第6話 遺物、麻薬。


 バルトロメオ歴260年・大陸歴2860年12月24日深夜。


「なるべく連邦の憲兵たちに危害は加えたくないものですな」

「まったくだ」

「今回は仕方ないとしても、我々の本当の仕事は帝国内の治安維持ですから。敵兵を亡き者にするのは陸海軍の兵たちに任せたいものです」


 一行は案内役の二人に付いて、連邦側の協力者が住処にしている建造物を極力避けながら、関門を目指し歩いていた。


『連邦の乞食連中が旧3番広場で集会をしてやがる。22番線を跨いで、24番線から迂回して待合所脇の緊急用通路から抜けろ』

「わかった。そこいらには誰もいないな?」

『4番広場はガラ空きだ。5番の奴らも配置に就かせてるから、心配するな』

「ありがとう、ラル。お礼は後で」


 協力を仰ぐことになっていたハジャンの構成員たちは、前頭目たるシヴァの息子であるラル・ハジャンの指揮の元、1から10までの旧広場と改札、連絡通路から非常通路に至るまでに不足なく配置されて、マッケル等の通過に万全を期した。


「傍受される危険はないか?」

「……俺たちが使ってるのは旧世代の駅構内専用無線だ。通信方式も周波数も、関門の奴らが使ってるのとは違うから、大丈夫だよ」

「案外コルランド時代の知識が無いのね」

「俺たちはコルランド人を取り締まる訳じゃない。無論、皇帝陛下が取り締まれと仰せなら取り締まるがな」


 マーシーは、稀に皮肉屋の側面を見せた。それは彼の今の職場環境がそうだからというのも一つであったが、それよりはむしろ、家庭環境がそうだったからというのが理由としては大きかった。

 母親が怒り、父親が冗談を返し、母親は更に燃え上がる。

 仲違いが解消された後も、父親は家に友人を招き、性懲りもなくまた冗談で母親を笑って、終いには頭を下げて捨てないでくれと懇願する。

 そんな父親を教師としてしまったのが兄のマーシー、反面教師としたのが弟のアレックスであった。


「まだ聞いていなかったが、結局どうやって関門を抜けるつもりなんだ?」

「他地域の関門の例を見ても、無理にでも抜けようとする者は、白線を踏み越えて敵側の警備兵に背中を見せた瞬間、射殺されるのが常識です。」

「見張りを殺すというのは無しだぞ。定時連絡が途絶えた瞬間、本部から増援が来て逃げ場がなくなる」

「それに確認ですが、帝国側の警備兵と意思の疎通は取れていますか?そうでなければ、我々は怪しい人物として味方に捕らわれることになりますが」

「心配しなくても、アッカード中佐たちには知らせてあるわ」

「俺たちもオスローさんからそれなりの礼を貰うことになってるからな。まあ聞け」


 タン等の説明を聞きながら、幸之助は考えた。


 当時、帝国の亡命希望者は、事前に各書類と亡命の意志さえ連邦政府に届けることが出来れは、連邦軍の名においてその権利と軍への所属が保証されることになっていた。つまり亡命者は、自国の警備さえやり過ごせば、抜けた先の身の処し方を心配する必要は無かったのであり、これはジルト連邦憲章が独裁と対立し、個人の権利を最大限に擁護していたことを証明するものでもあったのである。


 しかし今、自分たちは皇帝陛下の命の元、明確に連邦を害そうと企てる連中である。言わば、連邦地下に穴を掘る土竜であり、倉庫の穀物を食い荒らす鼠である。

 如何に民主主義といっても、畜生の権利までは擁護すまい。

 亡命は許し、不法入国は許さない。

 結局は、国家に害なす個人など塵芥に過ぎぬのというのなら、連邦も大したことはないな……


「おい、コウノスケ准尉、聞いてるか?」

「少し疲れが見えるようですが」


 幸之助はマッケル大佐を見つめた。


「関門を連邦側に超えれば、逆に帝国側の協力者が多くなる。仮に見つかっても何とかなるかも知れんから、頑張れ」


 いたずらに国家論を述べ立てるより、今はこの部隊が生きて任務を果たすことだけ考えよう。

 幸之助は思い直したのだった。



 宮廷会議室に、陸、海、憲兵の将官が招集され、8代皇帝テトラ・バルトロメオを前に敬礼した。


「知っての通り、ゲルグン陸軍大将は死んだ。遺体はセロ平原戦線の前線補給基地で見つかった。大将位にある者が最前線で銃弾に倒れたとなれば珍しいことであるが、余は彼に、セロ平原に赴いて指揮を取れと命じた覚えは無い。何か心当たりのあるものは?」

「大将閣下は階級章や装飾を外し、下士官に成りすまして前線に出たと見られます。血中からは高濃度の覚醒剤成分が検出されました。常用していたと見られています」


 イリーナ・フルーロの説明に将官たちが騒然としたのは言うまでもなかったが、でたらめを言うなと叫ぶ者はいなかった。

 ゲルグンと見られる死体は穴だらけの、顔の判別も難しい状態で発見された。またポケットの中の階級章から大将本人であると断定されたに過ぎず、DNA検査等精密な確認を行った訳でもない。しかしながらこのとき、皇帝に戦闘機の実験失敗を報告した12月20日以降誰も彼を目撃していなかったことが発覚し、アーノルド・ゲルグン行方不明の噂が立っていた為、誰もが妙に腑に落ちたような感覚に襲われたのである。


「……心当たりと言われても困るであろうな。差し当たってウェルナー海軍大将、カトラス憲兵団総司令に命ずる。国内に残存する海兵と憲兵団の予備部隊をもって、事態の究明に当たれ。連邦に悟られぬよう情報統制も怠るな。陸軍はただ今をもって余の直接の指揮下に置く。大将が死んだからとて如何ほどのこともあるまい。引き続き前線を維持し、勝利せよ」



「……どう思う、イリーナ・フルーロ」

「現時点では何もわかりません。ただ……」

「ただ?」

「我々の意に反しようとする何者かが存在するという、これだけは確かであると存じます」

「……そうだな。そのような者は、除かねばならぬはずだな」

「はい」


 事態は速度を増して急転していった。

 

 

 

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