第8話 視線、予測。


「そもそも、本当にゲルグン大将閣下は亡くなったのでしょうか」

「……その真偽もいずれは確かめねばならぬ。だがそれが本当であれ嘘であれ、そのように報じられたという時点で、亡くなったと考えるに足る根拠があるということだ。生きているとしても、大将閣下は現在何らかの危機的状況にあると見て間違いないだろう」

「連邦に情報が漏れていたことも気になります」

「何者かが漏らした以外にあるまい。その場合真っ先に疑われるべきは俺かも知れんがな」


 帝国陸軍から連邦へ諜報員として派遣されていた准将、クウェント・ベリノルバッハと合流した幸之助たちは、セントルへと向かう途中でゲルグン死亡が報じられたことを知り、その真偽と、それが如何にして連邦首都で報じられるに至ったか、またパトロ・バルスキ誘拐を続行すべきかどうか、複数のことを考えさせられていた。


「我々はどうするべきでしょうか」


 幸之助は悩んだ。

 バルスキ作戦は、立案はウェルナーがしたものの、ゲルグンの責任において皇帝の署名を得た作戦である。

 緊急時の帝国軍の行動について軍法が示すところによれば、高位の指揮監督権を有する者が戦死あるいは何らかの理由で生命を奪われたとき、責任は皇帝自身、あるいは皇帝が指名した者に速やかに引き継がれることになっていたが、既に遂行下にある作戦の責任者については、作戦終了後にその名義が書き換えられるのが通例になっていた。つまり作戦終了まで、書類的な責任者が不在のまま行動することを余儀なくされることになる。

 これには、殊に作戦責任者と実行部隊との連携が取り辛い今回のような場合において、指揮系統の混乱を避け、現場の判断を阻害しないようにとの配慮があったのだが、それは、バルスキ作戦の実質的な指揮権をマッケル大佐が握ることを意味していた。

 無論それは責任者が本当に死亡していた場合の話であるのだが、今回に限って言えば、その死亡の真偽が分からなかったことが判断を困難にさせる原因となった。


「どうしますか。マッケルさん」

「……まず、ただ今をもってバルスキ作戦は本官が指揮するものとする」

「了解いたしました」

「異存はありません」

「……」

「また、皇帝陛下の署名を得て、一度実行された作戦を中止するのも私の本意ではないから、バルスキ作戦は続行するものとする。パトロ・バルスキの誘拐が帝国に益することに、違いはないのだから」


 傍受の危険を回避するため、帝国と連邦の間で音声無線を飛ばすことはできない。そのため帝国連邦間で情報をやり取りするには、暗号機を使って文字情報を伝達する他に無い。

 この時、帝国内において暗号機を用いることが許されていたのは、陸、海軍の情報部の中でも、将官以上の者のみであった。


「そこでだ。お前たちの意見を聞きたいのだが、どうにも不思議だとは思わんか?大将閣下死亡の報が漏れているのに、何故我々の作戦はさとられていないのだ?」

「……確かに」

「そのように秘匿されて然るべき情報を流すなら、パトロ・バルスキの誘拐も当然そのようにすべきではないのか?」

「知らせることが出来ない事情があったのでしょうか」

「准将閣下のお考えは如何ですか?」


 マッケルはベリノルバッハを見た。

 

「……帝国から連邦に情報を伝達するにあたって、考えられるのは3つだ。まずは音声無線だが、これは傍受されて逮捕されるのが落ちであろうから除外していい。2つ目は暗号機。私も部屋に一台隠しているが、そのような情報は入っていない。もちろん私は、内通者ではない。但し諜報員は私の他にもう一名いるから、そいつが連邦と内通している可能性は否定できん」


 今度はベリノルバッハが、マッケルを見た。


「最後に3つ目。これは、殆どあり得ないことだが、戦場を介して人づてに伝わること。時間はかかるが、大将閣下がいつ亡くなった、と思われているのか分からない以上、不可能と断定はできない。もっとも、一般の兵が内通者を見破って案内してくれるはずもないから、まあ厳しいと思うが」

「となると、そのもう一人の諜報員を調べてみる以外にありませんか」

「だが我々はお互い、連邦に潜入していることを知らぬのだ。どの部員が何処を住処にしているのかもわからん」

「……」

「……よし、一旦大将閣下のことは置こう。我々は任務中であるのだから、パトロ・バルスキの確保に全力を挙げるべきだ。大将閣下のことはその後でいい」

「そうかもしれませんね」

「准将閣下、部屋に暗号機があると仰いましたが、すぐに本部と連絡を取ることは可能ですか?」

「ああ、基本的に本部には将官が常駐しているから、返事はすぐに来るだろう」

「でしたら、閣下のお部屋に着き次第、本部から状況を教えてもらいましょう。ここで推理するよりも、帝国内での動きを把握する方が重要なはずですから」

「ちょっと待ってください」


 幸之助が身をのり出した。


「どうした、コウノスケ」

「その本部に内通者がいたらどうするのですか?」

「本部に?どういうことです、コウノスケ准尉」

「先ほど准将閣下は、もう一人の諜報員が内通者である可能性を否定できないと仰いました。もしそうだった場合、暗号機を使って情報をやり取りするのが情報部員と本部の将官しかあり得ない以上、本部にも内通者がいるということにはなりませんか?」

「!……」

「まさか……いやでも、そうか」

「それに、バルスキ作戦がさとられていないという根拠がまだありません。もしこの作戦自体が連邦との内通によって仕組まれたものだったとすれば……」

「連邦との内通で、連邦を害する作戦を立案してどうするのだ?」

「それは、まだはっきりとはしませんが……」


 幸之助が直感的に抱いた違和感は、ある程度正しかった。しかしながら、何者を疑えばよいのか、どういう根拠で疑えばよいのか、何もわかっていなかった。


「兎も角、少し休もうか」

「……そうですね」

「ヤラルトから気を張りっぱなし、考えっぱなしでしたから」

「すみません、私にもよくわからないのです」

「いいから、コウノスケも休め。准将の部屋に着いてからでも遅くはない」


 ベリノルバッハの運転する車は、セントル郊外にある彼の住居に向けて疾走した。

 12月25日、夕方のことである。 

 

 


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