レンタル 死体埋め同伴人
森野 のら
あなたが殺した死体、一緒に埋めます。
黒の大型バンにモッズコートを着た黒髪の女が背中を預けている。
顔が整っていて身長も高いモデルのような女だ。
はぁ、と白い息を吐き出すのさえ絵になる彼女は携帯の光をぼーっと眺めている。
四方を田んぼに囲まれ、車一台がやっと通れるような細い道沿いにある一軒家。周りの家も少し離れた場所に点々とあるぐらいで田舎という表現が正しい場所だ。
時刻は午前2時をまわったところで、辺りに人の気配はなく、灯りもついていない。
『用意できました』
そんなメールを受け取り、女は伸びをした後に家の扉をノックする。
「……はい」
扉を開けたのは、まだ幼さの残る少女だ。高校生ぐらいだろう。着ているのは赤黒い染みのついた寝間着でその顔は蒼白だ。
「大丈夫?」
女はそんな少女に軽薄に問いかけると、少女は少し目をぱちくりさせた後におそるおそる頷いた。
「じゃあ、とりあえず状態を確認するね」
ずかずかと土足で家に入るとリビングの真ん中で顔と胸を刺され、血塗れになった男がいた。
包丁が胸に突き刺さっており、目を見開いて天井を眺めている。
「うわぁ、派手にやったなぁ」
女は足で死体を小突き、本当に死んでいるかを確認をすると、携帯を開き、写真を撮る。
そして写真をそのまま仕事仲間に送信した。
『健康状態悪そう。どの部位も要らない』
直ぐに返信が届き、その内容にスタンプを返すと携帯を閉じて少女に向き直った、
「じゃあ車に運ぶから手伝ってくれる?」
「は、はい」
女は車の中から担架を持ってきて家の中に入れる。
「足持ってね〜」
「はい」
少女に足を持たせてそのまま担架に乗せると、あらかじめ担架に置いてあった体重計から『ピピッ』と音がして、死体の体重が表示される。
「72キロね」
女は体重を携帯にメモすると上からブルーシートを掛け、軽く縛る。
そのまま女は涼しい顔をして持ち上げるが、少女は少し苦しそうだ。
「じゃあこのまま車に入れるよ」
二人で死体を車に押し込めると、女はあくびをもらした。
「あ、そうだ。一応、服着替えてきてよ。その恰好、誰かに見られたらやでしょ?あと脱いだ服はこっちで預かるから」
と、どこかずれた女の提案に少女が頷くとそそくさと部屋の中に入っていく。
女はそれを確認すると、スマホで家の写真を撮り、住所と一緒に今度は別の仕事仲間に送る。
そうやって
「へぇ、可愛いね」
「あ、ありがとうございます……」
少女が困惑した顔でお礼を言うと、女は少し顔を緩めて車の扉を開ける。
運転席に乗り込み、助手席の扉を開けると少女はおそるおそる乗り込んだ。
「鍵は閉めてないよね?」
「は、はい」
「じゃあこの後、掃除の人がきて血とか痕跡とか完全に消してくれるからあんまり心配しないでいいよ」
「掃除の人……」
「うん。掃除の人。あ。あと埋めたい山とかある?料金表はこれを見てね。体重は72キロだからこの欄を参考にしてね」
距離によっての値段と山の種類、体重による値段が細かく示されているA4サイズプラ製の料金表を唖然した様子で見て、少女は体の震えを抑えるように体を抱いて女を見た。
「……?ああ……、ごめんね。君みたいに突発的に殺しちゃって私を頼ってくる人、珍しいから……いつもの感じで接したらやっぱ怖いか」
「突発的に……」
どういう意味か分からず、首を傾げた少女に、女はどう説明しようと顎に手を当てた。
「うーん、世の中には顔の良い女と一緒に死体を埋めたい人ってのが一定数存在してね。そのために死体を作って連絡してくる人がいるの」
女の言葉に、少女が言葉を失う。
だがそれも当たり前だ。今まで培ってきた倫理観など全部壊してしまうような女の言葉。だがそんな女の言葉に興味を抱いてしまったのも確かだった。
「なに?興味ある?」
女が楽しそうに笑う。
顔の良い、女が自身で言うように女はとてつもない美人だ。そんな彼女に笑いかけられて、少女は少し顔が熱くなるのを感じた。
極限まで追い詰められていた精神状態のなかで、人を殺めてしまった少女が普通に接してくれる女に対し、多少なりとも好意を抱いてしまうのは仕方がないことだった。
「は、はい……」
「うーん、何から話そうかなぁ。まず私のことが大好きなリピーターが何人か居てね。彼女たちは依頼を受けて、人を殺すと私に連絡してくるんだ」
「依頼」
「うん。誰かの仇~だとか少年法に守られた人とか政治家とか、珍しいので言うと炎上系の配信者とかもあったね。殺し屋って言えばイメージがつくかもしれないけど、ほとんどそんな感じかな。そうして死体を作って、私と一緒に死体を埋めるの。死体を埋めるだけじゃないし、まあ子どもには刺激が強いこともしたりするけどね。
あとは他にもいろいろ関わってる人がいるんだけどさっき言ったお掃除屋さんとかは汚れ仕事を請け負ってくれて、尚且つお金を落としてくれる彼女たちを国から守る役目があったりするんだよ」
「そう、なんですね……、あの料金ですけどこれで」
「ふむふむ。72キロだから7万の一番安いコースだね。山に指定ないなら近場のところでいいか。支払いは現金で大丈夫?」
「はい」
「おっけー、初回だし値引きかオプション一つ無料とかいろいろしてあげるけどどうする?」
「オプション……?」
「ああ、デートプランとか朝までコースとか、色々あるよ。ほらここ。延長料金はもらうけどね」
法外な値段の書かれた料金表には目もくれず、小さく、デートや朝まで、と呟きながら少女は唸る。
女はそんな少女を愛おしそうに見つめていた。
「じゃ、じゃあその、こ、これとか」
少女が指したのは、ピンク色に縁取られたプランで女は心底おかしそうにけらけらと笑った。
「おっけー。その代わり、私はバリタチだからそこら辺は勘弁してね。リバもイケる子とかもいるんだけどあいにく私は無理だから」
「バリ……リバ……?は、はい」
少女には女の言葉が何のことかさっぱり分からなかったが、こくりと頷く。
「あ、大事なこと忘れてた。私に名前をつけてくれない?」
「……名前、ですか?」
「うん。お客さんは私に好きな名前をつけられるんだ」
「えと、本名とかは」
「ダメだね。コンプライアンス的に」
「じゃあ……、えっとサツキさんで」
「了解。逆になんて呼んでほしいとかはある?」
「……下の名前のユキで、その、お願いします」
「わかった。ユキちゃんだね」
「じゃあ、そろそろ行くけど山っていってもちゃんと案内してくれる人も用意してるから不安にならなくていいよ。どこなら見つからないかとかちゃんと知ってる人だから」
女は携帯で目的地である近隣の山を『案内してくれる人』に送信し、車を走らせる。
静かな車の音とホワイトムスクの香りに、少女の緊張が解れ、ぼーっと外を眺めている。
「寝ててもいいよ。近場って言っても1時間ぐらいは掛かると思うから」
「わかりました」
サツキの言葉にユキが目を瞑る。車の程よい揺れが心地よく、張り詰めていた緊張感も解れ、次第に睡魔に落ちていった。
◆◆◆
___________起きて。
手が控えめに体に触れ、小さく揺らされる。
ユキの目が若干開かれ、小さなあくびが漏らされる。
サツキが小さく「かわいい」と呟くのもあくびの最中だから耳に届かず、少女は少しの間、サツキの顔をぼーっと眺めていた。
やがて完全に目が覚めたユキは、おそるおそる外を確認した。
車は山の登山口にポツンと一つだけある小さな街灯の隣に止まっていた。
「ついたよ」
「ここが」
辺りを見回すと車の近くにもう二台、車高の低い、普段道路ではあまり見ない車とバンが止まっている。
「行くよ」
「は、はい!」
車から出る。夜風が冷たい。
思わず腕をさするユキに、サツキは自身の着ているモッズコートを掛けてあげるが、身長差がありすぎてぶかぶかだ。
「服はこっちで用意しといたよ」
「ぴっ!?」
突然、背後から別の女の声が聞こえてユキの肩が跳ねる。
「あらあら、可愛い子だねー」
「コトさん。あんまり驚かせないであげてくださいよ」
ユキの不安気な目に、会話を中断してサツキがコトと呼ばれた女性を紹介する。
「この人はコトさん。凄いお金持ちで私の上司みたいな人。残念ながらキャストではないから指名はできないよ」
「いえーい。上司です。今日はよろしくね」
「は、はい」
「よろしくって言ってもこの人は登らないけどね」
「まあね。今日は人貸す感じでいいんだよね?」
「はい。二人ぐらいお願いします」
「分かったよ」
コトが呼ぶと直ぐにサングラスを掛けた大きな体躯の男が二人、バンから出てくる。
背中には銃のようなものを背負っていて、ユキは小さく悲鳴をあげてゆっくりと後ずさった。
「この人たちは護衛みたいなものだよ。死体が重くてどうしても運べない時に手伝ってくれたり、ライトで照らしてくれたり、あと場所によっては野生動物が出たりして危険だからね」
「そう、なんですか……」
「うん。ユキちゃん小さいし、二人でも死体一つ持って山登りはしんどいだろうから今日はこの人たちに手伝ってもらおうか」
「は、はい」
ユキの返事にサツキは満足そうに頷き、その様子を横目に二人の男は車を開けて中からブルーシートが掛けられた死体を持ってくる。
「じゃあ麻袋に詰めちゃおうか」
「麻袋ですか?このままじゃだめなんですか?」
「うん。ビニールとかブルーシートとかは腐んないし目立つから発見されやすいんだよね。麻袋は腐って消えちゃうからその点安心だね。深めに穴掘って埋めちゃったら基本見つからないよ。……もしかして見るの嫌?」
「えと……その、はい」
「まー、グロいしね。意外と大きめの死体だから無理やり詰め込むことになりそうだからユキちゃんにはキツいかもね」
こくり、とユキが頷き、サツキはじゃあ二人にお願いしようかな、と男たちを見る。
サツキは男たちが紐を切り、ブルーシートを外すのを見ながらユキの目を塞いであげる。
新しいのブルーシートを出して、その上に死体、あと麻袋。
嫌な音を立てて収納されるのを「わー」と呑気に見ているのがサツキという人間で、そこに感情の揺れはない。
やがて麻袋に収まり、米俵のようになってしまった麻袋を男が一人で肩に担ぎ、サツキに「持ちますか?」と問いかけた。
サツキは口に手を当て、ちらっとユキを見ると「流石に重いかな」と呟いた。
中には、一緒に死体を運ぶのを好む人間もいるための問いかけだ。
「分かりました」
男が呟くと、麻袋を持ち、もう一人の男に指示を出す。
もう一人の男は二つ、新品のシャベルと軍手、ライトを持ってくる。
サツキはシャベルと軍手とライトを受け取り、一つずつをユキに渡した。
「持てそう?」
「これぐらいなら大丈夫です」
「おっけ〜」
男たちが既に山の入り口に立っている。
といってもどう見ても整備されてはいない道だが、生い茂る草の先には不自然ではない程度に道になっているのが分かる。
ユキたちも入り口へ向かうと、男が扇動して山の中に入っていく。
ユキはサツキに肩を突かれて、男の後を追い、その後ろの麻袋を担いだ男が最後だ。
自分の足元を照らしつつ、先導する男の後をついていく。
「ここは里山でね。といっても今は手入れもされてなきゃ餌もないから野生動物もあんまりいないんだよね。この山を持ってるのはコトさん一族だし人が入ることも滅多にないからここに埋めた死体が見つかることはないよ」
「そ、そうなんですか……」
不安そうに俯くユキの頭をサツキは撫でる。
「まだ小さいのに辛かったね……大丈夫だよ。お姉さんが守ってあげるから」
言い聞かせるようなサツキの優しい声色に、ユキの中の何かが決壊し、涙がこぼれ始める。
後ろを歩く男は憐憫を含んだ目をして、ユキを見ていた。
それは同情だ。若くしてサツキに捕まりつつある、これからの人生を棒に振ってしまうであろうユキへの同情だった。
◆◆◆
目的地である山の中腹。
落ち葉の積もった場所に、目印の赤い線の入った木の棒が立っている。
「着いたよ。これから穴を掘るんだけど、しんどそうならこの人たちに手伝ってもらうけどどうする?」
涙を拭い、目を赤くしたユキへ、サツキが心配そうに問いかけた。
ユキは小さく首を振って「掘ります」と言う。
「うんうん。いい心意気だ。じゃあ掘っていこうか。この棒がある場所は根も取ってあるから掘りやすいと思うよ」
シャベルを肩に担いでいたサツキが、よいしょとシャベルを地面に埋める。
あらかじめ掘りやすいようにしていた地面にはサクっと面白いぐらい軽くシャベルが通り、そのままサツキはシャベルで土を掘り返した。
ユキも同じように地面を掘っていく。
楽しそうに地面を掘り進めるサツキに時折目を奪われながら、三十分ほどかけて1mほど穴を掘ったユキはほっと息をつく。
「うん、これぐらいでいいかな」
サツキが頷いて、男を見ると男は麻袋を穴に入れる。
だいぶコンパクトになった麻袋は穴に余裕を持って収まり、サツキは土を掛けていく。ユキもサツキに続いて土を掛け、やがて穴は塞がった。
サツキが塞がった穴を写真で撮り、最後に落ち葉を足で掛けていく。
「はー、終わったね」
「……はい」
手をぱんぱんと払い、終わった終わったと呟くサツキ。
ユキはぼーっと、穴があった場所を見ていた。
そんなユキを、サツキが覗き込む。
ユキは突然目の前にやってきたサツキの顔に、目を白黒させながら口をパクパクとさせている。
「大丈夫?」
「ひゃ、ひゃい!」
「ならよかった。じゃあ帰ろっか。これから予定もあるしね」
サツキが手を差し出してくる。
ユキは恥ずかしそうに、その手を握った。
山を下りる二人を待っていたのは、コトだ。
四人全員山から下りたのを確認して、車から手を擦り合わせながら出てくる。
「お疲れ~、掃除も終わったみたいだよ」
「分かりました」
「これから集金?」
「いえ、初回なんで無料オプションでホテルいきます」
「はにゃ~、君、若いのにやるね~」
肘でユキを小突くコト。
ユキは恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。
「うちのホテル行くんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、裏口から車で入りなよ。見られたら未成年なんちゃらだから」
「わかってますよ」
サツキは手をひらひらと振って、車の助手席を開ける。
ユキに視線で乗りなと合図すると、ユキは少し早足で助手席に乗り込んだ。
「じゃあ今夜は楽しんでね〜」
能天気な声でそう笑うコトだが、サツキが運転席に乗り込むと笑みを消して、肩を落とす。
「気に入られてるね。可哀想に」
それがどういう意味なのか、ユキは知らないし、今後知ることもない。
◆◆◆
もうすぐ朝の訪れようとする中、街はずれにある西洋の城をモチーフにして作られたホテルの一室で、少女は息を切らしていた。
ユキという名が呼ばれ、少女の肩が跳ねる。
隣にいるのは、顔が良い妙齢の女で、優しくユキの頭を撫でた。
「サツキさん……」
ユキは、女の名前を呼び、サツキは小さく首を傾げる。
「終わり……ですか?」
朝と共にやってきたユキとサツキの別れを問うものだ。
「オプションは朝までだからね」
そう笑ったサツキに、ユキは俯き、悲しそうな顔をする。
ユキがサツキに抱いている感情は、情欲の伴う好意として鎮座している。
刻々と近づいてくる別れの時間。
ユキの中にあるのは、これから誰もいない家に一人で暮らしていかなければならない、という先送りしていた事実。
そんな事実と、胸中の寂しさがユキの思考に陰を差す。
___また、誰か殺せば逢ってくれるのかな。
ユキの脳裏に過った一つの疑問、あまりにもおぞましいそれに、必死に頭を振る。
ただ、つい先日まで普通の少女であったはずのユキは、このサツキという人物と彼女に抱い、恋という病に犯され、狂わされ、倫理感がズレつつあるのは事実だった。
「寂しい?」
サツキが、そんなユキを見て、嬉しそうに問いかける。
サツキの言葉に、首を横に振ることなんて出来ないで、ユキは小さく頷いた。
「かわいいね」
サツキの甘い言葉に、頭が沸騰しそうになって、ユキの顔が赤くなる。
そんなユキに顔を近づけ、サツキは耳元で囁いた。
「延長しちゃう?」
ばっ、とユキの顔が上げられる。
「えんちょう、ですか?」
「うん。お金はかかるけど延長できるよ」
「……それは何時間ぐらい」
「今日一日かな。デートするのもいいし、このままこの部屋にずっと一緒に居てもいいし、私のこと好きに出来ちゃうよ」
________好きにしたくない?
甘い囁きが、水を絨毯に垂らしたみたいに、ユキの脳に浸透していく。
ほとんど睡眠を取っておらず、目の前の女によって焼け焦げた脳は正常な判断を奪い、ユキの首を縦に振らせた。
「あはっ♡一生分、愛してあげるね」
サツキが笑みを浮かべる。
誰よりも美しく、そして怖い、そんな破滅の笑み。
だが、ユキに拒否するなんて選択肢はもとよりなく、今は大好きな彼女を唇を受け入れることだけが、大切だった。
◆◆◆
外も暗くなってきたなかで、ユキはその白い肌に、今日できたわけではないたくさんのアザや古傷とそれを上書きするようにつけられたキスマークと共に、ベッドの上に座っていた。
ぼーっとした表情でテレビを眺めているユキは、まだ眠いのだろう。目は半開きで、今にでもあくびをしそうだ。
「あ、ユキちゃん起きた?」
シャワーを浴びて、髪を乾かし終えたサツキが、顔を覗かせる。
「サツキさん」
ユキの目が開かれ、感情が花開く表情となって、サツキを見る。
サツキは、そんなユキの頭を愛おしそうに見つめながら撫でた。
「まだ少し時間あるけどどうする?」
その問いにユキは視線を右往左往とさせながら、何か言いたげに口を開けたり閉じたりする。
「あの……」
「うん」
「一緒に行きたいところがあって」
「行きたいところ?」
「はい……」
申し訳なさそうに俯くユキ。
サツキは時間を確認した後に「いいよ」と笑った。
「どこ行きたいの?」
「それは……」
数十分後、二人は街外れにある小さな墓地に来ていた。
外は日が暮れ、空色は青から黒に変わる途中でサツキは懐中電灯を持って、地面を照らしている。
ユキの手に抱えられているのは花屋で買った大きな花束だ。
ユキはとある墓の前で立ち止まる。
そこには、
「ここは?」
「……お母さんのお墓です。お母さんは無免許運転の車にはねられて亡くなりました。この前までニュースでずっと話題になってたやつです。それからお父さんもおかしくなっちゃって、それで……」
未成年者による無免許運転により、10人が死傷した凄惨な事故が、サツキの脳裏によぎる。
犯人はまだ14ほどの少年で、親の車を勝手に乗り回し、事故を起こしたがまったく反省しておらずSNSで開き直り、炎上していた。
「じゃああれは」
「……お父さんです。お酒ばかり飲むようになって、暴力も増えてきて……それで」
だんだんユキの声に嗚咽が混じる。
サツキはそんなユキの背中をぽんぽん、と優しく叩いてやった。
「辛かったね。大丈夫。
こくり、と声も出せずに頷いたユキは、鼻をすすると花束を墓の前に置いて、目を瞑り、手を合わせる。
「……お母さん、ごめんなさい」
そう一言だけ呟くとユキはゆっくりと立ち上がる。
「もういいの?」
「はい。今の私が言えることなんてこれぐらいしかありませんから」
ユキは目尻に涙を浮かべながら笑う。
そして声のトーンを上げて、「さ、戻りましょう」と背中を向けるが、『テレレレレン』とこの場所には場違いな音に足を止めることになる。
音が鳴ったのは、サツキの携帯で、サツキは訝しげに携帯を見ると、小さくため息をついた。
「ごめんね。そろそろ行かなきゃ」
「あっ……そうなんですね」
それは別れの合図で、溢れ出てしまいそうな涙を抑えるために俯いて、目を瞑った。
「だから、こんな場所でなんだけどお金の話していいかな?」
「えと、はい」
サツキは携帯を操作し、30分ごとに自動的に送信されてくる現在の料金を携帯に表示させて、ユキに見せる。
ユキは表示された金額をポカン、とした表情で見ている。
それは普段目にしないような値段で、頭の理解が追いつかない。
「あ〜、延長料金ってやっぱ高いね」
サツキはそんなユキを見ながら、そう笑う。
0が8つ。
その法外な値段に、ユキの体が固まる。
「あ、あの、こ、これ」
「死体埋めるだけなら安いけど、その他のオプションってだいたい100万以上はするんだよね。セックス有りきで丸一日拘束しちゃったらまあこれぐらいにはなるね。大丈夫。分割で少しずつ返して貰えばいいから」
「こ、こんな額、一生掛かっても……」
目の奥がチカチカとする。
頭に過ったのは最悪な想像。
最初に延長と言い出したのはサツキで、これまでのことは全て自分を騙すための嘘で、味方なんて本当はいなかった。
そんな受け入れたくない想像が頭の中に巡っていく。
心臓の鼓動が早くなり、背中に伝うのは冷たい何か。
「最初から、私を騙すために……こんな」
絶望に涙が溢れ、でも何一つ行動できないユキに、サツキはその小さな体を抱きしめた。
そして小さく笑みを浮かべる。
「違うの。私の話を聞いて」
背中をぽんぽんと叩いて、サツキはジーンズのまま、地面に膝をついて目線を合わせる。
泥がつき、ジーンズが汚れてしまうことなんて意に返さずにユキを見つめる真剣な表情のサツキはこう切り出した。
「私ね、ユキちゃんのこと好きになっちゃった」
それは突拍子のない言葉で、ユキは涙で濡らしたマヌケ面で、サツキを見る。
「だけどキャストはお客さんに特別な感情を抱いちゃダメで、お客さんから連絡が来ない限り、関われない。だから、ユキちゃんをこちら側に引き込もうって思ったんだ」
一息置いて、サツキは続ける。
「こんな額、普通の人は返せないかもしれない。でもこっち側では返す方法はいくらでもある。それはユキちゃんをこっち側に引き込む口実になると思っちゃったんだ。ズルいお姉さんでごめんね」
_________一緒だった。
倫理観がゆっくりとずれていったまだ思春期の少女が最初に思ったのはそれだった。
この人も私と同じで、離れたくなかったんだ、と。
一度、大好きな人に裏切れたと思っていた脳が、両想いだったなんて都合の良い現実に麻痺して多幸感を生み出していく。
ユキにとって、サツキの言葉は本当に嬉しいものだった。
「これからもサツキさんと一緒に入れるんですか……?」
「うん。一緒にいれるよ。お金を払わなくても、一緒にベッドに入って、一緒にご飯食べられるよ」
______ああ、それはなんて幸せなことだろう。
ユキはそんな幸せな未来を思い浮かべる。
「でも、仕事っていったい」
「簡単に言うなら私の助手かな」
「助手……」
「うん。今日みたいに私と一緒にお客さんの相手をするんだ。ユキちゃんはまだ体力がないから、最初はちょっとした手伝いだけで、ゆくゆくは運転免許も取ってキャストの一人になってもらうことになることになるかもだけど、簡単だよ」
サツキはそう言って笑う。
ユキの心臓が高鳴りを抑えられなくなる。
ユキにとって、この都合の良い現実が全てで、もう寂しい想いなんてしないで済む。
サツキが自分を求めてくれてるという事実だけで、お腹の奥が疼くような感覚を覚えていた。
「それをすれば……」
「うん。まあ、仕事を始める前にお父さんがいなくなるしユキちゃんの周りがごたごたしだすだろうから、それが落ち着いてからになるだろうけどね」
「……はい」
不安そうな表情のユキの頬をサツキが両手で包み込む。
「安心して、ユキちゃんが私とお仕事してくれるならいくらでも手回しできるから。……それで、どうする?」
不安気にユキを見るサツキ。
既にユキが選べる選択肢など有りはしなかった。
「します……!させてください!」
その言葉に、サツキは満面の笑みになる。
サツキは携帯を手にすると、ウキウキした様子でコトに連絡する。
文章は『ユキちゃん、私のにしていいですか?』の一言だけ。
直ぐに既読が付き、ジト目をした猫のスタンプが送られてくる。
『最悪の権化だね。何かあったときのためにその子を調べたけど親戚もいないし高校もほとんど行ってないっぽいから面倒なことにはならなそうだから別にいいよ。可愛いしね』
『了解です。とりあえず私の助手としてお客さんに顔を知ってもらうところから始めますね』
『うん。そこら辺は任せるよ。また何かあったら言って、協力できることはしてあげるからさ』
『了解です』
スタンプを返すと、サツキは笑顔でユキに手を差し出した。
ユキはサツキの手をおそるおそる取ると、サツキに手を引かれて、二人は車に戻っていく。
偽装されたナンバーの貼りついた車に乗り込む。
「あの、これからどこに……?」
「ん?もちろん、私の家だよ。これからユキちゃんと一緒に住むね」
そう笑ったサツキに、ユキは何も言えなくなって俯いてしまう。だがその表情に映し出された笑顔が彼女の感情を表していた。
◆◆◆
そんな最悪で、最高の出逢いから数年が経った。
今日もユキは、ハンドルを握り、あくびを漏らしながら夜道を走っていた。
助手席には、アイマスクをしてすぅすぅと寝息を立てる女性がいる。
「サツキさん、そろそろ起きてください」
「……やだ」
「やだじゃないです!お客さんに失礼でしょ!」
「……えー」
数年が経ち、二人の関係性は変わっていた。
本来、サツキがユキに飽きるまでだったはずのお遊びは、いつしか延長戦に突入してしまう。
ヒモ気質なサツキと、芯がしっかりしているユキは相性が良かったのだ。
だが今はサツキがユキの尻に敷かれる形になっている。
「二人一緒に指名してくれる数少ないお客さんなんですから、ちゃんとしてください!指名されなくなっちゃいますよ」
「……分かったよ」
んー、と伸びをして体を起こすサツキ。
アイマスクを外した姿は、数年前とまったく変わりない美人だ。
ユキも大人びたのは確かだがそこまで変わったとは言えない。
変わったのは関係性だけで、それはお揃いの薬指につけられた指輪が示している。
「なんかさ、夢で天国にいた」
サツキはあくびを漏らし、寝ている間に見ていた夢をユキに話す。
ユキはそれを鼻で笑うと、ありえないと首を振った。
「どう転んでも、私たちが行くのは地獄ですよ」
「そりゃそうだ」
だが地獄までの道のりはまだまだあるようで、今日も誰かに二人はレンタルされる。
二人が地獄にたどり着くまで。
レンタル 死体埋め同伴人 森野 のら @nurk
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