて液化した金属は周囲のまだ溶けていない金属への熱伝導率が低下します。膨張、対流もするので表面の溶融ようゆう金属だけが加熱され、その下の母材へのエネルギー伝達効率は低下せざるを得なくなります。


 このため、溶けて液化した金属をどうにかして取り除かねば、穴をあけることなんてできません。熱伝導で加熱されることでジワジワと溶融部分は拡大するかもしれませんが、時間がかかりすぎます。

 金属加工に用いられるレーザーカッターの場合は、この加熱され溶融した金属に圧縮空気を当てて吹き飛ばすことで金属を切断します。溶かした金属は、レーザー光とは別の力で強引に取り除かなければ、金属を切断したり穴を開けたりは出来ないのです。

 しかし、兵器として用いられるレーザー光線は当然ですがかなりな遠距離から照射されます。わざわざ圧縮空気のノズルだけ目標近くに設置することなど出来ませんし、そんなことするくらいなら別の攻撃手段を用いた方が良いでしょう。

 現在研究開発されているミサイル等の迎撃に用いられるレーザー砲の場合は、攻撃目標がそもそも高速で飛んでいるので、表面を溶かすだけで液化した金属を大気が勝手に吹き飛ばしてくれますが、これが大気の無い宇宙空間である場合はそういうわけにもいかなくなります。金属を吹き飛ばしてくれる大気が存在しない宇宙空間では溶けた金属は自身が持つ重力に表面張力が負けてしまうまで、その形を保とうとしつづけるでしょう。


 さて、ではここで更に強い光を照射してみましょう。どうなるでしょうか?

 強いエネルギーを浴びせられて液化した金属は沸騰し、気化してしまいます。気化する…ということは、ガスが発生するという事です。そして、ガスは光の進行を妨げます。屈折させたり、あるいは減衰させたり、ともかく溶かされ気化した金属のガスはレーザー光線に対するバリアを形成し、攻撃目標である本体に届くレーザー光線のエネルギーは大幅に減じられることになってしまうのです。

 大気中を高速で移動し続ける飛行機やミサイルの場合は、発生した気化ガスはすぐに流されてしまうので問題はありませんが、大気中でも停止中だったりすると、気化ガスはその場にとどまってレーザー光線を阻害し続けるでしょう。宇宙空間の場合は真空中なので気化ガスはすぐに拡散してしまいそうですが、元々の攻撃目標本体がそれなりに質量を持っていれば、攻撃目標本体の重力に引かれて目標表面にバリアを形成してしまうかもしれません。


 ではもっと強い光を照射してみましょう。どうなるでしょうか?

 超の字が付くほどの強烈なレーザー光を浴びせられた金属は、光を浴びた部分の表面だけが一瞬で気化します。そして気化しただけでは足らず、気化ガスは更に加熱されてプラズマ化します。…つまり、小規模な核爆発が起ってしまいます。

 そして、レーザー光はそれ以上の破壊をもたらすことは出来ません。何故なら、プラズマは相手がX線であれ光であれ電波であれ、波長のいかんを問わずありとあらゆる電磁波を完璧に遮断してしまうからです。

 気化ガスならばまだある程度レーザー光を透過し、目標に対して届けることができました。でも発生してしまったプラズマが形成する層を透過することはできません。


 攻撃目標表面で小規模な核爆発が起きてしまう。その爆発の衝撃力で攻撃目標にたいして何らかの物理的ダメージを負わせることは出来るかもしれませんが、レーザー光線はそれ以上のダメージを継続的に与えることは出来なくなります。金属表面に小さなクレーター状の弾痕を残すことは出来るでしょうが、それだけです。攻撃目標の外板がよほど薄くて構造的に脆くない限り、表面がちょっと弾けましたで終わってしまいます。

 しかも、レーザー光が強ければ強いほど、プラズマ化も早まるので目標表面に刻む弾痕も却って浅くなっていくということになってしまいます。こと“貫通力”という要素に限って言えば、レーザー光のエネルギーは強ければ強いほど効果が弱くなってしまう傾向が出て来ます。


 では人体の場合はどうでしょうか?


 人体の場合もやはり加熱はされますが、金属ではないので溶けたりはしません。まあ、普通に火傷します。ただ、金属のダメージが表面だけだったのに対し、人体の場合は光を透過するので、火傷をするのは表面のみならず光の透った部位が熱せられ、火傷することになります。

 一口に火傷と言っても程度は様々ですが、兵器として使われるレベルの物となると、Ⅰ度やⅡ度といった軽傷ではすみません。レーザーでポリープを除去する手術の映像などをネット検索で探せば見ることが出来ると思いますが、白くなったり、炭化して黒くなったりします。

 炭化して黒くなると、また光を通さなくなるので皮膚表面から深い部位へ直接被害が及ぶことは一時的になくなります。その代わり、炭化した部位が熱せられるので、そこから熱伝導によって火傷が広がるか、あるいは炭化した部分が酸素に触れて燃えだしてしまうかするかもしれません。


 そういうわけで、やはりレーザー光線による人体の被害も基本的に表面のみに留まり、人体を貫通した穴をあける貫通銃創かんつうじゅうそうはまずできません。

 しかも、基本的に火傷なので傷口は焼けて塞がれてしまうため、そこから大量出血するという事も考えにくいものがあります。某英雄伝説の天才軍師の最期みたいに、太腿の動脈をやられて大量出血で…というのは、少なくともレーザー光線では起こらないと考えてよいのではないでしょうか?

 大動脈付近までレーザー光線で炭化させて、動いたせいで炭化した組織が崩れ、血管が破れてというのは考えられますが、それ以前に被害は衣服や皮膚表面を焼く程度で収まってしまうでしょう。


 そういうわけで、漫画やアニメその他SF作品では強力なレーザー光線が宇宙船や人体を貫くシーンが出て来ますが、そういうのはあり得ないんです。


 あり得るとしたら、単なる光のみからなるレーザー光線ではなく、何らかの質量を持った素粒子を飛ばす粒子線の場合でしょう。強烈なエネルギーによって溶かした金属を何らかの物理力でもって除去できないのであれば、ビームが目標を貫通することはありません。

 いわゆる荷電粒子ビームとか、陽電子ポジトロンビームとか、中性子ビームとかでしょうか。ビーム自体が質量を持っているレーザービームは貫通(目標を貫いて穴をあける)しますが、中性子なんかは物質を透過してしまう性質を持ので、アニメやSFで描かれるようなビームのような被害はもたらさないでしょう。むしろ、目標を物理的に破壊するというよりは、中の人間を被爆させて殺傷するという使われ方をするような気がします。


 ただ、SF作品に登場する宇宙船は宇宙放射線に対して十分な効力を持つ対抗手段を有していると思うので、放射線の一つである中性子ビームがどれほど威力を発揮できるかは疑問が無くも無いです。

 荷電粒子ビームや陽電子ポジトロンビームなどのように、電気的に中性ではない粒子ビームは電磁的に防御できそうな気もしますしね。左手に銃を持つ某宇宙海賊は電子ビームを即席の避雷針で防いでいたことがありましたね。

 また、プラズマを高速で撃ち出すビーム砲(某アニメのメガ粒子砲とか)はショットガンと同じで遠距離での攻撃には向きません。高熱エネルギーを有するプラズマは粒子同士が互いに反発しあい、拡散していく性質を持っているからです。どれだけ強力な手段で同一方向に撃ち出し、高い収束率を持たせたとしても、飛んでいる途中でビーム内の粒子同士が反発しあって勝手に拡散を始めてしまうのです。

 その拡散率がどの程度になるかはちょっと分かりかねますが、レーザー光線のように大遠距離で正確な攻撃をするというのは無理でしょう。


 また威力云々とは多少話が違いますが、強力なレーザー光線は見えません。アニメやSF映画のようにレーザー光線が横から見えるのは、大気中に漂っているチリや水蒸気等によって光が乱反射されているからです。強力なレーザー光線となると、そうしたチリや水蒸気はレーザー光線を浴びることによって焼かれてたりするので、横からは全く見えないか、見えたとしてもほんの一瞬ですぐに見えなくなります。

 人を殺傷するレベルの強力なレーザー光が見えた時は、間違いなくその人は一瞬で目をやられているでしょう。


 レーザービーム兵器はSF作品では当たり前のように登場しますが、残念ながら様々な欠点も持ってて兵器としてはそれほど実用的では無かったりします。少なくとも、数多くのSF作品で描かれているようなものではありません。

 多分、ファンタジー世界の光魔法も、それが光のみを媒体とした攻撃であれば同様であろうと思われます。

 だいたい、光なんて煙幕でも展開すればそれだけで簡単に防げてしまうモノですからね。それほど便利な物でもないのです。


 こうした特性を物語の設定に活かせれば面白くなるでしょうか?

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