第41話「小雪チラつく中で」
翌朝。
小雪チラつく修道院の中庭で、連絡者の見送りが行われた。
連絡者に選ばれたのは建築担当のベラさんの部下の、ランカとレオナ。
金髪をお揃いのポニーテールに結ったふたりは十代半ばの双子だ。
シスターたちの中で最も運動神経が良く体力があり、何より大事な乗馬経験がある。
修道服のスカートをズボンに仕立て直し、背中にリュックを背負ったふたりが準備運動をしているところへ、フレデリカとセラが駆けて行く。
「お願いね、ランカ。これを見せればきっと、協力してくれる人がいるはずだから」
俺が作った弁当と一緒にフレデリカが差し出したのは、公爵家の封印がされた手紙だ。
修道院相手では商売にならないと判断した相手でも、後々太いパイプになるかもしれない公爵家の頼みなら断りづらいとの判断だろう。
「がんばれレオナっ。セラが応援してるからねっ、絶対絶対だいじょーぶだからねっ?」
俺が作った弁当と一緒にセラがレオナに差し出したのは、ふたりの似顔絵……みたいなものだ。
金色の巨大な頭部に対して明らかに下半身のサイズが小さい謎の生物2匹が、ランカとレオナなのだろう。
……たぶん、きっと。
「ありがとフレデリカ。助かるわ」
「せ……セラもありがとね。苦しい時にもこれを見れば、なんだか笑えるような気がするわ」
にっこり微笑むランカと、引きつり笑いを浮かべるレオナ。
対照的な双子の様子に周りの皆はこらえきれず笑い出し、セラはひとり不思議そうな顔をしていた。
「では行って来ます!」
「2週以内には戻って来るから、それまでみんな生きててよ!」
シュタッと手を上げたふたりが勢いよく坂道を駆け下りて行くのを、皆は長い間見送っていた。
麓の村までの4キロ。そして物流拠点たる倉庫のある街までの150キロ超の道のりは、平坦な現代の道なら片道5日もあれば走破出来る距離だろう。
だがこちらは中世ファンタジーな異世界だ。
道は平坦ではなく、道中には様々な危険が待ち受ける。
獣に盗賊、そして……。
「大丈夫かしら……雪……」
外套の前をかき合わせながらぼそりとつぶやいたのはカーラさんだ。
自らの作業に散って行く皆から取り残された彼女は、ひとり不安げに空を見上げている。
「無事に帰って来られればいいけれど……」
折から吹き出した風によって、小雪が顔にぶつかってくる。
気温もぐんと下がり、いかにもこの先が思いやられるという状況だが……。
「大丈夫ですよ、シスター長。これぐらいの雪、馬さえ手に入ればなんてことありません」
「……もし手に入らなかったら? そもそも、いくらお金を積まれたとして、こんな時期にわざわざ大事な家畜を手放す人がいるんでしょうか?」
「もっともな疑問です。なので俺も、あらかじめふたりには言ってあります。もし馬を手に入れることが出来ず、積雪のせいで帰還が困難になった場合は宿を確保するなどして現地にとどまり、とにかく自分の身の安全を第一に考えるようにと。路銀はそのためにすべて使っていいとも」
「あなたはそこまで考えていたんですね……」
目を丸くするカーラさんに、俺はドンと胸を叩いて見せた。
「ふっふっふ……伊達に修羅場をくぐってないんですよ。昨夜言ってた極北の森林地帯でのサバイバルなんか、まずは火を起こすとこから始めたんですよ? 辺り一面雪で真っ白で、食料のしょの字も無いような状況で。人数は年若い同級生が5人のみで。ねえ、それに比べりゃここは天国みたいなもんですよ。人数はドドンと32人。最初から水も火も
「そ、そんなものですか……」
じゃっかん引き気味なのは俺のドヤ顔にか、それともエピソードの過酷さにか。
ともあれ、これで少しでも不安が薄れてくれればいいのだが……。
「………………本当に、あなたはおかしな人ですね」
長い長い沈黙の後、カーラさんはポツリと言った。
「おかしい? 俺が?」
「そりゃあそうでしょう。王都を追放されてこんな
自分で言って自分で気まずくなったのだろう、カーラさんはゴホンとひとつ咳払いをした。
「昨夜していたお金儲けの話なんて、おそらくあなたが最も嫌う
「……やあ、なんかすいません」
「え? 今なんで謝ったんですか?」
思わず頭を下げると、カーラさんが不思議そうな顔をした。
「いやなんか、シスター長と話してると、何もしてなくても叱られてるような気分になるんで……」
「な、なんですかそれは、失礼なっ」
さも心外という風に、カーラさんは口を尖らせた。
「人がせっかく褒めているというのに……」
俺に背を向けると、カーラさんはぶつぶつとつぶやきながら去って行った。
「あちゃあ……怒らせちまった」
取り残された俺は困ったなと頭をかいたが、でも悪い気分はしなかった。
これまでずっとつんけんしていたカーラさんが、多少なりとも俺を認めてくれたことが嬉しかった。
雪解けというには遥かに遠いけど、いつかはきっと和解して、仲良くなれる。
その確信が、じんわりと胸を温めた。
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