第28話「祭りの顛末」

「こ……これはすごいっ、香ばしくてふわふわでっ、口に入れた瞬間溶けるようだっ」

「しかも甘ぁ~~~いっ。天国にかかる雲って、こんな味がするのかしらっ?」

「も、もう一本くれっ。今すぐにだっ。ほら、金ならあるんだっ」


 綿あめの与えた衝撃はすさまじく、多くのリピーターを生み出した。

 お客さんが屋台の周りに群がり収拾がつかなくなりそうだったので、急きょ待機列を作らせるほどに。


「こんこんこーんっ! 『砕き砂糖のシュクル・コンカッセ・パパのひげオ・バーバパパ』を購入希望の方はこちらに並んでくださいませーっ!」


 ようやく慣れてきたのか、あるいはただヤケになっているだけか、フレデリカが狐の鳴き真似をしながら待機列の整理を行っている。


「わおーっ、わおーっ! さあ4人分だぞーっ! 冷めないうちに食べないと、狼のセラが食べちゃうぞーっ!」


 セラは元気よく駆け回り、出来立ての綿あめをお客さんに手渡していく。

 

 ふたりの連携プレーが並んでいるお客さんの目を楽しませているおかげだろうか、苦情はまったく上がって来ない。


 ……いや、ひとりだけ例外がいた。

 白地の祭服に身を筒んだ痩せぎすの男、バルトルト巡回司教だ。


 巡回司教は王都の本院から出発し、1年をかけて領土内のすべての教会や修道院を巡察して回ることを役目とする高位の聖職者だが、バルトルトにはその地位にふさわしい高潔さのようなものは微塵も感じられない。親の七光り丸出しの、人を見下したような態度が鼻につくいけすかない男だ。


「は? この私に庶民どものように行列に並べと言うんですか? 巡回司教であるこの私に? バカを言うんじゃありません。こら、そこの目つきの悪い料理人。今すぐその白いのを私に寄越しなさい」


 列に並んでいる人たちからの白い目など気にもせず、バルトルトは俺に向かっていきなりまくし立ててきた。


「……お客さん。どうでもいいけど、列の最後に並んでもらえますかね」

「あ、あなた。話を聞いていなかったのですかっ? 私は巡回司教の……」

「空腹に貴賤きせんは無い、ってね。わかってもらえませんかね、お客さん・ ・ ・ ・

「ひいいぃっ?」


 フライパンを操る手は止めず、目線だけを上げてにらみつけると、バルトルトは明らかに怯んだ。


「いいコにしてたら、きちんとお売りいたしますんでね。どうか」

「ぐ……くうううっ?」


 いかにもケンカし慣れていない様子のバルトルトは、俺の脅しに青い顔で呻くのみ。


 鬱憤を溜めていたみんなはその光景に拍手喝采。

 口笛や、バルトルトをあざ笑う声が盛んに上がった。


 しかし、そうなると収まらないのがバルトルトだ。

 恐れと怒りの天秤が怒りのほうに傾いたのだろう、顔を真っ赤にして怒り出した。


「名をっ、名を名乗りなさいっ。修道院の料理番ならば、いずれにしても身分は修道士ブラザーでしょうっ。上位階者への不敬罪で処罰してあげますっ」

 

 俺に向かって指を突きつけ、よくわからん罪状を述べ立ててくるが……。


「俺はジローだ。処罰だろうがなんだろうが、やれるもんならやってみな」

「ふん、ジローか。その名前、覚えましたからねっ。本院へ報告してすぐにでも……ん? どこかで聞いたような…………げえっ、ジローってあのジローですか!?」


 俺の名を繰り返していたバルトルトの表情が、急に凍り付いた。


「異世界転移者の分際で恐れ多くも王子殿下を蹴り飛ばしたあのっ!?」

「ああー……あったな、そんなことも」

「激怒された国王陛下に対して一言の謝罪も無く、処刑にするなら今すぐしろと開き直ったあのっ!?」

「そうそう、そんなことも言ったっけ」

「その名を出すだけでも陛下がてきめんに不機嫌になるから、今や扱いにされているあのっ!?」


 俺が王都にいたのは半年ほど前のことになる。

 異世界から来た料理人の蛮行ということで当時もけっこうな騒ぎになっていたが……なるほどな。

 今では「名前を呼んではいけないあの人」、みたいな扱いになってんのか。


「へえー、あなたそんなことしてたんだ? 野蛮人だ野蛮人だとは思ってたけど、まさかそこまでのことをねえー……ふうーん?」


 目を丸くしながら現れたのはフレデリカだ。


「知るか。あれは王子が悪いんだ。あのクソガキ、人が料理してる最中に厨房内を奇声を上げて走り回りやがって……あげくに休ませといた最高級牛肉を床にぶちまけて……。3枚におろされなくて済んだだけ、ありがたいと思って欲しいね」

「……いちいち表現が過激なのよね」


 フレデリカはハアとため息をついた。

 腰に手を当て何をするのかと思ったら、バルトルトの顔をじっと見上げた。


「ね、わかったでしょ? バルトルト。こんな野蛮な料理番に構うだけ時間の無駄よ。王都の本院だって、下手に騒いで陛下の逆鱗に触れるようなことはしたくないはず。今日のところは大人しく引き下がりなさいな」

「なんですかあなたは、急にしゃしゃり出てきて…………ってまさかフレデリカ? レーヴ家のフレデリカですかっ?」


 貴族同士、しかも互いに公爵家ということで面識があったのだろう。

 バルトルトは意外な再会に驚き、目を見開いている。


「そうよ。今はこうして、行儀見習いをしているところ」

「行儀見習い? あのフレデリカが?」

あの・ ・が何にかかるのかはあえて追及しないけど……まあその通りよ。わたしは今、お父様の言い付けでこの修道院にお務めしているの。この意味……あなたならわかるわよね?」

「うぐぐぐぐ……」


 さすがに国家の重鎮たる公爵家同士のいがみ合いにまで発展させたくはなかったのだろう。

 バルトルトはひとしきり唸った後……。


「ふ、ふん。しかたありませんね。今日のところはあなたの顔に免じて引き下がるとしましょう。ですが、次も同じようにはいきませんからね。上位階者への侮辱は……」


 とかなんとか、よくわからぬことをつぶやきながら帰って行った。


 その後ろ姿をにらみつけるようにしながら、フレデリカはポツリと言った。

「……一応、借りは返したからね」と。

 慣れない善行を積んだせいだろう、微かに頬を染めながら。


「貸した覚えはねえけど、まあ……ありがとうとは言っとくよ」


 フレデリカのおかげでこの場が丸く納まったのはたしかだし、公爵家同士の力関係を考えれば、巡察の結果を不当に悪くつけられることも無さそうだ。


「ちょ……何よっ」


 グシグシ乱暴に頭を撫でてやると、フレデリカはいかにも嫌そうにかぶりを振った。


「礼だ、受けとっときな」

「これのどこが礼なのよっ。あなた、乙女の頭に気安く触れるなんてどういうつもりっ?」

「その格好にふさわしい礼をしてるつもりだが?」

「くっ……こいつっ? バカにしてるのねっ? 礼とか言っといてバカにしてるんでしょうそうでしょう!」

「あーっ! あーあーあーっ! いいないいなー!」


 突然大声を上げたのはセラだ。


「フレデリカだけずるい! ずるいずるーい!」

 

 頭を撫でられているフレデリカがうらやましかったのだろう。

 大騒ぎしながらそこら中を走り回り始めた。


「ちょっと……別にわたしはこんなことしてもらいたいわけじゃなくて……っ」

「ずうううーるうーいーぃぃぃー!」


 自分も頑張って働いてるのにおかしいだろうと、セラは頭を俺の腰に擦り付けてきた。

 

「あーあーあー、わかったよ、ほれ」


 これ以上騒がれても面倒なので雑に撫でてやると、セラは「ぐるぐる」と嬉しそうに喉を鳴らした。


「あなた……ホントに狼みたいじゃない」


 あきれ顔のフレデリカの言葉通り、セラの狼の真似はしばらくの間抜けなかった。




 とまあ、それが収穫祭の顛末てんまつだ。

 その年俺たち販売部は過去最高の売り上げを叩き出し、来院したお客さんからの絶賛を受け、巡回司教からもまずまずの評価を与えられた。


 さすがのハインケスもこれは手放しで誉めざるを得なかったようで……。

 シスターたちにはお小遣いが、食品担当の俺には特別予算の支給がなされた。

 わかるだろうか──この時期・ ・ ・ ・このタ ・ ・ ・イミング ・ ・ ・ ・で、俺は最も欲しかったものを手にいれたのだ。

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