第4話 甘い同棲……の夢は打ち壊される

 童貞云々の事は考えても仕方がない。これは忘れてしまおうと自分に言い聞かせる。


「ところで椿さん。紀子おばさんが言っていたアルバイトの件なんですが」

「はい。モニターのアルバイトです」

「俺が椿さんをモニターして報告するんですよね。使い心地とかを」

「使い心地とか……恥ずかしいです」


 椿さんはまたまた頬を赤らめて俯く。彼女は何か勘違いしてないだろうか。


「モニターって、普通はそんな事ですよね」

「まあ、そんな事も含まれてますけど。男女の相性的な……離婚の理由もこの相性が……体の……多いみたいですし」


 今度は真っ赤になってもじもじしている。椿さんが純真なのは、見かけ通りでいいと思うのだけど。


「あの、椿さん。勘違いしてませんか? 家事とか、そんな事に関してなんですけど」

「あっ! ごめんなさい」


 少し下がって平謝りする椿さんだった。


「だからその、日常の仕事ぶりとかのモニターですよね」


 少し面を上げた椿さんにジト目で見つめられる。


「私に説明させる気ですね。正蔵さまはS気質です」

「そんなことを言われても困るんですが」

「ううう。そうですね。確かに。では説明いたします」


 今度はきちんと正座して、俺をまっすぐに見つめてくる。そして椿さんは、意を決したように話し始めた。


「家事全般に関しては、既に情報量は十分に蓄積されております。もちろん新規での情報収集も必要とされていますが、開発本部が欲している情報はそれではありません。綾瀬重工は……あの……ラブ……ドールに関しては後発なのです。だから、そっちの……つまり……エッチな方のモニターをお願いしたいのです。できれば、私が正蔵さまを詳細にモニターする方向で……」

「ブッ!」

 

 思わず吹き出してしまった。叔母さん、何考えてるんですか? 俺が椿さんとエッチして、それをモニターするって?


 めまいがした。しかし、これは他人には頼めない事だと思った。


「椿さん、ごめんなさい。まさか、エッチなことまで含まれているとは思わなかったので」

「こちらこそ申し訳ありませんでした。最初から言ってなかったですから」


 そしてお互いが黙り込んでしまう。気まずい雰囲気が漂うのだが、俺は意を決して椿さんに話しかけた。


「あの……それでは、恋人と同棲するといった感じでよろしいのでしょうか」

「はい。問題ありません」


 椿さんは真っ赤になって頷いていた。俺自身も赤面しているはずだ。耳から首筋まで熱くなっている。


「では、様子を見ながら、そういう雰囲気になってからという事でいかがでしょうか」

「はい。それで問題ありません」

「それで、アルバイト料の事ですが」

「はい。日給一万円となっております」


 またぶっ飛んだ。

 美少女アンドロイドと同棲して、日給が一万円だと!


 俺は絶句してしまった。これなら夜のバイトに精を出さなくても学費は稼げるだろう。願ったり叶ったりなのだが、少々釈然としない部分はある。

 俺は実家とやや疎遠になっている。親がどうのこうのではなく、親の世話になることを俺が拒否したからだ。俺は将来、重役となるべく綾瀬重工へ入社すべきだ言われてきた。しかし、俺としてはそんな生き方をそのまま受け入れる事などできなかった。自分の道は自分で切り開く。男子たるもの、そうあるべきだと思っていたからだ。だから、進路は工学系を望まれていたにもかかわらず、経済学部へと進学した。学費や生活費は全て自分で稼ぐという条件で。

 親元からの完全自立を目指していた俺にとって、これは願ってもないチャンスだと思った。しかし、それは同時に、親の会社に頼る事にもなる。複雑な気分だ。


「モニターとは、何か特別な事をするわけではないんですよね」

「はいそうです。正蔵さまが私にモニターされるだけです。いつでも襲っていただいて結構です」


 襲うって!

 全く、椿さんのAIってどんな設定なんだろうかと思う。しかし、これで学業とバイトの両立は上手く行くはずだ。


 その時、表の方からガラガラゴロゴロと重機でも動かしているのかという轟音が響き渡る。ドカンという大音響と共に、建物が激しく揺れた。


「敵襲です! ごめんなさい。気付くのが遅れました!」

「何?」

「だから襲われてるんです。ブルドーザーで建物ごと潰す気です。逃げますよ」


 このボロアパートは中央に通路があり、その両側に5部屋づつ計10部屋ある。通路の片方が玄関、もう片方が裏口になっている。玄関側からブルドーザーが押し寄せてきた格好だ。俺と椿さんは焦って靴を履いて裏口から外へ出る。このボロアパートに入居者はあと一人だけいるのだが、あの人は真面目で日中は大学へ行っているから今は不在だ。

 表へ出た瞬間に銃撃された。威嚇のようで、背後の建物に弾が穴を空けていた。 


 外にいたのは、あの黒いスーツを着たサングラス姿の男が四人だった。その中の二人がアサルトライフルを構えていた。残り二人はハゲの大男と、車いすに乗った黒い仮面の男だった。


「懲りもせずにまた来やがりましたね」


 椿さんがぼそりと呟く。後ろ側から轟音が響いた。ボロアパートは、ブルドーザーに押されて一気に倒壊してしまった。そして連中の後ろには、荷台に大型の機関銃を乗せたピックアップトラックと、大型の保冷車が停車した。保冷車の中からは全身骨格のパワードスーツが二機降りてきた。


「さっきはよくもやってくれたな。私の面子は丸つぶれだ。文字通り、顔も潰しやがって」


 黒仮面がしゃべる。あの、気さくな話し方をしていた白人男の声だったが、今は言葉に怒気がこもっていた。


「ああ。私たちの愛の巣を……。貴方たちは殲滅します」

「殲滅だと? いい気になるな。そこのボンクラは殺す。お前も解体してやる」


 車いすに乗った黒仮面が怒鳴る。こいつ、確か鼻と口は完全に潰れていたと思うんだが、この短時間でよくもまあ復活したもんだ。しかし、四人そろってあの場から逃げおおせたとは、やはり組織的なバックアップがあるのだろう。俺は本当に、ヤバイ連中に目を付けられたらしい。


「ピックアップは30年前のトヨタハイラックスで、荷台に乗ってる機関銃は50口径のブローニングM2です。中東のゲリラが使用しているものと酷似していますね。対してパワードスーツは二機ともイスラエル製。高機動型のクフィールと重火器装備のマクマトです」


 ピックアップの重機関銃と二機のパワードスーツの搭載火器が一斉に火を噴いた。


 これは流石にかわせない。

 椿さんが俺を抱きしめてくれた。


 俺は童貞のまま死ぬんだ。そう覚悟したのだが、そうでもなかった。酷い爆発音が響いてはいるが、俺は痛くもかゆくもなかった。

 周囲を見回してみると、何やら透明な膜のようなものが俺たち二人を覆っており、銃弾や砲弾を完璧に防いでいた。


 これはまさか……バリアって奴か? まるで特撮映画のような状況に、俺は腰を抜かすほど驚いていた。

 

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