第三章 【エピソード 3 伝染る狂気】


 2021年3月10日 午前9時

 高梨家

 葵

 

 何もかも上手く行った!こんなに順調にことが進むなんて……怖いくらい。

 

 松木に見られたことを知ったあの日、私はすぐに行動に出た。まずはマイナンバーカードの申請(これは高梨から与えられたスマホですぐに出来た)、それから高梨に松木の件を報告し、これからの対策を相談。

 高梨は隣県に行くことは、乗り気ではなかったが松木の狂気が、高梨母に向かうかもしれないと忠告すると、渋々納得した。彼女もまた千房に執着してるよう…あの男の何処がそんなにいいのか、全く理解出来ないが。

 邪魔もの2人が居なくなったことで、私は迅速に大胆に行動することができた。計画通り500万円を手にし、今日マイナンバーカードを受取ることができる。マイナンバーカードが手に入ったら、最後にパスポートの申請をして、あとは発行されるのを待つだけ。

 銀行からの借入は、やはり高梨母本人に来てもらう必要があったが、高梨の居ない今、私たちは本当の親子のように助け合って暮らしているので問題無く手続き出来た。

 ただひとつ心配なことが……高梨母が認知症の初期症状なのかもと感じることがある。最近ではほとんどのとき、私を『美佳』と呼ぶ。また酷い時には『明日のお弁当には何を入れて欲しい?』や『今度の参観日、この服でいいかなぁ?』などと話している。ここを去る前に、高梨には伝える必要がある。

 ポジティブに考えれば、私からお金を騙し取られたこともわからないだろうから、この優しい人を、傷つけずに済んでよかったかもしれない。返済は高梨がすることになるのだろうし。

 さぁ行こう!

 

 「美佳、今日もお勉強頑張って!はいお弁当」

 「ありがとう。お母さん!行ってきます」




 2021年3月15日 午後4時

 紫花女学院高等学校 図書室

 高梨美佳

 

 ここに来てひと月半……毎日毎日、松木の監視にも疲れたな……本当はしないといけない業務いっぱいあるけど……既に学校からは来年度の契約はしないと伝えられてるから、何もする気起きない、かといってポンコツ2人には出来ないし……早くしないと本社に帰れないし……

 千房さんどうしてるかな……会いたいな……

 

 けど最初ここに来たときはこの匂いに衝撃受けたけど、なんか最近感じなくなってる…慣れってすごい!それとも防臭剤が効いてるのかな?松木の鞄に大量に入れといたから……ほんと松木はクレイジーだ……

 

 「すみません。松木さん、これどうしたらいいですか?」

 

 水田、また聞いてる……あれ聞くの3回目、松木じゃなくても嫌になるわ。

 松木あからさまに嫌な顔してるな〜ぷぷっ変な顔。

 

 「水田さん、同じこと何回も言わさないで!もう疲れたから教えない!」

 「そんな……」

 

 松木も水田に来年度は仕事無いこと早く教えてやればいいのに……今から何かを一生懸命覚えても無意味だって認識するように…意地悪だなぁ。まぁ私も教えないけど…教えたら最後、手を抜きまくるに決まってるし!こっちにしわ寄せがこれ以上来るのはごめんだわ。最終日に伝えるよう松木に言っとこ。

 それはそうと……問題は松木だ……

 葵ちゃんは松木を遠ざけてる間に千房を説得して、私と籍を入れてしまえば松木も諦めるって言ってたけど…松木はなんと言っても勘違い殺人鬼だし、そう簡単にことが済むとは思えない……やはり松木の対処は自力でなんとかしないと…殺す?しかないかもしれない……けど松木と言えど人一人を殺すにはかなりの覚悟がいる……

 千房も付き合ってひと月ほど経った頃には私への興味も薄れてる様子だったし……松木を殺してまで結婚にこだわるべきなのか……最悪松木を殺しても、あっさり捨てられることも考えられるし……現に紫花女学院高等学校に来てから、千房からは一切の連絡は無い。私から何度か連絡したが、それにも事務的に応えるだけだ。

 

 こんなことになる前に戻りたい……ほんの小さな復讐のつもりだった……私の愚かな行為がこんな事件を引き起こすなんて、思ってもみなかった……お母さんと二人、慎ましく穏やかに生きていくことが一番、私らしかった……全て無かったことに出来ないものか……

 

 あぁ松木、また水田いじめてる……




 2021年3月20日 午後3時

 水田家

 水田恭子

 

 もう無理、無理無理無理無理無理……

 あんな職場、耐えらへん!あの二人何しに来てんの?二人共毎日、ぼーとして!はぁぁぁ?怒られんの私やねんけど!

 

 「お母さん、お腹空いた〜」

 「ちょっと待って!こんな時間に起きてきて…あんた大学どうなってんの?もう行かへんのやったら退学し!お金無いねん!」

 「……もう、ええわ…」

 「……勝手にし!」

 

 イライラするわ!一生懸命生きてても、私みたいな学も無い、容姿も悪い人間は報われへん……子どもも私と旦那に似てブサイクでアホや!このままやったら一家心中やわ……嘘ついて図書館司書の振りして……こんな職場に入った罰が当たったんやろか……そうでもせんと就職出来ひんだし……しゃあないやん……しゃあないやん……




 2021年3月25日 午前9時

 紫花女学院高等学校 図書室

 水田恭子

 

 「えっ?今なんて……」

 「だからぁ〜今日でここの仕事終わりだからぁ」

 「……なんで?」

 「だからぁ〜あんたがろくに仕事出来ないからでしょ…こっちも取引先ひとつ失って…困ってるのよぉ」

 「……そんな……私なりに……」

 「仕事てのはね、一生懸命やったとかどうでもいいの!出来るか出来ないか!あんたは出来ない!はい!終了〜」

 「……」

 

 どうしよう!明日から収入全く無くなる……大学の授業料…予備校代…定期代…食費…野球の道具…テキスト代…どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……

 

 「ちなみに、水田さんは8月から8ヶ月しか働いてないから失業保険も貰えないからぁ。うふっ。さっ最後の一日頑張りましょうぉ〜」

 

 そんな……

 

 「高梨部長、私…仕事無くなるんですか?けど…その場合ひと月前には告知する義務が会社にはありますよね?!」

 「うん…そうなんだけど…うちの会社では、そういうの通用しないの…なんせ派遣だから、次の派遣先をすぐに紹介するということで」

 「そうなんや…じゃすぐに紹介して貰えるんですね!」

 「……すぐかどうか……とにかく考えておくから、もう少し待ってて下さい」

 「はい……よろしくお願いします」

 

 次、紹介して貰えるんやったらよかった。そやけど、なんかこの会社やっぱりおかしいな……別の仕事も探した方がいいかもしれん……




 2021年3月25日 午後6時30分

 紫花女学院高等学校 図書室

 高梨美佳

 

 やっと終わった、今までさぼってたつけが最終日に回ってきた…完璧とは言えないけど、なんとか体裁は保てただろう…くらいには出来たし良しとしよう。

 春休みだから、みんな早く帰って誰も校内に居ないみたいだし事務の人もさっき帰って行ったから残ってるのは、警備員と私たちだけだ。早く帰ろう。

 

 「2人ともお疲れ様でした。では戸締りして帰りましょう」

 「はい。お疲れ様でした」

 「はぁい。お疲れ様でしたぁ」

 

 廊下の電気も消されて真っ暗だ……私たちまだ残って仕事してるのに酷いな、嫌われてるから仕方ないけど……

 後ろで松木と水田が話してる……水田、来年度の仕事のこと気にしてるな、まぁ当たり前か。

 

 「松木さん、どれくらいで次の派遣先行けますか?」

 「うーん…わかんなぁい…てか水田さんに仕事あるのかなぁ?」

 「高梨部長が、すぐに紹介するって言ってましたよ!」

 「けどぉ〜水田さん、超仕事出来ない人だしぃ」

 「…………」

 

 松木、また意地悪言ってる…いい加減にするよう言った方がいいのかなぁ

 あっ階段、暗いから危ないな……電気つけよ……

 

 ドンッ

 

 「ギャ……」

 

 ドンッガンッガンッガンッガンッドドン……

 

 「……えっ?何?」

 

 電気のスイッチあった!

 

 パチッ

 

 電気がついてそこに見えたのは、3階と2階の間の踊り場で倒れてる松木と鬼の形相で立ちつくす水田……

 

 「水田さん……あなたが落としたの?」

 「……だって、だって……あんまり馬鹿にするから……カッとなって……」

 「わかった……」

 

 松木の様子を見ると頭を抑えて呻いている。

 

 「松木、大丈夫?」

 「大丈夫な訳ない、救急車と警察呼んで……早く……」

 

 ふと水田を見ると『警察』と言った松木の言葉で急に怖くなったのかガタガタと震えている。

 《こんなチャンス二度と無い!》

 私は即座に行動に移した。警備員がいつ来るかわからない!急げ!

 

 「水田さん、あなたこのままだと犯罪者になってしまう……こんな奴(松木)の為に家族もこの先の人生も棒に振っていいの?」

 「嫌……です……どうしよう……」

 「なら、もう一度落とすのよ!」

 「えっ?」

 「早く!」

 「……はい」

 

 「えっえっ?何?」

 

 松木が目を見開いて怯えてる。いい気味だ。

 しかし…重いから手こずってるな……

 一緒に押すか……

 

 「おいしょ!おいしょ!」

 「ふんっ!ふんっ!」

 「ちょちょっと!やめて!やめて……ギャ……」

 

 ゴロゴロゴロゴロ……ガンッ

 

 「さぁこの調子で1階まで落とすよ!」

 「はい……」

 

 ゴロゴロゴロゴロ……ドンッガンッ

 

 ゴロゴロゴロゴロ……ドンッガンッ

 

 「ふぅ重っ……松木、松木…」

 

 松木でも流石に3階から1階まで落ちると意識無くなるんだ!ぷぷっ

 

 「水田さん、松木引きずってエレベーターに隠すよ!それから図書室に戻ってガムテープ持ってきて!あと雑巾と!鍵かけるの忘れないようにね!」

 「はい!」

 

 そのあとはお互い無言で作業を急いだ。手足をガムテープで拘束し口も塞いだ。水田に階段と廊下に付いた松木の血を雑巾で拭き取り、松木の荷物と一緒に持って帰り廃棄するよう指示、後ほど連絡するからそれまで自宅で待機するよう伝え一旦帰宅させた。


 あとは……




 2021年3月25日 午後7時10分

 紫花女学院高等学校

 高梨美佳

 

 警備員からパスワードを聞き出す……絶対!

 

 「お疲れ様です」

 「あーお疲れ様です。まだ残られていたんですね。図書室が最後ですか?」

 「はい。今エレベーターで降りてきたんですが、いつも電源はどうされてますか?」

 「誰も校内に居なくなったらエレベーターの電源は切るよう言われてますよ」

 「じゃ私、切っておきます」

 「いいですか?ではそこに掛けてる鍵で切れますのでお願いします」

 「これですね」

 

 ここの警備員は70代のおじいさんだ。できるだけ動きたくないのだろう。好都合だが、こんな感じで警備できてるのか?

 

 「エレベーター、電源切りました。エレベーターの鍵と図書室の鍵、ここに戻しておきますね」

 「ありがとうございます」

 「実は車を職員用の駐車場に停めているのですけど門に南京錠が付いてていつもロック解除は事務員さんにしてもらってるのですが…」

 「あーパスワード知らないから出られないんですね〜なるほど、教えときますね。『2357』です。あそこは防犯カメラも付いて無いんで出たあと再度ロックするのを忘れないようにしてください」

 「はい。わかりました。警備員さんは何時までお仕事ですか?」

 「あー私は22時までですよ。それまでここで一人ですから寂しくてね。ハハッ」

 「そうですか。大変ですね。ではお先に失礼します」

 「はい。お疲れ様」

 

 上手く行った!信じられない!これで松木を闇に葬りさることができる!

 

 先ずは水田に連絡……

 

 ピッピッピッピッ……プップッルルルルル……

 

 「はい……」

 「水田さん?高梨です」

 「あっはい!お疲れ様です!」

 「松木の荷物、中見た?」

 「……はい」

 「中に薬入ってた?白い錠剤だと思うんだけど…」

 「あーはい!入ってました!薬局の袋に入ってて、1回1錠就寝前服用って書いてます」

 「それそれ!何錠残ってる?」

 「えーと、3錠…」

 「いいわ。じゃあそれを全部すり潰して、ペットボトルのブラックコーヒーに入れて欲しいの、できる?」

 「はい……出来ます」

 「お願い!それと松木のスマホを持って23時に紫花女学院高等学校の職員用駐車場の門まで来て、来れる?」

 「……そんなに遅い時間はちょっと出難いんですけど……」

 「あなたの将来と家族の将来がかかってるのよ?私はいいのよ…別に…今すぐ通報しても…」

 「やめてください!……わかりました…23時に行きます…」

 「遅れないで!」

 

 次は、葵ちゃんに……

 

 プップッルルルルル……

 

 「もしもし…」

 「葵ちゃん?高梨です」

 「高梨さん!お疲れ様です!お元気ですか?」

 「うーん…元気だけど…」

 「お母さんもお元気ですよ!どうしました?そろそろ此方こちらに帰られます?」

 「うん…帰ろうと思ってるんだけど…その前に終わらせないといけない用事ができて…葵ちゃんにも手伝ってもらいたいの…」

 「何ですか?」

 「実は…松木を始末しようと思って…」

 「……始末って……」

 「葵ちゃんも松木のこと許せないって言ってたでしょ?廃校で松木にされたこと忘れてないよね?」

 「もちろん、忘れるはずがありません……松木の始末、協力します」

 「これからの私たちの安全な暮らしを手に入れるためにも、やらなければならない……」

 「はい……」

 「午前1時くらいに迎えに行くから準備しといて」

 「何か買っておくものありますか?」

 「……じゃあ、包丁とノコギリを一本ずつ、あとミキサー一台とレインコート三着用意出来る?」

 「わかりました。まだお店、開いてるんで大丈夫です。」

 「では1時に……」

 「はい……1時に」

 

 私も急いでホテルをチェックアウトして道具を揃えないと。




 

 2021年3月25日 午後11時

 紫花女学院高等学校 エレベーター内

 松木琴子

 

 痛いよ……痛いよ……

 目が覚めた直後にエレベーターの電源切れたから真っ暗で怖い……いつまでこうしていればいいの?早く……早く……誰か来て……寒い……

 

 チンッ

 

 あっ……電源入った!

 

 「松木?起きてる?」

 「ンゴンゴ……」

 「起きたのね。あーごめんね、口塞いでるから話せないね」

 「フンフン……」

 「喉乾いでしょ?今、ガムテープ取るからコーヒーでも飲んで……」

 

 ベリベリベリベリ

 

 「ふぅ……」

 「はい!コーヒー飲ましてあげる」

 「あっゴクゴク……」

 「どう?大丈夫?飲めた?」

 「はい……高梨部長酷いです!なんでこんなこと!私、部長も水田も絶対許しませんから!覚悟しておいて下さい!」

 「うんうん…そうよね。少しは堀田さんや葵ちゃんの気持ちわかった?」

 「はぁ?……」

 「まだわからないよね。これくらいじゃ…これからわかるよ……」

 「……何?あれ?グラグラする……」

 「いいのよ。眠って……お疲れ様」

 「…………」

 

 あれ?あれ?あれ?コーヒーだ………………

 

 「水田さん、カート」

 「はい」

 「乗せるよ。重いから気をつけて、せーの!」

 

 ドンッ

 

 「ほんと重いね。ふぅ」

 「はい……重い……これ車に乗せるの大変ですね」

 「うん……けどなんとかやるしかないでしょ」

 「そうですね……火事場の馬鹿力ていうし何とかしましょう」

 「そうね!」

 

 ガラガラガラガラガラガラ……

 

 「じゃ後部座席に……」

 

 「トランクに置いてる毛布ですっぽり包みましょう。途中で誰かに見られるとまずいから」

 「そうですね」

 

 ガサガサゴソゴソ……

 

 「これで、大きな毛布のかたまりにしか見えないかな?」

 「うーん…少し大き過ぎるような…」

 「……仕方ないわ……」




 2021年3月25 午後11時20分

 紫花女学院高等学校

 高梨美佳

 

 なんとか松木を車まで運ぶことができた。次は……

 

 「水田さん、運転出来る?」

 「はい、一応」

 「じゃあ少しだけお願い。私は後部座席で松木のスマホでやらないといけないことがあるから、終わったら交代するね。松木のスマホ出して」

 「あっはい」

 「それじゃ車出して。私は門を閉めてロックするから」

 「はい」

 

 キーガシャン

 カチャ

 

 「じゃあ出発しましょう」

 「はい……」

 

 右手の親指だったかな………

 正解!ロック解除できた!

 先ずは、会社に今日付で退職願をメールして、そうそう書面では高梨部長に渡してあります。っと、後で松木の退職願を作成しないと!

 次は、音声ファイル……あった!これを私宛に送信……出来た!

 これは保険だ。万一水田か葵ちゃんの気が変わり松木殺しが失敗に終わった場合、この堀田さんの音声をネタに松木を脅迫できる。松木には私の前から消えてもらう。とはいえ、松木を生かしておいては安心して生活することは不可能なので死んでもらうに越したことはない。

 

 松木のスマホは堀田さんのと同じように壊して廃棄すればいいだろう。電源は念の為、切っておこう。

 

 「水田さん、そこのコンビニに入って、運転交代するわ」

 「はい」

 

 「水田さんは後ろに乗って、松木が目覚めないか見張ってて、もし目覚めたら……どんな手を使ってでも大人しくさせて」

 「……はい……」

 

 通常の三倍量の睡眠薬飲んでるから、簡単には起きないと思うけど……

 

 《1:00》

 ようやくここまで来た。疲れた……葵ちゃんに連絡しよう。それにしても、水田…速攻で寝たな……松木が起きなかったからよかったものの、ほんと役立たず……鞄、大事そうに抱き抱えて、あの水田のボロボロの鞄から例の匂いがする……アレ持って来たんだ……松木の鞄から盗んだんだ……金になると思って……

 

 プップッルルルルル……

 

 「葵ちゃん、あと10分ほどで着くから……」




 2021年3月26日 午前2時

 丸抜小学校 廃校跡地

 葵

 

 「はぁはぁはぁはぁ……」

 「ふぅふぅふぅふぅ……」

 

 なんとか松木を運び込めた……

 校舎まではカートで運べたが、古い建物なのでスロープなどというものは無く、入口からは三人でなんとか一番近くにあった理科室に運び入れたが……頭側を持っていた水田さんが二度も落とすから…松木が起きたんじゃないかとハラハラしたけど…ほんとこの人使えない…高梨も呆れて『道中ずっと寝てただけなのに、なんでそんな失敗ばかりするの?疲れてないでしょ!』って言ってたなぁこんな人と人生かけた大勝負一緒にして大丈夫かな?

 

 「水田さん、急ぎましょう」

 「ふぅふぅふぅ……はい……ふぅふぅ」

 

 ほんと大丈夫?

 高梨は松木を運び込んだ後、すぐに車に道具を取りに行った。その間にブルーシートを広げてその上に松木を寝かすように言われたので、その作業を水田としているのだけど…水田…やる気あるのかなぁ?

 

 「水田さんちゃんとしてください!」

 「……はい」

 

 まったく……

 

 「葵ちゃん、準備できた?道具持って来たよ」

 「はい……今、ようやく終わりました」

 「うん!いいね」

 

 「誰からする?」

 

 ここまでの車中で殺害方法は決めていた。私たちができる現実的なものは刺殺、絞殺、撲殺くらいかな…ということで話し合った結果、刺すのはたくさん返り血を浴びそうなので却下。絞め殺すのは顔を見ることになって気持ち悪いので却下。ということで撲殺することにした。撲殺なら毛布の上から出来そうだし、顔を見ることも無く、返り血を浴びることも無さそう!ってことで。それに毛布の上から順番に殴れば、誰の一撃が決定打になったかわからないので、少しは罪悪感が和らぐのでは、という今更…な考えから。

 

 殴る道具は理科室にあった鉄パイプ…そう私が殴られたヤツ……

 

 それで今から順番を決める。

 

 水田「五十音順にしませんか?」

 

 なに?私が一番じゃない!

 

 私「いやいや、年齢が上の人からにしましょう!」

 高梨「それじゃ平等じゃないわ。ジャンケンで決めましょう!」

 

 と……なかなか決まらない……電気はもちろんつかないし…それより外からご近所さんに気付かれても困るので懐中電灯の使用も控えようってことで月明かりだけを頼りに、かれこれ10分ほど揉めている……もう私が一番でいいかなぁと考えていたとき……

 

 私の向かいで松木に背を向けていた水田の後ろに大きな影が……

 

 「……水田さん!」

 「え?」

 

 ガンッ!

 

 ………………!松木?

 

 「アッハハハハハーー馬鹿じゃない?いつまでもグチグチと、おしゃべりしてるからぁ、うふぅ」

 

 高梨が急いで懐中電灯をつけると…

 

 「水田さん……」

 

 そこには頭部の右半分を大きく陥没させた水田が横たわっていた……




 2021年3月26日 午前2時20分

 丸抜小学校 廃校跡地

 高梨美佳

 

 「水田さん……」

 

 葵ちゃんが呟いた……

 

 「どうして?なんで?」

 「部長〜馬鹿ですか?頭から2回も落とされて起きない人います?それに手足、ガムテープで縛られてても歯が使えたんで!コーヒー頂いたあと口塞ぐの忘れてません?アハハハ……おかしぃ〜」

 「松木……あんた3階から落ちて何ともないの?」

 「痛いですよぉ!頭から血も出てたし、腕も脚も背中も筋肉痛?みたいな感じぃ?」

 「動けるの?」

 「はぁい!おかげさまで」

 「……」

 

 化け物……こんな奴に勝てるはずなかったんだ……

 

 ゴソゴソ……

 

 水田?動いてる!生きてる!這って逃げようと?

 

 「あれぇー水田、まだ動いてるーアハッ」

 「ヒッッーー」

 「アハハハゴキブリみたいーー潰しちゃえ!えいっ」

 

 グシャ!グシャ!グシャ!

 

 「ほんと、こいつ最低〜死んでからも汚ったないなぁ。部長知ってますぅ、水田って紫花女の新しい本、盗んで売ってたんですよぉ。それにぃさっきから思ってたんですけどぉ水田の鞄から例の匂いしません?多分、堀田の指輪、私の鞄から盗んで売る気で持ってるんだと思うんですぅ私もキラキラして綺麗だからもらったけど…指の骨?肉?が指輪に巻きついて取れないし臭いし、もう要らないと思ってたんでぇいいですけどね〜」

 「松木、これを聞いて!……『私……《堀田佳奈》は………………』そう堀田さんの音声よ、あなたのスマホから私に送信したの!私に何かあればこれが公表されることになるわ!」

 「プッ高梨部長〜そんな嘘、信じませんよぉ子供騙しもいい加減にしてくださいよぉ」

 「ほ、ほんとよ!松木……私たちをどうするつもり?」

 「もちろん……部長には死んでもらいますよぉこうして!」

 

 そう言うと松木は……

 

 ゴン!グシャ!ガンッ!グシャ!グシャ!……

 

 へっ?…………あー私……死ぬんだ………………




 2021年3月26日 午前2時45分

 丸抜小学校 廃校跡地

 葵

 

 高梨が死んだ……

 

 何も出来なかった……声すらあげられなかった……怖かった……松木が怪物に見えて、ただただ恐ろしかった……

 

 高梨は……

 

 デブでブスで陰気で意地悪でお母さんのこと邪険に扱って、会社の為に人殺しの片棒担いで……

 嫌いだった……大嫌いだった……

 あんなに優しいお母さんがいるのに自分は不幸だって態度がイラついた……

 

 でも……でも……

 

 私の命を救ってくれた、折れた腕や脚を元通りにしてくれた、住む所を与えてくれた、お母さんの美味しいご飯を食べさせてくれた、私の生い立ちを黙って聞いてくれた……

 『葵ちゃん痛い?無理しないで私がするよ』

 『葵ちゃん、よかった!元通りに治るって!』

 『葵ちゃん、お母さんの料理美味しいし栄養たっぷりだからいっぱい食べて早く良くなってね』

 葵ちゃん……葵ちゃん……葵ちゃん……

 

 『葵ちゃん、一緒にいられるのは明日が…日付け変わったし今日か…が最後になるかもしれないからこれ持って行って。ごめんね少なくて、今はこれしか用意出来ないけど、ほとぼりが冷めたら、またお母さんのご飯食べに来て。《堀田佳奈》の分まで生きて、幸せになって』

 

 と言って渡された封筒には50万円入っていた……

 

 その人を松木は……まるで虫けらのように……

 

 殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……

 

 「うっわぁぁぁぁぁーーーー」

 

 私は松木を解体する為に用意した包丁を掴んで松木に振りかぶった……

 

 松木と目があった……笑っていた……鉄パイプを構えて……あぁやっぱり……私も殺されるんだ……



理科室 final

 

 全てはここから始まった……そして……終わる……

 

 やっと逢えた……

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