第2話 筆記、戦争。
由利幸之助の居候が周囲の予想を覆し1年もの長きに渡ったのは、単に驚嘆に値する程の料理の腕前を披露してマッケル家を訪ねてくる住民に振舞い、領主領民の話し合いに無くてはならない存在となったからではない。
「153年のヘドウィグ運河封鎖事件の歴史的意義を説明してみろ。運河責任法の制定以外でな」
「運河が閉鎖された際、秘密裏に横行していた麻薬の輸出も滞ったことで、隣国ケイヘルンにおいて中毒患者による大規模な暴動が発生。確約されていた取引を反故にされた仲介人によって、当時有力であった貴族議会改革派のコール・ミドヴェジェワ第2代当主が暗殺されたことで、改革派全体に蔓延する汚職が発覚。結果的に保守派の勢力を増大させるきっかけとなりました」
ドルフ・マッケル憲兵団大佐も、はじめは初歩の初歩、憲兵隊が帝国国民に負う責任のみ覚えさせて、あとは徴税の手伝いでもさせればよいだろうと考えていたが、次第に幸之助の教養学問やその他軍事的能力における才覚が明らかになってきてからは、千を吸収する人間に一や十を教えて満足する訳にはいかなかった。
「ふむ……これならば試験も通りそうだ」
大佐以上の位を持つ者は、採用試験を実施し受験者が合格した場合にのみ、その権限において独自に副官を選んでもよい決まりになっていた。
「なんの試験です」
幸之助は副官採用試験に合格し、マッケル大佐の副官の任に就くこととなった。
「使いどころが試される兵器だな」
アーノルド・ゲルグン陸軍大将が「開発途上であった新型戦闘機が実験中に発火、墜落した」と報告して皇帝執務室を後にすると、8代皇帝テトラ・バルトロメオは溜息をついた。
「我が方の現行の戦闘機の平均時速は320キロであったな」
「はい。先々月に敵国ジルトの陸軍兵器開発主任パトロ・バルスキが開発した新型制御装置は、平均速度440キロを記録し、120キロ差となりました。10秒そこそこで背後を取られます」
このとき、帝国とジルト連邦にとって2度目となる戦争は、セロ平原で最初の砲火を交えて以来、幾たびかの休戦を挟みつつ40年に渡って続けられてきた。
戦線上空に初めて戦闘機が姿を現したのは、戦端が開かれてのち30年程も経過してからのことである。
両者がチェスの駒を戦車と歩兵から戦闘機に持ち替えるまでにそれほどまでの歳月を要した原因は、両国指導者の戦略的嗅覚の鈍感さというよりは、戦闘機という前代未聞の戦力をどれほど信用できるか、その戦略的価値の不透明さにあったと言っていい。
「技術面において遅れをとることは、対ジルト戦略において不利になるだけでなく、現在大陸諸国に対して有している文化・文明的リーダーシップを損なうことにも繋がります。」
「君もウェルナー海軍大将の案に賛成するかね?」
「……はい。それが兵器開発の労力と、今後の犠牲を最小限にする方法であろうと愚考致します」
バルトロメオの補佐役たるイリーナ・フルーロは一礼した。
「コウノスケ。カリーナ伯爵家から農家契約の解消手続きの依頼が来ていた。顔を出してきてくれ」
幸之助は職務に没頭した。
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