第48話「三点プローブ法」

 考えられる危険は圧死や窒息死等。

 雪崩による遭難者の救出には、何よりもまず速度を必要とされる。


 俺は全速力でシスターを動員すると、救助用の道具(ロープ、スコップ、長い棒)を集めさせた。

 次いでセラの覚えている双子の遭難地点、姿の見えなくなった消失地点、身の回りの品々などの遺留品によって捜索範囲を限定した。


「横一列だ。手を伸ばしたら指が触れ合うぐらいの間隔で並べーっ」


 捜索範囲の上下に人員を分け、それぞれ横一列に並ばせた。

 手にはそれぞれ長い棒を持たせ、一斉に歩かせた。

 数歩歩くごとに前と左右の三点に突き刺して遭難者の体を探す、三点プローブ法。

 古典的な人海戦術だが、ビーコンみたいな文明の利器が無いこちらの世界においては最も確実な方法だろう。

 

「何か少しでも違和感を感じたらすぐに言うようにーっ」


 さらなる雪崩の予兆を見逃さないよう見張りを立てながら、全員で集中して1分……2分……。


「お願いします……お願いします……」


 3分──

 俺の隣で長い棒を操るカーラさんが、神様に祈りを捧げている。

    

「大丈夫だからね、絶対セラが治してあげるから……」


 4分──

 同じく俺の隣にいるセラが、真剣な目で雪面を見つめている。

 

 5分が経過したところで、俺の列にいたひとりが「見つけたっ」と叫んだ。

 ほぼ同時に、上から降りて来ていたハインケスの列のひとりが「ここよっ」と叫んだ。


「よっしゃ、それぞれの棒は現在位置に突き刺しておけっ。あとは全員、総がかりで掘り出すんだっ」


 上列、下列を構成していた人員がわっと押し寄せると、全力でその場を掘り始めた。

 遺留品の発見報告──馬の発見報告──そして──


「ランカ……ランカだ!」

「レオナもいたよっ!」


 雪面に横たえられたふたりは目を伏せ、声をかけても反応がない。

 鼓動も無く脈も無く、これはもう助からないのではないかと皆が絶望に包まれた時だった。


「……大丈夫っ。セラに任せてっ」


 セラはふたりの間に正座すると、両手をふたりの胸にかざした。

 すうっと目を閉じると、深く息を吸い込んだ。

 ゆっくりと吐き出したかと思うと、パチリ大きく見開いた。

 その瞳には超自然的な淡い光が宿っていて──

  

「……あれが『神様のギフト』?」

「『癒しの奇跡』……これが……」

「これなら……助かる?」


 恐れと期待の入り混じったような声が方々から漏れ聞こえる中、セラの施術は数分に渡って続けられた。

 

「わたしの時より全然長い……」


 ゾッとしたような声音でつぶやいたのはフレデリカだ。


 かつて遭難によって衰弱しきっていたフレデリカは、セラの手によって癒された。

 それに比較すると今回は、相手がふたりとは言えあまりに時間が掛かりすぎている。


「大丈夫かしら……大丈夫かしら……」


 それはおそらく、3人に対してのつぶやきだ。

 双子はもちろん、これだけの術を行使したセラがこの後どうなってしまうのか、フレデリカはそこまで含めて恐れている。


「大丈夫だ、セラを信じろ」


 俺はフレデリカの頭をガシリと掴むと、わしゃわしゃと力任せに撫でた。

 いつもだったら嫌がるだろうそれを、しかしフレデリカは素直に受け入れた。


「……うん、……うん、そうよね。絶対大丈夫よね?」

 

 自分に言い聞かせるように、必死に繰り返した。


「……」


 本音を言うならば、俺だって怖かった。

 誰かに不安を伝え、分かち合いたかった。


 だけど俺は、大人だから。

 子供のセラが戦っているのに、泣きごとなんて言えるはずもない。


 がんばれ。

 がんばれ。

 ただそれだけを、念じ続けた。


 そこからさらに数分──


 誰もが諦めかけたその時、双子の顔に赤みが戻った。

 胸が膨らみ、しぼんだ──自発呼吸!


『………………!!!?』


 皆が歓声を上げて走り寄る中、セラはその場に崩れ落ちた。

 そしてしばらく、目覚めなかった。

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