第13話 四次元憑依型マルウェア

 途中道路工事中の場所があり片側交互通行となっていた。歩道が狭くなっていたため、工事用ヘルメットをかぶったおじさんが旗を振り俺たちを誘導してくれた。こういったアナログな旗振りを初めて見た気がする。通常はAI搭載の信号機かロボットが誘導するのだ。動かないロボットが何体かいた。それらは機能停止していたようだが、何故か俺たちをじっと見つめてきた。機能停止しているのに、一斉にこちらを見る状況は不気味だ。ロボット連中はこちらを見続けていたが、俺たちはそのまま歩いて工事現場を離れた。

 あちこちで車が立ち往生していた。渋滞というより、路上の車は一切動いていない。動いている乗り物は自転車だけだった。途中スーパーに寄ってみたのだが、ここでもレジが動かずレジ前には長蛇の列ができている。店内アナウンスではしきりに営業中止を訴え謝罪を繰り返していた。俺たちは買い物を早々にあきらめ、新居へと向かった。


 新居……と言ったが実際はかなり古い家屋で、田んぼの中にポツンと一軒家って感じの佇まいだった。元々は農家だったのだろうか。母屋とそれにつながる大きめの納屋があったのだが、ボロい。板が腐ってあちこち穴が開いていた。


 玄関の引き戸にメモ紙が貼ってあった。椿さんはそのメモ紙を剥がして読んでいた。


「あれ? ソフィアさんはお出かけですね。戻られるのは明日の早朝です。家の中は清掃済みで、電気、水道、ガスは明日午前に開通予定。布団その他の家財道具は明朝、届けてくれるって」

「今夜は?」

「ペットボトルのお水とお弁当が用意してありますね。他に毛布とキャンプ用品が一式用意されてますから、今夜はこれでしのぎましょう」

「わかったよ。しかし、古い家だね。よくこんな物件を見つけたね」

「何でも、売れない作家が長い間居座ってたんですって」

「売れない作家?」

「SFばっかり書いてて見向きもされなかったようですね。あんまり売れないんで、10年くらい家賃を滞納して姿をくらましたらしいです」

「10年も?」

「うふ」


 含み笑いをしながら椿さんが頷いていた。滞納する方もとんでもないが、それを我慢していた大家の方も大概だ。


 俺たちはとりあえず家の中に入った。玄関脇に寝袋やテントなどのキャンプ用品とランタンやハンドライト、そして今夜の食料であるお弁当が置いてあった。


「とりあえず、上がりましょうか」

「はい。そうですね」


 居間に入ると大きめの座卓があった。そこへ椿さん向かい合わせに座る。TVもあったが、もちろん電源は入らない。


「今、どうなってるんですかね。ラジオか何かありませんか」

「うーん。これかな?」


 キャンプ用品のリュックサックを漁っていた椿さんがトランジスタラジオを取り出す。AMオンリーのアナクロ極まりない代物だが、災害時の情報収集には役に立つはずだ。スイッチを入れてみるがザーっという雑音が聞こえるだけだった。チューニングのダイヤルを回し、色々選局してみるのだが雑音ばかりでどの局も捉えられない。


「おかしいですね。何も入らない」

「多分、中継局がダウンしてるのでしょう。短波放送用のラジオでしたら何か受信できると思うのですが」

「ああ。短波ですか。短波なら世界中の放送を聞けるらしいですね。でも、俺は実物を見た事ないですね」


 ここでふと疑問に思う。椿さんはどうして平気なのかと。


「あの、椿さん」

「はい、何でしょう」

「どうして椿さんだけ平気なのでしょう? 他のロボットやアンドロイドは全滅しているみたいなのに」

「それは、現状スタンドアローンとなっているからです。この状況でも活動し続けることができます」

「なるほど、でも、ネットには接続できるんですよね」

「もちろんです。一応、紀子博士とのリンクは常時接続していましたから、10回位襲われました」

「襲われたんですか」

「はい。もう、食べられちゃうんじゃないかって感じでしたよ。何と言いますか、真っ黒の巨大なスライムがワーッと襲い掛かってくるイメージですね。こちらは火炎放射器でブワーっと焼き払うように撃退しましたけれども、とっても気持ち悪かったです」

「それ、ファイアウォールですか?」

「そうですね」

「あれ、ファンタジー系の大技っぽい名称だとは思ってましたが、現場でのイメージはまさに炎の壁なんだね」

「はい。その通りです。今は面倒なので、回線は切断したままになっています。リンクが途切れていますので、紀子博士の方でもこちらの異常は察知されていると思います」


 今時の機器はネットに接続して何がしかの情報やらを入れ続ける必要がある。携帯やPCだけでなく、家電や車やバイクまで全部がそうなのだ。そんな便利さと引き換えに、こんなリスクがあったわけだ。未知のウィルスに大感染とか笑えない。


「誰がこんな事したんですかね?」

「さあ」

「こんな事して何かメリットがあるんですかね?」

「さあ」

「さあばっかりですね」

「ええ、確定情報が何もないので曖昧なお返事しかできないのです」

「なるほど。では、確定情報無しでの推測ではどうなんでしょう」

「まず、蔓延しているウィルスですが、非常に感染力が強い。便宜上ウィルスと呼称していますが、一般的なコンピュータウィルスとは趣が違います」

「どう違うの?」

「ネット通信を媒介とし、まるで空気感染でもするかのような勢いで広がっています」

「通常の感染経路とは違う?」

「そうですね。通常はファイルのダウンロードからの感染が多いです。電子メールやストレージなどを媒介としたりHPの閲覧などから感染したりします。しかし今回は、周囲のWi-Fiに接続するだけで感染しています。恐らく、何処か大学近辺に中核となるウィルス拡散スポットが設置され、そこからWi-Fi機器が汚染されています。通常、Wi-Fiはデータを流すだけなのですが、ここに卵を抱えた寄生虫のようなモノが居座っています」

「卵? 寄生虫?」


 何だそれは。

 そんなプログラムが存在するのか、甚だ疑問に思う。しかし、現実には汚染され、感染しているんだ。


「ある種の意識体ですね。インターネット通信でデータと一緒に往来可能な意識体です。Wi-Fiに陣取った寄生虫が、接続した機器に卵を飛ばしています。その卵が孵化し、スマホやパソコンなどを汚染し支配しているのです」


 意識体に汚染され支配される。真っ先に思い浮かんだ言葉が〝憑依〟だった。


「それはまさか、憑依現象なのでは?」

「さすがですね。まさにその通りなのです。四次元憑依型マルウェアと呼称するのがふさわしいと思います」


 マルウェアとは、コンピュータウィルスなどの悪質なプログラムの総称だったはずだ。他にもワームとかトロイの木馬とかが含まれていた記憶がある。しかし、四次元憑依型なんて存在するのだろうか。こんなものは一般的なアンチウィルスソフトでは歯が立たないのではないだろうか。


「要するに、自動的にネットに接続するタイプの機器はすぐに感染してしまうって事だね」

「はい。そうです」

「でも、アンチウィルスは機能しない」

「そうですね。これは四次元憑依型なので、そもそも三次元的なプログラムではありませんし」

「なるほど」

「そして四次元から、操り人形のように機器を操作しています。何か目的があるようですね。支配できない、もしくは役に立たない機器は停止させる。支配できる場合は使役する」

「その目的って?」

「分かりません」

「やっぱり」

「ただ、先ほどの工事用ロボットは支配されていたようです」

「なるほど」


 俺たちを見つめていた工事ロボットを思い出す。


「これも推測ですが、正蔵さまを狙った営利誘拐か、もしくはテロ行為である可能性が否定できません」

「リュウが死んだのに?」

「ええ。彼は駒の一つです。他にも駒は多数いると思います」

「そうかもね」


 親父の会社、綾瀬重工は核融合を実現した会社として有名だが、核開発から兵器開発、宇宙開発まで手を広げている。左側の極端な奴らからは目の敵にされているのだ。


「今のところ、私たちは山大近辺に閉じ込められています。道路は放置車両で通行不能。警察や消防も機能していません。ヘリコプターなどで急襲すれば、成功率は高いと思います」

「なるほど。でも、俺たちの居場所が分らなければ成功しないんじゃないですかね」

「そう。しかし、相手側に支配されている機器があります。工事用のロボや自動運転装備の自動車です」

「その機器を通じて俺たちの居場所はバレていると?」

「その可能性が高いと思います。ロボも自動車も、監視カメラみたいなものですから」


 今や自動運転が装備されている自動車は多い。周囲の状況を光学カメラで把握してるんだから、それは椿さんの言う通り監視カメラだ。何台もの監視カメラに俺たちは監視されていたんだ。


「これからどうする? どこかへ逃げる?」

「逃げ場所はありません。と言いますか、私たちが移動したらそれに応じて障害範囲が広がると思われます。まあ、推測ですが」

「とすると俺たちのやることは一つだな」

「はい」

「その元凶を潰す」

「はい」

「できるのか」

「出来ます」

「自信満々だね。俺は全く自信無いけど」

「大丈夫です。椿を信じて下さい」

「わかった」

「そろそろ日が暮れますね。出かけましょうか」


 二人で靴を履き表に出た。

 茜色に染まっている空の下を、俺たち二人は歩き始めた。

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