第二章 【エピソード2 狂気の序章】

 2021年1月4日 午後8時

 居酒屋 WAGA

 千房海人

 

 はぁ……結局今夜も一人か……

 高梨部長も今日くらいこっちで休んで行けばいいのに。ホテルの部屋引き払ったからって…俺の部屋に泊まればいいのに、狭いけど1泊くらいならどうにでもなるだろ…あれ?俺なんでウシブタ部長のこと恋しがってんだ?寂しすぎておかしくなってるな…ダメだダメだ!

 

 それより、堀田ちゃんだよ。あの真面目なこがどうしたんだろ?婚約者が怪しいな!きっと俺のこと堀田ちゃん「すごいイケメンで優しい上司がいるの」とか婚約者に話したんだな!うんうん。それで嫉妬した婚約者が「もう会社に行くな!」ってなったに違いない。

 しかし…堀田ちゃん寿退社するなんて聞いてなかったぞ、誰も教えてくれなかったし…俺、クリスマス・イブ誘っちゃったじゃないか…いい恥晒しだな。トホホだよ。

 

 あと20日間ほど一人ぼっちだな。けど高梨部長の代行だししっかりしないと。今までみたく手は抜けない。頑張らないと。そしたら本社に帰ったとき高梨部長に惚れ直されるの間違い無しだ!あれれ?……

 

 高梨部長、今頃どの辺だろ?高速飛ばして往復10時間か…可哀想に…事故らなきゃいいけど…心配だな…




 2021年1月5日 午前0時

 丸抜小学校 廃校跡地まるばつしょうがっこう はいこうあとち

 高梨美佳

 

 精一杯飛ばしたけど、日付け変わってしまった。

 お腹すいた…夕飯、やっぱり菓子パン5個じゃ持たないわ。運転しながら食べれる物てパンくらいしか思いつかないし、仕方ないけど…お腹すいた…。

 

 バンッ

 ドタドタドタドタ……

 

 母校と言えど夜は気味悪いわ。何度来ても…

 まずは理科室、理科室、懐中電灯を車に置いてて良かった。

 

 ドタドタドタドタ……

 

 あった理科室!

 

 ガラガラ

 

 「堀田さん…堀田さん……」

 いない?

 「堀田さん……」

 

 ドンドンドンドンドン

 ドスドスドスドスドス……

 

 来た……逃げる?隠れる?どうしようどうしよう……

 

 「はぁーはぁーはぁー……部長、高梨部長〜」

 「…………」

 「あれ?あはは、隠れても無駄ですよぉ車、前に止まってるの見たし、馬鹿ですねっうふっ」

 

 カサッ

 

 「松木…どうして…」

 「あー車ですか?今夜は長丁場になりそうなんでバスで来たんです!それにしても部長がこんなに遅いなんてぇ待ちくたびれて寝てしまいましたよぉうふっ。部長のあの重そうな足音で目が覚めて良かったですぅ」

 「……」

 「あっ車じゃなくて?あーあのスナックの女ですねっ。あの女には残念ながら逃げられてしまったみたいでぇ、実は高梨部長が東京から電話してきたとき止められたけど、もう少しいためつけよって思って鉄パイプで腕ちょっと殴って、疲れたからペットボトルの水置いて帰ったんですよぉ。次の日土曜だったからまた明日来よって思ってたんですけど…その朝…うっっ…ぢぼぅがぢょうに…エッッグッエグッ…………」

 

 いや、そこでもないけど。何で私が来ると思って待ってたの?ってとこだけど。

 それにしても…松木…馬鹿すぎる…水置いといたって両腕折っといてペットボトルの蓋どうして開けるんだ?

 それより堀田さんは?ここには居ないの?松木じゃないなら良かったけど…

 

 「びどぃごどいわれてぇエグッ……ズズッぞれでぇ土日わぁ泣いでぇ寝でぇカップ麺食べでぇ……ぞれでぇ…げづようびの夜にぎだんでずげどぉ、あの女いなぐでぇ…あじ折っどいだがら逃げられないとぉ、おぼってだのにぃ〜ゔぐっ」

 

 あんな重症負わせて逃げられる筈ないのに…馬鹿すぎる…好都合だけど…

 

 あの日、松木との電話のあと嫌な予感がしてすぐに東京からこっちに向かったのは正解だった…危ないところだった…

 

 あれは……去年の12月25日……千房を嵌めた日……



 始まりの日

 

 2020年12月25日 午前1時

 ホテル ME

 高梨美佳

 

 「はぁーはぁーはぁーぜぇーぜぇー……」

 

 ドサッ

 

 重ーーぜぇーぜぇーやった……なんとか…運べた……ふぅふぅふぅ……

 

 千房、酒弱すぎ……まったく……

 まぁなんとかホテルに連れて来れたし、後は裸で横に寝てれば関係を持ったと勘違いするだろ。これだけ泥酔してれば…

 

 これでまず手始めに、千房に300万の借金と、私と大人の関係があると思いこませればある程度は自由に利用できる。あとは千房を使って松木をとことん、容赦なく、完膚なきまでに傷つければミッション成功だ。ウッシシ……松木の泣き顔が楽しみだわ!

 

 千房の服は全部脱がしたし……あとは…

 

 チリリーンチリリーンチリリーン……

 

 電話だ。こんな時間に誰?

 

 松木?!

 

 「もしもし…」

 「高梨部長!松木ですぅ」

 「なに?こんな時間に?」

 「実はぁ今、高梨部長の母校の廃校に来ててぇ」

 「はぁ?」

 「あのスナックの女、上手く呼び出せてぇ…前に話してたじゃないですかぁ高梨部長、考案の作戦!あれを実行しようと思ってぇそれでぇ千房課長に何度も電話したんですけど…出なくてぇ……」

 

 そりゃそうだ……ここで酔いつぶれてるもん……

 

 「それで、葵ちゃんは?」

 「今は理科室にいますぅ標本とかあって怖そうかなぁて思ってぇ」

 

 「でも…どうやって呼び出したの?そんな簡単に着いていくじゃないけど…」

 「え〜と、スナックの前で待ち伏せしてぇ『ちょっとだけ来て』て言ったんですけどぉ〜『なんで!?』て来てくれそうになかったんでぇ『高梨部長が話しがあるから会いたがってる。私は近くのコンビニに連れてきて欲しいと頼まれただけだ』って言ったんですよぉ」

 

 しまった!利用するつもりでスナック通ってたのバレてた!葵ちゃんが思ったより賢い娘で少し仲良くなったのが裏目に出た!

 

 「高梨部長〜いつも一人でスナック行ってたの知ってるんですよぉ〜可愛い部下の琴子のために下準備してくれてたんですね!琴子感激ですぅ」

 

 勘が鋭いのか鈍いのか……不気味だわ……

 

 「そしたらあっさり着いてきて、『高梨部長待ってる間、コーヒーご馳走するから車で待ってて!』って言ってぇコンビニコーヒー買ったついでに母がいつも飲んでる睡眠薬サッサと入れてぇ渡したら『どうも』って無愛想に言ってぇのんだんですよぉアハッ、それでぇ廃校に連れて来てぇとりあえず逃げられても嫌なんでぇ手足、ビニールテープでグルグルにしてぇ起こしてぇ千房課長に電話したんですぅずーっとかけ続けてるんですけどぉ全然出なくてぇ……琴子どうしていいかわからなくなったんで高梨部長に電話しましたぁうふっ」

 「松木、聞いて!葵ちゃんは千房のことすっごく嫌ってるの!あなたのライバルじゃないのよ。このままだと大変なことになるからすぐにグルグル巻取って、家に送ってあげて!今夜の事態の説明とお詫びは改めて高梨がお店に伺いますって伝えて!わかった?あなたは葵ちゃんを送るだけ!もう何もしないで!」

 「え〜つまんないぃ〜」

 「言う事聞いて!絶対よ!明日また話しましょ」

 「え〜まぁとにかく明日ですねぇはぁ〜い」

 

 松木……大丈夫かな?ちゃんと送っていくかな?今からタクシー飛ばして行くか!?でもその間に千房が目覚めたら?それじゃせっかく上手く行ってた計画が無駄になってしまう……次にこんなチャンスが巡ってくるのは何時いつになるか……

 

 松木も現状どうしたらいいか途方にくれて電話してきたようだし、とりあえずは私の指示に従うだろう。ここで慌てても始まらない、今夜出来ることはやったと思おう。




 2020年12月25日 午前9時

 人材派遣会社ビブリオ 本社

 高梨美佳

 

 「松木、おはよう」

 「おはようございますぅ、高梨部長〜」

 「ちょっとあっちで話そ」

 「はぁーい」

 

 「千房課長、ちょっと待ってて」

 「あっ高梨部長、はい」

 

 「松木、あの後どうした?」

 「え〜逃げられないようにして帰りましたよぉうふっ」

 「……えっ?どういうこと?まだ帰してないの?まだ廃校にいるの?」

 「そうですよぉ〜」

 「どうして!私、家に送るよう言ったよね!どうして…」

 「だってぇあの女ぁ〜私のこと頭おかしいとかぁ言ってきてぇすっごく腹が立ってぇ……大人しくさせよーと思って落ちてた鉄パイプで足殴ったらぁますます騒ぐからぁ……面倒になっちゃってぇ帰りました〜それにぃ私、理系女子なんで理科室だしぃちょっと実験とかもしたいかなぁって」

 

 ゾッ……実験て……一体何する気?

 

 「駄目よ……絶対駄目、今日は早退していいから早く帰しなさい!」

 「え〜」

 「いいからそうして!後のことは私がちゃんとフォローするから!」

 「……はぁ〜い……」

 「じゃ絶対よ!私は今から東京支社に行くから。仕事終わったら電話するから!」




 2020年12月25日 午後6時

 ビジネスTOKI 301号室

 高梨美佳

 

 「……うん。わかった。今日は疲れたから私は部屋でゆっくり休むね。おやすみなさい」

 

 ピッ

 

 松木に電話しないと。

 

 プップップルルルルル……

 

 「あっ松木?葵ちゃんは?……えっどういうこと?……とにかく早く帰して!今すぐ!……もぉ何言ってるの?!いいから早く!早く帰しなさい!」

 

 プッ

 

 どういうこと?まだ帰してないの!あいつ…一体何する気?また実験とか言って…まさか殺す気?!そんな……何としてもとめないと!今からすぐに地元に戻れば…11時30分までには着ける…明日は土曜日だし…とにかく行かないと!




 2020年12月25日 午後11時40分

 丸抜小学校跡地

 高梨美佳

 

 理科室…理科室…あった!

 

 ガラガラ…

 ドタドタドタ……

 

 「!!…葵ちゃん!」

 「……」

 「葵ちゃん、葵ちゃん」

 「ぁ……高梨さん……水……」

 

 水……これ!?

 

 「はい。飲んで!」

 「大丈夫?って大丈夫じゃないね……ごめんなさい……私の部下が酷いこと……」

 「ゴクゴク……ゴホッ」

 「救急車呼ぶね」

 「…待って…私…ほんとは17歳なの…保険証無くて…病院行けない…」

 「大丈夫よ、もちろん私がお金払うから」

 「違うの…親に連絡されたくない…」

 「…わかった…台車持ってくるね。ちょっと待ってて」

 

 ガラガラ……

 

 「…自分で乗れる?」

 「…無理…足も手もグラグラで…力入らない…」

 「……じゃあ私が脇から持ち上げるからお尻乗せて。」

 「いくよ!せーの!」

 

 ドサッ

 

 「…つぎは足上げるね。かなり痛いかもだけど頑張って!いくよ!」

 「!!……」

 「大丈夫?」

 「……うん…」

 「じゃ車まで運ぶね」

 

 ガラガラガラガラ……

 

 「狭いけど少しの間、我慢してね。ごめんね。知り合いの整骨院の先生に電話してみるね」

 「……はぃ」

 

 プップップップルルルルル……プルルルルル……

 

 「やっぱり出ない……こんな時間じゃ仕方ないか……」

 「葵ちゃん、明日まで我慢出来る?無理ならこのまま救急病院に行くから」

 「……大丈夫です……我慢出来ます……」

 

 チリリーンチリリーン……

 「もしもし…あっ先生、夜分遅くにすみません。実は知り合いが骨折してしまって……すごく酷いんです。保険証が無くて救急病院には行けないので……こんな時間にご迷惑なのは重々承知なのですが診てもらうこと出来ませんか?」

 

 「ありがとうございます!あと15分くらいで着きます」

 

 「よかった……整骨院の先生が診てくれるって……」

 「はぁはぁはぁ……あ、ありがとうございます……」

 「……お礼なんて言わないで……」

 

 ほんとごめんなさい……




 現在


 2021年1月5日 午前0時10分

 丸抜小学校 廃校跡地

 高梨美佳

 

 「ぢゃんど、ぎいでぐだざいよぉー高梨部長〜なにボーど、じでるんですが。ぞれでね、ぢぼゔがぢょゔがね、ゔぐっ」

 「ごめん、考えごとしてた。わかった…聞くから鼻かんで、何言ってるかわからないから…」

 「あい…ブーーッブーッ」

 

 「これでいいですかぁ」

 「それと普通に喋って!出来るでしょ」

 「はぁーい」

 

 「高梨部長、それでね千房課長が私のことブスとか臭いとかキモいとか……もう連絡してくるな!とか言うんですよぉ……で……なんでぇ……あと……ですよね……だか……」

 

 堀田さんは?ここに居るの?この調子だと自分の話したいこと全部話終わるまで、こっちの質問には答える気ないよう……

 

 葵ちゃんはなんとか助けられてよかったけど…

 

 葵ちゃん、かなり骨折が酷かったから今のままじゃ後遺症が残るって接骨院の先生も言ってるし、ちゃんと整形外科に連れて行かないと…どうしたらいいだろ…17歳であんなどう見ても訳ありの怪我、病院から通報されるかな…でもまだ17なのにこのままにして曲がった手足で生きて行くのは可哀想だし…

 

 松木まだ千房のこと話してる…長いな…

 

 葵ちゃん、松木からまた狙われるかもしれないから今はうちのマンションの近くのウィークリーマンションに匿ってるけど…早く自分のアパートに帰りたがってるし…この機会に松木を説得して、葵ちゃんに二度と手出ししないよう言い含めないと。

 

 堀田さん…心配だけど…葵ちゃんのお世話を考えると東京に行けない理由出来てよかったのかなぁ。母に頼むしかないと思いながら、まだ言い出せてないし。それも堀田さんが無事ならの話しだけど…

 

 それにしても……松木……長い……

 

 「ちゃんと聞いてますぅ高梨部長〜」

 「うん…聞いてるけど」

 「それで〜私、考えたんです!誰かが千房課長に酷いこと言わせたんだと!それは誰か?」

 「う〜ん…違うと思うけど…」

 「違わないですよ!だって千房課長が自分の意思で私にそんなこと言うはず無いですもん!」

 「……」

 「それで犯人は《堀田》だって気づいたんです!」

 「……なんで!?堀田さんが?堀田さんもうすぐ結婚するのに…なんでそんなことする必要あるの?」

 「もぉ高梨部長は鈍いなぁ、そんなだから一生独身決定なんですよ!」

 「…………」

 

 お前もな……ふっ

 

 「だからぁ《堀田》てぇめちゃめちゃブサイクな男と結婚目前のめちゃめちゃブサイクな女じゃないですかぁ。だからぁ美男美女の千房・松木カップルに嫉妬ぉしてぇ、退社する前にこのカップル壊してやる!的な〜ほんっと根性悪いですよねぇーそれで千房課長にぃ『松木さんて、あのビジュアルと雰囲気を武器にいろんな男、たぶらかしてるんですよぉ酷いですよね、私なら千房課長みたいな素敵な彼氏がいたら絶対浮気なんてしないですよぉ』て言ったに間違いないです!そしたら千房課長が『琴子はそんな女じゃない!俺たちはお互い愛し合ってるんだっ』って…うふっ。それでそれで、堀田が『じゃあ、試してみたらどうですか?私の言ってることが本当なら千房課長が松木さんに酷いこと言ったら、すぐに別れる!ってなるはずですよね。それでも千房課長に松木さんが着いてくるなら2人の愛は本物です……自信があるなら酷いこと言ってみて下さいよぉ』って言って…千房課長が私に酷いこと言ったに至る…だと思うんですぅ」

 

 こいつ……阿呆か?妄想がすぎる……呆れて言葉も出ないとはこのことだ!

 

 「松木、妄想もいい加減にしな…そんな訳ないだろ…」

 

 「まだ続きがあるんですから高梨部長は黙って聞いて下さいぃ〜」

 「……」

 「それでぇ、気づいた私は年内最後の勤務日に《堀田》に、『堀田さん、結婚するんだっておめでとう!堀田さんとはあんまり2人で話す機会なかったから最後にゆっくり話したいけど…来月末だと堀田さんも忙しいだろうし…今日これから少し話さない?家まで車で送るよ!帰り道にゆっくり話せるよね』って言ったら堀田、喜んで『はい!ありがとうございます!明日から彼氏の実家に行く予定で準備があるんで、あまりゆっくり出来ないですけど帰り道にお喋り出来るのはとても嬉しいです!』って着いてきたんですよぉ、なんで途中のコンビニで『コーヒーご馳走するよ』て…あのスナックの女と同じ手使っちゃいました!えへっ」

 「まさか……堀田さんもここに居るの?」

 「居ますよぉ〜うふっ、4階の音楽室に!アーハハハハッハーハハハッ……」





 音楽室 2

 

 最初、目に入ってきたのは大きく広げられたブルーシートだった…

 

 夜の薄暗い海にたゆたう…赤と白で出来た…壊された人形…ゆらゆら……ゆらゆら……

 

 ドサッ

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