第37話「合理的な理由」
「セラがいなくなって……二度と戻らないってのは……それは、例の聖女様を決めるという選定会議のことですか?」
わずかに焦りを含んだ声で、ジローが
「ええ」
「でもそれは、あくまでセラにギフトが……『癒しの奇跡』があると知られている前提の話ですよね? その……王都の本院に」
わたしの表情を探るようにしながら、ジローは言葉を重ねてくる。
「でも、今は秘密にしているんですよね? あいつが大きくなるまで能力を使わせたくないからって。もっと体力精神力を鍛えてからだって。だったらそのまま伏せときゃいいじゃないですか。そしたら選定会議に参加する必要がそもそも無くなる。いつかは明かさなきゃならないんだとしても、相当先に延ばすことが……」
「……それはね、ジロー。伏せていられれば、の話なんです」
ごほんと咳払いすると、わたしは説明を始めた。
「そもそもの問題として、セラの力を知っているのはわたしと修道院長、その他一部の者だけのはずでした。でも現に、あなたは知っている。この間のフレデリカの件よりも、もっと以前から」
「……あ」
ハッとしたように口を押さえるジロー。
「人の口を完全に塞ぐことは出来ないのです。お恥ずかしながら、それは
セラの噂は、いずれ王都本院に伝わるだろう。
それが1年先か、2年先のことになるのかはわからない。
だが、きっと……。
「4年後には知れ渡っているはずです。数少ないギフト持ちとして、当然、選定会議には出ることになります」
「他にも候補はいるんでしょう? セラよりも年上の、もっと強いギフト持ちが。なら、セラがそれに落ちてしまえば……」
わたしは小さくかぶりを振った。
「『癒しの奇跡』は本当に希少な、強力なギフトなのです。歴代の聖女様の中でも、同じ力を持っていたのは初代マリア・アウグスト様と7代目リリーナ・エインズワース様のおふたりのみ。どちらの方も、歴史に残るような偉業を成し遂げておられます。例え落選したとしても、セラが
「それは……」
絶句するジローに、わたしはさらに告げた。
「ただの料理人であるあなたが、セラについて行くことは出来ません。セラもここにとどまることは出来ません。あなたたちの関係はあと4年で終わりです。だからこそ……」
「……今はこれ以上関わるな、と?」
胸の内から絞り出すようなジローの言葉に、わたしは胸を痛めた。
「仲が深まれば深まるほど、別れの辛さもまた深まります。その時セラはまだ14歳で、それほどの痛みに耐えられるかどうかわかりません。泣いてわめいて、それで済めばいいけれど、済まなかったとしたらどうなるか……」
そんなこと、想像したくもないのだけど……。
「難しいことかもしれません。でもジロー、もしあなたが本当にセラのためを思うなら、もっと距離を置いてください。線引きを明確にして、
「それは……」
「それとも何か、理由がありますか? そうは出来ない合理的な理由が。あなたには」
意地悪な質問かもしれないと思いながら、わたしはあえて
「理由……」
ジローはぽつりとつぶやくと、何もない宙を見つめた。
「理由は……」
なかなか出て来ない答えを、わたしはずっと待っていた。
広い広い礼拝堂の中、白い息を吐きながら。
膝の上で拳を握り、じっと寒さに耐えながら。
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