「第6章:合理的でない理由」

第40話「戦いは始まる」

 カーラさんに急を告げられた、その日の夕食後。

 食堂の一画にもうけた会議スペースに、俺は各部門の担当者を呼び集めた。


 面子は俺とセラ以外に5人。

 建築担当のベラさん。

 縫製担当のマリーさん。

 木工担当のレイさん。

 シスター長のカーラさんと……。


「……それで、どういうことなんだ? ジロー」


 修道院長ハインケスが、皆の意思を代弁するように聞いてきた。

  

「このクソ忙しい時にわざわざオレたちを呼び出すとは、それなりの考えがあってのことなんだろうなあ?」


 おまえマジでふざけんなよという気持ちが見え見えの、苦虫を嚙み潰したような表情。


 それは何もハインケスだけじゃない。

 ベラさんもマリーさんもレイさんも、自分たちの担当の仕事をどうこなすかでいっぱいいっぱいで、とにかく表情に険しさがある。


「まさか食後のお菓子を振る舞おうってわけじゃあるまい? いったいなんの用で……」

「わかってるさ。今が一刻を争う状況だってのは」

「だったら……」

「だからこそ、だ」


 全員の顔を平等に眺め渡してから、俺は言った。


「これから予想される未曽有みぞうの豪雪に対する緊急体制。その一番初めの仕事の割り振りを、俺にさせて欲しいんだ」


 俺のお願いに、皆は殺気立った声を上げた。


「はあ? 何言ってんの?」

「ジローさん、料理人でしょ? いったいなんの権利があって……」

「あたしらの仕事なんてそもそもわかんないでしょ?」


 口々に意見してくる皆を両手で制すると、俺は続けた。


「以前に言ったことがあるかもしれないが、俺は料理学校時代の恩師の無茶ぶりによって様々な危険地帯に送り込まれ、サバイバルをした経験がある。熱砂の砂漠地帯、絶海の孤島、荒廃した都市の廃墟。そして、極北の森林地帯」


 いついかなる状況でも料理人たれ。

 およそ合理的という言葉とは程遠いそれが、しかしドニの方針だった。


 生徒の多くは不満を漏らしクラス替えを求めたが、俺はそうはしなかった。

 そういうことが実際にあるのだと知っていたからだ。


 理想とは縁遠い環境で、しかし生きるために料理をしなければならない状況が。

 食えないものを食えるようにしなければならない地獄が、この世にはあるのだと。


「サバイバルで必要な4つの要素、それは水・火・基地シェルター・食料だ。このうちの水に関しては地下深くから汲み上げている井戸水があるので問題ない。火に関しては燃料となる薪が必要で、これは当然だが相当量を確保しておく必要がある。基地に関してはふたつ。ひとつがこの修道院、もうひとつが人体を護る衣服ということになる。これらについては一部修繕そして改善をしなければならない箇所があるが、どうしても専門的な話になるので後々別個に説明する」


 皆が話に集中しているのを確認した上で、俺はわざと声のトーンを落とした。 


「4つの要素の中で、最も足りないのが食料になる。例えば主食たる穀物。年間ひとりあたり150kg。シスター30人プラス野郎ふたりで4800kg。厳寒期が仮に半年間続いたとして2400kg。これが修道院全員が健康を損ねることなく生き残るための最低限の穀物の必要量だが、現状、うちの食糧庫には1000kgも無い。油や調味料に関しては余裕があるが、肉や魚、野菜等の副食に関しても必要量のおおよそ半分といったところだ。つまり3か月以上厳寒期が続けば、俺たちは餓死することになる。水があっても、火があっても、基地があっても生きていけない」

『…………っ』


 厳しい現実を突きつけると、皆は一様に息を呑んだ。


「…………ひとりあたりの食事量を切り詰めれば、もう少しいけるんじゃないのか?」


 苦渋に満ちた顔でハインケスが言うが……。


「最低限の、と言ったぞ? 実際には穀物だったら年間ひとりあたり180㎏は欲しいんだ」

「その必要量の計算式は、そもそもどこから出て来てるんだ? たしかなものなのか?」

「1日に必要な摂取カロリーからの計算だ。1日何キロカロリーあれば人間は生きていけて、その中の何割を穀物が占めるのか。それを年単位に換算すると150~180㎏になるんだ」


 俺が合図を送ると、セラがシュタタタと皆の前に走り出た。

 両手で頭の上に掲げたお勉強用の小さな黒板には、カロリーと健康に関する説明文が記されている。


「…………なるほどな。わかった。もういい」


 ハインケスはテーブルに片肘をつくと、いかにも大儀そうに息を吐きながら俺を見た。


「異世界の知識を持つおまえならではといったところだな。それで? そこからどう展開するんだ? 食料が足りないですキツイです、で終わりじゃないんだろ?」

「もちろんだ」


 ゴホンと咳払いしてから、俺は続けた。


「まず必要なのは連絡者だ。修道院には食用の羊や鶏はいるが、運搬用や騎乗用の動物がいない。物流に関しては月1回の指定の商隊と、郵便を送ることで来訪してくれるランペール商隊のふたルートのみ。どちらも本拠地は王都にあるが、物流拠点としての倉庫が近傍きんぼうにある。この双方に連絡をとるための人選と、貸し出しを頼みたい」

「……近傍と言ったって1日2日の距離じゃあるまい。どうやって連絡をとるんだ? 走ってか?」


 小馬鹿にするような顔でハインケス。


「道中で馬を買い上げるんだ。馬に乗ってふたつの商隊に連絡をとり、食料運搬の約束を取りつけ、同時並行して食料の買い付けも行う」

「……簡単に言うが、馬一頭買うのも大変なんだぞ? その金はどこにある」

「金なら俺が、稼いでみせる」

  

 俺が断言すると、皆はぎょっとしたような顔になった。


「一介の料理人風情が何を言うと思うかもしれない。でも、手段はあるんだ」


 向こうの世界にあって、こちらの世界に無い料理の技術はいくらでもある。

 使い方によっては億万長者にすらなれるようなのが、いくらでも。


 だけど俺は、それらを利用して金儲けしようなんて気はさらさらなかった。

 金自体に興味がないこともあったが、そもそもの問題としてそれは、こちらの世界の料理人の努力を、開発者の創意工夫を嘲笑あざわらう行為だと思ったからだ。

 外来種をぶち込んで生態系を壊す行為に似たものだと思ったからだ。


 だが、今回は話が別だ。

 誰一人欠かさずに生き残るため、それしか無いならやるしかない。

 

「そのひとつひとつをここで説明するのは手間だし、時間の無駄だ。だが、これだけは約束しよう。金のことなら心配するな。絶対になんとかしてやる。だから頼む、俺を信じて動いてくれ」   

  

 頭を下げると、俺は再び語り始めた。


 人を動かすのはいつの時代だって人の熱であり、誠意だろう。 

 だからこそ、精一杯の心をこめて。


 終わりの見えない厳寒期をどう乗り越えるのか。

 どう備え、どう生きるのか。

 向こうの世界で学んだ、そのすべてを。


 皆の目は、徐々に真剣味を帯び始めた。

 活発な意見が飛び交い、テキパキと割り振りが決まっていった。 


 ──そして、俺たちの戦いは始まった。

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