第4話「ブラザー&シスター(見習い)」

 厨房に戻った俺は、セラが気にしたこともないだろうその構造を、改めて教えて回った。


「てことで、まずは厨房からだな」


 入り口を入って中央奥にあるのがデカい暖炉のような火床、ここでは大鍋料理や焼き物を扱う。

 その左脇にパン焼き窯、右脇に通常のかまどがある。

 中央にあるのが食材を切ったりこねたりする作業台。

 作業台を挟んで手前にあるのが水場、洗い物をしたり塩漬け肉の塩抜きをしたりする場所だ。


「すぐ隣にあるこの二階建ての建物は食料の保存倉庫だ」


 一階には穀物や肉類、野菜、薪などが置かれている。

 風通しの良い二階は干物などを吊るしておく部屋で、地下には漬物類や酒が保管されている。


「さらに隣にある地下室は氷室ひむろと言って……」


 内部は円筒形の保存室と、外気を遮断するための前室のふた部屋。

 保存室の天井に穴が開いていて、上から氷や雪を落として蓋をすることで室内の気温を下げ、腐りやすい食料を保存する仕組みになっている。

 前任者がほったらかしだったせいで今は使える状態になっていないが、そのうち有効活用したいと思っている。


「おおざっぱに説明するとこの三つだな。他に酒蔵や薬草庫なんてのもあるが、あっちは俺と管轄が違うから、おまえにも関係ない」

「ふうーん……? ふうーん……?」


 俺の話を聞いているんだかいないんだか、セラは辺りをちょろちょろしている。

 樽の中を覗き込んでは鱒の塩漬けの匂いに驚き顔をしかめ、吊るされた鴨肉の燻製を見つけてはサンドバッグにし……うん、全然聞いてねえな。


「おい、ちゃんと聞いとけよ? 今日からおまえはここで働くことになるんだからな?」

「……はたらく、というのはいったい?」


 遊びほうけていたセラが、ぎょっとしたような顔を俺に向けた。

 

「ひとりで修道院総員30名分の飯の世話をするのは大変なんでな。ハインケスと話し合った結果、おまえにも手伝ってもらうことになったんだ」

「う、ううーん……?」

「と言っても、いきなりおまえに包丁握らせたり火を任せたりはしねえけどな。まずは皿洗いに料理の下ごしらえ。燃料に食材の運搬……」

「うううーんんん……?」


 おー、嫌がってる嫌がってる。

 俺からじりじり離れて、逃げようとしてる。


「おっと、逃げるなよ。あの約束忘れたのか? おまえを毎日満腹にしてやるっていう」

「お、覚えてるけど……」


 逃げられないと悟ったセラは、両手の指と指を絡ませてモジモジし出した。


「俺も当然守るつもりではいるんだが、それにはひとつ大きな壁があるんだ」

「……かべ?」

「そうだ。おまえだけ特別扱いにするわけにはいかないだろ? そんなことしたらまたぞろおまえへの風当たりが強くなる。だからこうすることにしたんだ。おまえは俺の手伝いをする。みんなの嫌がる重労働をすることで、堂々とつまみ食いが出来る」 

「……っ?」

「時には俺考案の新レシピの試食だって、堂々と出来る」

「……っ!?」


 天才か?

 みたいな目で俺を見上げてくるセラ。 


「うん、わかったっ。セラ手伝うっ。毎日ジローのお仕事を手伝って……手伝って……あっ!? これってあれだっ!? 夫婦のきょーどーさぎょう!」


 何が琴線に触れたのだろう、セラは「きゃーっ」と声を上げ、うにょんうにょんと体をくねらせ出した。


「違う、ただの仕事だ。これから始まるのは修道士ブラザーの俺と修道女シスター見習いのおまえとの、なんてことない日常作業だ」


 音に反応して動くヒマワリの玩具みたいに踊り続けるセラの頭にエプロンをかぶせると、俺は作業台に向かった。


「さっそく始めるぞ。おまえはミサで使った食器を洗うんだ。その間俺は料理を作るから。みんなの晩飯分と、頑張った・ ・ ・ ・おまえへの ・ ・ ・ ・お菓子 ・ ・ ・も含めてな」

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