「第2部第2章:エンパナーダのおもちゃ箱」
第68話「出会いは最悪で」
さて、カルナックに着いた俺たちだ。
改めて修道服に着替えた俺と、元々修道服を着てるセラと。
大小の荷物を降ろしたランペール商隊の馬車列が、ゆっくりと離れて行く。
「ベールさん! トマさん! ハインツさん! シルヴェールさん!」
去り行く馬車列を、セラはぴょんぴょん飛び跳ねて見送った。
何度も手を振り、仲良くなった隊員さんたちの名を呼んだ。
「みんなみんなみんな! 元気でねえー!」
両手でメガホンを作って、小さな体をいっぱいに使って大声を出して。
「セラちゃんも元気でねー! 旦那さんをしっかり捕まえておくんだよー!」
「大丈夫大丈夫! あと3年もしたらセラちゃんすんごく美人になるから! そしたらジローさんも放っておけなくなるから!」
「結婚式には招待してねー! 絶対みんなで来るからねー!」
セラを応援する隊員さんたちの適当極まりない声を背に浴びながら、俺は肩を竦めて歩き始めた。
「もおおーっ! なぁにジロー! きちんとお別れのあいさつしないとでしょ!?」
「いやまあ……そりゃそうなんだけどよ。そうすると
「もうー、わけわかんないこと言わないの! ほら手ぇ振って! 顔もにっこり! こうやってこうだよ!」
お手本を見せようというのだろう、自らの口を横に引っ張って、ニイィィィっと笑うセラ。
「あー……へいへい、しゃあねえなあ、もう」
やぶれかぶれで手を振ると、隊員さんたちは拍手をし、指笛を吹き鳴らしてそれに答えた。
よくよく聞くと、「おめでとう!」とか「末永くお幸せに!」とか言ってる人もいるんだが、本気で俺とセラの関係を誤解してる人もいるんじゃねえかな……あれ。
「よーっし、よくできました! 偉いよジロー!」
「へいへい、あんがとよ。それはそれとして尻を叩くのをやめろおまえは」
拳を振り上げると、セラは「きゃーっ」と頭を抱えて逃げて行った。
「……ったく」
セラを追うのを諦めると、俺は改めて
茨模様の刻まれた巨大な石柱がアーチを描いていて、その両脇には見張り塔のようなものが設置されている。
「……しっかし。ザントも古かったが、こいつもまあ相当な年代ものだな」
過去に戦場となったことがあるのだろうか、柱や壁に無数の傷が刻まれているのを眺めながら、俺は思わずため息をついた。
「ホントだ、でっかいねー、ジロー」
いつの間に戻って来たのか、セラが俺の隣でぽかんと大口を開けて門を見上げた。
「そうだな。こいつはきっと中身の方も……おお、こりゃすげえわ……」
門をくぐると、そこには広大な光景が広がっていた。
教育施設のある神学院本棟の正面玄関へと繋がる広い広いアプローチには色とりどりの花が咲き乱れている。
向かって右側には庭園なのだろうか、高い生け垣がある。
向かって左側には3階建ての建物がいくつか。窓の並びからすると、学生が寝起きする場所だろうか。
神学院は礼拝堂が豪壮だということで有名だが、見える範囲に無いということはもっと奥にも建物があるということだろうか。
いずれの建物もいずれの構えも、とにかく古くて荘厳な香りがする。
築で言ったら何十……何百年ぐらいなんだこれは?
「いやー、広い広い。生徒もまあわちゃわちゃしてんなあ、何人いるんだこれ……」
入学式に出席するためだろう、修道服を着込んだ子供らが正面玄関に向けてぞろぞろと歩いて行く。
見える範囲だけでその数は30……40……。
「うんうん! 子供がいっぱいだね! おっきなコもちっちゃなコもいる!」
自らより年下の子供を探しているのだろうか、セラは背伸びして辺りを見渡している。
「……そこに立っていられると邪魔なんだが、どいてくれないか?」
「おっと、悪いな」
突如後ろからかけられた声に驚いて振り返ると、そこにいたのはひとりの少年だった。
歳の頃なら15、6。身長は160半ばぐらいだろう。日常的にスポーツでもしているのだろうか、細身だがひ弱な印象は受けなかった。
髪の毛は綺麗に借り揃えられた金髪のショートカット、切れ長の目の奥では翡翠色の瞳が冴え冴えと冷たい輝きを放っている。
身に着けているのは
「……おまえ、女か?」
思わずそう聞いてしまったのは、驚くほどに顔立ちが整っていたからだ。
もっと髪が長くて胸にボリュームさえあれば、女といっても全然通るレベルだ。
「……貴様、それはどういう意味だ?」
あ、しまった。
と思った時にはもう遅い。
男は眼光鋭く俺をにらみつけて来た。
「ボクの名はオスカー・バイツェン。侮辱するというならいつでも相手になるぞ?」
「いやいやいや、悪い悪い悪い。そんなつもりじゃなかったんだって。単純に綺麗な顔してんなって思ってさ。ほとんど女みてえだなって……」
「やっぱり侮辱してるじゃないか!」
「だからそのつもりはなかったんだって。思わず口をついた言葉であって悪気はなくて……」
「ジロー! ジロー! もういい! もういいから!」
まったく改善しそうにない関係性を危ぶんだのだろう、セラが慌てて俺の手を引いた。
「なんだよ、俺がいま謝って……」
「絶対やめたほうがいいと思う! ジローはそうゆーの向いてないから!」
「なんだよ向いてないって。こういうのに向きも不向きもねえだろうが」
「ほらそこ! そうゆーところ! まったくわかってない!」
俺はなおも謝ろうとしたのだが……。
「ごめんね! ジローってこうゆー人だから! ホントに悪気はなかったの! じゃあね、オスカー!」
セラは両手で思い切り俺の手を引き、オスカーから無理やり引き離した。
「ホントにジローはもうーっ! もうだよもうっ!」
セラはぷりぷり怒りながらなおも俺の手を引き。
「たしかに俺が悪かったけど、にしてもあんなに怒らんでもなあー……」
俺はぶちぶちとつぶやいた。
オスカーが最後に見せた、左の腰に右の手を当てる動き。
あれって、剣術をやってた癖とかなんじゃねえかな。
元はお貴族様だったりとか? だからプライドが高いと。
つまりもしあの位置に剣があったら、俺はたちまち斬って落とされていたと。
「あーあ、女呼ばわりされたぐらいであのキレ方とか。気の短さも含めてこの時代の人の特徴なんかね。今後は気をつけないとな」
「ホントだよ! もう!」
天高く響くセラの声。
俺をすごい形相でにらみつけながら歩き去るオスカー。
神学院入学初日から、俺の行く手には暗雲が立ちこめ始めていた。
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