第27話「砕き砂糖のパパのひげ」

 さて、セラとフレデリカの頑張りによって多くのお客さんを集めたはいいものの、肝心の料理がまずかったら台無しだ。

 もちろんそこは俺の腕を信頼してもらうとして……。


 難しいのは、ただ美味いだけでもいけないということだ。

 多くの貴重な材料を使った商品はその分原価も上がり、どうしたって値段に影響する。

 主な客層を周辺の村や街の住民だと仮定するならば、主要な商品は安くて美味いものにしなければならない。

 そこで俺が選んだのは──みなさんご存じ綿あめだ。

 

 その名前と縁日の風物詩的イメージから日本産のお菓子と思われがちな綿あめだが、意外やアメリカ産だ。

 19世紀末、テネシー州の菓子製造業者が作り出した。

 英語で「天使の綿毛フェアリー・フロス」、フランス語で「パパのおひげバーバパパ」と呼ばれるそれは、斬新な見た目と食感で爆発的な人気となった。

 それはおそらく、この世界であっても同じだろう。


 いやいや待てよ。

 そもそも綿あめ製造機が無いのにどうすんだって? 

 大丈夫だ、無いなら無いなりになんとかする。

それが料理だセ・ラ・キュイジーヌ


 んで、具体的にどうするかというと、今回はそのものを作ってしまうことに決めた。

 綿あめ製造機それ自体の原理は至極簡単で、中世レベルの技術力でも問題無く再現出来る程度のものだからだ。


 ざっくり言うと──


 熱して液体となった砂糖を小さな穴が無数に空いた筒に入れ、急速に回転させると遠心力でもって穴から飛び出す。

 飛び出た砂糖は冷やされ糸状に固化する。そこを割りばしで絡め取るというのが綿あめの原理だ。


 よって──  


 ①はずみ車付きの足踏みロクロの回転台の中央に、固定用の穴を開ける。

 ②割れ鍋を大小ふたつ用意し、大を受け皿にし、小に無数の穴を開け蓋をして筒と見なす。

 ③金属の棒で②を固定する。


 これで綿あめ製造機は完成。

 ちなみに製造にはレイさんら木工部の力を借りた。


 次なる問題点は材料だ。

 通常、綿あめは粒子の大きいザラメ糖で作られる。

 上白糖やグラニュー糖のような粒子の細かい砂糖を使うと目詰まりを起こしたり、炭化を起こしたりしてしまうというのがその理由なのだが、残念なことに修道院が仕入れていたのはすべてがグラニュー糖だ。

 

 そこをなんとかするためには、とにかく粒子を大きくするしかないのだが、これには物凄く単純な解決策がある。


 器にグラニュー糖を盛り、水で湿らせ一晩放置する。

 固まったら木槌を使い、好みの大きさに叩き割る。


 ただこれだけ。

 料理をしている者ならば誰しも一度は陥ったことがあるだろうあの現象だ。

 湿り気によって砂糖を凝固させ、塊状のグラニュー糖を作って割るのだ。


 甘いものに目がないセラがつまみ喰いしないよう監視するという謎のミッションは発生したものの、なんとか乗り切った。


 ここまでくれば、あとは簡単。

 グラニュー糖の温度調整が難しいとか、強い遠心力を生み出すためにペダルを鬼踏みしなければならないなどの問題はあるにせよ、限りなく現代のそれに近い綿あめの完成だ。


「はあ……っ、はあ……っ。も、もういい加減疲れたんだけど……っ」

「ま、マリオン。もう少し頑張ってくれない? 実はわたし、もう足が……」

「ルイィィィーズ!?」


 マリオンとルイーズのふたりが、額に汗しながら交互に綿あめ製造機の運転を担当。

 俺はフライパンで熱したグラニュー糖を筒へと流し込み、串焼き用の串へと綿あめを巻き付け、客引き兼販売員のセラとフレデリカへ手渡すところまでを担当する。

 

「うう……っ、甘くてふわふわで美味しそう……っ。ちょ……ちょっとひと口だけでも……っ?」

「こら、あなたの分じゃないでしょっ。それは売り物っ。──コホン。さあ召し上がれっ。こちらがザント修道院名物、『砕き砂糖のシュクル・コンカッセ・パパのひげオ・バーバパパ』ですわよーっ」


 よだれを垂らしながら手にした綿あめを見つめているセラをお尻で押すようにしながら、フレデリカが天高く綿あめを掲げた。

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