第62話「見送りの儀」

 厳寒期が去ると、すぐに春が訪れた。

 ほっとひと息つく間もなく、俺たちは様々な作業を開始した。

 冬ごもりで消耗した燃料と食料の調達、壊れた建物の修復。

 麓の村との交流、王都本院への報告と連絡、物流の再接続。

 各種作物の植え付け、サトウカエデの樹液の採取と精製に販売体制の確立と……。


 目まぐるしい日々の中で、喜ばしいこともあった。

 セラがひとつ歳をとって11歳になったこと。

 冬ごもりに際しての様々の活躍を認められ、正シスターに昇格する運びとなったこと。

 そして……。


「ねえねえジロー、早く早くっ」


 ある晴れた日の午後。


 礼拝堂への道を、セラはパタパタと勢いよく走っていく。

 時々立ち止まっては振り返り、俺を来い来いと招いている。


「そんなに慌てるなよ。どうせおまえが行かなかったら式は始まらねえんだから。どっしり構えてさ、ゆっくり出向いてやったらいいんだよ」

「ダメだよダメダメ、今日は大事な日なんだからっ。ほら、ジロー急いでっ。あとねっ? セラだけじゃないんだからねっ? 今日はジローだって主役なんだからっ」

「そうは言うけどよおー……」

「ほぉぉぉら、ジロおぉぉーっ」

「んなこと言ってもだなあ……この服、窮屈で歩きづらくて……」


 俺はいつものようなコックコートではなく、男物の修道服を着させられていた。

 この後にり行われる式に出席するためだ。

 セラの言う通り、主役の片割れとして。


「あーあーあー……ちくしょう、なんだってこんな……」


 紺色の修道服、それ自体は珍しいものではない。

 ハインケスだって着ているし、セラたちシスターのそれとの違いは下がズボンかスカートかぐらい。

 だが、問題は……。


「ダメだよ、ジローっ。詰め襟、ちゃんとしてっ」


 首元のホックを緩めようとしたのを目ざとく見つけたセラが、ぴょんぴょんと跳ねながら注意してくる。


「そこがポイントなんだからっ。スカラップなんだからっ」

「びっくりするほど言えてねえじゃねえか。スカラプリオーだろ?」

「そ、そうとも言うっ」


 秘跡修道服スカラプリオー──信者の中でも特に大きな業績を上げた者にのみ与えられる特別な祭服のことだ。

 この場合の業績ってのはもちろん、今回の冬ごもりに関してのこと。

 生存困難な状況を覆してザント修道院全員の命を救い生還に導いたとして、俺とセラはふたり揃って秘跡修道服を与えられていた。

 見た目は普通の修道服と変わらないが、じゃっかん生地が良く、詰め襟のところに茨模様が金糸で刺繍されている。


「こら、あなたたちっ! そんなとこで騒いでないで早く来なさいっ!」


 俺たちを怒鳴りつけて来たのはフレデリカだ。

 礼拝堂の入り口で腕組みし、いかにも不満げにしている。


「ひゃー、怒られたーっ」

「おっかねえおっかねえ……っと」


 俺たちは頭を抱えながら礼拝堂に入り、そして──その光景に圧倒された。


 礼拝堂に集まっていたすべての人が、俺たちを見るなりわっと歓声を上げた。

 拍手をし、口笛を吹き、手にもっていた紙吹雪を飛ばして歓迎してくれた。


「わわわっ、すごいっ、すごいねジローっ?」

「お、おう……これは予想以上の……っ」

 

 セラは喜びながら、俺は戸惑いながら信徒席の間の中央通路を抜け、カーラさんの指示によって壇上へと上げられた。

 

「……ちっ、やっと来たのかよ」 


 待ち構えていたハインケスは、不満を隠す様子もなく舌打ちすると、手にしていたカンペを読み上げた。


「えー、これより執り行うのはセラ・アミ、及びジロー・フルタ。今回の冬ごもりに関して特別な功のあった両名への……ご覧の通りでもう身に着けているが、秘跡修道服の授与式、そして……」


 ゴホンと咳ばらいをすると、ハインケスは続けた。


「──ここより旅立つ両名の、見送りの儀である」

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