お題「背徳感」タイトル「口癖」

「あなた、ごめんなさい」


壁一枚かべいちまいへだてたとなりにいるおとこあやまる。いつものことだ。謝意しゃいはある。罪悪感ざいあくかんも。


でも、やめられない。やめられる、わけがない。


「もうそれ、口癖くちぐせよね」


くすりと笑う彼女かのじょ言葉ことばに、わたしまゆをしかめる。


「やめてよ」


ちょっとだけ怒気どきめてえば、ごめんごめんとかるあたまげてくる彼女かのじょ


「でも、あやま理由りゆうもないのにいっつもあやまってるからさ、やっぱり口癖くちぐせだよ」


ちょっとだけ、真剣しんけんをして、わたしつめる。むしろ、にらまれてるような気もする。


「…わたしは、だめなおんなだから…」


「そんなことないよ」


たった一枚いちまいかべとなり部屋へやで、わたしはこのひとゆびからませる。


今日きょうは、ちょっとだけ彼女かのじょちからつよくて、でも、それがいやじゃなくて。


すこしだけ、となり部屋へやおとこについてかんがえてしまう。


やさしいひと、だとおもう。


わたしのような、ひどいおんなめて、不器用ぶきようみをかべ、おおくをいてはないおとこ


彼女かのじょめたちからゆびがきしむ。あのひとのことをかんがえたことを見抜みぬかれたらしい。


「あいつのこときになったの?」


ちがう…あっ」


きらいではないが、わたし異性いせいあいせない。結婚けっこんして、祝福しゅくふくされ、ちかいの言葉ことばべ、かれた。


それでも、やはりあのおとこのことがきらいではない、にいてしまう。


いたい…んんっ」


いたくしてるからね…ふふっ」


いたがるわたして、機嫌きげんをよくする彼女かのじょに、しかたないな、と苦笑くしょうかぶ。


そのまま、からだ彼女かのじょせる。


「あのひとはいいひとよ、でも、あなたが一番いちばんなのはわかって?」


「わかってるわよ、ただ、くやしいから」


あらためてり、指先ゆびさきにキスをしてくれる。うれしくなって、にぎかえす。


となり部屋へやにいるおとこらないだろう。わたしがやっていることなんて。


きよ」


あのひとが、くことのできない言葉ことばれることのない指先ゆびさき


彼女かのじょは、そのどれもをき、さわることができる。


わたしきよ」


くちびるかさなる。すこしでいい。


やわらかい感触かんしょくにめまいがする。


こころなかで、最後さいご謝罪しゃざいをする。そして、背筋せすじふるえる。


わたしは、今日きょうも、彼女かのじょあいささやいていく。

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