第69話「部屋割りも最悪で」

 さて、入学式の前に行われるのが部屋割りの発表だ。

 自分の寝起きする部屋を定め、そこに荷物を置いてから改めて入学式に向かうことになる。


 部屋の場所は本棟の正面に向かって左側にまず2棟の男子棟があり、その奥に同じく2棟の女子棟が建っている。

 各棟はすべて3階建てで、個室はすべて2人部屋。

 

 部屋の場所や日当たりなどで当たりはずれはもちろんあるのだが、最も大事なのは同部屋の人間だ。

 なんせ一度決まったら変更はきかず、一年間ずっと同じ空気を吸わなければならない。

 そいつがたとえばやたらと堅物だったり、あるいは逆にルーズすぎたり、いびきがうるさいなんてのも最悪だな。


「頼むぜ~……同部屋ガチャ当たっててくれよ~……」


 祈るような気持で部屋を開けると……。


「げ」

「……き、貴様は先ほどの!?」


 ガチャン。

 目の前の光景が信じられなくて、信じたくなくて、俺は思わずドアを閉めた。


「え、ウソだろ? マジでそんな偶然ある? 新入生って100人いるんだろ? ここでそんな薄い確率引く? いやいやいや、待て待て待て。諦めるのはまだ早い。さっきの事件の印象が濃すぎて思わず幻覚を見た可能性が微粒子レベルで存在しているはずだ。よし、もう一度たしかめるぞ。せーのっ」

「な、なんだいきなりドアを閉めて! 失礼なや……」


 ガチャン。

 再び最悪の現実を見せつけられた俺は、たまらずドアを閉めた。


「ウッソだろう~……? 俺ってこんなにくじ運悪かったっけ? まあ休憩中にトラックはねられて死んだわけだから、そもそも良くはなかったんだろうが……」

「おい! いいかげんにしろ! さっきから開けたり締めたり、失礼じゃないか!」

 

 なかなか現実を受け入れようとしない俺の態度に腹を立てたのだろう、今度はオスカーの方からドアを開けて来た。


「そんなところで突っ立ってないで、とっとと中に入って荷物を納めろ! 入学式に遅刻したら、罰を受けるのは貴様だけじゃないんだぞ! 同部屋であるこのボクも同罪なんだからな!」

「あー……そういうシステムになってんのか」


 一蓮托生にすることで互いに緊張感を持たせると、自衛隊みたいなシステムだな。


「そんなことも知らないのか! 入学案内に書いてあっただろうが! まったく!」


 ぷりぷりと怒るオスカーに促されるまま、俺は部屋に入った。

 

 部屋はシンプルな8畳間で、入って正面に勉強机が2つ並んでいる。

 向かって右側に共有のタンスがあり、左側には二段ベッドがある。

 

「うお、この感じ懐かしいなあー……」


 昔、霧と一緒に住んでた部屋もこんな感じだったなあと、しばし懐かしさに浸っていると……。


「いいから早く準備しろ!」


 オスカーが再び俺をどやしつけた。


「へいへい、わかりましたよっと」


 ホントにうるさい男だなこいつは。


「んーで? ベッドはどっちが上でどっちが下なんだ?」

「ボクが下に決まってるだろう! 貴様を下なんぞにしたら、視線が気持ち悪くて夜も眠れないじゃないか! ちなみに、着替える時もいったん部屋を出てもらうからな! 間違っても貴様なんかに肌を見せるわけにはいかんからな! 何をされるかわかったもんじゃないからな!」

「……さっきのあれ、まだ引きずってんのかよ」


 オスカーの顔が女みたいだと言ったことを気にしているのだろう。

 その上でこの俺が、顔さえよければ男でも構わず食っちまうような人間に見えていると。

 二段ベッドの下から板ごと貫くような熱視線を送り、なおかつ着替えを見てニヤつくような人間に見えていると。


「あのなあ、言っとくが俺はいたってノーマルな人間だからな? 男じゃなく女が好きで、しかもバインボインのお姉ちゃんじゃないとダメで……」

「貴様の低俗な趣味などどうでもういい! ともかくさっさと出るぞ、ジロー・フルタ!」

「へいへい、わかりましたーっと……ん? 俺、おまえに名乗ったっけ?」


 名前はセラの言ったのを聞いてればわかると思うが、名字まではさすがにわからんはずだが。


「ふん……貴様は有名なのだ! おそれ多くもウィリアム王子殿下を蹴り飛ばした男としてな! 悪い意味で王国中の注目を浴びているのだ、ジロー・フルタ!」  

「ああー……なるほどあれか」


 ただでさえレアな異世界転移者、かつ王族と揉めて北の果てザント修道院に左遷された男ともなれば、さすがに有名にもなるか。

 あるいは単純にこいつが王族に近しい家の人間だから知ってるとか?

 そう考えて見てみると、どことなく高貴な感じもするなあ。


「まあいいけどよ、よそよそしいからそのフルネーム呼びはやめてくんねえか? 今後一年間同部屋で暮らすんだからさ、どうあれ少しでも心の垣根は取り払わねえと」


 このままギスギスした関係で過ごすのもキツイかと思い、精一杯の譲歩をする偉い俺。

 

「ふん、そんなもの必要ない! ボクは貴様などと心通わせる気持ちはないからな! ジロー・フルタはジロー・フルタで十分だ!」


 しかしオスカーはバッサリ切り捨てると、そのままつかつかと部屋を出た。


「うおー……ダメだ。全然上手くやれる気がしねえー……」


 ひとり取り残された俺は、痛み始めたこめかみを押さえて呻いた。

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