第8話 留学生のリュウ

 釈然としない気持ちを抱えたまま、俺は改造スクーターにまたがって駐屯地のゲートから出ていく。もちろん、荷台にはソフィアの格好をした椿さんが座っている。彼女の指示に従い、そのまま県庁方面へと向かった。


「こっちなのは間違いないんです。あのあたりかな?」


 椿さんが指さしているのは、県庁の南側。国道を挟んでいくつかの雑居ビルが立ち並んでいる区画だった。俺は国道から左折し、パークロードへと入っていく。このまま直進するとJR山口駅へと向かう道路だ。


「正蔵さま。止めてください」

「はい」


 俺はスクーターを歩道に止め、ヘルメットを取る。俺の姿はいつの間にか元に戻っていた。着ていたのは紺色のジャージだった。椿さんも元のジーンズ姿に戻っていた。


「私の予想ではそろそろ始まるのです。そうしたらね、本体が潜んでいる場所がはっきりとわかります」

「本体?」

「そう、本体。私たちを襲った奴がね、遠隔操作だったのです」

「そういう話でしたね。全員がですか?」

「いえ、一人だけです」

「あの黒仮面ですっけ? 黒髪の白人男」

「そうです。他は全員生身でした」


 確かにそんな感じだった。あの黒仮面だけが血を流していない。


「つまり、その……黒仮面が操り人形で、それを操作している人物がいたと」

「そうですね」

「こんなに近い場所で?」

「そう。絶対にバレないって自信満々だったようです。でも、私にかかれば糸電話で話しているようなものなのです」

「糸電話?」

「たとえ話ですよ。よくあるインターネット接続ではなく、電波でもない。霊子線でつなげてました」


 また知らない事が出てきた。れいしせん……漢字なら霊子線と書くのだろうか。


「その、霊子線ってのがよくわからないのですが、それが糸電話みたいって事?」

「その通りです。霊子線……シルバーコードとも言います。本来は人間の肉体と魂をつなぐ役割をしている魂の一部なんですけどね。義体に操作者の幽体を埋め込み、それを霊子線でつないでコントロールしています。その霊子線がはっきりと見えてましたから」

「それって、幽体離脱ってやつですか?」

「概ねそんな感じ。始まりましたよ」


 東側、すなわち駐屯地方面の空に閃光が煌めく。パンパンパンと破裂音も響き始めた。


「銃声ですね。普通科部隊が20ふたまる式小銃で応戦しています」

「自衛隊いたの?」

「ええ。普通科の隊員が、あちこちに偽装して潜んでましたよ」

「気が付かなかった」

「うふふ。さすがはプロフェッショナルですね。では行きましょう」


 椿さんは脇目も振らず、とあるビルの階段へと向かう。エレベーターを使わないのは当然か。

 階段を使い五階まで登って来た。椿さんは日同貿易と書かれているドアを開ける。施錠はしていなかったようだ。


 薄暗い部屋は、か細い常夜灯の光で照らされていた。それでも暗いので細かいところまではわからないのだが、そこにはオフィスらしき備品は何もなかった。これだとペーパーカンパニーだって事がバレバレだろう。

 奥の方に応接セットが置かれており、三人掛けのソファに男が一人座っていた。その男は、何か大仰なヘルメットを被っていた。大柄なフルフェイスで、顔面も金属製のシールドで覆われている。あれじゃ何も見えない。そして、頭頂部から何本ものコード類が伸びていて、それは背後にあった大型冷蔵庫のような物に繋がっていた。


「馬鹿な。何て戦闘力なんだ。正蔵はただの人間だぞ」


「マズイ。戦闘用アンドロイドが破壊された。防御壁が無効化されている。信じられない」


「待て。待つんだ。うわあああ」


 男が一人で喋っている。ここで喋り、あの操り人形に同じセリフを喋らせているのだろうか。状況としては、侵入してきた戦闘用アンドロイドを、黒猫が破壊したといった所だろうか。

 椿さんがその男に近づき、ヘルメットをコンコンと叩く。


「誰だ。何事だ」


 男がヘルメットに触れると、金属製に見えていた顔面部分が半透明のシールドへと変化した。俺と椿さんを視認したであろうその男が話し始めた。


「まさか。どうしてここがわかったんだ。ネットにもつなげていないし、電波も出してない。完全なスタンドアローンになっているはずだ」

「霊子線が丸見えだったんだと。それで義体をコントロールしていたんだろ?」

「霊子線を知っている? 正蔵か? 何故ここに? 君は山口駐屯地で暴れていたはず……いや、あっちは囮か?」

「そうらしいな」


 その男はヘルメットを脱いだ。


「こんなところまでご苦労様」

「お前は誰だ」

「つれない返事だね。いつもゼミで一緒じゃないか」


 そう言って男は立ち上がり、壁のスイッチを押す。淡い照明が点灯し、その男の姿が浮かび上がった。そこにいたのは、同じゼミの留学生、リュ俊英ジュンヨンだった。


「リュウか」

「ああ」


 ゼミ内で彼はリュウと呼ばれていた。本人の希望だ。柳のリュウと竜のリュウを重ねているらしい。


「まさか。お前が諜報員だったのか」

「まあね。正式な職員ではないんだけど、有能な協力者ってところ」


 統一朝鮮の諜報員が学内で跋扈している……という噂は耳にしていたが、まさかこいつがそうだったとは信じられなかった。講義は真面目に出席しているし、ゼミ内でも勉強家で通っている。皆が知らない事をよく調べているし、読書家で親日家だと聞いていた。


「信じられない。お前、親日家だって言ってたじゃないか」

「親日ね。僕は確かに、日本の事は詳しいよ。でも、本質は日本と仲良くしたいって事じゃない。日本をいかにうまく利用するかって事さ。聞いたことがあるだろう? なのさ」


 その話を聞くたびに、俺の心は穏やかでなくなる。過去にあった諍いは仕方がない。それを乗り越えて協力していくことが大事だと思っている。しかし、彼ら統一朝鮮の人たちはそうではないらしい。十年ほど前に南北朝鮮が統一された。しかし、半島の経済は混乱し、合併による経済発展の夢が実現することはなかった。彼らはその、どん底の経済状態を回復すべく、日本との関係を深めたいのだ。という思想の元に。留学生の彼、リュウもその一人だったという訳だ。


「用日はわかったよ。リュウがそうだったとは意外だけどな。しかし、俺を襲う事は用日じゃないだろう。それは犯罪行為だし、お前の将来にとって汚点にしかならない」

「君は何も分かってない。僕に必要なのはお金さ。現金。億単位で必要なんだ。君を誘拐すると脅しをかけたんだけど、会社は全然取り合ってくれなかった」

「そりゃそうだろう。親父から常々、誘拐されても助けてやらんと言われてるからな」

「そんなだから、実際に誘拐してみたのさ。失敗したけどね」


 リュウはニヤニヤ笑っている。その態度に違和感を覚えた。彼は失敗続きで襲撃に使った人員や装備をすべて失っているにもかかわらず、余裕しゃくしゃくの態度を崩していないからだ。


「何が目的なんだ。俺を誘拐する事じゃないだろう」

「そうだね。僕の目的はお金。営利誘拐が上手く行けばそれでよかったんだけどね。失敗したけど」

「どうして俺を襲い続けてるんだ」

「それはスポンサーがいるから。君を襲ってくれってね。それが金になるんだよ」

「意味が分からない」


 当然だ。リュウが何を考えているのか俺には全くわからない。リュウは笑みを絶やさず話し続けた。

 

「だよね。でも、依頼は君を襲う事だった。誘拐できればよかったんだけど、できなくても良い。それに関連して綾瀬重工がどう動くかが知りたいらしいね。詳しい事情は僕も知らない」

「それは新スターウォーズ計画の事か?」

「違うと思う。僕の国はね、その計画に乗っかろうとしてるんだ。でも、僕のスポンサーは快く思っていない」

「スポンサーとは誰だ。どの国が暗躍してる?」

「言えないね。失敗続きなのに喜んでいるみたいなんだ」

「喜んでいる? スポンサーがか?」

「そう。喜んでいる。負け戦が続いて喜ぶなんてね。どんなマゾヒストなんだって思うよね」


 マゾなんかじゃない。これは威力偵察だと直感した。綾瀬重工側が何を使って俺を守るのか、それを調べているんだ。調査目標は椿さんと黒猫、そしてソフィアだと確信した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る