第14話 侵入者と囚われの異星人

 椿さんは、薄暗くなってきた歩道を大学方面へ歩き出す。つまり東方向だ。俺も椿さんについていく。周囲は停電しているようで明かりが乏しい。


「ところで行先の見当はついているんですか?」

「はい。天然記念物の、平川の大スギ周辺です」

「何でわかるの?」

「勘です」

「大丈夫?」

「はい。昼間、正蔵様の夢の中でお会いしていた私の事、覚えてますか?」

「ええ」

「あれは私の潜在意識なんです。彼女がそこだと言ってますので間違いありません」

「潜在意識ですか。じゃあ、そこで出会ってた俺も潜在意識ですかね?」

「そうです。潜在意識は4次元以上の存在となりますので、ある程度状況を俯瞰できるんです」

「そうなの?」

「はい」


 まるで理解できないし、質問しようにも何から聞いていいやらわからない。辺りは本格的に暗くなってきたので、キャンプ用品の中から取り出したポケットライトを点灯する。そういえば椿さんは何も灯りを持っていない。夜道は見えるのだろうか。


「椿さん。夜道は見えてるんですか?」

「問題ありません。よーく見えます。私は赤外線やミリ波も見えるんですよ」

「暗視スコープみたいですね」

「そういう機能も付加されております。これは自衛隊向けの……いえ、何でもありません」


 軍事技術を勝手に使ってるんだ。それにしても、うっかり口を滑らすアンドロイドがいていいのかと思うのだが、この人間臭さがとても可愛らしい。

 大通りから脇道に入る。両側に田んぼのある細い道を歩く。ゲコゲコとカエルの鳴き声が響いている。大変静かである。人間の活動が制限されるとこんなに静かになるのかと驚く。目の前に中国道が見えるがここも通行できないようで車は走っていない。中国道の下をくぐりさらに奥へと進んでいく。平川の大スギの看板が見えたところで椿さんが立ち止まった。


「この辺りですが、罠の匂いがプンプンしますね。迂回しましょう」

「匂うんですか?」

「ええ。サル助の匂いがプンプンします」

「この辺りにニホンザルいましたっけ」

「ニホンザルではなくてサル助です」

「そのサル助って、何?」

「サル助はサル助です。私、大っ嫌いなのです」

「椿さんでも嫌いなものあるんですね」

「ええ、サル助とトカゲ太夫は特に嫌いです。匂うので行きましょう」

「ええ、行きましょうか」


 山沿いの小道へ入っていく。どうやら平川の大スギへ裏側から行くつもりらしい。車の入れない細い小道を歩く。そこからさらに斜面のある小道に入っていく。もう道ではなく獣道といった風であるが、椿さんはお構い無しにドンドン進んでいく。しばらく進んでいると明かりが見えてきた。体を低くし明かりの元を窺う。俺達は崖というか段差の上に出ていた。高さは2メートル位で下側はちょっとした広場になっている。そこでは驚くべき光景が繰り広げられていた。


 ランタンが木に吊るされていた。そこに立っていたのは、上半身裸で毛むくじゃらの、まるで猿のような顔の大男が二人いた。他に三人いたが、二人は木に縛りつけられていた。黒い軍服を着ている、首から上が犬の顔をした大男。黒毛でシェパードのような精悍な顔つきをしている。同じく黒い軍服を着た、首から上が緑色の、バッタのような顔をしている小柄な男。そして丸裸にされ、手足に手錠をかけられて地面に転がされている赤毛で白人の少年。この三人だ。

 今は5月だからハロウィンの仮装じゃないし、山大生がバカ騒ぎするのは7月の七夕祭だと決まっている。その他に何があるんだ。この異様な光景を説明する言葉を探すのだが、何も見つからない。参った。こいつら、どう考えても宇宙人じゃないか。


 猿人二人はズボンを脱いで下半身を露にする。股間のモノは堂々と隆起しており、これからあの少年が強姦されるのは目に見えていた。


「椿さんヤバイです。あれは宇宙人ですかね。あの子、強姦されちゃいますよ、お、お!?」


 先ほどまで俺の側にいた椿さんがいない。どこへ行ったのかと見まわしてみると、なんと丸裸にされた赤毛の少年の前にしゃがんでいるではないか。彼女の目線は少年の股間へと注がれている。


「わっ。やっぱり毛が生えてないんですね。ものすごく縮こまってるんだけど寒いからかな? お姉さんが温めてあげようか?」


 少年はブルブルと首を横に振る。恐怖のあまり体が震えているようだ。まあそうだろう。猿人に捕えられ裸にされ、暗闇から出てきた女性に股間を注視されているのだから。俺でも怖い。


「触ってもいい? 怖がらなくても大丈夫。お姉さんとイイ事しようか? ねっ!」


 少年は全身をブルブルと震わせながら首を横に振る。素っ裸になった猿人も、椿さんの乱入に混乱しているようで、動けずに固まっていた。


「椿さん。ダメです。日本では13歳未満の子供にエッチな事したら問答無用で逮捕されます。たとえ合意の上でもアウトです。強制わいせつ罪です」


 隠れていればいいものを、俺は大声で叫んでいた。


「ええ? そうなの? 見るだけでもダメなの?」

「ダメです。性的な事で子供を怖がらせたらアウトです」

「日本の法律って厳しいわね。じゃあこのサル助やっつけてお風呂入ろうか。ねっ。正蔵様、お風呂なら大丈夫ですよね」

「普通に入るだけなら問題ありません。エッチなことは厳禁ですよ」

「わかりました。では、このサル助二匹を排除します」


 椿さんが猿人二人に向かってファイティングポーズを取る。やる気満々のようだ。その時、縛られている犬顔の大男が小声で話しかけてくる。


「地球人じゃ勝てない。この縄を解け。俺にやらせろ。ゼリアが人質に取られてなけりゃあいつ等なんか相手にならん」


 猿人二人はそれぞれ身長が2メートルほどもある。筋肉質なプロレスラーといった体形でかなりの腕力がありそうだ。一般の地球人なら瞬殺されそうな体格だった。そこの犬顔も猿人と同じく立派な体格をしている。俺は崖から下りた。そして、ポケットからマルチツールを取り出し、ナイフを引き出して犬顔が縛られているロープを切ってやった。続けてバッタ顔のロープも切ってやる。


「勝手な事しやがって、ぶっ殺す」


 猿人は一斉に飛び掛かってきた。一人は椿さんへ、もう一人は犬顔へ向かった。椿さんは掴みかかってきた猿人をするりとかわし、右の脛に強烈なローキックを放った。

 ゴキッ! 骨の折れた鈍い音がする。猿人はそのまま地面に倒れ右脚を抱えて転げまわっている。犬顔のほうは掴みかかってくる猿人の腕を掴み一本背負いを決めた。すかさず頭部を右脚で蹴り飛ばした。

 バッタ顔は猿人の装備を奪ったのかライフルを構え射撃した。オレンジのビームが転げまわっている猿人に命中した。猿人は動かなくなる。犬顔にやられた猿人にも射撃する。


「軍曹、ゼリアの手錠を外してやれ。鍵はこのどれかだ」


 20本くらいのカギの束を軍曹と呼ばれた犬顔に渡す。犬顔はさっそくカギを外そうとするがなかなか合わない。


「地球の青年よ。助けてくれてありがとう。感謝します」

「本当に助かった。君たちが来てくれなかったらゼリアは強姦され俺たちは埋められるところだった」


 バッタ顔と犬顔から感謝されるのは照れ臭い。やっと鍵が合い手錠が外れた。ゼリアと呼ばれた全裸の少年も立ち上がり、股間を隠しながら頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いえいえどういたしまして。ところであのサルみたいな大男は殺したんですか?」

「いえ、これは麻痺光線です。このビームライフルは、殺傷用と麻痺用を使い分けることができます。麻痺用ではショックを与え意識を奪います。老人や子供に使うと死亡することがありますが、サル助相手なら問題ありません。数時間は目覚めないでしょう。軍曹、こいつらを縛っておけ。また悪さをされたらかなわん」


 軍曹が手錠とロープを使い、二匹の猿人を木に縛り上げた。


「ところで、この状況って、どうなってるんですか? 俺たちは今この近辺で発生している、ネット障害と機器の異常停止をなんとかしようとやって来たんですけど。携帯も車も家電もみんな止まっちゃって、しかも停電にもなってて大騒動になってるんですよ」

「申し訳ない。それは俺たちが関係している」


 犬顔が謝罪した。


「詳しい話は後にしましょう。早急に事態を鎮静化させる必要があります。私は連合宇宙軍第7機動群のゲルグ・ガラニア技術大尉です。こちらはレイダー軍曹、その少年はゼリアです」


 二人が一礼する。


「俺は綾瀬正蔵、こちらはアンドロイドの佳乃椿さんだ。よろしく」

「よろしくお願いします」


 椿さんも一礼する。


「お嬢さんアンドロイドだったのか、戦闘用か? さっきのローキックは素晴らしかったぞ。一発でサル助の脚を折るなんてな。大したもんだ」

「えへへへへ。褒めてくれてありがとうございます。本来の用途は家事支援なんですけど、試作型なので色々妙なパーツが使用されています。制作者の趣味なんです」

「ははは、そりゃいい。あんたがいる家に強盗は出来んって事だな。ははは」


 軍曹は大笑いしている。自分の軍服を脱ぎゼリアに着せてみるが、さすがに大きすぎて着れたものではない。仕方ないので俺の着ていたジージャンを着せてみると、丈がちょうど太もものあたりになり下半身も隠れた。袖をまくってやる。下はすっぽんぽんだが何とかなりそうだ。


「本来は我々のみで行うべき任務ですが、数的に劣勢です。できれば地球の方にも協力してほしい。頼めますか?」


 大尉の依頼に椿さんはあっさりと承諾する。右手を握り親指を立てる。


「任せなさいですわ」


 自信満々の椿さんであった。

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