「第1章:ライ麦のクレープ、クラッシュアーモンドと木苺を添えて」
第2話「ハインケスとふたつの提案」
翌日、俺は修道院長室に呼び出された。
「ジロー……おまえがここに来た時、オレは言ったよなあ?」
天パがかった金髪、彫りの深い顔立ち。
体つきはがっしりしていて、信徒というよりは兵士のよう。
だがハインケスは修道院長だ。
30代後半という歳の割に高い役職に就いているのは有能だから……ではなく、こいつもまた俺と同様に王都でやらかしたからだ。
ザント修道院送りというのは、島流しと同じことなのだ。
じゃあ島流し同士で仲良くなるのかというと、決してそんなことはない。
何が気に入らないのか、こいつは俺を見るたび理由をつけては当たり散らして来る。
しかも今回は理由が理由だけに、とびきり荒れていた。
「絶対に問題を起こすんじゃねえぞと! なのになんだ!」
執務机を拳でドンと叩くと、ハインケスはこめかみに青筋を浮かべて立ち上がった。
頭一つ分高い位置から、思い切り俺をにらみつけてきた。
「セラに手を出したあげく、嫁にするだあっ!? 頭がおかしいのかおまえは! それともニホンジンってのはそういう風習を持った変態種族なのか!?」
一部そういった層がいるのは否めない事実だが、直言は避けた。
「落ち着け、ハインケス」
俺はやれやれと頭をかいた。
「冷静に考えてみろ。そんなことありえないだろう。いくらなんでもあんな
「だが現に……っ」
「セラが言ってるのはおままごとだ。小さい子がよくやるごっご遊びだよ」
「おままごと……だと?」
「そうだ。わかるかハインケス? 問題は何も起こっていないんだ。ザント修道院は今日も平和。通常運用につき報告の必要無し、だ」
ハインケスが俺をどう思っているにせよ、面倒ごとは避けたいはずだ。
なら、セラの寝言なんぞ笑い飛ばしてしまえばいい。
幼児の遊戯ということにすりゃあ、八方丸く収まる。
俺の提案が効いたのか、みるみるうちにハインケスの表情から険しさが抜けていく。
よし、ここでもう一押し。
「なあ、考えてもみろ。セラはまだ10歳だぞ? そんな子供が親元を離れてこんなところまでやって来て、心細くないわけがないだろう。なんのこたあない、あいつは誰か近くに頼れる大人が欲しかったんだよ。それがたまたま俺だったってだけの話だ」
「おまえが頼りになる大人だぁ~……?」
いや、なんでそんなうさんくさそうな顔するんだよ。
こちとらめちゃめちゃ頼りになる存在だっての。
「ゴホン、ともかくセラの言ってるのはそういう意味で、俺にはまったくその気はない。シスター長が騒いでるのはまあ……ほら、あれだ。あの人も微妙なお年頃だから、他人のそういうとこには敏感にならざるを得ないんだろ」
「…………たしかに」
俺と共通理解を得たハインケスは、疲れ切ったように椅子に座った。
「なるほど、そういうことならわかった。おまえへの嫌疑は取り下げよう。もう少しで査問委員会送りになるところだったが……ま、わざわざ陛下を喜ばせてやる必要もないだろう」
「同感の極み」
「だが、断食破りについては話は別だ」
「……ちっ、ダメか」
勢いで無かったことに出来ないかと思ったが無理だったか。
「そりゃそうだろう。何せここは修道院だ、戒律に従って生きる者たちの家なんだ」
「あいつは断食前の最後の食事を台無しにされたんだぞ。それでもか?」
「例外は認められん」
ハインケスはゆっくりとかぶりを振った。
「ちっ……なんて頭の硬い……」
「ジロー。言っておくがな、これはセラのためでもあるんだ」
「セラのためだあー?」
眉をひそめる俺に、ハインケスは諭すように言ってきた。
「おまえも知っているように、ここは男女比率2対28の女の園だ。そんな中にあって、男に特別扱いされる女が出現したらどうなると思う?」
「………………なるほど」
たしかに良くない。
下手をしたらこれまで以上にセラへの風当たりが強くなることだってあり得る。
「オレは30の時にここに来た。それから7年。おまえの知らない苦労を数多くして来たんだ」
しみじみとため息をつきながらのハインケスの言葉には、なんとも言えない重みがある。
「んー……」
俺は唸った。
ハインケスの言い分が正しいのはわかるが、だからと言ってセラが、あんな境遇にあるまだ10歳の女の子が竹の鞭で尻を打たれるというのは納得できない。
「あとおまえ、オレを呼ぶ時は様をつけろ。もしくは修道院長と……」
「なあ、ハインケス。提案があるんだ」
「あ?」
むっとした顔になるハインケスに、俺はふたつの提案をした。
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