第一章【エピソード3 動き出す歯車】

 2020年12月25日午後6時

 ビジネスホテル TOKI 202号室

 千房海人


 どうしてだ?どこで間違えた?予定ではスナックホワイトの葵ちゃんか堀田ちゃんと朝を迎えて、また夜、会う約束をして…

 しかし、今はどうだ?ウシブタ部長のセクハラに怯えながら、小汚いビジネスホテルの一室で震えてる…これは現実なのか?


 どこで間違えた?どこでどこでどこで……


 俺は田舎の、のどかで自然豊かな街で高校まで過ごした。海がそばにあり海人と名付けられた。持って生まれた甘いマスクのおかげで、中学高校と女には不自由しなかった。だが両親共に馬鹿がつくほど真面目で平凡で、毎日がつまらなかった。大学は地元から離れたい一心で、都心のFランク校になんとか入学したが、俺の自信は砕け散った。中学高校であんなにモテた俺が、都会では、ただの冴えない大学生に過ぎなかった。それから俺は、周りのイカしてる奴や人気のある芸能人を参考に研究に研究を重ねて、そこそこ可愛い彼女もでき、意気揚々と社会人となったが、ここでまた挫折を味わう。

 元来の女好きと怠け癖は、そうそう治るものでもなく、否、俺ほどの男が治す必要もなく、いろんないい女とアバンチュールを楽しむうちに、気づいたら数社のクレジットカードは限度額いっぱい、大学時代の彼女は去り、アバンチュールを一緒に楽しんだはずの、いい女たちも、いつしか連絡取れなくなっていった…いい女と付き合うには、とにかく金がかかるのだ。ボロボロに傷ついた俺に、カード会社からの怒涛の督促電話が追い討ちをかけ、勤務先を退職し、故郷へ帰り、再就職したのが、今のビブリオだ。それからの5年間、俺は、この田舎街で自信を取り戻し、安月給ながら金づるを手に入れ、田舎街のいい女とアバンチュールを楽しみ、順風満帆の人生を送っていたというのに……


 あっ電話…ウシブタ部長かな……嫌だな……違った!田中だ!


 「もしもし、おー田中〜」

 「千房、晩飯もう食べた?まだなら1杯どうだ?」

 「もちろん行くよ!」


 ウシブタ部長に一応連絡しとくか!

 

 プップルルルルル……

 

「……あっ高梨部長、お疲れ様です。千房です。はい。はい。ところで、これから田中と食事に行くことになりまして……はい…そうですね。お疲れ様でした。おやすみなさい」


 やったーあのウシブタ部長でも、疲れることあるんだなぁ、とにかく今夜は自由だ!この積もり積もったストレスを解消するんだ!東京の夜を満喫するぜぃぃぃぃぃ




 2020年12月25日 午後10時

 アパートIS 106号室

 松木琴子

 

 ガチャ

 

 ふぅ…疲れた〜今日は見切り品がいっぱい買えた!えっとぉ……唐揚げ弁当、いなり寿司、オムライス、あとシュークリーム、プリンと、これは今日の晩御飯!明日と明後日は土日でお休みだから、カップ麺を念の為10個と!

 

 はぁ食った食った…ゲフッ

 午後10時20分か、そろそろ千房課長に連絡しないと心配するわね。うふふ

 メッセージはいっぱい送ったけど、えっと…15件か!返信ないなぁ忙しいのね。愛する琴子に連絡も出来ないほど、こき使われて可哀想。けどこの時間なら流石に仕事してないでしょ。電話電話…

 

 リーンリーン……

 

 千房課長から!?

 ちぇっお母さんだ…

 

 「もしもし、なにぃ」

 「あっ琴子、あんた正月休みはどないしよるん?帰りよるやろ?」

 「うん、帰るつもり〜じゃけん12月31日から1月3日までしかないんよ。なもんで31日の夜に帰るつもりやけん」

 「わがっだ。待ちよるけんね。ところで、あんた彼氏はどうなりよるん?正月休み一緒に帰ってこんね?」

 「千房課長、しばらく東京なんよ。そやけん、無理やと思うけんど、一応聞いてみる」

 「はいはい!」

 

 ピッ

 

 わたしも年明けると29歳だし親も急かしてくるわ。千房課長は…来年43歳かぁ…そりゃ焦るよね〜こんなに若くて可愛い彼女、早く結婚しないと心配で心配で…と、その割に連絡してこないなぁ?仕方ないこっちから電話してやるか!

 

 プップルルルルル……ルルルルル……ルルルルル……ルルルルル………………『おかけになった電話番号はお出になりません』

 

 出ない…疲れ果てて寝ちゃったのかなぁ?仕方ない…明日また電話しよ…

 でも、なんか心配…まさか高梨部長と…有り得ないと思うけど、高梨部長にも電話してみるか、念の為…

 

 プップルルルルル……ルルルルル……

 

 あれ??出ない??なんで?まさか?まさかまさかまさか……

 

 ルルルルル……ルルルルル…………




 2020年12月26日 午前11時

 ビジネスホテル TOKI 202号室

 千房海人

 

 リリリリリリリリ…………

 

 リリリリリリリリ…………

 

 リリリリリリリリ…………

 

 うっさいなーー誰だよーーしつこいなーー

 朝まで飲んで二日酔いなんだよーー

 あ〜頭痛えーー

 

 「…はい……」

 「千房課長!琴子です!やっと繋がった!」

 

 最悪……松木だ……

 

 「何の用だよ…土曜日だぞ…」

 「昨日の夜から電話してたんですけど、全然繋がらなくて…メッセージも何度も送ったんですけど……」

 「あ〜同期の田中と飲みに行ってたんだよ、てかなんでお前に連絡しなきゃいけない訳?」

 「なんでって…だって私…だって……」

 「なんか勘違いしてるみたいだから、この際はっきり言うけど、お前と俺は何の関係も無いだろ!ただの上司と部下!それだけ!」

 「うそ……なんで?そんなこと……高梨部長に何か言われたんですか?社内恋愛禁止とか?そうなんですね!部長…酷い!」

 「お前さぁ……こっちこそ、なんで?だよ!ほんっと、気持ち悪い女だな!とにかく、二度と俺と付き合ってるみたいなこと人に言うなよ!お前と俺は上司と部下!それ以上でもそれ以下でもないの!個人的な連絡も二度としてくんな!」

 「えっ??どういう意味ですか?わたし達もうすぐ結婚するんですよね?お金もだいぶ貯まったから!ですよね!」

 「もういい加減にしてくれよ…お前の妄想にはうんざりだよ…気持ち悪いよ、ほんと……お前さぁ、この際だから言うけどすっごくすっごくブスなんだよ!それにデカいし…かなり体格のいい男並じゃん!アハハ……それから臭いんだよね!お前さぁ3日に1度くらいしか風呂入って無いだろ臭うんだよ!だから顔もでき物だらけなんだよ!少しは身だしなみに気をつかえよ!せめて清潔にしろよ。」

 「……」

 「それと、お前が勝手に結婚資金と思ってた金、違うから…お前が迷惑かけてる社員たちに俺が上司としてフォローのために飯連れて行ったりする軍資金だから。けどお前とは今後一切関わりあいたくないから、来月からはいらないよ。そのかわりお前のフォローも一切しないからな。じゃあな!二度と電話してくんなよ!」

 「待って!待っ……」

 

 プツ…プープープー

 

 ふぅ…言ってやった!ハハハハハ……スッキリーー新しい金蔓出来たから松木はお払い箱だ!ほんっと気持ち悪い奴だった〜これであいつも会社辞めるだろ。辞めなけりゃウシブタにパワハラさせるか〜ヒッィィーヒッヒヒヒーーアハハハハハ……




 2020年12月26日 午前11時05分

 アパートIS 106号室

 松木琴子

 

 プープープー……………………

 

 うっうっ……酷い……なんで……そんな酷いこと……そんな訳ない……あの優しい千房課長が…あんなこと言うなんて有り得ない!信じない!……もしかして誰かに言わされてる?そうだ!それしか考えられない!いったい誰に…?誰?誰?……




 2020年12月28日 午後5時

 紫花女学院高等学校 図書室

 水田恭子

 

 はぁ終わった〜明日から休みや!疲れたわぁそやけどこの仕事、思ってたより大変やわ。司書資格持ってるって嘘ついて働いてるけど、ほんまはそんなん持ってへんし…専門的なことは松木さんに任せたらしてくれる思ってたけど、なぁんもしてくれへんやん。最悪や……

 まっ考えても、しゃあないわ。仕事せんでも首にはならへんし、気楽に行こ!

 

 それより、家の家計やわ!もう限界や……旦那はリストラされて再就職、全然決まらへんし長女はなんとか大学進学したものの、引きこもりになって3年…長男は来年高3やし、受験生でお金かかるし……大学進学決まったら、またまたお金かかるし……どうしよ……

 

 ここの(紫花女学院高等学校)図書室で休まず真面目に働いても月12万円ほどにしかならへんし、内職のシール貼りを合わしても13万円程度や……旦那の失業保険もそろそろ終わるし、このままじゃ息子の進学どころか生活もしていけへんわ!しゃあない何冊か新しい本持って帰って売ろ!ばれへんやろ!



理科室3

 

 はぁはぁはぁはぁ……

 腕が痛いよ……喉が渇いた……水…水…水…

 ここにあるのに…蓋が…骨が折れてるの?痛くてぐにゃぐにゃでペットボトルの蓋が開けられない……なんとか…なんとか…痛くてもなんとか…水飲まなきゃ…死んじゃうよーー

 ぐにゃぐにゃで動かない…どうにか…なにか方法は…

 

 あいつ…許さない、絶対許さない!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!

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