第2話 押し付けられた美少女アンドロイド

 その少女はやや高めの身長だった。俺よりほんの少し低く、170センチ弱だろう。そして、日本人離れしていると言っていい胸元は非常に豊かだった。こちらは1メートル級ではなかろうか。その彼女にいきなり抱きつかれ、そして頬にキスされた。柔らかい女性の感触に、特に、圧倒的な胸の感触にめまいがした。


「間に合ってよかった」


 彼女は抱きついたまま、嬉しそうに話しかけてきた。


「助けていただいてありがとうございます。ところで、どちら様でしょうか。多分、初対面だと思いますが?」

「そうですね。この体では初対面になります」


 この体では……何の事だろうか。よくわからないが、初対面って事で間違いないだろう。


「初対面なんですね。では何故、俺に、親し気に抱きつかれているのでしょうか」

「それは、私を正蔵さまのものにしてほしいからです」

「俺の?」

「はい。私は綾瀬重工製の家事支援アンドロイドです。名前は佳乃椿よしのつばきと申します」

「椿さん?」

「はい。椿です!」


 そう言って頬を赤らめる彼女は目を瞑り、俺の唇にそっとキスをした。彼女の唇の柔らかさに心臓が高鳴る。どう考えても人間としか思えない。しかし、目を開いた彼女の瞳の中に、稼働するシャッターのような部品が見えた。やはり彼女は人間ではなくアンドロイドなんだ。

 その時、彼女の携帯端末から着信音が鳴った。


「失礼します」


 そう言って俺から離れた彼女は、腰に吊るしたポーチからスマホを取り出して話し始めた。そして直ぐに、スマホを俺に差し出す。


「どうぞ、お話ししてください」


 俺は頷いてスマホを受け取り、耳に当てる。


「はいはーい。正蔵くん。元気してたかな? 紀子おばさんですよぉ~」


 元気のいい声の主は俺の叔母、綾瀬紀子あやせのりこだった。声が大きく耳がキンキンする。


「何か御用ですか?」

「大変だったわね」

「知ってるんですか?」

「もちろんよ。二十一世紀の森駐車場跡地付近で、今、ヘリが燃えてるわね」


 今、この山道で起こった事を把握している。驚いてしまったが、このアンドロイドを通じて、常時情報を取得しているのだろうか。


「ところであなた、今後は護衛が必要ね。今日みたいな事があると困るのよ」

「そう……ですね」

「その娘を護衛として付けます。ついでにモニターもやってちょうだい」

「モニターですか?」

「そう。試作機だからね。あんた暇そうだし、バイトって事で。バイト料は弾むわよ」


 確かに俺は暇と言えば暇だ。大学二年生なわけだが、最近は講義にはあまり出席せず深夜のバイトに精を出している。


「すっごい簡単だから、お願い、ねっ!」


 俺の事情はお構いなく一方的に喋る叔母である。


「えーっと、俺はどうすればいいんですか」

「その娘を預かってね。一緒に生活すればいいだけだから。簡単でしょっ。ねっ。お・ね・が・い!」


 とても作り物には見えない彼女を見ながら、叔母の天才っぷりに感心する。この造形技術はただ物じゃない。

 叔母は綾瀬重工でアンドロイドの開発主任をしている。彼女の開発した製品は介護や介助などの分野では世界トップレベルの性能で、シェアは70パーセント以上だと言われている。新規開発した試作機のパフォーマンスを確認したいのだろうか。なぜ俺のところでという気もするが、身内であれば万が一の事故でも訴訟事にならないからではないかと勝手に想像してみる。それに先ほどは、彼女の軍事用とも思える格闘性能を見せつけられたわけだ。要人護衛用としては最適なのかもしれない。しかし、その戦闘力と家事支援がどうも結びつかないのだが、深く考えても仕方がないと思った。


「じゃあお願いね。詳しいことはその娘に聞いて。あ、そうそう、その娘とっても高価だから壊さないでね。じゃ!」


 叔母は返事も聞かずに電話を切った。もちろん、断る理由もない。実際、俺には護衛が必要だと思うし……さて、どうしたものかと思い椿さんを見つめる。すると彼女の方から声をかけて来た。


「正蔵さま」

「はい」

「こちらの書類に電子署名をお願いします」


 彼女はスマホを差し出してきた。画面を見ると、何か法的な文章がびっしりと並んでいた。家事支援アンドロイドの所有に関する何やかやであったが、詳細を読まずに[承諾]をタッチする。


「ありがとうございます。これで椿は正蔵様の所有物となりました」


 とりあえずホッとした。しかし、メンテナンスや充電なんかはどうするのだろうか。これは取説が必要だぞと思い至った。その事を椿さんに質問しようとした時にヘリが爆発した。その瞬間、椿さんは俺を押し倒して覆いかぶさった。


「うおおわあ!」


 情けない事に、俺はわけの分からない叫び声を上げていた。椿さんは俺に頬ずりをしながら「大丈夫です」と繰り返していた。


 そして再び、彼女の柔らかい体を全身で感じた。特に、その豊満な胸元の感触に陶酔してしまった。俺は彼女の背に両腕を回し、しっかりと抱きしめていた。このまま時間が止まって欲しいと願った。

 まるで夢の中のひととき。しかし、そのような理想郷は、けたたましいサイレンの音でかき消された。何台ものパトカーと救急車、消防車が現場へと駆けつけてきたのだ。


 数名の警官に囲まれて事情事情聴取を受けたのだが、あっさりと解放された。名前と連作先を教え、事の概要を説明しただけだった。細かい事は椿さんが丁寧に説明していたし、彼女は綾瀬重工から情報を提供するとも話していた。そして、警護については綾瀬重工が手配するから不要だとも言っていた。


「ご理解いただけましたか?」

「了解しました」


 俺の警備に関して、警察側の申し出を椿さんが断固として断ったようだ。不満顔の警察官は携帯で仔細を報告していた。


「さあ正蔵さま。お家に帰りましょう」


 俺の右手を取って、椿さんが話しかけてきた。


「えーっと。俺のアパートにですか? 萩に行く予定があったんですけど」

「それはキャンセルという事で。しばらく中型バイクはお預けですね」

「やっぱりそうなるのかな?」

「勝手に出歩かれると困るのです」

「分かりました」


 後で整備工場の方へ連絡しておかなくてはいけない。こんな事情があったのだから、工場長も納得してくれるはずだ。


 さて、俺は愛車のディオに跨ってセルを回す。エンジンは直ぐにかかり、パンパンと元気の良い排気音があたりに響く。椿さんは俺のすぐ傍に立ち俺の顔を覗き込んでいた。


「あの? 椿さんはどうされるのですか? ここまで車か何かで来られたんですよね」

「いえ、徒歩です」

「え?」


 かなりビックリした。


「萩から?」

「はいそうです。途中、すこーし走りましたけど。本日、正蔵さまが萩まで来られると聞いて、途中で合流しようと思っていたのです。正蔵さまのルートもワンパターンですし」


 確かに、俺はこの峠道しか通らない。しかし、改造車とは言え原付スクーターである。まさか、これに二人乗りするつもりだったのだろうか。 

 

「あの……まさかとは思いますが、これに乗るつもりなんですか?」

「はいそうです」


 あっけらかんと返事をされた。椿さんはニコニコ笑ってて、めちゃくちゃ嬉しそうだ。


「これ原付なんですけど。一応80ccですが、二人乗り用のシートは付けてませんし、今はヘルメットもないです」

「大丈夫です。問題ありません」

「?」


 尚も疑問が残る俺に対し、椿さんは嬉しそうに説明する。


「私はアンドロイドなのです。人間ではありません。荷物と一緒です。ヘルメットを被る荷物は、世界中どこを探しても存在しません」


 胸を張ってきっぱりと断言する椿さんであった。近くにいた警察官も、笑いながら頷いていた。

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