第3話 チートスキルをゲットしました

 「くそっ!」


 悪態をついて右側の茂みへ飛び込んだ瞬間、元いた場所を何かが通過した。

 木の台車がバキバキッ!と音を立てて粉砕される音が聞こえる。


 「ぐ…」


 背中に鋭い痛みが走り、僕は思わずうめき声を上げた。

 モンスターの攻撃が一部命中したらしい。


 痛む背中を押さえて立ち上がると、僕を襲ったモンスターが、粉々になった台車の上にたたずんでいた。


 「ジュルルルルル…」


 僕の腰ほどの高さを持つぶよぶよとした胴体と、中央部の赤いコア。


 ヴェルト大陸でもっとも弱いとされるモンスター、スライムである。

 もちろん、それは戦闘能力を備えた一端の冒険者のパーティなら楽に倒せるという意味であって、ほぼ一般人かつ一人の僕にとっての話ではない。


 「この近くにダンジョンは存在しないはずなのに!」


 ダンジョンから離れて行動する【はぐれモンスター】の存在は各地で報告されているが、この周辺ではまったく確認されていない。

 

 自分の不運を呪いながらも、僕は立ち向かう準備をした。


 モンスターは一度見つけた人間を執拗に追いかける習性がある。

 安全なバースの街はまだ道半ば、飛び跳ねれば人間と同じ速度を出せるスライムから逃げ続けるのは難しい。


 だから、隙を見せているうちに倒す。


 「うおおおおおおっ!」


 スライムが動き出す前にナイフを抜いて素早く接近。

 子供の頃から見よう見まねで練習したように、思い切り斬りつける。


 だが、効かない。


 分厚い胴体に阻まれ、内部のコアまで届かないのだ。

 スキルや戦技による補正が一切ないため、スライムの防御力でダメージが0にされているのだろう。

 スライムを単独で討伐するときの推奨レベルは2。

 せめてレベル2さえあれば…!


 「ジュルルルルルッ!」

 「何!?」


 僕の無駄な努力を嘲笑うように、スライムは再び突進してくる。

 このモンスターが持つ唯一の技、【突進】に違いない。

 弾力性のある胴体を使った攻撃は見た目よりも素早く、次はまともに受けてしまった。


 「うああああああっ!」


 体当たりを受けた僕の体は勢いよく地面を転がり、先ほどスライムが触れていた木に激突。


 「…うぁ」


 体中がずきずきと痛い。

 口の中が切れたのか、鉄の味がする。


 恐らく、あと1撃まともに喰らえば死ぬ。


 (ここで終わりなのか?僕は)


 立派な勇者どころから一端の冒険者にもなれず、家族にも会えないず、誰にも看取られないまま。

 冒険者として危険な目にあうことは覚悟してたけど、まさかレベルを1も上げられないなんて。


 それなら、せめて。


 「どうした、来ないのか?」


 もうろうとする意識をなんとか取り戻して、死ぬまで離すまいと決めていたナイフを握り直した。

 こちらの様子を伺うようなそぶりを見せるスライムに対し、一歩を踏み出す。


 「モンスターなんて、怖くないんだよ」


 一歩、また一歩。

 

 弱弱しいながらも、着実に歩く。

 歩く。


 最後まで。


 「さあ…来い!」


 どうせ死ぬなら、その瞬間まで勇敢でありたい。


 

 ****


  

 その時、不思議な感覚を感じた。


 バースの街で感じた、体の底から熱くなる感覚。

 力が満ちていき、痛みも忘れるほどの高揚を感じる。


 「スキル覚醒条件、【レベル1かつ単独でモンスターと戦闘して3分間生存】をクリア。【健脚】スキル、【神脚】スキルへと変化。今後は、一歩ごとに経験値を獲得します。称号、【勇気ある者】を獲得」


  淡々と僕に起こった変化を【スキルシート】が読み上げていく。


 「称号獲得ボーナスとしてレベルが2に上昇、全ステータス上昇値ボーナス+10、戦技として【ソード・ストライク】を獲得」


 自分の身に何が起こったのかは、まだよくわかっていない。

 はっきりと言えることは1つだけ。




 どうやらー、




 目の前のスライムに立ち向かえる力を得たようだ。


 「…!」


 スライムも僕の変化を察したのだろう。


 突然動きが活発化し、再び【突進】を開始した。

 今度は音も立てない。


 すなわち先手必勝。


 HPが僅かな僕を一撃で仕留め、生き残るための動きだ。


 


 必要なのは、胴体を貫通してコアを粉砕する必殺の一撃。


 「【ソード・ストライク】!」


 先ほど取得したばかりの戦技を発動した。

 小さなナイフが光を帯び、輝き始める。


 夢にまで見た戦技の輝き。


 「はああああああっ!!!」


 僕は最後の力をふり絞り、スライムへ全力を叩きこんだ。


 情報はいつのまにか頭の中に入っている。


 【ソード・ストライク】の効果は、敵単体に攻撃力×3倍の物理ダメージ。


 ナイフはモンスターの胴体へと食い込み、先ほど通らなかったのが嘘のように易々と貫いてー、





 悪しきモンスターのコアごと、それを粉砕した。

 

 

 ****


 

 「はあ…はあ…死ぬかと思った」


 生命の危機が去り、脱力して道に倒れ込みそうになるのを我慢して、僕はふらふらとバースへの街へと向かう。

 ポケットに入れたスライムのドロップアイテム、【魔のゼラチン】4個のぶよぶよとした感触を感じながら。


 「でも、さっきのはなんだったんだろう…急にレベルアップして、戦技まで覚えるなんて」


 【スキルシート】を覗いてみると、僕の現状はかなり変化していた。


 =====



 スキルシート(326日目)


 名前:ルデル・ハート

 種族:人間

 レベル:2

 クラス:【荷物持ち】ポーター

 ランク:F

 所属パーティ:なし

 称号:【勇気ある者】

 レベルアップに必要な経験値:30/15000


 HP:1/150

 MP:15/15

 攻撃力:18+1

 防御力:18

 素早さ:17


 スキル:【神脚】~一歩歩くごとに経験値を獲得。歩いたり走ったりしても疲れにくい。

 戦技:【ソード・ストライク】

 武器:【中古品のナイフ】



 =====


 【健脚】スキルの時とは雲泥の差だ。


 全ステータス上昇値ボーナス+10のおかげもあり、もはやスライム程度なら1人で楽々と倒せるレベルまで成長している。


 なによりー、


 「一歩歩くごとに経験値を獲得って…本当なのかな?」


 今溜まっている30ポイントはスライムを倒した分のはずだから、まだ自信がない。

 試しに3歩歩いた後、もう一度経験値を確認してみる。


 レベルアップに必要な経験値:33/15000


 「すごい、一歩ごとに1上がってる!」


 【神脚】スキルは、モンスターを命がけで倒して得られる経験値を、どうやらでゲットできるらしい。

 次のレベル3に必要な経験値は15000。

 移動手段の大半が徒歩のヴェルト大陸でなら、1日中歩いていればそれだけで貯まる計算だ。


 「歩いたり走ったりしても疲れにくい」とかいうふざけた効果だと思ってた【健脚】も、【神脚】となった今ならとても有効である。


 毎日朝も昼も夜も歩き回って、モンスターをひたすら倒していけばー、






 「誰よりも最速で…レベルアップできる!」


 僕は決意した。

 この【神脚】スキルで、イーサン含む馬鹿にしてきた人間を見返してやる。

 そしてー、






 もう一度、夢だった最強の冒険者を目指す!

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