第42話「セラとウサギ狩りと」
双子が修道院を発ってから1週間が過ぎた。
山はうっすらと雪化粧を施しているが、物流途絶、交通途絶という段階には程遠い。
このままいけば案外普通に越冬出来るんじゃないか、などど楽観的な予想にすがりたくなったりもするが……まあ、やめておいたほうがいいだろうな。
いつだって自然は残酷で、人間は無力だ。
準備を怠れば、一瞬のうちにその猛威に呑み込まれて死に至る。
だから俺は、あくまで現実的に速やかに、今出来る方策を打っていった。
まず人員はこうだ──
1、積雪のまだ少ないうちは、とにかく燃料と食料の確保に努める。
2、シスターを大きくふたつ(燃料調達班、食料調達班)、小さくひとつ(食料加工班)に分ける。
3、修道院の補修や衣服等の縫製は、とにかく後回し。
そして班分けはこうだ──
腕っぷし自慢の建築担当ベラさんを食料調達班。
木材の扱いに慣れている木工担当レイさんを燃料調達班。
手先の器用なマリーさん以下裁縫担当は基本食料加工班だが、全体のバランスを見てふたつの班に適宜振り分ける。
フレデリカたち年少部に雪山歩きは任せられないので基本食料加工班だが……中には例外もいる。
「わおーん! 獲ったどー! ジロー! ジロー! 木の実にウサギだ、大収穫だぞー!」
声に反応して厨房から出てみると、当然だがそこにいたのはセラだった。
分厚い外套を着こみ、頭にはカチューシャ状の三角耳、手には肉球付きの手袋、お尻にふかふかの尻尾までくっ付けた狼コスのセラが、元気いっぱいで帰って来たのだ。
「どおおおーんっ!」
セラの勢いは止まらない。
体についた雪を本物の狼さながら身を震わせて落とすと、助走までつけた上で全力で俺にぶつかって来た。
「おまえなんちゅう勢いで……」
「あっはっはー、楽しかったよーっ!」
俺の腰に抱き着いたセラは、上気した顔で笑った。
「あのね? あのね? セラがわおーんって驚かせるとウサギがぴょーんって跳び上がって逃げるのっ。そんでねっ? みんなも真似して一斉に驚かせると、たくさんのウサギがぴょぴょぴょぴょーんって跳ねて逃げるのっ。楽しかったあぁーっ」
両手をいっぱいに広げて、実に楽しそうだが……。
「あー、はいはい、わかったわかった。いいからすぐに風呂入りな、汗だくのまま放っておくと風邪ひくぞ?」
「ジローも入るっ? ジローも入るっ?」
「バカか、入るわけねえだろうが」
「ええーっ、夫婦なのにーっ!」
「夫婦じゃねえっ!」
セラの世迷い言を秒で否定しているところへ、鉈や弓矢で武装したベラさんたちが帰って来た。
それぞれが背負う籠や引くソリには、食料となる木の実や狩猟の成果だろうウサギなどの小動物、ついでで拾って来たのだろう樹皮や薪などが積まれている。
「ジロー、あんたの考えた狩猟法は良かったよ、獲物自体は小ぶりだが、けっこうな数が捕れた」
「そうか、そいつは良かった」
複数の
「しかし考えたもんだな。人数揃えて大声出すから、熊やら狼やらの危ない獣は寄って来ないし、セラを連れてっても問題無かった。さすがは旦那ってとこか? 嫁の身をきっちり案じて作戦立ててやがる」
「だから夫婦じゃないと何度……」
世迷い言はともかく、セラの身を案じて作戦を立てたのはたしかだ。
今回の早すぎる積雪は野山の獣にとっても想定外だったに違いない。
冬眠に失敗した獣たちが危険というのは異世界でも同じはずで、いくら猟師の娘といったってセラを行かせるのは怖い。
「ま、セラのための作戦だってのはたしかですがね。あいつ、雪山には自信があるもんで、行きたいって言ってきかないんですよ。なので一度でも行かせりゃ満足するかなって」
収獲したウサギの耳を掴んで持ってフレデリカたちに自慢するセラを遠目に眺めながら、俺は本音を明かした。
「大物狙いの時は行かせませんよ……ってなんでにやにやしてんですかあんたら」
ベラさんだけじゃない、食料調達班の他の面々までもが俺を見てにやにやしている。
「ホントにあり得ないんで、そういうのやめてもらえますかね……」
俺がいくら言っても聞きやしない。
禁欲的な環境に身を置いている反動だろうか、シスターってのはホントにこういう話が好きな連中なのだ。
「……ちぇ、まあいいや。おおーい、始めるぞー。食料加工班の皆さん出番ですよーっ」
パンパンと手を叩くと、俺は班のメンバーに声をかけた。
「新鮮なうちにウサギどもを
すると、セラを除いたフレデリカたち年少組の顔がギギィッと
「ちょ、ちょっとジロー……今なんて言ったの? あなたまさかこのウサギちゃんを……」
「捌くと言ったんだが、それがどうかしたか?」
『…………っ!!!?』
年少組の顔から、ざああああっと音を立てて血の気が引いていく。
「ああー……なるほどね、グロ耐性が無いのかおまえら。セラが全然気にしないからてっきり全員平気なんだと思ってたけど……そうなんだよな。こいつは家庭環境が家庭環境だから平気で当たり前なんだった」
「んー? 今セラのこと呼んだー?」
とてとてと走り寄って来たセラの頭を、俺はわしゃわしゃと撫でた。
「おー、呼んだよ呼んだ。おまえは偉いなって話をしてたんだ」
「…………っ!?」
そんなにストレートに褒められるとは思っていなかったのだろう、セラは歓喜と驚愕の中間ぐらいの顔をした。
「ま、とりあえずは速攻で風呂入ってきな。それからふたりでこいつらに、ウサギの捌き方を指導してやろう」
動揺しているセラの背中を押すと、俺はコックコートの袖をまくった。
「この程度のことでビビッてられたんじゃ、この先の作業に差し
『……………………っ!!!!!?』
とどめとばかりの俺の言葉に、年少組の連中は声にならない悲鳴を上げた。
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