「第2部1章:一路東へ!」
第64話「一路東へ!」
さて、ザント修道院を離れ1年間の研修を受けることとなった俺とセラだ。
聖マウグストゥス神学院は王都の東カルナックにあり、馬で片道15日はかかる。
とてもじゃないが11歳のセラを連れて歩く距離ではないため、ランペール商隊のキャラバンに同乗させてもらうことにした。
6頭立て8人乗りの馬車が20台も縦に並んで街道を行く姿は壮大で、俺ですらも感動を覚えるものだった。
初めて馬車に乗ったというセラに関しては言わずもがな。
「うわー、すごいすごーいっ! 馬車でっけー! しかもいっぱいだ! 前も後ろも全部馬車だ! わおーん、わおーん!」
セラは顔を赤くして遠吠えを上げ、興奮しきり。
馬車内にある商品にも興味津々で、これはなぁにあれはなぁにと朝から晩まで隊員さんたちを質問攻め。
「すいませんね、ご迷惑をおかけして。もしあれだったら大人しくさせますが」
さぞや迷惑だろうと思い隊員さんたちに謝ったが……。
「いえいえ、うちにもあれぐらいのがいますんで慣れたもんですよ」
「そうそう、いいじゃないですか元気で」
「明るくて、可愛くてね、わたしらとしても旅の慰めになりますよ」
子供を故郷に置いて来ている人が多いせいもあってか、セラはすぐさま人気者になった。
腹が減ったらお菓子をもらい、馬の上に乗せてもらい、寝落ちしたら毛布をかけてもらいと、どこのお姫様かというような手厚い待遇。
変に調子に乗るようなら叱ってやらなきゃなと思って眺めていたが、特にそのようなことは起きなかった。
セラはちょこまか走り回っては隊員さんたちのお手伝いをし、寄る先々の街でも売り子となって働いて、しかもけっこう売り上げに貢献している。
「……なんだあいつ、意外と真面目だな」
なんとなく拍子抜けしながら眺めていると、ふと気づいた。
セラがチラチラこちらを見ていることに。
商品をひとつ売っては|д゜)こーんな顔でこちらを見て。
お客さんを笑わせては|д゜)こーんな顔でこちらを見て。
「……ははあ、そういうことか」
俺は思わずため息をついた。
なんのことはない、セラは俺に褒めて欲しくてしょうがないのだ。
俺の目の届くようなところでお手伝いをして、みんなの役に立って、結果として褒めてもらいたい。
だからああしてウザいほどこっちに視線を寄越すわけだ。
「ホントにガキっつうか……まあガキだからしょうがねえんだが……」
セラの思惑がどうあれ、ここは褒めてやるべきだろう。
正しい行には善き報いがあると教えてやるのは、年長者の務めだからな。
「おーいセラ、褒めてやるからこっち来ーいっ」
来い来いと手で招き寄せると、セラは「わおーんっ、わおーんっ!」と尻尾を振らんばかりの勢いで走り寄って来た。
「えへへへへ、セラすごいでしょー? ちゃんとお手伝いできてるでしょー?」
「おう、偉い偉い。よくやったぞー。さすがは正シスター。いよっ、
「えへへへへ~……」
顎の下を撫でてやると、セラはぐるぐると嬉しそうな声を出した。
「あのねあのね、あとね? セラはたっくさんしょーひんを売ったんだよー? 隊員さんがみーんなびっくりしてたからねー。やっぱり天才とゆーか、これはもうしょーにんとしてもやっていけるのでは? セラ商隊が作れるのでは?」
ふふーんとばかりに腕組みして調子に乗り出すセラ。
「このちょーしなら、ジローが料理番をクビになってもセラが養ってあげられるね。あ、だいじょーぶだよ? セラはジローがヒモでもぜんぜん気にしないからっ」
「言ってろ」
あまりに調子に乗っているのがムカついたのでいっそデコピンでもしてやろうかと思ったが、ギリギリのところで耐えた。
なんといってもセラはいいことをしたのだから。
善行にデコピンで報いるのはさすがにダメだろう。
などと思っていたのだが……。
「あとねあとね? ひきニートっていうのになっても大丈夫だからね? 床ドンしたらすぐに駆け付けて言うこと聞いてあげるからね? そんでもってなにかつらいことがあった時には、セラに抱き着いて甘えていいからね? 『ママーっ』って言ったら『おーよしよし、ジローは可愛いねえー。何があってもセラはジローの味方だからねー』って甘やかしてあげるから……ってあ痛あーっ?」
あまりといえばあまりの『おかーさん語録』の応酬に耐えられなくなった俺は、即オチ2コマぐらいの勢いでデコピンした。
セラは額を押さえ「のおおお……っ」とばかりにうずくまって痛がると……。
「もおーっ、せっかくセラがやしなってあげるって言ってるのにーっ。そうゆーのって男のゆめなんでしょーっ?」
涙目になって怒り出した。
「例によっておまえのおかーさんがなんて言ってるのかは知らんがなあ、きちんとした男はそんなこと望まねーんだよ」
14も下の子供に養ってもらうことを夢見るとか、人間としてヤバすぎるだろうよ。
「だいたいおまえはそんな先のこと気にしなくていいんだよ。とにかく今はたくさん食べて、すくすく大きくなることだけを考えてろ」
「ええー? それってジローの好きなバインボインのお姉ちゃんになれってことー?」
「そのとおーり。言っとくが、俺はちびっこお嬢ちゃんにゃ興味ねえからな?」
「ぐぬぬぬぬっ、ジローのいやしんぼめっ」
ドンガドンガと地団駄踏んで悔しがるセラ。
「いいもーんっ、ジローが気づかないうちにセラは大きくなって、そんでもってバインボインのお姉ちゃんになって、ついでに聖女様どころか、どっかの国のお姫様になるんだからっ。その時になって悔しがっても遅いんだからねーっ?」
「おうよ、そん時ゃせいぜいでっかいウエディングケーキをこしらえてやるからな、期待しとけよ?」
「むがーっ!? ジローのバカ! バカバカバカー!」
顔を真っ赤にしたセラは、俺をその場に置いて駆けて行った。
途中一度だけこちらを振り返ると。
「なんかすんごい薬を飲ませてもらってすぐに大きくなってやるんだからっ。体は大人、心は子供なんだからっ。ふーんだっ」
なんともひどい捨て台詞に顔をしかめていると、傍にいた女性隊員さんたちがくすくすと笑い出した。
今のやり取りを聞いていたのだろう、「ホントにかわいいカップルね」とか「あれ、痴話げんかよ痴話げんか」とか、実に不名誉な噂を囁き合っている。
「くそっ……なんたる風評被害……っ」
ぐぬぬと呻くが、すでに流れてしまった噂を止める方法はない。
まあさすがに本気で信じる人はいないだろうが……いないよな?
今後の商隊内での扱いを考えて暗い気持ちになりながらもともかく俺とセラは、そんな風に旅してた。
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