第2話 やばい奴に襲われました
「起きろ!何のためにお前みたいな行き場のない無能を1年間も食わせてやってると思ってるんだ!」
薄暗くてクサい倉庫の中で僕は目を覚ました。
いつも同じ時間に聞いている、赤ら顔ででっぷり太った中年亭主ヘンリーの怒鳴り声によってである。
少しでも眠れるようにと敷いていたぼろきれを畳んで隅にやり、部屋の外に出た。
ここは、バースの街唯一の宿屋【かまなべ亭】。
【適性の儀式】で絶望に突き落とされてからほぼ1年。
ろくなスキルがないためどのパーティにも入れてもらえず、クエストも受注できなかった僕の唯一の居場所である。
もちろん、安価な労働力(というか奴隷?)としてであるが。
「今日の仕事は宿泊客の荷物を隣町の宿屋まで運搬!夜は洗濯とトイレ掃除と客の呼び込みと閉店作業だ分かったか
「あの、
「またぶたれたいのか!?」
「…はい」
店主に促されて宿屋の入り口に向かうと、チェックアウトした冒険者パーティたちの荷物、すなわち予備の武器、携行しきれなかった道具、モンスターを倒したことで得たドロップアイテムが台車の上に乗せられている。
新米パーティはこれらを運搬する手段やスキルを持ち合わせていない事が多く、お金を払ってでも身軽に動きたい場合もあるため、宿屋では台車による配達代行サービスを提供していることが多い。
高級なホテルなら馬車を使うらしいが、もちろん大半は人力である。
(今日はついてるな…ちゃんと荷物を台車まで載せてくれてる客で)
かちかちで少しかびたパンを強引に飲み込んだ後、台車を引きずり始める。
相変わらず肩にずっしりとした重量がかかるが、【健脚】スキルにより歩みは早い。
「リデルくん!」
バースの街を出ようとしたとき、誰かに声をかけられた。
【適性の儀式】から1年間、僕のためにいろいろ手を尽くしてくれたエレナさんだ。
「…なんですか」
「さ、最近ギルド集会所にも相談に来ないからどうしてるのかなって。ほら、言ったでしょ?なにかあったら私にー」
「ほっといてください」
「あ…」
うつむきながら、あえて彼女を無視して出発する。
こうして、護身用で腰に差したナイフをかちゃかちゃと鳴らしながら、僕のクエストは始まりを迎えた。
一日何万歩も歩き、やりがいのない重労働をさせられるだけの空しいクエストである。
****
「やっぱり、帰るべきなのかな」
隣町のリーズにたどり着いて荷物を引き渡した時、すでに昼の時刻を回っていた。
少し遅めのペースだったので急いで引き返そうとしたが、途中でどうでもよくなり、田舎道の草地に寝転がって【スキルシート】を眺めている。
=====
スキルシート(326日目)
名前:ルデル・ハート
種族:人間
レベル:1
クラス:
ランク:F
所属パーティ:なし
称号:なし
レベルアップに必要な経験値:0/10000
HP:100/100
MP:0
攻撃力:3+1
防御力:3
素早さ:2
スキル:【健脚】~歩いたり走ったりしても疲れにくい
戦技:なし
武器:【中古品のナイフ】
=====
…【中古品のナイフ】の攻撃力が加算されただけでまるで成長してない。
モンスターとの戦闘に参加していないので当然であるが。
どこかのパーティに所属していれば経験値を分けてもらえるのだが、エレナさんと頑張っても100回連続で断られ、心が折れてしまった。
臨時の荷物もちとして雇うことはあっても、正式なパーティとして雇うのは経験値の無駄と判断したのだろう。
「他のみんなは、冒険者として活躍してるんだろうな…」
同じ時期に冒険者になった者は、皆バースの街を離れ冒険の旅に出ていった。
死んでいなければ最低でもレベル5、筋の良い者はレべル10以上に達しているはずだ。
周回遅れすぎて笑ってしまう。
ーごめんなさい、ルデルくん。またあなたを受け入れてもらえるパーティや受注できるクエストを探すからー
ーもういいです、エレナさん。お世話になりました。
ーあ、ちょっと!?
その事実を受け入れられなくてここ最近はギルド集会所にも行ってない。
みじめな生活を送っていると、エレナさんにも相談できないままだ。
自分でもこんな生活がいつまでも続かないことはわかってる。
だから、おそらく故郷の農村レスターに戻る決断をしなくてはいけない。
レスターには母のイラ、妹のエミリー、兄のハリーがおり、父を亡くして裕福ではないが生活は安定している。
今戻れば、平凡な農民として一生を終えることはできるはずだ。
ー僕、エアロンみたいな立派な冒険者になりたい!
その時、とある言葉を思い出した。
レスターを出る時、10年前魔王を倒して消息を絶った勇者エアロンへの憧れを語る自分を。
ー分かった。家は俺がしっかり守るから、お前は自分の夢に専念しろ。
普段は長男として厳しく接してくるハリー兄さんも。
ーおにいちゃん、りっぱなゆうしゃになったら、またえみりーにあいにきてね!
まだ幼くて舌足らずながらもしっかり者なエミリーも。
ーあなたなら、そういうと思ってました。体には気を付けてね。何かあれば、いつでもレスターに帰ってきていいから…
女の手1つで僕たち3人を育て上げてくれたお母さんも。
みんな僕を応援して、送り出してくれた。
****
(まだ、ここで立ち止まるわけにはいかないな)
レスターと同じ澄んだ空を眺めながら、こぼれそうになった涙をこらえる。
僕が冒険者を志したのは、決して裕福とは言えない家族を支えるためでもある。
それなのに、たった1年で逃げ帰っちゃ恥ずかしいじゃないか。
もう一度だけ、エレナさんに頼んでどこかのパーティに入れてもらえないか交渉してみよう。
レベルを一定値上げれば、クラスを変更する【転職】が出来ると聞いた。
【転職】をすると、ボーナスとして戦技を覚えることもあるらしい。
そうすれば、可能性はぐっと広がる。
草地から立ち上がり、服に付いた砂を払った。
そして【スキルシート】をポケットに仕舞おうとするが、するりと手から転げ落ちる。
「いっけね!一応まだ冒険者だから壊したら罰金だ」
慌てて拾おうと膝をかがめた時、【スキルシート】の裏側に何列か文章が書かれているのが見えた。
外れスキルを引いた落胆から【スキルシート】はほとんど見ていなかったため、初めての発見だ。
薄汚れてほとんど解読できなかったが、辛うじて読めた部分にはこう書いてある。
ー歩みを始めるのは、勇気。
「勇気…?どういう意味だろ。後でギルドに行ってみるか」
【スキルシート】を今度こそポケットに仕舞い、今度こそ出発しようとする。
その時、背後に殺気を感じた。
人間の発するものではない。
魔王パズズがダンジョンと共に生み出した怪物。
パズズ亡き後も各地に残るダンジョンに巣くうものたち。
モンスターだ。
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