第四章 【エピソード 2 一寸先は闇】
2020年12月24日 午後8時
《堀田佳奈》自宅 LALA 304号
津島陸
「佳奈、メリークリスマスとこれからも末永くよろしくお願いします」
「……わぁ綺麗……ありがとう陸。こちらこそずっとずっと一緒にいて下さい」
「佳奈……手出して……うんピッタリ」
「ほんと綺麗……嬉しい……」
俺たちは来年三月に結婚することにした。プロポーズらしいものは何もしていないが、婚約指輪を今日ようやく渡せた。そんなに高級なものではないが、佳奈の細くて小さな指にとても似合って、キラキラと輝いている。
「会社はどう?来月末に退職出来そう?」
「うん!大丈夫!早藤さんが色々助けてくれてるから」
「よかった。そうだ、年末年始の休み、うちのばあちゃん家、行くのは大丈夫そう?佳奈のお父さん、怒ってない?」
「うん、全然!仕事辞めたらしばらくは実家で暮らすし。そしたら陸が泊まりに来て、お父さんもお母さんもそれを楽しみにしてるって」
「そうか!よかった!俺も佳奈の実家でお泊まりするの楽しみにしてる!」
「アハハハッ」
幸せだ……
佳奈が就職して、三年弱……佳奈はブラック企業での仕事をよく耐えて頑張った。そばで見ていて、こちらがイライラと腹が立つ会社だった。休日出勤、サービス残業は当たり前。給与は考えられないほど安く、上司や先輩がろくに仕事をしない為、その尻拭い……新入社員が入っても直ぐに辞めて行くので常に人手不足、下手に周りに気を遣うと辞めることも出来ない……今回、佳奈は直属の上司に半年前から退職したいこと言い続け結局、あとひと月あとひと月と先延ばしにされてきた。その会社とも、ようやくおさらばだ!
佳奈、良く頑張った!
2021年2月8日 午後2時
《堀田佳奈》自宅 LALA 304号
津島陸
あの女……誰だ?何を探してる?
俺は行方がわからなくなった佳奈を探している。
佳奈は、昨年末、30日に出社したのを最後に姿を消した。翌日には俺のばあちゃんに婚約の報告に一緒に行くことになっていたのに……結婚を悩んでるという、よくわからないメールが送られてきた。その後も何度かメールはきたが、電話には一切出ない。メールも1月4日を最後に来なくなり、もちろん電話も出ない。全く連絡も取れず、何処にいるのかもわからないまま、ひと月あまり……時間だけが過ぎていった。
1月4日に佳奈の両親が警察に届け出たが家出人ということで特別な捜査はしてもらえずにいる。
佳奈と最後に会ったとき、婚約指輪を渡したクリスマス・イブの夜、俺たち二人は本当に幸せだった。未来への希望に満ちていた。そんな佳奈が……どう考えてもおかしい。
俺は佳奈を探すため、1月末で退職を決めた。なんとしても佳奈を見つけなくてはならない。
2月に入ってからは、この佳奈のマンションの部屋で寝起きしている。いつ佳奈が帰ってきても会えるように、佳奈の消息に繋がる何かを見逃さないように……
この日は、ここに来てから初めて動きがあった。
20分ほど前に、見知らぬ女が佳奈の持ち物を片っ端から物色している。
最初、佳奈が帰ってきたのかと思い、思わず抱きしめるところだった……しかし、鍵を開けるのに妙に手間取っている、(ここのアパートは少々年季が入っているので鍵を開けるのにコツがいるのだ)俺はすぐにベッドの下に身を隠し様子を伺うことにした。
佳奈の部屋は8畳のワンルームなので、ここに居れば部屋全体を確認できる。ベッドの下を覗かれさえしなければ、バレることも無い。幸い女は、誰も居ないと確信しているようで、全く警戒する様子は無かった。
女はようやくお目当ての物を見つけたようで嬉しそうに出て行く。何故?佳奈の個人番号通知カードを?
とにかく後をつけるか……
2021年2月8日 午後2時20分
《堀田佳奈》自宅 LALA 304号
津島陸
女が出て行ってから、きっかり3分待った。その後手早く『探偵グッズ』を持ち佳奈の部屋を出た。この『探偵グッズ』は佳奈を探すため仕事まで辞めた俺を心配し、少しでも力になりたいと、友人の颯と晴人が『サバイバルグッズ』とともにプレゼントしてくれたものだ。ふざけているのか?!っと思ったが役に立つ時があるかもしれない。とりあえず今は『サバイバルグッズ』は置いて行こう。
あの女は脚を怪我しているようだったのでエレベーターを使うだろう。俺は階段を駆け下りた。1階に着いたとき、女は丁度エントランスを出るところだった。
女がタクシーに乗り込んだので、バイクで後をつけることにした。
少し走ったところで、俺以外にもタクシーをつけている車がいることに気づいた。よく見ると《人材派遣会社ビブリオ》と大きく描いてある。佳奈の勤め先だ……いったいどういうことだ?
タクシーはME銀行の駐車場に入って行った。ビブリオの車も後に続いた。俺は入口付近で様子を伺うことにした。
女がタクシーを降り、銀行内に消えて行った。やはり歩き方がおかしい、続いてやたらと大きな女が入って行く。ビブリオの車を運転していた女だろう。
さて、どうするか。『探偵グッズ』の中に確か、車に取り付けられるタイプのGPSが入ってたな……ビブリオの車につけてみるか。あとナンバーを控えておいて、後で佳奈の同僚の早藤さんに誰が使用してる車か聞けばわかるだろう。
作業を終え、しばらく待つとビブリオの大女が出て来た。例の女が出てくるのを待っているようだ。
例の女が出て来た!
「ねぇ葵さ〜ん。どうしてあなたが《堀田佳奈》なのぉ?」
え?どういうことだ?何故あの女が?《堀田佳奈》を名乗っているというのか?
俺は我を忘れ、思わず女に掴みかかろうとした。その時……女が大きな悲鳴をあげた!大女は慌てて逃げて行き、周りに人が集まってきた。危ないところだった……ここで早まってはいけない……
その後、葵と呼ばれていた女はファミレスに入って行った。俺は少し時間をおいてそのファミレスに入った。
ファミレスは中途半端な時間帯のため空いていた。あまり近くに座るのは不自然なので、通路を挟んだ斜向かいの席に座り、大女の行先をスマホで確認しながら、様子を伺うことにした。
葵は軽く食事をした後、誰かに電話をかけている。なにか込み入った話しをしているようだ。最後には相手が説得に応じたようでホッとした様子で通話を終えると、スマホを操作し始めた。何故か自撮りを何度か、繰り返しようやく納得いく写真が取れたのか、操作を終えのんびりコーヒーを飲み出した。
店を同時に出て疑われるのは、得策ではないので、俺は、先に店を出て出入口付近を見張ることにした。その間に、ビブリオの早藤さんに電話をして大女の正体を聞くことにしよう。
2021年2月8日 午後8時
《堀田佳奈》自宅 LALA 304号
津島陸
今日一日で、かなりの収穫だ。佳奈、待ってろよ!必ず助け出すから!
佳奈はあの大女に攫われた!俺はそう確信した。
早藤さんが会って、直接教えてくれるということになり、午後6時にビブリオの近くのカフェで待ち合わすことになった。
それまで、葵という女を引き続き見張ることにした。大女の車は銀行から逃げ出したあと、コンビニに寄り、その後そう遠くない住宅街で停まっている。
葵は午後4時半を大きく回った頃、ようやくファミレスから出て来て、迎えのタクシーに乗り込んだ。俺は再度、後をつけることにした。
これは……大女がいる住宅街に向かっているのか?
やはりそうだ……どうなる……
大女の車がマンションの前に停まっている。葵は気づいてないのか?タクシーを降りるようだ。
とりあえず行き過ぎて、あの角を曲がったところから見るか……少し遠すぎて声は聞こえそうにないが。
大女が降りてきた!葵は驚いてる?何か話してるな。
少し遠いけど写真を撮っておくか。
そろそろ行くか、早藤さんとの待ち合わせ場所に……
俺は早藤さんの指定したカフェに10分前に着いた。早藤さんは約束の時間通りにやってきた。
「早藤さんですか?津島です。わざわざお時間作って頂きありがとうございます」
「初めまして。お噂は佳奈から聞いています。今回は……なんと言っていいか……」
「いえ。お気になさらず……ご存知のことを聞かせて頂けると助かります」
「はい……私にできることでしたら何でも。協力します」
「ありがとうございます。早速ですが、この写真を見て下さい、この人たちはご存知ですか?」
「あっはい、小さいので分かりずらいですが……大きくしていいですか?……この大きな女の人は、うちの会社の松木さんです!それにこの車、松木さんがいつも使ってる社用車です!もう一人の女の人は……どこかで見たことあるような……すみません。わかりません」
「葵ちゃんと、松木さんに呼ばれていましたが」
「……あー思い出しました!千房課長の行きつけのスナックの従業員です!」
「そうですか……千房課長というのは?」
「私や佳奈の上司で……ずっと佳奈にいい寄っていました……」
言いづらそうに早藤さんは話してくれた。
「千房課長は……とにかく女好きで、佳奈やそのスナックの葵ちゃん、ついでに私にも……手当り次第に口説いて来るんです。千房課長が見向きもしないのは、松木さんと高梨部長くらいで……高梨部長というのは、千房課長より上の上司で……そういえばこのマンション……高梨部長の住んでるマンションに似てる……」
「場所は○○町で、名前はエムリードという、ファミリー向けの分譲マンションのようです」
「間違いないです。私、1度書類を届けたことあるので!そこの505が高梨部長の自宅です」
「なるほど……松木さんのことを教えて頂けますか?」
「松木さんは、ずっと千房課長のことが好きなようで、お金を貢いでるようでした。千房課長に一番気に入られていた佳奈のことを目の敵にしていて……私……ほんとはずっと松木さんが佳奈に何かしたんじゃないかと思ってて……高梨部長にそれとなく、そのこと警察に話そうと思ってること言ったんですが、勝手なことして捜査の邪魔しない方がいいって言われて……特に証拠がある訳ではないし……松木さん、今年に入ってからほとんど出社もしてなくて……怪しくて……2月からは隣県に出張させられてるのに……そういえば、これいつの写真ですか?」
「つい一時間ほど前のです」
「……松木さん、今、隣県の紫花女学院高等学校に行ってるはずなのに……何故、高梨部長の自宅に?」
「おかしいですね……その松木さんが隣県で滞在しているホテルはわかりますか?もう少し調べてみようと思います」
「はい。明日、会社に行けばわかると思います」
「では、明日またご連絡させて頂きます。よろしくお願いします」
「はい。調べておきます。……あの津島さん、必ず佳奈を見つけてあげて下さい。私……実は今月でビブリオ辞めるんです。なんか最近、怖くて……佳奈には申し訳ないのですが……」
「いいんですよ。佳奈は俺が必ず見つけ出します。早藤さんは気にせず前に進んでください」
「はい。ありがとうございます。今月はまだ会社にいるんで、お役に立てることあれば何でも言ってください」
「はい。よろしくお願いします」
佳奈……何処にいるんだ?みんな佳奈のこと心配しているよ……
明日はスナックホワイトに行ってみよう。
2021年2月9日 午後7時
スナックホワイト
津島陸
今日は午前中に早藤さんから連絡があり、松木の滞在しているビジネスホテルが判明した。しかも、今日からそこに高梨部長も同行することになったという。予定では三月末までらしい、一度はGPSのバッテリーの交換に行くつもりだから上手くいけば高梨の顔も確認できるかもしれない。
カランカラン
「……まだ準備中だよ」
「すみません。葵さんという方のことを少しお聴きしたくて。私……探偵をしています島田といいます」
『探偵グッズ』に入っていた適当に作成されたおもちゃの名刺を差し出す。
「老眼鏡が無いから……あーはいはい、何を聴きたいの?」
「葵さんは、今もお店に出られてるのですか?」
「あの子、去年の年末にいなくなってねぇ……店、開ける前にお客さんに出す乾き物を切らしてたの思い出して、近所のスーパーに買いに行かせたんだよ。それっきり帰ってこないんだよ……いったいどうしたんだろうね」
「……年末とはいつです?」
「クリスマス・イブだよ。その日はあの子目当ての客が沢山来てね。みんなガッカリして帰って行ったよ」
「連絡は取られたんですか?」
「それがあの子、携帯電話持たないで出て行って。連絡の取りようも無いのさ」
「お住いは?」
「この上に住んでたんだよ。だから帰るのはここしかないはずなんだけど……」
「それは心配ですね……」
「そうなんだよ。あんた、何であの子のこと調べてんの?何か犯罪にでも巻き込まれたのかい?」
「いえいえ。詳しくはお話しできませんが、葵さんが行方不明の知り合いに似ているから、その人かどうか確認してほしいと依頼がありまして」
昨夜、考えた嘘をさりげなく言った……多分、さりげなかった…と思う……
「あの子、訳ありだったからね。店の前に求人を張出してたのを見て、働きたいって来たんだけど……20歳だって言うんだけど、どう見てもまだ10代だし、身分証を見せて欲しいというと、何も持ってないって言うんだ……それでも一生懸命、真面目に働くから、絶対迷惑はかけないから、とあんまり必死で言うから、じゃあ試しに1ヶ月間やってみる?てことで働き出したんだけど、本当に真面目だし、可愛いからお客さんにも人気でね。そのまま居着いたって訳さ」
「そうなんですね……」
「私からも頼むよ。あの子を見つけ出して、ここに帰って来るよう言っておくれ。あの子が居ないと……もう私も歳だし、あの子に店任せて引退しようかと考えていたところだったんだ……どこでどうしてるのか心配だよ……とにかく無事でいることだけでも伝えに来るよう、言っておくれね。葵の部屋はそのままにして待ってるからって」
「わかりました。必ずお伝えします。あと、よければ葵さんの部屋を見せて頂けますか?」
「いいよ。そこの階段を上がって3階だ。2階は私の住まいだから見ないでよ!」
「はい。ありがとうございます」
2021年2月9日 午後7時30分
葵の部屋
津島陸
驚いた……なんだこの部屋?!まるで小学生くらいの女の子の部屋のようだ。
全体がピンクでヒラヒラで…数え切れないほどのぬいぐるみ……
しかしハンガーラックにはこの部屋には似つかわしくない、シックな洋服がかかっている。まるで母と子が共有している部屋のようだ……何故か俺は胸が苦しくなった……
少し調べさせてもらおうと、キラキラした宝石箱のような箱を開けると、シワシワで汚れた一万円札が五枚、大切そうにしまわれていた。
他には特に気になるものは無かった。
「ありがとうございました」
「あの部屋……驚いただろう?」
「……はい……確か葵さんは自称20歳なんですよね?」
「そうだよ。自称ね……でも中身はまだ幼い女の子なのさ。何があったか知らないが、可哀想に……あの子はね、頭も器量も良くて、なんだってできるんだ。出来ないと生きていけないから、できるんだと思うよ……ああして、一人の時は部屋をビラビラに飾ってぬいぐるみと話して、普通の女の子になって……人と接するときは大人の女を演じて上手に商売して……バランスを取っているんだろうね……あの部屋で。あの子にはあの部屋が必要なんだよ。だから、いつまでもあの部屋はそのままで待ってるから、と伝えて欲しいんだ」
「はい。必ず伝えます」
カランカラン
葵という子はいったい何者なんだ?
しかし……何者であろうと、どんな事情があろうと、《堀田佳奈》を名乗ることは到底許せない。《堀田佳奈》は佳奈だ……当たり前のことだが、佳奈以外に存在してはいけない!
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