第6話 新スターウォーズ計画
部屋を潰された俺たちは、陸上自衛隊の山口駐屯地へと向かった。まあ、あのスクーターが生き残っていたので、椿さんと二人乗りだったわけだが。
駐屯地のグラウンド中央に大型のトレーラーが駐車していた。その傍で手を振っているのは紀子おばさんだった。
彼女は親父の妹だ。まだ独身で、年齢は40歳ちょっとだった気がする。廃業したホテルを買い取って自宅にしていて、それはまあかなりの豪邸で、そこには研究所も併設されている。俺も大学に進学する前はそこへ入り浸っていた。
「いきなり凄い事になったわ。想定外ね」
叔母に声を掛けられる。俺は黙って頷いていた。
「今夜はこのトレーラーに泊まりなさい。結構快適よ。椿ちゃんはこっちへ来て。筐体のチェックをします」
叔母に連れられ、椿さんはトレーラーの中へと入っていく。大きく綾瀬重工のロゴが書き込まれているこのトレーラーは、中に居住空間が設置されているのだろう。いわゆるトレーラーハウスだ。どう考えても、俺が住んでいたしがない四畳半の部屋よりは、広くて高級で居心地が良いのではないかと思う。
ここは陸上自衛隊の駐屯地。しかし……周囲には人影はあまりなく閑散としている。入り口のゲートには軽装輪装甲車が二両陣取っているが、他の車両やトラックなどは何処にもいない。また、ここは普通科連隊の駐屯地であろうに、隊員たちの姿も確認できない。ほぼ、もぬけの殻になっているじゃないか。
「正蔵さま、こちらへどうぞ。お飲み物の用意ができております」
そう言って俺に声をかけてきたのは、綾瀬重工製のアンドロイドだった。旧式になるのだろうか。金属製のボディにメイド服を着ている女性型だった。
トレーラーの脇に天幕が張ってあり、そこには四脚の椅子とテーブルが設置されていた。
「ありがとう。君は?」
「ソフィアと申します。今夜は私が、正蔵さまのお世話をさせていただきます」
「お世話って?」
「お風呂にお食事、そして
ブッ!
俺は口に含んでいた麦茶を噴き出してしまった。その飛沫がソフィアに飛び散った。
「あら。正蔵さまに汚されてしまいましたわ」
「ごめんなさい……ってソフィアさん。何て事を言ってんの」
「ですから正蔵さまに汚されてしまったと。ん? 犯された? こちらの言葉の方がよろしかったでしょうか?」
「いや、だからね。そんな勘違いするような言葉はどうかと思うのです。夜伽もですけど」
「夜伽とは本来、夜を徹して寄り添う事でございます。これを性的な方に捉えられるとは、さすがは正蔵様ですね。うふふ」
「あの……ソフィアさん?」
「何でございましょうか?」
「俺をからかってない?」
「肯定いたします。童貞の正蔵さまをからかって差し上げろとの命にございます」
「その命令をしたのは紀子叔母さんですか?」
「その通りでございます」
ふふふっと笑いながら下がっていくソフィアだった。その、少し意地悪な態度は紀子叔母さんそのままではなかろうか。もちろんあの人の趣味なんだろうが、何と言うか、こんな人間そっくりな反応を見せるアンドロイドを制作していたとは驚きだ。普通、アンドロイドに冗談を言わせたりはしないだろう。
そして程なく、綾瀬重工警備部の車両がグラウンド内へと入って来た。黒いワンボックスカーで、ボディ側面には綾瀬重工のロゴと〝AYASE☆SECURITY〟のロゴが描かれていた。
車から降りてきたのは、例の綾瀬重工警備部のブルゾンを羽織った二人だった。一人は長身で厳つい体格の男性。名は
「お疲れ様です」
笑顔で挨拶してくれたのは西村隊長だ。黒猫の方はそっぽを向いてむすっとしていた。
「正蔵君。早速だが、今夜はここに泊まってくれ」
「はい」
「この件が落ち着くまでは、大学も休んで欲しい」
「それは、大学が襲われるかもしれないからでしょうか」
「そうだね」
俺を襲った連中は、一体何がしたいのだろうか。営利誘拐に失敗した後、パワードスーツなどの兵器を使って殺そうとした。何かの企業戦略なのか、それともテロ行為なのか、俺にはさっぱりわからなかった。
「色々疑問に思う事があるだろうが、詳細は分かっていない」
「調査中なんですね」
「ああそうだ。しかし、今後も同様な事件が発生する可能性が高いと思っているんだよ」
「あんなことが続くんですね」
「可能性の話だけどね」
俺は西村隊長の話に唯々頷くだけだった。黒猫はいつの間にか姿を消していた。西村隊長は話を続ける。
「これはあくまでも可能性の話なんだが、君も事情を知っていた方がいいと思ってね」
隊長に見つめられる。何か重大な事を話すつもりなのだろう。俺は彼を見つめて頷く。
「わが社が日本最大の兵器産業を担っている事は知っているね」
「はい」
「特に、ミサイル防衛システムに関しては世界最先端だ。今週末に行われるサミットで、その最先端技術に関する発表があるんだ」
「えーっと。それを潰そうとしている?」
「そう考えている」
噂は聞いたことがある。あくまでも噂で、身内の俺でも教えてもらってない情報だ。それは複数の、要塞のような大型の衛星を打ち上げて、
「まあね。昔、レーガン政権の時に話があった、いわゆる〝スターウォーズ計画〟みたいなものさ。武装した衛星を使って、ミサイル防衛システムを構築しようって計画だよ」
「それを綾瀬が実用化したんですか」
「まあね。そういう事」
なるほど。綾瀬重工の突出した技術が開花した格好になるのか。日本を仮想敵国としているあの辺の国とか、ものすごく嫌がりそうな計画だ。それを本気で潰したいというあっちの事情は理解できない事はないが、それで俺を狙うのは筋違いではなかろうか。仮に俺を人質にしたり殺したりしても、この計画が変更されることはないと思うのだが。
「つまりその、サミットでこの計画が発表されるまで俺が狙われるって事ですか?」
「そう考えている」
俺の質問に西村隊長が頷いている。いつの間にか彼の笑顔は消え去り、厳しい表情へと変わっていた。
「イスラエル製のパワードスーツを持ち出した連中だ。市街地で、平然と銃撃戦をやらかすのは目に見えている。だから、市内で比較的広くて戦闘の専門家がいるここへ来てもらったんだ」
「一般市民への被害を減らす為ですね」
「そうだよ。先の戦闘でも死傷者は出なかったけど、何軒かの家屋に流れ弾が当たってね。小規模だけど被害が出ていたんだ」
西村隊長の説明はもっともだ。しかし、俺は別の意図もあると感じていた。それは、俺を囮に使って敵を引き付けるって事だ。
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