第4話 年上の受付嬢とお風呂に入りました
「というわけで、一心上の都合によりやめさせていただきます!【かまなべ亭】の今後のご活躍をお祈り申し上げます!」
そうと決まれば即断即決。
バースの街に戻った後、【かまなべ亭】の亭主ヘンリーにすぐ【お祈り状】を渡した。
ヴェルト大陸に住まう人々は、職を変える時に【お祈り状】を渡すのがマナーと教えられている。
「退職だと!?奴隷…じゃなくて家族の一員として散々アットホームに世話してやったのに裏切るつもりか!台車をぶっ壊した分を取り戻すまでは無給でー」
「台車の代金はこれでまかなってください」
予想通り激高しているヘンリーに【魔のゼラチン】を1つ渡す。
「これはスライムから出る薬品や化粧品の原料じゃねえか。どうしてお前が…」
「一つあたり10ゴールドします。台車はそれで新しく買えるはずです」
「な、生意気言うのもたいがいにしやがれっ!」
ヘンリーは側に立てかけてあった木の棒を握り、殴りかかってきた。
「お前は俺のいうことだけ聞いてりゃいいんだよおおお!」
それも予想通り。
徹底的に僕をこき使うだけでなく、気に入らないことがあればいつも僕を殴ってきた。
こんな田舎町で労働条件に関して異議を申し立てる場所もなく、されるがまま。
でも、冒険者の夢を諦めきれなかったから、今まで歯を食いしばって我慢してきた。
「うおっ!?」
それも今日で終わり。
木の棒を握ってヘンリーの動きを止め、ばきりとそれをへし折る。
ステータスが数倍に跳ね上がった今、この程度の攻撃なら屁でもない。
「な、なんでこんなに強くなってるんだ?」
「最後に一つだけあなたに伝えます。立場の弱い人間だからってこき使ってると…」
棒立ちになっていた中年亭主の腕をつかみ、背負い投げの要領で勢いよく投げ飛ばす。
「痛い目に、あいますよ!」
「ふべえええええ!?」
床に叩きつけられたヘンリーは一瞬で気絶した。
少しだけすっきりとした気分になる。
【魔のゼラチン】1つを側に置き、僕は一年間働いた【かまなべ亭】を後にした。
****
「ルデルくん…?ルデルくんじゃない!」
久々にギルド集会所に顔を出すと、黒髪の受付嬢エレナさんが一人で書類を片づけていた。
こちらの姿を見るとあわてて駆け寄ってくる。
「どうしたのこんな夜更けに。最近ずっと顔色が悪いし、心配してたんだよ」
「ごめんなさい、色々あって。凄く心配もかけちゃいました。でも見てください!」
僕は【スキルシート】をエレナさんにかざす。
「これは!?」
「僕、レベル2になりました。どうやら自力でレベルアップできそうなんです。今ならクエストも受注できるし、どこかのパーティにも雇ってもらえます!」
「た、確かに凄い成長ぶり…聞いたことないスキル名だけど、すごい潜在能力を秘めてる。でもルデルくん…」
とある部分に着目したエレナさんがあたふたし始める。
どうしたんだろう。
「HPが1だよ!?」
「あ」
HP:1/150
そういえば、スライムと戦った後の回復を忘れていた。
お金がなくてポーションももってなかったし。
「だ、大丈夫ですよ。ははは…」
「いや後一撃で死んじゃうからね!?ポーションがあるからはやく飲みましょう!それからぼろぼろの服と髪もなんとかしなきゃ。あと何か食べた方がいいわね」
よくよく見ると、【かまなべ亭】での過酷な労働やスライムの戦闘からか、自分の身なりはずいぶんみすぼらしいものになっている。
「でも、そこまでしてもらわなくても…」
「黙って付いてくる!」
「は、はいいいいい!」
おっとりとした性格だと思っていたが、意外と押しが強いのだろうか。
****
「ううう…良かった。ルデルくんの努力が報われて、本当に良かった…!」
とりあえず事情を話すと、エレナさんはうれし涙を流してくれた。
ほかの冒険者が旅立っていく中、僕だけがレベルアップできていないのが心残りだったらしい。
「【かまなべ亭】の件は心配しないで。あの人は昔からケチで評判が悪いけど根は小心者だから。私の方からみんなに言っておけば何もしてこないはずよ」
「あ、ありがとうございます」
それは嬉しいのだがー
「あの、僕自分で髪洗えますよ。ギルド集会所の施設を勝手に使うなんて悪いですし」
「ふふふ、気にしないで。元々お金を払えば冒険者も使っていいことになってるから。今日の代金は…私がおごってあげる。力になれなかった罪滅ぼし」
ポーションを飲んで危機を脱した後、集会所の浴場で2人きりになるとは思いも寄らなかった。
一緒に湯舟につかりながら、エレナさんが僕の髪を甲斐甲斐しく洗ってくれている。
「こうしてみると、リデルくんの体も意外とたくましいんだね♪」
「か、からかわないでください」
(エレナさんって…胸大きいんだな)
体に一枚の布だけ巻いている状態の黒髪巨乳ギルド受付嬢は、目に毒だ。
布だけで隠しきれないエレナさんの両胸の谷間がちらちらと見えて、どぎまぎとする。
…ごほん、そろそろこちらも本題に入らないと。
「とにかく、クエストを受けてみたいんです。簡単なものでいいので何かありませんか?」
「うーん、バース周辺はほとんど平和になってるからねえ。リデルくんが倒したスライムも迷い込んだ【はぐれモンスター】だろうし。大型クエストのお知らせが最近回ってきたぐらいかな」
「大型クエスト?」
「ここから北に向けて10日ほど歩いたところにあるバイブリーの街の近くにダンジョンが出現したらしいの。何組かの冒険者パーティが挑んだけど誰一人帰ってこなくて、通称【帰らずの洞窟】って呼ばれてる」
エレナさんの説明によると、冒険者だけでなく付近の住民にも被害が相次ぎ、事態を重く見たギルド本部は大規模な討伐隊を編成することとなったらしい。
周辺で活動している冒険者パーティが全て招集されれば、数十名は下らないだろう。
ボスを倒したものに与えられる報酬は1000ゴールド。
平凡な家庭なら、数年は遊んで暮らせる金額だ。
「僕、そこに参加します。紹介状を書いてくれませんか?一人でも多くの人数を欲してるなら、僕が参加することもできるはずです」
「…行くんだね、冒険に。危険なことがあっても」
「はい。ずっと僕の夢でしたから。それに…」
「それに…?」
「僕のために頑張ってくれたエレナさんへの恩返しでもあります」
ーここの書類の書き方は工夫した方がいいかな。大丈夫、私と練習しよ♪
ーこのパーティ欠員が出たんだって!応募してみようよ!
ー落ち込まないで。私、おいしいレストランを知ってるの。一緒に食べに行かない?
エレナさんとの思い出が頭をよぎる。
彼女のサポートが無かったら、とっくに諦めてレスターに帰っていたかもしれない。
「【神脚】スキルに目覚められたのも、エレナさんのサポートのおかげです。それを無駄にしないためにも、行きます」
「…」
髪の毛を洗うエレナさんの手が、一瞬止まる。
だが、すぐに動き始めた。
「分かった。じゃあまずはきれいさっぱりにならないとね♪」
「ありがとうございます!」
彼女の手は暖かく、そして優しかった。
****
「じゃあ、そろそろ出発します」
暖かいスープとパンをエレナさんと食べて仮眠を取った後、紹介状やその他もろもろの手続きを一緒に行った。
その後残っていた【魔のゼラチン】を換金して30ゴールドを手に入れた後、新しい服、ポーションやアイテムBOXといった道具類、食糧を買いあさる。
全てが終わった時、すでに朝になっていた。
「頑張ってね、ルデルくん。あなたならきっと有名な冒険者になれるよ」
「何から何までお世話になりました。でもいいんですか、新しい武器までもらっちゃって」
「いいの!誰かの発注ミスでずっと倉庫で眠ってたものだし」
真新しい片手剣【ショートソード】と軽くて堅い【皮の鎧】。
予算不足で武器まで手が回らず困っていた僕に、エレナさんが与えてくれた武器だ。
大事に使っていきたい。
最後にエレナさんと手を握り、視線をかわす。
「…元気でね」
「はい、またいつか戻ってきます」
そしてバースの街に背を向けー、
「行ってきます!」
最強の冒険者になるための旅を始めるのであった。
「1年間、あなたのサポートをするうちに好きになっちゃった。とは言えないよね…ぐすん。年下の男の子に振られて涙流すなんて、私らしく、ないのになぁ」
その時の僕は若かったし、冒険を始められる興奮に満ちあふれていて、周りが良く見えていなかった。
だからー、
「…頑張るんだよ。小さくても、勇気ある冒険者くん」
僕の姿が見えなくなるまで見送ってくれた人の気持ちに気づくのは、もう少し先の話。
=====
スキルシート(327日目)
名前:ルデル・ハート
種族:人間
レベル:2
クラス:
ランク:F
所属パーティ:なし
称号:【勇気ある者】
レベルアップに必要な経験値:10567/15000
HP:150/150
MP:15/15
攻撃力:18+5
防御力:18+5
素早さ:17
スキル:【神脚】~一歩歩くごとに経験値を獲得。歩いたり走ったりしても疲れにくい。
戦技:【ソード・ストライク】
武器:【ショートソード】【皮の鎧】
=====
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます