第16話 イーサンをふるぼっこにしました(前編)

 「覚悟はいいにゃ?」

 「準備は大丈夫ですか?少年!」


 バイブリーの正門前まで来ると、リンさんとアンナさんが待っていた。

 この2人が今回行われる【決闘】けっとうの立会人だ。


 ライラをはじめとする部外者は観戦を許されていない。


 「はい。イーサンは?」

 「先に平原で待っているにゃ。というより、準備をしているという方が近いかにゃ?」

 「準備…?」

 「ま、行けば分かるよ少年!」 

 「そうですか…とにかく行きましょう」


 【ショートソード】を引き抜き、暗闇に包まれた平原を歩いていく。


 ー絶対、帰ってきてよね。このままアタシ1人だけずっとこの部屋に残るなんて、そんなの、嫌よ…


 戦う覚悟は、とっくにできていた。



 ****



 「くそ…くそくそくそくそ!なんでレベルが上がらねえんだよぉ!!!」


 バイブリー周辺を取り囲むなだらかな平原。


 その一角に引かれた白線の領域、すなわち今回の【決闘】デュエルのフィールドにイーサンはいた。

 すでに拘束されたものを除いた【高貴なる一団】のメンバー総勢21名も一緒だ。


 イーサンと何かを言い争っている。


 「お前らが平原のモンスターをもっともっともっと狩り尽くさねえから、あいつが来るまでにレベル12になれなかったじゃねえかぁ!この金だけもらって役に立たないゴミムシどもめぇぇぇ!」

 「そ、そんなことを言ったって。この短時間でレベル14まで上がるなんて無理だろ!クエストもないしー」

 「うるせえうるせえうるせえ!エドワード!こいつらを全員ぶった斬れ!」

 「は、はあ!?そんなことは、できません…」

 「じゃあ死ねやぼけぇぇぇぇぇ!」

 「ひいいいいいっ!」


 ほとんど錯乱状態だ。

 要するに、僕が来るまでにパーティーメンバー全員を使って、自分だけレベルアップしようともがいていたらしい。


 こいつが金をばら撒いて他人の経験値をひたする横取りしていたのは聞いている。

 もちろん、資金源は親からねだって得たものだ。


 こんな奴が特権を使って野放しにされていたなんて、嫌悪感しか感じない。


 「も、もうこんなやつについていけねえ」

 「あたしも、もう冒険者なんてやめて故郷に帰る!」

 「何がギボンズ氏の一員だ!とんだ強欲野郎じゃないか!金で買ったアイテムでなんとかしろよ!」

 「て、てめえらどこに行きやがる…おい!エドワードお前まで!」

 「も、もう付き合い切れません!」


 流石に呆れはてたメンバーが1人、1人去っていき、最後に残っていたエドワードと呼ばれる人物も逃げていく。


 イーサンは、あっという間に1人ぼっちになった。




「もうやめろイーサン。見苦しいぞ」

 「ル、ルデル…!」

 「そんなに僕と戦うのが怖いのか。必死にレベルアップなんてして」

 「なっ…!て、てめえこそ何してたんだよ今まで!」

 「ライラと過ごしていた。僕のことを心配してたんでね」


 ーそ、その…アタシとお風呂に入らない?

 ーと、取り消して欲しいなら、アタシに『参った』って言わせることね。


 急にこんなことを言い出したのは、自分のために戦いへと向かう僕を心配していたからだ。

 彼女なりに色々元気づけようとしてくれたのだろう。

 

 気丈に振る舞っていたけど、彼女の体は少し震えていた。


 「何を馬鹿なことを…!」

 「馬鹿はお前だイーサン。これまでの悪行、特にライラを襲おうとしたことを素直に認めろ。そうすれば、牢に入る代わりに傷つくことはない」

 「ふ、ふざけるなぁ!てめえなんかに頭を下げるぐらいなら、死んだ方がマシなんだよおおお!」


 イーサンは激昂し、額の傷を見せる。


 「こうなったら、お前の額につけられた傷の恨み…今こそ晴らしてやる!!!」

 「…いや、そんな傷つけた覚えがないんだけど?」

 「とぼけるんじゃねえ!とにかく、お前は今ここでぶっ殺してやる!」


 よく分からないが、交渉の余地がないことだけは分かった。

 ならばー、




 正々堂々決闘するまで。


 「さあ、そろそろ始めるにゃ!【決闘】デュエルに細かなルールはないにゃ!全力で戦い、どちらかが降伏するか、立会人が勝敗がついたと判断するまで続くにゃ!」


 リンさんが僕とイーサンに呼びかける。

 右手を高々と掲げ、【決闘】デュエルの始まりを準備した。


 「それでは位置について…ルデル・ハート!イーサン・ギボンズ!互いの名誉と誇りをかけて、今こそ…【決闘】デュエル開始にゃあっ!」



 ****



 「くそっ…やってやる!!【チャージ・ショット】!!!」


 先手を取ったのはイーサンだった。

 【三日月の弓】に矢をつがえ、自身のスキルを発動させる。

 

 すなわち、強烈な衝撃波をもたらす【弓兵】アーチャーの戦闘スキル。

 無理に迎撃することなく、紙一重でかわす。


 大した攻撃ではなく、脅威を感じない。


 これならー、




 「はははははっ!何ぼーっとしてんだよぉぉぉ!」

 「何っ!」


 そのまま走り込んで一撃を加えようとした時、イーサンの体は宙に浮いた。

 

 奴のスキルやクラスでは魔法は使えないはず。


 「【ホーミング・ショット】!」


 その答えはイーサンの足にあった。

 白地に羽をあしらったブーツを本で見たことがある。


 「なるほど、空中浮遊効果をもたらす【ホバーブーツ】か。高かったろうに」


 どんなクラスでも短時間空中を飛ぶことができる特殊武器だ。

 その分かなり高価で、中堅クラスの冒険者すら購入するのが難しい。


 「お前を倒すためなら安いもんだ。くたばれやぁぁぉっ!」


 そんなことを考えているうちに、イーサンのスキルで放たれた自動追尾の矢が迫ってくる。


 これは【ショートソード】で撃ち落とした。


 「ちっ!だが、空中から延々と遠距離攻撃されれば、お前といえども手が出せねえだろ!このままヒットアンドウェイでー」

 「できるぞ」

 「あ?」

 「【ブーメラン・ストライク】!」

 「えっ、あっ、ちょっ!?」


 【ショートソード】をブーメランのように回転させながら投擲するスキルを発動した。 

 もちろん奴は避けようとするが、狙いはイーサンの肉体ではない。




 イーサンが履いている【ホバーブーツ】だ。


 「ぎゃあああっ!こ、高度が…」

 「【ホバーブーツ】は強力な効果を発揮するかわり、少しでも傷つけられればその効力を失う。常識だろ?」 

 「この、卑怯ものがぁ…!」

 「卑怯なのは『自らのスキルのみで戦う』というルールを破ったお前だ。観念しろ」

 「ひ、ひいいいいい…」


 イーサンの肉体はみるみる落下し、草原に足を付けてしまう。

 ルール違反を犯した以上、もはやなんの遠慮もいらない。


 【ショートソード】を遠慮なく振るってー、




 「わ、悪かった…」

 「…は?」

 「お、俺が悪かった!今までの罪やお前に対する闇討ちを認める。だ、だから助けてくれぇぇぇ…」


 草原に堕ちたイーサンは、土下座した。




 そこにギボンズ氏のプライドや誇りはどこにもない。

 ただ追い詰められた哀れな小物がいるだけだ。


 「本当だな?」

 「あ、ああ!本当だ!」

 「待ってろ。今そこに行く」


 僕は【ショートソード】を鞘に収め、イーサンの元へと向かう。

 その時ー、





 地面が爆発した。


 

 ****



 「ぎゃははははは!引っかかった引っかかった〜〜〜!ルデルのやつ、ざまぁみろぉ!!」

 「イーサン!!!【ホバーブーツ】のみならず【爆裂地雷】まで仕込むとは完全なルール違反にゃ!【決闘】デュエルが台無しにゃ!」

 「イーサン・ギボンズ!あなたは完全なる罪人です!必ずギルドの良心あるものたちが裁きます!」

 「勝手にしろや〜〜〜!あいつが死ねばどうでもいいし。くくくくくく…!」

 


 少し離れた場所で、言い争っている声が聞こえる。

 相変わらずリンさんやアンナさんは優しい人だ。


 こんな卑怯なやつのために、リンさんやアンナさんの負担が増えるなんて我慢ならない。


 「どうした、イーサン。まだ10ダメージしか入ってないぞ」

 「… へ?」


 イーサンは間抜けヅラをしている。


 無理もないか。

 通常ならレベル20でも致命傷は免れないほどの強力な爆発。


 だが僕はー、




 そんな卑怯な攻撃には、負けない。


 「経験値の到達を確認。レベル15に上昇しました。アクティブ戦技【ラース】の効果によりダメージは軽微。新たなる戦技【パニッシュメント・スラッシュ】を取得」


 さあ、決着をつけよう。


 「お、お前…なんで…」

 「さあな。お前に教える義理もない」


 少し欠けた【ショートソード】をイーサンに突き付ける。



 

 「ここからは、僕が好きにやらせてもらう」

 

 


 


 

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