第3話 普通、アンドロイドに告白されたら困るよね

 二人乗りで峠道を下っていく。椿さんは、俺の腰に手を回し、体をぎゅっと押し付けている。しかし、後輪側が重すぎてやたら不安定になっていた。リアサスは常にフルボトム状態で、リアタイアは路面の段差をそのまま拾って突き上げてくる。その度に、椿さんが「きゃっ!」とか叫びながら抱きついてくるのだ。彼女の柔らかい感触に、俺の胸は高鳴って仕方がない。

 

 少し気を抜けば蛇行する原付スクーターをなだめながら、何とか自宅アパートまでたどり着いた。木造で築50年以上。アパートというよりは、オンボロ下宿屋と言った情緒あふれる平屋だ。


「椿さん。着きましたよ」

「はい。資料では確認していたのですが……実物はすんごいですね。ひよえ~」


 椿さんは両手を上げ、本気でビックリしていた。これ、どう反応していいのやら悩んでしまう。


「とりあえず、今後の事を話し合いましょう。先ず、契約とか、その辺の事の確認からしたいのですが」

「はい」


 俺は部屋の鍵、南京錠を外してから扉を開き自室へ入る。この扉はドアではなく引き戸なのだ。今時、非常に珍しいと思う。南京錠を含めて。


 部屋は畳敷きの四畳半一間で、風呂と台所とトイレは共同なのだ。昭和の時代にタイムスリップしたかのような趣きがある。

 俺は椿さんを部屋に招き入れ、座卓に向かい合わせになって座った。


「先ず質問したいんですけど、いいですか?」

「はい」


 椿さんは、本当に嬉しそうに返事をしてくれた。疑問に思う事があまりにも多すぎた。俺はそれを一つ一つ確認する事にした。


「まず、椿さんは家庭用のアンドロイドですよね」

「はい、そうです。試作機ですが、型式番号は正式に決定しておりまして、XRH-01Aとなっております。翻訳するなら、試作型リアルヒューマノイドゼロイチ型タイプAですね」

「なるほど。椿さんはリアルヒューマノイドタイプA。ならタイプBとかCはあるんですか?」

「タイプBは存在していますが、外観のみの変更となっております。またタイプC以降の計画はまだありません」

「そうなんですね。じゃあ、タイプBは椿さんの妹って事になるんですか?」

「そうですね。そういう設定になっています。現在は紀子博士のご自宅で、いわゆるメイドの仕事をこなしつつ機能の検証をしております」


 メイド服と聞いて胸がときめいてしまった。叔母の家には何度も行ったことがあるが、以前そこで働いていたのは金属製ボディの、本当にロボットのようなメイドさんだった。


「えーっと。その二機、いや二人はどんな感じなの?」

「タイプBは人と区別するため、眼球にレンズが被せてあり、シルバー単色となっております。また、額に型式番号が印字されております」

「機能的には同じだけど、外観が違うんですね」

「そう考えていただいて結構です。どうも、法規的な面で本当に人間そっくりなモデルは問題があるらしいので」

「なるほど。どういった問題があるんですか」

「そうですね。例えば、アンドロイドが人間に成りすまして犯罪行為を犯す事が可能です」

「でも、AIに規制がかかっているから犯罪は犯せないんじゃないの?」

「もちろんそうですけど、搭載AIを入れ替える事は不可能ではないので」

「あっ!」


 俺は重要な事に気が付いた。通常、アンドロイドは犯罪が犯せないようにAIが規制されている。古くはロボット三原則とか言われていたヤツが標準的にインストールされていると聞いた。しかし、目の前にいる椿さんはどうなのだろう。先ほどの戦闘と言ってもよい行動は、正当防衛とはいえ傷害や器物破損に関わる可能性があるのではなかろうか。ヘリは燃やしたし、殴る蹴るで四人ほど昏倒させたではないか。


 俺は椿さんをじっと見つめていた。彼女は俺の視線に気づき、恥ずかしそうにうつむく。そして小声でつぶやく。


「正蔵さま。そんなに見つめないで。恥ずかしいです」


 本当に、真っ赤になって恥ずかしがっているじゃないか。どんな設定のAIなんだ。まるでどこぞのJKみたいだ。いや、問題はそこじゃない。法的に犯罪とされる可能性がある行為を、椿さんが容赦なく実行できたことだ。


「さっきの事なんですが、場合によっては犯罪行為に当たるんじゃありませんか。いえ、俺としては助かったし感謝してますけど、アンドロイドの行動としてはおかしいんじゃないかと思ったのですが」


 俺の言葉を聞き、椿さんは少し頬を膨らませていた。


「むうう。私は特別なんです」

「はい。試作機ですよね」

「そうです。ですから、正蔵さまをお守りするためなら何でもします。迫りくる敵は、容赦なく殲滅せんめつして見せます」

「殲滅って……あはは。冗談ですよね」

「本気ですよ」


 椿さんにじっとりと見つめられる。その瞳に本気の光みたいなものを感じた。それはAIが演算した結果ではなく、人の断固たる意思のようだった。


「あ……ありがとうございます。ところで、これから俺はどうしたらよいのでしょうか?」

「私を傍においてください。そして、よろしければ、恋人のように愛でてくだされば幸せです」


 そう言って俺の手を握り、頬を赤らめる椿さんだった。これは、多分告白されたんだろう。俺はどうすればいいんだ。

 俺はもうすぐ二十歳になるがまだ童貞だ。恋人いない歴イコール年齢の、いわゆるモブの非モテ系男子である。今も彼女などできる気配はない。椿さんと付き合えるならそれは願ってもない事だと思う。俺も椿さんにドキドキしているわけだし、相思相愛と言っても差し支えないではないか。

 しかし、しかしだ。こんな強いアンドロイド女子と付き合ってしまえば、一般女子とのお付き合いは望めないだろう。童貞卒業の夢が大きな音を立てて瓦解していくようだった。


「正蔵さま?」


 黙り込んでいる俺に椿さんが声を掛けてくる。


「ああ、ごめんなさい。椿さんの気持ちはわかりました。俺も椿さんの事は気に入っているというか、これは多分一目惚れという奴だと思うのです。好きです。だから付き合ってほしい、俺と暮らしてほしいです」

「ありがとうございます」


 俺の言葉を聞き、椿さんは俺の手を握って目を瞑る。そして俺の手に頬ずりしながら涙を流していた。もしかして一生、童貞のままかもしれないという危惧を抱きながらも、恋人ができた喜びをかみしめていた。

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