第26話「アニマル☆コスプレ萌え屋台inザント」 

 その日は晴れていた。

 風も無く、視界良好。

 小高い山の中腹に位置する修道院への長い坂を登ってやって来る、お客さんたちの姿がよく見えた。

 

 麓の村や街の住民、地域一帯の長、遙か王都からの視察部隊。

 服装も身分も様々な老若男女が次々と訪れるのを、シスターたち総員30名は元気のいい声で迎え入れた。


 ハインケスは似合わない愛想笑いを浮かべながらお偉いさんたちを案内し、カーラさんがその補佐に当たっていた。

 腕力自慢のベラさん以下7名のシスターはお客さんの案内兼万が一の時の救護班に。

 神がかりの裁縫師マリーさん以下縫製部7名、及び無双の彫刻師レイさん以下木工部7名は作成作業を終え、順次俺の率いる販売部に組み込まれた。

 

 商品はすべて修道院で作成した農作物、畜産製品、服飾品や神具祭具などだ。

 分野ごとに分けたそれらを修道院正面の広場に展開した屋台に並べる。

 売り上げが今後の修道院経営に、引いては各部門の予算に直結するとあって、みんながみんな、ガチで挑んでいる。


 俺としてはもちろん、食品関係の予算が欲しい。

 一部の香辛料に砂糖、小麦粉に特殊な油。

 そうでなくともそれらを代用できる品が、喉から手が出るほど欲しい。

 

 しかも、しかもだ。

 それらを満載した商隊が、近々修道院を訪れるのだ。

 修道院指定の商隊とは違うエマさんの懇意にしている特別な商隊が、格安で物をおろしてくれることになっているのだ。

 それがつまりはエマさんからの「お礼」の内容であり……。


「だからこそ、今日は稼がねばならんのだっ! よおぉぉーし、行けセラ! お客さんを捕まえて来ぉぉぉーい!」


 屋台の焼き台についた俺は、召喚獣に命令するみたいにしてセラを送り出した。


「わおーっ、わおーっ! 狼のセラだぞーっ!」


 ゴーサインを受けたセラは、雄叫びを上げながらお客さんの群れに向かって駆けて行く。


「おお……っ? 何か来たぞっ?」

「え、何このコ、耳と……尻尾っ?」

「人間よね……んん?」


 縫製部入魂の銀色狼のコスチュームに身を包んだセラの姿に、最初は戸惑っていたお客さんたちも……。

  

「さあー、こっちに来てジローの料理を食べていくんだ! 美味しいぞーっ?」


 ぴょんぴょん跳び回っては肉球付きの手袋でお客さんの裾を引いたり、カチューシャ状の三角耳をお客さんの脇腹に擦りつけたり……。


「食べてくれないとお客さんを食べちゃうぞーっ?」


 脅すように両手を振り上げるセラの愛らしさに胸を打たれたのだろう、大人たちがどっと屋台に押し寄せた。


「いったいどういうことなの……!?」

「なんであんな客引きで……っ!?」


 屋台の後ろで俺のサポートに追われているマリオンとルイーズが、口々に不満を叫んだ。


「わかってねえなあー、おまえらは。これがジャパニーズ萌え文化ってものなんだよっ」


 ニヤリと笑みながら、俺は焼きを続ける。


 料理学校での修業時代、恩師のドニによって俺が過酷な状況に追い込まれたことは前に話したと思う。

 最初はフランスの山奥に放り出されるだけだったそれは、やがて様々にバリエーションを増していった。

 無人島や砂漠地帯、都市の廃墟や南米の密林などという狂気じみた場所も多かったが、やはりというか一番多かったのは、都市部での勉強だった。

 

 その中で最も苦戦したのは、「味の祭典」と呼ばれるフランスのトップ料理人ばかりを集めた屋台フェスで一位をとれと言われた時のことだ。

 意気込みはともかく実際問題不可能な課題に、俺は同期の学生たちと頭を悩ませた。


 その時の打開策となったのが、意外にも「萌え」の発想だった。

 ジャパニメーションにはまっていたアンドレとレベッカが打ち出した「萌え屋台」でとにかく注目を集めようという身も蓋も無い計画が、しかし驚くほどに当たった。

 結果は惜しくも3位に終わったが、大健闘なのは間違いない。

 そこで俺が学んだ教訓はひとつだ。


「人間なあー、本能の命令には勝てないもんなんだよ。庇護欲をくすぐる存在が目の前でちょろちょろしてたら、ついつい追いかけたくなるものなんだ。行った先に美味い料理があって、そいつを勧められたらふらっと摘まんじまうものなんだ。ひとり摘まませちまえば、あとはこっちのもんだ。財布の中身がすっからかんになるまで食わせてやる……っ。ふふ……ふははははははっ」

「え、ちょっとこいつ何言ってるの……?」

「怖い怖い怖い……っ」


 マリオンとルイーズが怯えたような声を上げたが、まあ無理もない。

 コスプレだの萌えだのなんてのは、文化未発達のこの地においては革命的思想だからな。

 わからないことに対して本能的に恐怖を抱く、それもまた生物だ。


「まあ……一部理解出来るところはあるけれど……。セラはあの通りのお子様だし、大人ってのはそんなお子様が好きなものだしね」


 王都で多くの大人たちにちやほやされて育ったのだろうフレデリカは、一定の理解を示した。

 しかし……。


「でも、でもね……っ? これはなんなのっ? 一体全体どういうつもりなのっ?」


 フレデリカは尻上がりに声を荒げた。

 両手で体を隠すようにしながら、頬を赤らめ、涙目で訴えてきた。

 

 修道服を膝上までたくし上げて毛皮のハイソックスを履き、お尻には9つに分かれたもふもふの尻尾、頭にはカチューシャ状の尖った耳、目元には赤いアイライナーを引き、口には紅を差している──そう、フレデリカはセラと対になるような、金色狐のコスに身を包んでいるのだ。


「わたし、こんなの絶対似合わないしっ、セラと違って大人だしっ……なのになんでこんな格好をっ?」

「……フレデリカよ」


 俺はしかつめらしい顔をすると、ぽんとフレデリカの肩を叩いた。


「それもこれも、すべては食糧事情の改善のためなんだ。頼む、みんなのために涙を飲んでくれ」

「嫌よおおおおおおおーっ!」


 フレデリカが大声を上げると、なんだなんだとばかりにセラが戻って来た。

 あざとく着飾った美少女ふたりが揃った光景はなかなかに華やかなもので、より多くのお客さんを引きつけることが出来た。


「……よし、計画通りっ」


 小さくガッツポーズをとると、俺は焼き台に戻った。

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