第23話「彼女が水着に着替えたら」

 修道院の裏手の細い道をしばし歩くと、開けた土地に出る。

 そこには最大幅10メートルぐらいの川があり、ひんやりと澄んだ雪解け水がゆるやかに流れている。


 極寒の地ザントにだって短いけれど夏はあり、シスターたちが水浴びをして楽しむこともある。

 川遊びはちょうどよい娯楽でもあった。


「だからといって、なんでわたしまで……」

「まあまあいいじゃないですか。引率が男の俺だけじゃ色々不便もあるし」

「それはそうですが……」

「あ、ほら、見えましたよ。川」


 渋るカーラさんを引っ張って川辺に出ると、先頭を進んでいたセラが歓声を上げた。

 

「おおおー! 川だ! 川だぞー! 水がいっぱいだあーっ!」

「こら、ひとりで走らないの! ジローが言ってたでしょ! まずは準備運動……って人の話を聞きなさい!」


 フレデリカが声を荒げて止めるのも構わず、セラはシスター服を脱ぎ捨てた。

 あらかじめ結び紐をほどいて半脱ぎにしていたブーツも放り捨てて裸足になると、一目散に川に向かって駆けて行く。

 

 ちなみに素っ裸ではない。

 水泳用の、両袖と首元にフリルのついた半袖の短いシャツを着ている。下はカボチャみたいに膨らんだ短パンを履いている。

 現代の水着みたいな機能性は期待できないが、体を覆うには十分といったところだろう。


「いいかげんに止ま……ってわわわわわっ!?」

「あっはははは! フレデリカがザボーンってなった! あっはははははは!」

「ちょっと……もう笑いごとじゃないわよ! ああああーもう! なんなのよこれええええー!」


 セラを止めるのに失敗したフレデリカは、勢いあまってシスター服のまま川へと転げ落ちてしまった。

 ベールが外れて水に浮き、ブーツは完全浸水と、大変な状態になってしまった。


「あはっははははっはははははは!」

「この……いつまでも笑ってんじゃないわよ! 元はと言えばあんたが悪いのよ!」


 指差して笑われたのがムカついたのだろう、フレデリカはガバリとばかりにセラに飛びかかった。

 

「きゃー!? がばっ、もご、ごばばばばばっ!?」

「この! このこのこの!」


 水の中でプロレスみたいに取っ組み合って、上になったり下になったり。

 マリオンとルイーズが( ゜д゜)こーんな顔して眺める中、その争いはしばらく続いた。


「うう……ひどい目にあったわ……」


 やがて、疲れ切ったフレデリカが川辺に座っている俺とカーラさんのところへやって来た。

 赤々と燃える焚き火の周りに、濡れた衣服を並べていく。


「ほら、あらかじめ下に水着着ておいてよかったろ? 俺の言った通りだ」

「そうだけど……まさかこんなことになるとは……」


 簡易のバーベキューセットや子供たちの替えの下着や衣服などは、俺とカーラさんがリュックにまとめて持って来た。

 子供たちにすべて任せてしまうと何かあった時に大変だからで、その読みはズバリ当たっていたと言える。


「まあしょうがないか。これ……帰りまでには乾いてるかしらね」


 半袖短パンの水着姿になったフレデリカは、濡れた髪の毛を紐でまとめつつため息をついた。


「大丈夫だ。火力を強めにするから、帰りにはカラカラになってるよ」

「火力を強めに? そんなのに簡単に出来るの? 木に火つけたらそれで終わりじゃないの?」

「焚き火にはいろんな種類があるんだ。キャンプファイア向きの井桁型、焚き火を囲んでコミュニケーションがとりたい時の山型、そして調理向けで火力を調整しやすい並列型」

 

 俺が今回選んだのは並列型だ。 

 二本の太めの枕木を地面に並べ、その上に燃やすための枝を並列に並べていく。

 地面からの距離がある分空気が通りやすく燃焼効率がよく、調理するのにはもちろん雨で濡れた地面や最悪雪の上などでも火が起こせる使いやすい組み方だ。

 もちろんその分、薪は多く集める必要があるのだが……。


「とにかくこっちは俺に任せて遊んで来な。ほれ、向こうは楽し気にやってるぞ」

「う、うん……ありがと」

 

 後ろ髪を引かれるような顔をしながら、フレデリカはセラが騒いでいる方に歩いて行く。

 マリオンとルイーズも川に引きずり込まれており、これまた大騒ぎになっている。


「さて、こっちは薪集めといくか。カーラさん、俺ちょっと外すんで、子供らの面倒を頼みます」


 肩をこきこき鳴らしながら薪拾いに行こうとしていると……。


「ジロー……あなたってもしかして……」


 カーラさんがさも意外そうに言った。


「子供たちの水着姿が見たいもんだからわざわざ川遊びを企画したのではなかったんですか?」

「シスター長の中の俺ってどんなイメージだったんですか!?」

「でもほら、あの夜のことがありますし……」

「あれも誤解なんですよ! ってかもう何度も説明してるでしょうが!」


 たしかにあの夜のセラの発言はやばかったけども、俺は断じてロリコンじゃない。


「フレデリカがセラと仲良くなるきっかけが欲しいっていうから企画したんですよ。こうして普段と違う自然の中で一緒に遊べば近づけるだろうからって」

「なるほど……」


 ふと視線をやると、セラが川の中で見つけた虫を掴んで振り回し始めたところだった。

 セラと違っていいとこ育ちのお嬢様である3人は、悲鳴を上げながら水の中を逃げ惑い始めた。

 走ろうとして転び、犬かきのように水をかいて遠ざかろうとし、大変な騒ぎになっている。


「セラはあの通りで忘れっぽいというか、今が楽しきゃそれでいいみたいな奴だし。フレデリカはそういうとこ不器用だけど、こうして一歩踏み出しちまえばあとはすんなりいけるでしょう。マリオンとルイーズはフレデリカ次第みたいなところがあるし」

「……たしかに」

 

 一度は納得してうなずいたカーラさんだが、すぐに唇を噛み、悔しそうな表情になった。


「くっ……どうしてでしょう。とても正しい意見のはずなのに、あなたが言うと反発したくなる……っ」

「なんてこと言うんですかあんた」


 仲良くなるきっかけが必要なのは、セラとフレデリカではなくむしろ俺とカーラさんなんじゃないだろうか。

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