第61話「宣戦布告」

 その日からしばらくの間、セラは俺にべったりになった。

 どこへ行くにも離れず、くっつくようにして甘えてきた。 


 いつもなら突き放している俺だが、今回ばかりはそうしなかった。 

 あの涙と止まらぬ嗚咽を思い出すと、とてもじゃないがそんなことは出来なかった。


「ねえジロー、おかーさんからの手紙読んだ?」


 昼休憩、厨房の椅子に腰かけて休んでいる俺に、セラはキラキラした目を向けて来た。


「ねえねえ、どんな内容だった? どんな内容だった?」

「んー……内容なあー……」


 セラのおかーさんからの手紙は、2通あった。

 ひとつはもちろんセラへ、もうひとつはなんと俺に向けて書かれたものだった。


 内容は、一言で言うなら俺への感謝だ。

 セラによくしてくれていること、セラを立派な大人へ導いてくれていること。

 異世界転生者の身で苦労しているだろうに、申し訳ないと。


 申し訳ないと思うぐらいなら家を出すんじゃねえよとか。

 そもそもの原因はおまえらの計画能力の低さにあるんだろうがとか。

 文句はいくらでもあった。

 目の前にいたならぶん殴ってやるところだ。


 でも俺は、すべてを呑み込んだ。

 手紙を破きそうになったのも、ぎりぎり耐えた。

 

 だって、そんなことをしてしまえばセラが悲しむから。

 自分の大好きな人をけなされていい気分になる奴はいないだろう。

 そんなことを俺がしたら、こいつはまた、泣いてしまうかもしれないから。


「ねえー、なんて書いてあったのーっ!?」


 いつまでも内容を話さないことに焦れたのだろう、大きな声を上げたセラがコックコートの袖をぐいぐい引いてきた。


「教えてよーっ! ジロージロージロジロジローっ!」

「ちっ、しゃあねえなあ……」


 俺はハアとため息をついた。


「だがその前に聞いておくぞ? おまえ手紙に、俺のことなんて書いた?」

「え? 料理番で、お料理がすごく上手くて、美味しくて。でも目つきが悪くて口も悪いから結婚できなそーって。だからセラが結婚してあげるのって」

「やっぱりそのせいか……」


 俺は痛み始めたこめかみを押さえた。


「あのなあ、手紙には俺への感謝の言葉がたくさん書かれてたよ。おまえの世話をしてくれてありがとうって。あなたみたいに立派な料理番と結婚出来るなら、将来も安心ねって。末永く、よろしくしてあげてくださいねって」

「おおーっ! やった、親公認だ!?」


 きゃーっ、とばかりに嬉しそうに頬を染めるセラ。


「そうじゃねえ、そういう問題じゃねえ! おまえのおかーさんは何考えてんだ! まだ11歳のガキをわけのわからん異世界転生者に託すか普通っ!?」

「おかーさんってけっこう度胸があるからねー」

「そういう問題じゃねえ! 俺のことをよく知りもしないのに大丈夫かって話だよ!」

「んー? 大丈夫だと思うよ? ジローはいい大人だし」

「大丈夫じゃねえよ! っつうかそもそも、俺は25歳だぞ!? どんだけ歳の差あると思ってんだ!」

「あと4年したら結婚出来るから、そしたらセラの15歳とジローの29歳でちょうどいいんじゃない?」


 何が悪いのかわからない、という風に首を傾げるセラと。

 そうじゃねえんだよと憤る俺と。


 俺たちのくだらないやり取りを、いつの間にかみんながニヤニヤしながら眺めていた。

 カーラさんが、フレデリカが、シスターたちにハインケスが。

 面白いものでも見るような目で、鈴なりになっていた。


「ちくしょう……てめえら、人のことを見世物みたいに……っ」


 歯ぎしりしながら、俺はみんなのことをにらみつけた。

 

「覚えとけよ? この恨みは、料理できっちり返すからな。とりあえずは今日の晩飯が、一品闇に消えるから」


 食事を盾にとると、みんなはそそくさと逃げ出して行き……。


「ええええーっ!? なんでなんでなんでえーっ!? セラ、何も悪いことしてないのにーっ!」 

  

 あとにはやだやだと騒ぐセラと、俺だけが残された。


「ああ、そうだな。おまえはなにも悪くない」

「そうだよっ、なのになんでーっ!?」


 ぷうと頬を膨らますセラを抱き寄せた。

 

「やだーっ、セラはご飯をお腹いっぱい食べたいのっ!」


 いやそうに暴れるセラを、構わずぎゅっと抱きしめ続けた。

 抱きしめながら思っていた。


 なあ、セラのおかーさん。

 あんたなんかに言われるまでもないから。

 セラがこの先どんな立派な大人になっても、世の中の誰もがうらやむようなレディになっても。

 あんたらに返す気は毛頭ないから。


 俺とこいつは料理番とその助手で。 

 俺とこいつはブラザーとシスターで。 

 結婚することはさすがにないだろうが、でも。

 こいつがこいつなりの幸せを手にするまで、手放す気はないからな。 


「覚えとけ、バカ野郎」


 セラには聞こえぬよう、口の中だけで宣戦布告した。

 俺の太ももを叩き、なおも暴れるセラをあやしながら。

 厨房に差し込む春の暖かな光差しを感じてた。


 




                       ~~~Suivreつづく~~~          

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