第2話

 周囲ではわいわいと同期のVTUBERアイドル達が楽しそうに話している控室。私は変な汗をかきながらもTwitterに目を通していた。


 今日は私達の所属するHONMONOLIVEの半期振り返り個別面談の日。私は控室でその順番待ちをしていた。


 今日日、VTUBER界は生き馬の目を抜くと言われるほどの激戦区。


 数億円のスーパーチャットが飛び交う事務所付きの配信のすぐ横にポップアップしてくる個人チャンネルでは数百回再生まで持っていくのも至難という現実が横たわっている。


 YOUTUBEの中でもVTUBERはまず3Dモデルのクオリティを担保する資本力は前提として当然の上で、コミュ力、トーク力、ゲーム力、キャラクター力…何よりも自分自身をトータルでプロデュースする力が必要とされる。


 そこそこのヌルオタでそこそこ陰キャであった私はクールというイメージと現役高校生ということで売り出しているけれど正直これといったつよつよなキャラを持ち合わせていないことが目下最大の課題だった。


 しかも最近のVTUBER界のトレンドは”てぇてぇ”…。要は関係性による尊さをどれだけ演出できるかというのも非常に重要。


 つまりは一にも二にもコミュ力とキャラ力とコラボ力が必要不可欠なのだ!


 だがそんな中私は同期の誰ともコラボ配信が未だに出来ていないという体たらく…陰キャにもほどがある!!!!!!


 …と独り大煩悶大会をしていると控室には一筋の”光”が入ってきた。


 視界の端に入った途端、誰にとっても特別な存在感を放つ”その人”を感じ、私は自然そちらへと目を向けた。


『おはようございまーす!!!』


 周囲の同期から元気よく挨拶が発されるのを、動揺の余り出遅れた私はただ茫然と眺めることしか出来なかった。


 仕方ない。だって、一番の”推し”が目の前にいるんだから。


「おはひなたー!あ!紺ちゃんじゃーん!久しぶり!」


「ひ、ひなた先輩」


 神崎ひなた。HONMONOLIVE第一期生のアイドルでありながらアイドルの枠に収まらない異様なトークの加速力はVTUBER界でも屈指の実力と謳われている。チャンネル登録数もつい最近1億人を突破し、年間のスーパーチャット額は小国の国家予算に匹敵すると噂されている。さらに全世界長者番付ではいつもTOP10に入るという名実共に最強のVTUBERでありアイドルなのだ!


 そんなひなた先輩に独りぼっちでスマホをいじっているところを声をかけられて私は思わず舞い上がってしまった。


「お、おはようございます!!!」


「あははー!そんな硬くならないでよー!私が「「「「圧」」」」出してるみたいじゃんか!」


 推しを前にしてうへへ…と笑う私の肩に先輩はそっと手を置いた。夢みたいだ。小さいけれど、柔らかくて、それでいてとっても暖かい手のひらだった。


「…紺ちゃんは最近どう?」


 そういったひなた先輩の瞳には深い思いやりみたいなものが宿っているように思って、それだけで私は嬉しさと戸惑いとで頭がぐちゃぐちゃになりそうになってた。


「ぜ、全然ですよ……私なんか…」


「紺ちゃん」


 ひなた先輩が私の顔を覗きこんでいた。ガチ恋距離とはこのことだ!!!!私は気を失う寸前で息も絶え絶え言った。


「がひゅ…!?ひ、なた先輩…?」


「紺ちゃん…人はいつ死ぬと思う………?心臓を銃で撃ち抜かれた時…?違う。不治の病に冒された時?違う。猛毒キノコのスープを飲んだ時…?違う!人に忘れられた時だよ!」


 ふと、ひなた先輩の表情が『戦士』のそれになった。


「…紺ちゃんはいつかした約束のこと、覚えてる?」


「わ、私が…忘れるわけないじゃ…っ痛」


 ひなた先輩が私の肩をぐっと掴んで、薄く微笑んでみせた。


 だがその眼には鋭い好戦的な光が宿っている。


「それでこそ紺ちゃんだよ」


 ひなた先輩は私の肩から手を離すと、振り返り背中越しに手を振った。


「早くここまで来てね、私待ってるから」


 どこまでも遠い背中。どこまでも眩しくて…私の憧れの背中。


 それに向かって私はきっとずっと、これからも手を伸ばし続けるんだ。


「ひなた先輩…私…がんばります!」


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