第7話 それは魔法ですか?

 その日の夜、駐屯地のグラウンドでバーベキュー大会が始まった。とは言うものの、参加者は俺と無口な黒猫だけ。椿さんは一緒にいるけど、アンドロイドなので食事をしない。バーベキューの準備や調理のアレコレをソフィアに取られて、やることがないらしい。つまり、俺の隣で焼けた肉や野菜、魚介を、ふーふーして冷まして、俺に食べさせてくれているのだ。黒人の黒猫は、俺のそんな様子が気に入らないらしい。ムスッとして黙りこくって、一人でガリガリと骨付き肉をかじっている。


「正蔵さま~。サザエのつぼ焼きですよ。中身をこうしてクルクルって。はい、取れました。あーん」

「こっちはイカ。とれたてのスルメイカだそうです。はい、あーん」

「長州和牛の骨付きバラ肉です。このままガブって、逝っちゃいますか?」

「はい。ウーロン茶ですよ。どうぞ」

「お芋が美味しそうですね。私も食べたくなっちゃいます」


 一人だけキャッキャうふふと賑やかな椿さんだった。俺は椿さんが出してくれる料理を食べるのに精いっぱいで、彼女とおしゃべりする余裕なんてなかった。

 そんな雰囲気が気に入らないのか、黒人の黒猫は苦々しい表情を隠そうともしていなかった。そしてぼそりと呟く。


「ビールでも飲みてえな」


 その一言にソフィアが反応した。


「ご用意いたしましょうか?」

「あるのか?」

「ええ。缶ビールがございます。発泡酒ではありませんよ」

「そりゃいいや。日本のビールは美味いからな。へへへ」

「はい。かしこまりました」


 急に嬉しそうな表情に変わる黒猫だった。そして、ソフィアがクーラーボックスから350ccの缶ビールを二本取り出しテーブルに置く。黒猫が缶を掴んでプルタブを引こうとしたのだが、それを椿さんが制止した。


「黒猫さん。お酒は後にしましょう」

「?」


 黒猫は缶ビールをテーブルに置き、椿さんをじっと見つめる。


「仮に、今夜襲撃されたとしても、私とソフィアさんで防御できると思います。つまり、黒猫さんは飲んだくれていても結構です」

「ええ」

「しかし、ここは攻勢に出るべきですね」

「確かに。しかし、どんな作戦でしょう? まさか、正蔵を囮に使うのですか?」

「そのまさかです」


 途端に黒猫の表情が曇る。


「それでは正蔵が危険にさらされる可能性が高い。それは椿様も望んでいないのではありませんか」

「そう。だから、貴方に囮になっていただくのです。できますよね、黒猫少尉」


 椿さんがにやりと笑った。黒猫は返答に困っているようで、しきりに首を振っている。


「確かに効果的な作戦だと思いますが、それでは私の任務がおろそかになってしまいます。私は椿様の護衛を命じられておりますので、そのような……」

「大丈夫。貴方が協力してくれれば正蔵さまは無事。そして、それは同時に私の安全を担保することになります」

「なるほど」

「ではお願いします」

「正蔵の目の前で?」

「ええ。隠し通す意味はありませんから」


 椿さんの言葉に頷いてから、黒猫は立ち上がった。そして胸に右手を当てて瞑目する。すると、黒人男性だった彼が黒い毛の獣人……まるで黒豹のような頭部の……に姿を変え、そしてその後、俺そっくりに変化した。


 ビックリした。

 俺はあんぐりと口を開いたまま、その場で固まっていた。


「ソフィアさんは私に。できますね」

「はい。かしこまりました」


 やや雑な造形の金属製アンドロイド、ソフィアは一旦別の姿、人間に非常に近い形状の金属製と思われるアンドロイドへと変化し、そして人間そのままの椿さんへと変化した。


「いかがですか? 椿様」

「バッチグーよ」


 椿さんは右手の親指を立て、パチリと右目を瞑ってウィンクをした。俺は本物の椿さんと、ソフィアが変化した椿さんを交互に見つめるのだが、その違いが全くわからなかった。本当にそっくりになっていたからだ。


「こうなってしまったからには仕方ありませんね。黒猫少尉。今宵は私たちが、ここで熱い夜をすごしませんか? いえ、過ごしてしまいましょう。さあこちらへ♡」

「ま、待て。俺にも恋愛対象を選ぶ権利はある」

「そんな些細な事はお気になさらずに」

「些細じゃないだろう。それに、自動人形とヤルなんて……」

「あら。それは差別発言ですか? 今夜はみっちり調教しなくてはいけないかな?」

「馬鹿なことを言うな。調教などあり得ん」

「本当はして欲しいくせに。さあ、ご遠慮なさらずに♡」

「あああっ!」


 椿さんそっくりのソフィアに手を引かれ、トレーラーハウスの中へ強引に連れ込まれる俺そっくりの黒猫だった。俺たちに助けを求めている風だったのだが、椿さんはそのつもりが無いらしい。


「うふふ。黒猫さんって、女運が悪すぎるの。今夜は楽しくなりそうですね」

「あれが楽しい事ですか?」

「ええ、そうです。後々黒猫さんをからかうネタが一つ増えました。ま、ソフィアは床上手ですから心配ありませんわ」

「床上手って……」


 俺は絶句してしまった。ソフィアのような金属製アンドロイドに、床上手という機能があるのだろうか。先ほどの変身と併せて謎だらけじゃないか。あんなに見事な変身なんて、もうどこぞのコミックかアニメの世界だ。これが綾瀬重工の最先端技術だと強弁されても俺は信じない。


「では私たちも参りましょう」


 椿さんがポンと手を叩くと、俺と椿さんは淡い光に包まれた。そして、椿さんはなんと、金属製アンドロイドのソフィアになっていた。俺はと言うと、紺のジャージ姿だったのだが、いつの間にか綾瀬重工警備部のジャンバーを羽織っていた。


「うふ。黒猫さんにそっくりよ」

「俺が黒猫になってるんですか?」


 手は濃い褐色の肌になっていたし、短く刈り上げていたはずの髪の毛は、縮れ毛のドレッドヘアになっていた。俺は恐る恐るトレーラーハウスの脇に止めてあったスクーターのミラーを覗いてみる。どう見ても、黒人の黒猫じゃないか。


「椿さん。これは一体どういう事なんですか? 何かの魔法ですか?」

「魔法!」


 ポンと手を叩いた椿さんは、的を得たりって感じで頷いている。顔は金属製アンドロイドのソフィアなのだが。


「まさに魔法という言葉がふさわしい。十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない……有名なSF作家の言葉ですね。これですよこれ」


 それは二十世紀を代表するSF作家として知られる、アーサー・C・クラークの言葉だったと思う。確か、クラークの第三法則と言われている奴だ。今、俺の目の前で起こっている事が科学技術のなせる業であるなら、あの言葉そのままだと思った。


「全然信じられない。これが科学技術なのか……」

「そうですよ。とあるどこかの科学なのです。まあ、深く考えても仕方ありませんからね」

「確かに」

「では正蔵さま。出かけましょう」

「何処へ? 何をしに?」


 疑問だらけの俺をまるっと無視している椿さんは、俺の改造スクーターを指さしている。今からこれで出かけようというのだろうか。


 俺はヘルメットを被ってスクーターに跨る。そしてエンジンをかけた。椿さんはソフィアの姿で荷台に座り、俺に抱きついて来た。背中に柔らかい感触が伝わってくる。


「出発進行!」


 椿さんの指示に従い、俺はスクーターを発進させた。

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